『SS』 なちゅらる・5
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「で、なに食べるの?」
と言われても出来るだけ財布に負担のないようにとしか答えられない。
それに俺の意見なぞ女子高生四人に通じるはずもないのでお任せしておくしかないのである。
するとこういう時に率先するのは団長の役割だの何だのとうるさいハルヒを差し置いて、
「ここにしましょう」
と、さっさと店を決めたのは思ったとおりのリーダー気質だった黒髪の子である。
見た目の印象だけでなく本当に仕切るのが好きなのだろう。
そういえばどことなく委員長といった雰囲気でもある。
…………委員長といってもあまりいいイメージにならないのはクラス委員長だった女に殺されかけたからだろうな。
とはいえ彼女に罪は無く、残り二人も当然俺も不満はないのだが、厄介なことに他人に仕切られるのを心より不満がる女がいるのもまた確かなのであり、その名を涼宮ハルヒという。
これまたお決まりのように「ちょっと」と抗議の声を上げかけたハルヒなのだが、ここで話を拗らせてもせっかく良くなった雰囲気が台無しというものだ。
そこでどうするのかといえば、我が身を犠牲とするしかないのは自明の理であろう。
「よし、それじゃ入ろうか」
「ちょっと! あんた何勝手に、」
「いいかハルヒ、俺は荷物持ちでとても疲れている上に非常に腹が減っている」
「それがなによ?」
「このままウロウロと歩き回れば間違いなく俺は腹の虫を鳴らしながら歩くことになるがいいのか?」
「はあ?!」
「想像してみろ、お前が歩く後ろを荷物を抱えてグーグー腹を鳴らしながら歩いている俺だぞ? そんな光景を見てどう思う?」
「嫌よ! まるっきりあたしが何も食べさせてないひどい女みたいじゃない!」
「ということで飯は早めに食うに限るってことだ。それにとにかく休ませてくれ」
「しょうがないわね。まったく、体力が無さすぎなのよ! それとあんまり品の無いこと言ってんじゃないっ!」
品の無いことを言わせたのはお前だ。他にも人がいるっていうのにあまりにこれでは情けない。
だが、どうにかハルヒの我がままは回避して(機嫌は損ねたかもしれないが)三人には笑われながらもどうにか店に入るまでは成功したと言えるだろう。
「すごく自然な掛け合いよね」
「どう見てもイチャイチャしてるっつーの」
「涼宮さんってこういうところ可愛いんだなあ……」
さて、黒髪の子が選んだ店というのはショッピングモール内にしては少し洒落た感じの内装のイタリア料理店だ。
家族向けでは無さそうな雰囲気故か、昼食の時間帯にしては静かなものである。
こういう店を選べるセンスというのはすごいな、SOS団だとファミレスかファーストフードで大騒ぎだぞ(主に団長が)。
そして大騒ぎしそうな団長はといえばいつもに比べれば意外に大人しい。
万が一の事を考えて奥の席に座らせ、俺が隣に座ることで動きを制したのだが余計な心配だったのかもしれない。
通常のSOS団で座っている時より若干詰め気味にしておいたが大して意味が無かったかもな。
まあ古泉曰く常識のある奴らしいので旧友の前でもあるし多少は節度のあるところを見せたいのかもとは思うのだが。
そういえば注文の時に早く決めろと周りを急かすことも大声を上げて店員を呼ぶことも、ましてや隣に座る俺を押しのけて勝手にメニューを増やすこともしなかったのには驚いた。
とにかくハルヒが大人しいというのはいいことだ。メニューを見ても早く決まるし、余計な手間もかからずに注文もスムーズに出来る。
「彼氏は当然横に座るわけだ」
「案外涼宮さんって彼を立てる人なのね」
「じゃなくって顔が真っ赤なんだけど?」
こうして注文してから料理が来るまでの間、話をしないわけにもいかないので俺は三人相手にくだらないトークを繰り広げる羽目に陥ったのだが正直なところこれは失敗だった。
