【SS】ちいさながと・どん

 さて、まずは現在の状況を説明させていただくところからはじめよう。
 俺がいるのは近所のスーパーマーケットである。
 目的は当然買い物であるのだが、お菓子や雑誌などならコンビニで十分な訳であるのだからわざわざスーパーなどに自転車を走らせたのは食材を買い込む為であるというのも理解してもらえるだろう。
 今回食材を買うことになった理由は一冊の本である。
 これを読んだ恋人が、そこに記された料理を是非食してみたいと言い出したので期待に応えるべく出動と相成った次第だ。
「んじゃまあ、ぼちぼち見てみるか」
 傍目からは何も無いように見える右肩の上に声をかける。
「…………」
 肩の上で小さな恋人、長門有希は静かに頷いた。
 ということで俺と有希はスーパーの売り場を回って求める食材を探している。
「これってやっぱり赤なんじゃないか? ほら、子供向けっぽい感じらしいし」
 俺は参考文献を思い出しながら有希の反応を伺う。
 ちなみに参考文献などと言ったものの、本に書かれている料理はほほ名前だけで写真もレシピもあるわけではない。
 つまりは名称と曖昧に出ている具材のみで料理を作ろうというわけだ。
 出来上がってからのお楽しみという点では面白いとは思うが、そこは食について一家言を持つ俺の恋人としては、
「赤ではない可能性が高い」
 となる。だが何を根拠に?
「登場人物は親でありながら個人的な趣向に深く拘るタイプでもあると推測される。その証拠に彼はわざわざコーヒーミルを購入しているし、自家用車も外国産を購入しようとしている」
 ふむ、確かに独身貴族でもないくせに細かいところで贅沢ではある。
「よって彼の趣向を中心に食材を鑑みた際、赤は選ばない可能性が高いのでは?」
「なるほど、言われてみればそうかもしれん。だが赤以外は結構な値段だぞ? 悪いがこっちは社会人でもない一高校生だからな」
 情けないが予算にも限度はあり、その限度額も雀の涙程度と言わざるを得ない。
 もし拘りぬいた一パック少量なのに5〜600円もしそうなやつを選ばれてもカゴに入れないでくれと懇願してしまうだろう。
 しかしそこは長年(でもないけど)連れ添った彼女である。
「これを」
 指差したのはお徳用パックだった。一袋580円も結構な出費だが有希の食欲を考えれば妥当な線だな。
「一応あらびき、と書いてある」
「そうだな、案外このくらいの方がらしいのかもしれないぜ」
 それ以外に海苔(これも焼き海苔なのか佃煮なのかで一悶着あったが焼き海苔に決まる)、卵を買ってから帰宅した。



「さて作るか。米はどうした?」
「出発前にスイッチを入れている。炊き上がって蒸らしの時間まで含めても余裕はある」
 本当に食べることについては流石の域を超えている。
 まあ有希が本気を出せばこの世のほぼ全てのことが簡単にこなせてしまうのだけれども。
「どうする? この材料だと米が炊けてからでも出来そうな感じだぞ」
「確かに」
 有希は軽く頷いたが、俺の肩の上で所在無げに足をぶらぶらさせている。
「………暇つぶしでもするかー」
「…………そう」
 とてもとても暇だった俺の左手は右肩の上に伸び。
 とてもとても暇だった有希の両手はそっとスカートの裾を摘んでいた。
 以下、暇つぶし。
 だが夢中になりすぎた為に炊き上がりのアラームに気づかず蒸らし時間など気にならないくらいに時間経過してしまったのは仕方がない。
「あなたがしつこく撫でるから」
「じゃなくて有希が離してくれなかったからだろ?」
 などとケンカにもならないイチャイチャっぷりを見せながら(実際見られたら死ぬ)、俺たちは食事の用意にとりかかった。



