『SS』ちいさながと 10

あー、なんだ。まだ食事中で失礼する。
いや、俺としても甚だ不本意な事態なのだが。
なにしろ俺は小さな長門にカレーを食わせるという最重要ミッションを見事にクリアして見せ、ようやく自分の食事にありついたとこなんだからな。
ところが俺の手はサンドウィッチを持ったまま、口へと運ぶことが出来ないでいる。
その原因は明らかであろう、
「………………………………」
この長めの三点リーダだよ、まったく。
なんなんだ、その目は。何故俺のサンドウィッチからロックオンを外そうとしないんだよ?
長門………………まさかとは思うがお前、食べたいのか?」
「…………………いい。それはあなたの分。」
なら目線を俺のサンドから離してもらえんか?どうにも食べづらいんだよ。
しかし長門の目線は外れては、すぐに俺の手元へと戻ってくる。
なんとも分かりやすいもんだね、小さくなってからの方がお前の変化を読みやすくなってる気がするぜ。
「ほれ、一口食うか?」
俺は齧りかけのサンドウィッチを長門の目前に差し出す。ちゃんと俺が口をつけてないとこをだぞ。そのくらいのエチケットは心がけてるつもりさ。
なんだったら半分に分けてもよかったかとも思ったが、
「いただきます。」
と言って長門が齧りついたから時すでに遅し、ってやつだ。
考えてみれば、パンとかの方が今の長門なら食べやすいだろうな。まあカレーを選んだのはこいつだが。
それにしても人形のようなこの小さな体のどこにカレーやパンは入っていくのだろうか。
というか、まだ食えるという事実がすでに謎だしな。
さっきは雛鳥だったが今度はキャベツに付いた青虫みたいだ。いや、これはさすがに失礼だったか。
とにかく12分の1だろうが、長門の食欲というものは衰えを知らないってのはよく分かった。
明日からの食事はどうすりゃいいんだ?
いや待て、それよりもいつまで長門はこのまんまなんだ?!
俺の思考が取り止めのない方向へ向かおうとしていたら、なにやら指先が温かくなってきている。
おまけにピチャピチャと何かを舐めるような音がって、
「おい!?なにやってんだ長門!!!」
いつの間にかサンドウィッチが無くなっている上に、俺の指を長門の奴が舐めている!!
しかもあの小さな口で一本づつ丁寧に、だ。
なんというか小さな舌が指の表面をなぞるように舐められるのは………………………
その上、何でかは知らんが目を閉じた姿は、そのー、あのー、こう、視覚的効果としてはだな?
ああ、こう背徳的というかだな?
うん、素晴らしい。素晴らしいのだよ、もう指からくる感覚が!!
あれだ、思春期まっさかりの男子高校生としてはこの快感に逆らってはいけないような気が…………………
「って、ヤバイだろうが!!」
慌てて指を引っ込めた。よくやった俺の理性、何も褒美は出せんがな。
とにかく全身を包み込むこの気だるさは何なんだろうか?流されなかった自分を褒めてやりたい。
「あのなあ…………………何しやがるんだ、そんなに物足りなかったのか?」
熱くなった頭を冷やそうとコーラを一気にあおり、俺は長門を詰問する。
「………………………………………?」
よく分からないといった感じで小さく首を傾げる長門。ほんとに判ってないんだよな?
しかしあの俺の指を舐める表情は……………いかん、思い出すと顔が熱くなる。
「あ、あー、なんならもう一個食うか?」
滅茶苦茶不自然に話を振ってみた。
「…………………」
1ミリの頷き。なんだ、やっぱり足らなかったのかよ。
仕方なくハムサンドを取り出し、長門でも持てるサイズにちぎって差し出した。
すると長門はそのパンと俺が持っている方を目線だけで見比べると、
「そっちがいい。」
と、俺の持ってるほうを指差した。
そうか、ならこれを食べやすいように。
「あなたが持ってて。」
勘弁してくれ。
結局、おれは長門がハムサンドを食べきるまで持っていたんだがな。
なんとか指までは到達前に手を放すことには成功した。あれをもう一回くらったら俺の理性の壁は崩壊の危機を迎えかねん。
「………………ごちそうさま。」
何故か少し残念そうに長門は食べ終えた。まだ物足りないのだろうか。
やれやれだ、結局俺は一口しか食えなかったな。
まあ長門が満足してくれるなら、俺はそれで充分なんだよ。
それと、食べ終わったゴミを片付ける時、思わず舐めた俺の指はとても甘いと感じたのは長門に内緒にしないとな。