というのも肝心の同窓生であるハルヒが話そうとしないために俺が口火を切るしかなかったのである。当然内容は中学時代の話になり、彼女たちから聞いたハルヒの評判というものは予想通り芳しいものとは言えなかった。
「すみません、別に悪く言うつもりもないのですけど………」
「いや、別にそういうので気分を害したわけじゃないから」
谷口から聞いていたとはいえ、同性が感じた意見というのはより厳しいと言わざるを得ない。
彼女たちは直接ハルヒと接点があったのではないそうだが、告白されては付き合って即別れたなどという噂は正直なところいいものではないだろう。
「まあ美人で頭もいいし? 運動も出来るってもんだから浮いてたのは確かだったけどね」
これでも体力には自信あったんだけどと苦笑するショートカットの子などはまだいい方なのであって、
「あの……男の子と付き合っても………すぐ別れちゃうって噂が…………私はその、そういうのに疎いから…………あんまりだったけど…………」
申し訳無さそうに小声で話す眼鏡の子は、まだハルヒに対して怯えたような目つきをしている。
また重い空気がテーブルを包む。話のきっかけは俺からだったとしても、彼女たちの反応は思っていた以上に酷かった。
それが中学時代のハルヒだったのか、それとも同性だからなのかは分からない。
ただ、俺たちの話を黙って聞いていたハルヒが怒鳴りつけることも反論しようともしなかったことでも理解は出来た。
涼宮ハルヒの孤独を。
誰にも理解されない。
誰とも分かり合おうともしない。
本人すら望んでいなかった一人になってしまう寂しさを。
…………確かにハルヒにも否がある。ありすぎると言ってもいい。
肝心なことは言わないくせに分かってくれと言われたって無理だ。
けれど、それはこいつが一生懸命すぎたからだ。何事にも全力で、みんなが呆れることにすら必死だった証拠だ。
だから皆が言わなくても分かってくれる、そう信じてしまっていた。
そして結果として次へと急ぎすぎて何もかもを置いて行っちまう。
ハルヒから見れば理解しようともせずに決めつけるだけの奴らなど置いていくしかなかったのだとしてもだ。
俺自身がそんなハルヒを知るのに時間がかかった事は否めない。はっきり言おう、長門や古泉、朝比奈さんがいなければ俺だって谷口あたりと同じようにハルヒを避けていたのかもしれない。
「はあ…………気持ちは分かるけどね」
やれやれという言葉は胸の中に置いておくか。
「ちょっと!」
やっと顔を上げたハルヒの頭に手をやる。
くしゃっと柔らかい髪の感触が指に絡んだ。
「俺だって初めてこいつと話した時はそりゃ素っ気無いもんだったよ。一言で終わりだったもんな?」
あの時のハルヒは素っ気ないというよりも誰とも話そうとしない奴だった。
「それは、」
「けど話してみたら案外面白い奴だったぜ? そりゃ突拍子もない事を考えてはいるけど、全く意味不明だとは思わなかったもんな」
「え………?」
その後の長門たちの話に比べればという注釈は言わないでおくか。
「そこからのハルヒはまあ多少強引ではあるとしても行動力には目を見張るものがあった。現に俺だけじゃなくて友人にも恵まれてるから、そいつらに訊いてもらってもいい」
長門に古泉、朝比奈さんや鶴屋さん。最近では阪中もそうだろうし、谷口や国木田だってハルヒと友人じゃないとは言わないさ。
そう言うと黒髪の子は不審そうに眉を顰めた。
「……それは私たちが涼宮さんの話を聞こうともしなかったということですか?」
「いやいや、そういうもんじゃないよ。実際俺も最初はこいつが何を言ってるのかさっぱり分からなかったし。ただ、人から聞いていた中学の頃のハルヒと今こうして話しているハルヒって同じ奴だと思うのかってことさ」
こればっかりは同じ中学でもないから俺には分らない。この子たちがどれほどハルヒと接していたのかさえ知らないからな。
「んー……うん、あたしは涼宮さんとは一言ふたこと位しか話したことなかったけど。でもこんなに話せるんだったら何でもっと早く話しかけなかったかなとは思ったね」