 食事の用意だとか料理だとか言ってもそこは男の手料理(参考文献では)なので、お手軽というか手抜きであるのは言うまでもないだろう。
 だからといってどこまで妥協していいのか文面だけではさっぱり分からない。
 なのでいざ作るとなると俺と有希の間に多少意思の疎通がままならない部分があったとしても仕方がないのであった。
「いや、焼き一択だろ?」
「茹でた方がジューシィで美味しい」
「気持ちは分かるけどわざわざ湯を沸かしてまでやるとは思えないぞ」
 別に俺自身は茹でが面倒だとは思わないが再現率を考えれば無駄な一手間な気がする。
「それに他の具材が海苔と卵だろ? 多分油を絡ませる方が美味いんじゃないか?」
 正直なところ塩茹でくらいだとインパクトに欠ける。おまけに飯との相性がいいとは言えない(勿論今回に限ってだが)。
 俺の言うことにも一理あると思ったのか、有希は納得しつつも、
「油は胡麻油の使用を」
 一応の拘りだけは外さなかった。
 まあ風味が増すのだし、このくらいは誤差の範囲に収まるだろう。
「で、海苔はどうする? そのまま乗っけるか?」
「軽い一手間は必要」
「だな」
 ということでご飯の上に軽く手で揉んだ海苔をまぶす。
「もう一つの問題はこれだな」
 俺の言葉に頷いた有希だったが結論は早かった。
「焼くべき。幼児がいる中で生卵は不衛生」
「そこまでじゃないだろう。けど、生卵で腹をくだす可能性はあるな」
 ちなみに有希も実年齢で言えば幼児にあたるのだが、そこは言うべきものではない。
「ペド?」
「断じて違う!」
 そりゃ見た目は少し幼げに見えるかもしれない、というかまずサイズが小さいけど俺が愛するのはあくまで長門有希だからであるのであってそれ以外の何者でも愛するわけではないのであることをここに強く宣言しよう。
「それに外見の彩りも美しい」
「ああ、そうだな」
 これで凡そのイメージは出来た。
 後は調理と実食のみである。
「とは言っても調理ってほどのもんでもないな」
 炊きたての白飯の上に海苔をたっぷりとまぶし、焼いたあらびきを乗せた後に目玉焼きを乗っける。
 ちなみに、これは俺のささやかな拘りで目玉焼きは少量の水を加えて蓋をして焼いた。
 こうするとキレイな半熟の黄身になる。それこそ衛生面でいうならしっかり火を通すべきではあっても、
「黄身がとろけてこそ目玉焼き」
 という有希が正しいと俺も思うのさ。
「で、最後はどうする? このままでも悪くはないと思うが、味付けは塩コショウのみだからな」
「ソース? それとも醤油?」
「目玉焼きには醤油だろ」
 この辺りは各自の好みなのだろう。
 だが俺は醤油派であり有希もまたそうであるので出来上がった目玉焼きと周囲に醤油をかけて完成である。
「では、さっそく」
「だな。あー腹減った」
 


「こんなもんじゃないか? 正しいかどうかは不明なままだが」
「………………」
 俺は箸を休めて有希に問いかけた。
 味付けはシンプルだがとろけた黄身が海苔とご飯に絡んで美味い。
 あらびきの油っけがアクセントとしていい感じでもあるし、全体的には手抜きかつ高カロリーで美味いという正に男の料理だな。
「結局正解不明のままだけどまあいいか」
「………………」
 夢中で箸をすすめる恋人の姿を見てニヤニヤしていられるんだから大満足と言うしかないってことで。























 数日後。
「で? この間は何を食べたんですって?」
「ソーセージどん。ソーセージとー海苔とータマゴが入ってるー」
「え、なにそれ超おいしそーじゃない!」
 …………どこかで聞いたというか見たことがあるような会話をしている有希と朝倉を眺めつつ、俺は黙々をと七輪の上の肉を焼いていた。
「ほら長門、タン塩焼けたぞー」

あとがき

この参考文献わかった人はコメよろしく(笑