『SS』 完全無欠のバレンタイン! 前編

 世間ではバレンタインデーなるものが我が物顔で幅を効かせるようになって早数十年(も経っているのか?)
 見ず知らずのというか、詳しいことを調べてみようとも思わないオッサン(であってるよね?)の名前を冠したその日は日本では何故か女の子が男の子にチョコレートをあげて告白する日になっている。いつからなのかは知らないし、お菓子メーカーの陰謀と言えばそうなっちゃうのかもしれないけど。
 最近ではその陰謀も極めてしまったのか、女子から男子だけではなく女子同士で友チョコだとか男子から女子へと贈る逆チョコなんてのもあるらしい。まあ友チョコについてはそんな名前が付く前から貰ってましたけど! 小学校の頃から女子にはモテててましたけどね!(ドヤァ)
 だーがしかし! やっぱり陰謀だのなんだの言ったって女子から告白できちゃう大切な日なのだ、バレンタインって。それってつまりは好きだって言っていいというか言えちゃうというか、言った結果がどうなるかは抜きにしても許される日であるということだよね?
 さて、それを踏まえて質問です(急に真面目)。
 わたしー、田井中律はーバレンタインデーにほ、本命? うん、本命チョコを渡して告白! しちゃいたいと思っていたりするのですけどー(照れる、これは照れてしまう!)
 
 本命チョコって同性に渡すのはアリなのだろうかっ?!

 いやね? ほら、そういう趣味があるとかいうワケじゃないんですよ?(言い訳)でも、好きになったのがたまたま女の子だっただけで。というか、幼馴染みで同級生で同じ部に入っててリズム隊ですっごい私のこと分かってくれるってだけで。
 …………十分じゃん。好きになるしかないじゃん。好きって言って何が悪い? あんだけ一緒にいて何でも分かってくれてて楽しくて幸せな気分にさせてくれる相手が同性だからって好きになっちゃいけない理由なんてないじゃんか!
 と言っても自覚したのはつい最近だったりするんだけど(どっちだよ)。何となく演奏してる姿がカッコイイよなーとか、綺麗だなあとかクラスメイトと話してるのを見てムッとしたりだとか後輩に慕われてるのを見て私のだぞ! って思ったりしてただけだし。
 うん、分かってる。それってめちゃくちゃ好きだってことだよ。いつの間にか視線を離せなくなっていて、どうしても独り占めしたくなっていて、何気無い会話の中でキュンってなったりしてるんだから、そりゃもう恋なんだ。経験値の少ない私でも分かるくらいに恋してるんだ。

 あいつに。
 秋山澪に惚れてる私がいるんだよなー、これが。

 しかし自覚してしまうとこれが辛い。何といっても普通に話すだけでドキドキする。顔が赤くなってないかとハラハラする(それで逆に心配させてしまう、ごめん)。
 澪が誰かと話しているのがイラっとする時がある。同級生にも人気があるし、ファンクラブだってあるもんなあ。笑って話しているのを見たら私にだけでいいじゃんとか思っちゃうんだからかなりヤバイ。
 ……………………そんな時に視線を感じて振り向いたら満面の笑顔のムギがいるのもちょっと怖い(汗)
 とにかく! 好きだって自覚したのだから後は行動するしかないっ! だからこそのバレンタインだろ? そこまで告白出来なかったヘタレりっちゃんでもやるときはやりますよ!
「はあ…………」
 なんてことを思いながら只今チョコケーキを作ってる私なのだが、どうしてもため息ばかり出てしまう。というか、ネガティブなことばかり考えてしまう。
 だって、女同士だぜ? ちょっと前の私ならありえなかったんだぜ?! ムギの言動に冷や汗かきながらツッコミ入れてたのに当の本人になっちゃったんだもん、女の子同士っていいよねーとか笑って言えるようになるのかな?
 いや、断じて無い! これでも彼氏が欲しいなとか普通に思ってるし。モテたいって思ってたことだってしょっちゅうだし。今でもノーマルだって思ってるんだからなっ! 唯と梓の方がよっぽど心配だっつうの(酷い)。
 でも、けど、それでも、だけど。
 澪だけは別だ。女同士だけど好きなんだ、どうしようもないくらい。だから私は澪限定で女の子が好きなだけなんだって!(それもどうなんだろ)
 ということで余計なことばかり考えながらもケーキ作りの手は止めないのである。元々料理は得意だけど、お菓子作りは分量をきっちり量ったりするからどちらかといえば苦手なんだよな。
 それでも愛しの澪たん(笑)の為に一生懸命ケーキ作りに励む健気なりっちゃん。私って本当は尽くすタイプなんだぜ? 可愛いだろ。
「………ふぅ」
 駄目だ、少しでも面白く考えようとするけど気が重くなる。オーブンの前で焼けるのを待つ時間がたまらなく憂鬱だ。
 だってさ、女同士なんだぜ? それが大本命だなんて言ってどう思われる? 多分というか間違いなく苦笑いされる。それくらいならいいけどドン引きされたら。
 いや、嫌われたらと思うと怖くて何もしたくなくなってくる。幼馴染だから、ずっと一緒にいたからこそ、居なくなった時の恐怖に替えられるものはない。だからここまで躊躇していたんだ、バレンタインなんてなかったらずっとこのままでもいいと思うくらいに。
 だけど、もう決めた。怖いからってなにもしないなんて柄じゃない。そんなの私らしくもないし。
「でもなぁ〜……うぅ〜…………」
 はい、頭も抱えますよ。言うだけですよ。怖いに決まってるじゃん、そんなの。
 澪に嫌われて生きていける自信なんてない。
 澪の居ない人生なんて歩める気がしない。
 だからこその告白で、だからこそ怖いんだから。