「べ、別にあんたたちと話すような……」
「それはあたしらも話すネタが無かったからじゃん? 彼とどういう切っ掛けで話をしたのかは知らないけど、まあ勉強不足でしたってことで」
あっけらかんと言う様は鶴屋さんみたいだな、このショートカット。言われたハルヒの方が小さくなったぞ。
「わ、わたしも………前は遠くから涼宮さんを見てるだけだったし………その時は怖い人だと………」
「まあ何かいつも怒ってるみたいだったね、涼宮さん」
なるほど、今まさに眼鏡の子を睨んだような顔をしてたんだなハルヒ。
「けど、あんなに楽しそうに笑ってる涼宮さんは………可愛いなあって」
「なっ?! 何をいきなり! 可愛いってあんたねえ!」
「おっと、注文したのがきたみたいだぞ」
ナイスタイミングですウェートレスさん。どうやら見知った先輩ではないようだが。
あーうー言いながらも仕方なく引き下がったハルヒはともかく、このタイミングで何事もなかったように食事を始める三人もなかなかのものである。
「彼氏くんはどうやって涼宮さんに声かけたんだろ?」
「どんな話をすれば涼宮さんがああなるのかは知りたいわね」
「案外涼宮さんの一目惚れだったりして?」
「「あー、あるかも」」
賑やかな三人を前に俺も頼んだハンバーグランチなんぞに手をつけてみるか、と見ればいつもと違う光景がそこにあった。
「あれ? それだけでいいのかハルヒ?」
ハルヒの前にはパスタがひと皿。
普通の女子には十分な量なのかもしれないが、普通ではない女子であるハルヒには物足りないというか少ない量だろう。
こいつ、パスタなら当然大盛でサラダとスープのセットも付けてとどめにデザート(これは普通の女子にも別腹か)がデフォルトのはずなのだが。
「………別にいいわよ」
どことなく不機嫌そうにフォークをパスタに絡ませながら、あんたは勝手に食べてなさいと言われても説得力に欠けている。
というか、違和感しか感じない。
これもSOS団及び涼宮ハルヒに関わり続けた弊害かとため息を吐きながら、俺は自分のハンバーグを一口サイズに切り取ってフォークに刺した。
「ほれ」
ハンバーグを刺したフォークをそのままハルヒに向ける。
「………なにこれ?」
「ハンバーグだ。ひき肉を捏ねて小判状にしたものをフライパン等で焼くことにより中に肉汁を閉じ込めたまま固めたものをいう」
「誰がハンバーグを説明しろって言ったのよ!? なんであたしにフォークを向けているのかって訊いてんの!」
「そりゃお前、食えってこったろ」
「はあ?!」
何故驚く。涼宮ハルヒと言えば人が食っているものを「あ、それ美味しそう」の一言で何の断りもなくかすめ取っていくのが当然ではなかったのか。
それを格好をつけているのかどうかは知らんが複雑そうな顔をしながらパスタひと皿をこねくり回していては周囲も気遣って飯が不味くなる。
「まあ味見くらいはしておけって。結構美味いぞ、これ」
ならば我が身を犠牲としてでも雰囲気を壊さないように気遣うのが大人の態度ってものだろう。
ハンバーグひと切れ程度でどのくらい効果があるのかは神のご機嫌次第だな。
「ええっと………う………」
ところが人参を前にした馬よりも早く飛びつくと思われたハルヒが全く動こうとしない。
それどころか妙に縮こまって無意味にパスタを巻いている。
「どうした? 遠慮すんなよ、いつものお前だったら即奪い取るとこだろ」
俺は変に畏まったハルヒを見せたいのではない。俺たちと普通に過ごしているハルヒを見せたいのだ。
「だ、誰がそんなことしてんのよ?!」
「お前だろうが。ほら、いい加減手も怠くなるからとっとと食え」
こっちが譲っている時くらい素直にしておけよな。それに冷めたらこの後食うのが辛くなるじゃねえか。
俺のアイコンタクト(古泉、長門には有効)がようやく理解出来たのか、
「………しょうがないわね」
どういう訳だか覚悟を決めたかのように一息入れたハルヒが漸くハンバーグを口にした。
ひゃあ? という声が正面から聞こえたようなのだが気のせいか?
