『SS』泣く、ということ

その時、私は確かに微笑んでいた。
「涼宮さんとお幸せにね…………」
少しづつ消えていく身体、痛みなどはまったく感じなかった。
でも私が消えていくことよりも、私を惹きつけて止まなかったもの。
それは彼の後ろに佇む傷だらけの少女の力強く輝く瞳だった。全てを見通すような黒瞳。
ああ、あなたはそんな顔が出来るのね………………
私はその瞳に宿るものが分からないままに静かにその意識を溶け込ませていった……………






全てが一つであり。
全てが違うもの。
情報統合思念体の中を私の意識は漂っている…………肉体もないのに自我があるのはおかしいんだけど。
どうしてだろう、私は私という自意識を持って思考の渦の中にいる。
本来ならこんなはずはないのに。私だけが私のままここにいる。
それが思念体の意思なのか、それとも…………彼女の望みなの? 私には分からない。
ただ思考と自我のみで漂う中で浮かぶのはあの瞳。
ああいう瞳ができるかしら? 肉体も無い中で私が浮かべたのは…………………
微笑みだった。
それしか出来ないから。





気が付けば記憶の中にある部屋の中で私は一人座っていた。
見覚えのある家具、私が揃えたもの。
そうか、帰ってきたんだ…………………
でも残る違和感。能力がないままの私。これが望みなのかしら?
情報統合思念体の意思も感じられない世界に私の自我だけが残っている。
きっとあなたはここでは何も出来ないんでしょうね、そういう世界なんだから。
そしてあなたは…………………





何でもない平凡な日々。傍らにはいつも無口な彼女。
読書が好きで小説も書いてる文芸部の部長さんは私の住むマンションに住んでて幼馴染。
本を読むのに一生懸命だから回りの事に無頓着で、いっつも私がご飯を作って行ってあげてる。
それが楽しいんでしょ? あなたは私の作ったご飯を食べてる時は嬉しそうだもん。
見ている私も微笑んでいるよね、それしか出来ないんだけど。
それでも私は嬉しかったわ、あなたに必要とされてるってことに。
だって私の役割はそれしかないもの、あなたのバックアップであること。
あなたの生活、あなたの人生に私は役に立ちたいもの。
その一部でも担えれば私は満足。だったはずだわ、私があの時彼を襲わなければ。
そんな事、今のあなたには分からないでしょうけどね。
「ねえ、今日の夕飯は何にする?」
私は隣にいる親友に向かい、笑いながら話すの。
「カレー…………がいいかも」
そういう彼女の少しはにかんだような笑顔、そんな顔も出来るようになってる。それがどんなに凄い事なのか分かってるのかしらね?
私達は並んで帰る。それが幸福と呼べるものなのかはまだ私には理解できないんだけどね…………





そう、結局あなたが望んだものはそれだったのね。
嬉しそうに話す彼女の目の前には何の変哲も無い図書館の貸し出しカード。
でもそれが彼女を変えていく、私には解る。
そうか、あなたは彼に会いたかったんだ……………………私の居場所が崩れていく音が聞こえた、気がした。
それでも私は同じ顔しか出来ない。
「そうなんだ、それって運命の出会いかもよ?」
笑顔でこう言うしか。赤くなる頬の彼女に向かって。
もうすぐ私の出番も終わるのかもしれないな、そう思いながら。






そして彼がやってくる。私を見て驚愕する彼、そうか知ってるんだね、私は知らない振りをするけど。
それが彼女の望みだもの。
彼はきっと彼女の元へ。だって彼女しかいないものね、ここには。
私はそれを見ても笑うしかない、なんて滑稽な芝居なんだろう。彼女は自らの能力を超えてまでも彼と居たかったってことかしら?
そのおかげで存在できるということも忘れるくらい私は笑うしかなかったわ。
できればこの芝居が長く続きますように……………そう願いながら。





それでも彼は選んでしまった、自分がいた世界を。
彼女が作った箱庭ではなく自分が生きるべき世界。
少しだけ分かるな、やっぱり。だって私も自分が望んだから彼を殺そうとしたんだし。
それを彼女も分かっていたからヒントを残したんでしょ? それとも意外だったのかな?
とりあえずは私の出来る事をしよう。そうね、彼を引き止めなくちゃ。
それがどんな手段でも………………いいよね? 私はナイフを持って部屋を出た…………






ふーん、そういう事なんだ? 腹部を押さえている彼の傍には見慣れた彼女と立ち尽くす彼。それと…………ああ、未来人の子だっけ?
私の後ろにも見慣れた彼女。
片方は力強く。
片方は震えながら。
まったく、今度はヒーローってこと? 彼の危険にはすぐ参上って訳だ。
そうね、そうやってあなたは彼の信頼を得ていくのよね。あの時と同じように。
あなたはきっと彼に許される事を知っている、今回の事だってそうよね。
そしてわたしはまた悪役って訳ね、彼に危害を加える危険物。
でも彼を止めて欲しいって言ったのもあなたなのよ?! それなのに。
私の後ろで震える彼女は何も知らないまま。それももうお終いね。
あーあ、結局私は彼女の望んだ通りにしか動けなくて。
彼女が一人なら傍にいて、彼が居ればお役御免ってとこか。
ふふふ、なんて勝手なんだろ。
それに逆らえない私って何なんだろ?
ねえ、答えてくれないかな? あなたには答えがあるんでしょ?





彼女が彼と共に去れば世界が消えていく。
私の存在もまた消えていく。
今度はいつになるのかな? それとももう私には出番がないのかも。
そう、彼女が望まない限り。
彼女が一人にならなければ。
そんな都合じゃないと出て来れない私。
それを受け入れるしかない私。
ねえ、今度はもっと皆と話したり出来るかな? わたしも本当に笑ってるのかな?
そして今、笑ってるはずの私の瞳から流れて頬を伝わるものが何なのかってことも。









…………………ねえ、長門さん?…………………