 ………この後ずっと悩んで頭を抱えていた私がオーブンのアラーム音を聞き逃してケーキを焦がしそうになったのも仕方がないんだって、多分。




 

「…………来たか」
 ついにこの日が。聖バレンタインデーが来てしまった。私のカバンには丁寧に(自分としては)ラッピングされたチョコケーキ。しかもホワイトで『I LOVE YOU』なんて書いちゃってるド本命仕様(痛いってゆーな)。
 何度も試作を重ね、試食をさせた弟の体重を増加させて怒られるという犠牲を払った自信作だ(ちなみに私の体重は変わっていない、試食もしたけど太ったりして澪に嫌われたくないし)。
 そんな大作を抱えた私を見て澪は言った。
「………奇跡だ」
 ひでえ。まだ渡すどころかカバンに入れているのを言ってもいないのに。
「律がこんな時間にちゃんと着替えて待ってるなんて………」
 そっちかよ。いやまあ、興奮して眠れなかっただけなんだけど(子供か)。
「な、何かあったのか? 私で良ければ相談に乗るぞ?」
 ………そんなに私が早起きしたらおかしいか? けど、余計な心配をさせたくもないので、
「まあそんな気分になることだってあるって! ほら、遅刻の心配もないんだからさっさと行こうぜ」
 そう言いながら澪を押して玄関を出る。「あ、ああ……」とまだ不審そうな澪ちゃんにどんだけ信用無いんだ私は、とちょっとだけショック。
 兎にも角にも勝負は学校に行ってから! 寝不足も手伝って妙なハイテンションになっている私を見ている澪が冷や汗をかいているのもご愛嬌ってことで!
 そうでもしないと不安に潰されそうな自分も必死になって隠すんだ、澪に今気付かれる訳にはいかないんだから。
 と、いうことで。
「はよーっす」
 澪と並んでクラスに入ると「え? 律?」「嘘、こんな時間に?!」「………夢?」などと失礼極まりない歓迎(?)を受けてそれぞれにツッコみながら席に着く。実を言うと助かった、澪と並んで歩いているだけで心臓バクバクだったのを気取られずに済んだし。
 正直なところテンションを上げすぎた私は席に着くなり机に伏せた。まさかここまで疲れる登校になるだなんて思いもしなかったぜ。
「おはよう、りっちゃん」
 お、さすがムギだ。この時間帯には学校に来てるんだな、私より後に来るなんて想像も出来ないけどさ。
「今日は随分早かったのね?」
「あー、ちょっとした気まぐれってやつ? それにしてもみんな騒ぎすぎだっつーの、そんなに私が遅刻ギリギリじゃないのが珍しいのかよ」
 それに対して満面の笑顔で「うんっ! 澪ちゃんがいなかったらどうなってるのか分からないもの」なんて言いやがるムギに悪気が無いのが逆に傷ついちゃうんですけど。
「…………で、唯は?」
 答えはムギの視線にあった。というか、当たり前のようにまだ来ていない。憂ちゃんがいるから遅刻などはないけど、あいつが私より早く来ていたらそれこそ奇跡だな。
 とにかく、私は疲れてるんだ。ちょっとだけ休ませてくんないかなー。
 とか思っていると、
「………で? 澪ちゃんにチョコは持って来たの?」
 耳元で囁くムギに思わず飛び上がってしまった。
「な、な、何言ってる?!」
「え? ほら部活の時に渡すのかなーって。私もみんなの分を持ってきてるから」
 不思議そうに首を傾げるムギを見てようやく落ち着く。そうだよな、部活があるんだからみんなにはその時渡せばいいんだし。
「あ、あー………うん、持ってきてるきてる! いやー、部活が楽しみだなー」
「そうなんだ、私も楽しみにしてるね!」
 それだけ言うとムギは他の友達と話すのか私の席から離れていった。いったけど笑顔が怖い、なんでピンポイントに澪の名前を出したんだっての。
「はぁ………」
 妙にざわついているクラスに今日は特別な日なのだなと改めて感じつつも、そういえば澪へのチョコの事ばかり考えていて部活のみんなへのチョコをすっかり忘れていたことを思い出し頭を抱える私なのだったりするのだ(ま、まあ忘れたって言っても許されるっしょ、キャラ的に。それもそれで悲しいっちゃ悲しいけど)
 それはともかく、うちのクラスも朝からいきなりチョコの交換って感じではなさそうだ。
 そりゃそうなのかもしれないけど取りあえずは助かった、友チョコの中の一つ扱いにだけはされたくない。
 今日、この日のこのチョコだけは特別なんだからな!
 てな感じでどことなく嵐の前の静けさな雰囲気のままホームルームが始まった。
 あ、ついでに言っておけば唯はギリギリだけど間に合いました。朝からほっぺたにチョコくっつけて。間違いなく犯人は憂ちゃんです、どんだけー(ちょっと古い)。つーかさ、仲良すぎだろこの姉妹。朝からチョコとか食べさせちゃダメだと思うんだけど唯だしなぁ(呆れる)。
 ちょっと視線を動かしたら同じようにため息を吐く澪がいる。よし、唯は後で説教しとこう。澪を困らすなんて悪いやつだ(お前が言うなとか禁止)。
 ま、少しは緊張もほぐれたから私的にはサンクスだけどね。