それはともかく。
「どうだ?」
「まあまあね。悪くない仕事してるじゃない」
何様だお前は。それに正直なところを言えばせっかくのハンバーグも冷めてしまっていたのではないかと推測される。
「はい」
やっと飯の続きをと思っていたら唐突に目の前にフォークが突き出された。
絡まっているのはパスタである。
「何だ?」
「お返し。もらってばっかじゃ悪いじゃない」
おお、あのハルヒが随分と殊勝なことを言っている。これならばSOS団ではなく毎回彼女たちと不思議探索をしたほうがいいのではないだろうか。
…………想像したら怖かったのでやめておこう。今だけ限定特別仕様ハルヒの可能性のほうが高そうだ。
とりあえず恩恵には与っておくべきだと判断した俺は、
「じゃあ遠慮なく」
とパスタを頂いた。
おお、と今度こそ声が正面から聞こえたので見るとショートカットの子が両側から口を押さえられている。
「え、えーと、何をしてるんですか?」
「いえ、ちょっと」
「空気を読めと」
「はあ……」
意味がわからない。何か彼女がしたのかといえば、そうではなさそうだし。
三人とも何故か微笑んでるし。
ハルヒは無口だし。
「?」
奇妙な、女性陣にしか判らない様な空気感の中、変に浮いた気分で食事をするしかない俺なのである。
「え? もしかして彼氏くん気づいてない?!」
「ここにきてまさかの天然属性とは、なかなかやるわね」
「涼宮さんが必要以上にダメージを受けてる………」
時々小声で話す三人と、嫌に大人しいハルヒという慣れない環境で集中出来ないまま飯を食うことしばし。
「…………で、やっぱりこうなるのか」
困ったような照れたような笑い顔の三人、プラスハルヒの前にはパフェが並んでいたりする。
やれやれ、本当に女性には別腹なる消化器官が存在するらしい(長門には本当に備わっていそうで怖い)。
俺はいつもの口癖をつぶやきながら食後のコーヒーを飲み干して暇にならないよう気を配りつつ、食べ続ける女子を眺めるしかないのであった。
しかしハルヒを含め、いったいあの小柄な体のどこに入っていってるのやらだな。
ところがここからが拙かった。
ぼんやりとハルヒを眺めていたら不意に気づいてしまい、
「おいハルヒ、クリームついてるぞ」
「え? 嘘?!」
と、注意したまではよかったが、
「ったく、少しは上品に食べろよな」
などと言いながら頬についていたクリームを指で掬う。
ここまではまあ許される範囲だろう(いつものSOS団ならば)。
だが、あまりにも自然に指についたクリームを舐めてしまったのがまずかった。
「ちょっ!」
「え?!」
「おおっ?!」
「ひゃあ?!」
気づいた時は既に遅く、三人の顔とついでにハルヒも真っ赤になっている。
しまった、これはまずい!
「いやこれはちょっと、ほら、ウチに妹がいて、そいつがいつも食べ方が汚いもんだから注意してたからついいつもの癖で、ね?」
などという俺の言い訳など耳に入っていなさそうな三人の輝くような目の色に。
「………えーっと、ちょっと花摘みに」
「ちょっと?! キョン!」
ハルヒの声を置き去りにして俺は逃げた。ああヘタレというならば言うがよいさ。
背後から黄色い悲鳴というか歓声が聞こえたけど無視だ、無視!
というか、俺自身がどうにかなりそうだ。あそこまで自然にハルヒを………
「だからやばいだろうが!」
トイレで俺の魂の叫びが木霊する。
危ない、女子高生に囲まれて俺のなんらかの回路に混乱が生じてしまったに違いない。
おまけにハルヒを置いて逃げてしまったのだ、今頃古泉は閉鎖空間の中で俺を恨んでいるだろう。
「…………はあ………このまま帰るってわけにもいかないだろうなあ………」
とりあえず一息吐いて多少頭が覚めてきた俺は意を決して女子連中が待つ席へと戻ったのだが。
「あ、あかえりなさーい」
「私たちもデザート食べ終えましたので」
「すぐ移動できますよ?」
「…………少しだけ待ってもらえないかな? ………この惨状が落ち着くまで」
そこにはツヤツヤと輝く笑顔の三人と、
「……………」
耳たぶまで赤く染めて机にひれ伏したハルヒが死んでいたのであったとさ。
「………あとで覚えておきなさいよ」
いや本当にすみませんでした。
こうして否が応無くハルヒの食事代まで払わされた(その時も三人はニヤニヤしていた)俺と、どういう話があったのか疲れきったハルヒは満面の笑顔の三人娘と共にリストランテを後にした。