『SS』 例えば彼女を……… 後編

前回はこちら


「おーい、そろそろだぞー」
 軽く膝を揺すると素直に起きるネコ。もとい赤ちゃん。ではなく九曜。
「――――おあお〜――――――」
 まだ起きてないご様子だな、汁粉貰ってこようか?
「―――んにゃ〜―――――」
 大きく伸びをした九曜(因みにまだ膝の上だ)はようやく瞳に光を取り戻すと、
「―――――おはやう――――ごじゃ―――ます―――――?」
 小首を傾げてそう言った。どうもまだお目覚めではないようだ、いいから降りてくれ。
「――――うぃ――――」
 こういうところだけ素直なお子ちゃまはあっさりと降りてくれた。っと、さっきまで人肌の温もりがあった分だけ寒く感じるな。
「さて、さすがにここでという訳にはいかないから少し移動するぞ」
「――――は〜い―――――」
 どういう訳か誰にも気づかれずにベンチを髪の毛に収納した九曜の手を引いて見晴らしのいい場所へ。
 カメラなど構えている人もいるが、概ね適当に過ごしている連中ばかりの中に俺たちも立っていた。
「もう少ししたら日の出の時間だからな、よく見ていろよ」
 携帯で時間を確認しながら東の空を見る。

 その時だった。

「――――夜明け前より―――――瑠璃色だ―――――」
「いや、夜明け前そのものだから」
 そんな冗談もすぐに通用しなくなる。うっすらと明るくなったかと思った空は黒かった色を徐々に碧く、そして赤く染めてゆく。
 黒と紫、そして青と赤がグラデーションとなり、混ざりながら拡がっていく。
 そして。
「―――――おぉ―――――」
「………すげぇな………」
 夜明けというものは何度か見ているはずなのだが、やはり違うように感じてしまうのは俺が日本人だからなのか? それとも万国共通で初日の出というものには敬虔なる何かを感じてしまうものなのかもしれない。
 ゆっくりと昇ってくる太陽は周囲を赤く、そして白く輝かせていく。その姿にいつもとは違う神々しさを見出すのが人なのだろう。
「――――――」
 おい地球、お前さんも中々捨てたもんじゃないぜ。この広い宇宙のちっぽけな一惑星、その中のもっと小さな弓状列島の一都市での出来事が。
 宇宙の深遠さえも知っているかもしれない宇宙人を感動させているのだからな。何も言わなくとも、表情が変わらなくとも、その瞳に映る光が雄弁に物語っている。
「九曜、何か願い事でもしておけ。せっかくの初日の出だからさ」
 俺も自然と手を合わせていた。見よう見まねで九曜も続く。こいつの願いといえば佐々木についてなのか進化がどうとかなのかは分らない。
 だが、俺の願いなんてもんはシンプルなものさ。
 今年一年、健康で何も変わったことなどなく過ごせるように。宇宙人に未来人、超能力者に神様までいる世界で平凡に大人しく生きていきたいのさ。
 ただ、少し退屈な時に。隣りにいるお子様みたいなこいつが絡んでくれば面白いって思うけどな。


 だからまあ、なんだ? 今までどおりでいいってことなんだろう。SOS団があって、佐々木たちがいて。
 周防九曜もここにいる。
 それで取り敢えずはいいのさ、今年も退屈しないで済むだろう。


「よし、日も昇ったことだし帰るか」
「――――ですね――――」
 こうして俺たちは目的だった初日の出を見物して足元も明るくなった道を下山するのであった。
「………ねぇ、九曜さん?」
「――――なに――――?」
「なんで俺は帰りもナチュラルにお前をおんぶしているのでせうか?」
「――――さあ――――?」
 さあ? じゃねえだろ! と言っても素直に降りてくれそうもないので、ため息だけを抵抗の証として黙って歩く。
「―――すまないねえ――――いつもお前には――――苦労ばかり―――かけて―――――」
「いいってこったよ、おっ母さん」
 などと昭和を感じさせながらの下山は登りよりも早く、そのまま臨時バスに乗り込んだ俺たちは無事帰宅の途に着いたのである。
 因みに、帰りのバスでは(登り降りはずっと人の背中の上だったくせに)くーちゃんが余程お疲れだったご様子で、動き出した途端に人にもたれて眠ってしまった事を記しておく。よく思い出せばこいつ日の出までも寝ていたはずなのによく寝るよな。
「やれやれ………」
 女子にされる膝枕は男子共通の夢だと思うのだが女子高生(見た目だけは)に膝枕するというのは一体何人が夢見ているのかね?
 嫌になるくらい無防備に眠っている九曜の頭を撫でながら俺は益体もない事ばかりを考えていたのであった。






 その後、バスを降りた俺たち(寝ぼけた九曜をバスから降すだけでひと悶着あったのだが)は何故かいつもの公園へとやってきた。
「やっぱりここなんだな」
「―――――そう―――――」
 とはいえ、こんなに明るい朝方での別れというのは新しい。元旦ということで人がいるかと思ったがどういうわけか無人のままなのも此処が不思議スポットの仲間入りをしたような気になるな。
「――――――くぁ〜――――――」
 さんざん寝てたくせにアクビをする九曜(口を開けているのに無表情)を見て苦笑する。
「なあ、今日は付き合わせて悪かったな、帰ったらゆっくり寝てくれよ。多分佐々木あたりから新年の挨拶でもあるかもしれないけどな」
 俺の親友はそこのところは礼儀を弁えている奴だ、俺も帰ったら年賀状の確認でもしておこう。
「――――いい―――」
 寝惚け眼で頭を揺らしながら、
「―――――非常に――――貴重な――――体験だった―――――」
「そうか? そう言ってもらえれば光栄だな」
「――――有機生命体の―――――賀正の概念は―――――よく分らないけど―――――」
「そこは俺もやっていてよく分からん。まあ元旦というか新年明けたらこういうもんだって昔から思ってるからなあ」
「―――――この――――コンタクト用――――インターフェースだから―――――知ることが――――ある―――――それは―――――天蓋領域も―――――予想しえなかった――――――」
 明るくなった空の光を映し込んだような瞳の光。周防九曜は、
「――――私は―――――全ての――――可能性を―――――観測する―――――」
 そう言いながらもやはり頭はゆらゆらと揺れているのであった。もう少しだけ格好良くいかないものかね、それもまたこいつらしいのだが。
「そうかい。だったらもうちょっとは佐々木たちに甘えてやれよ、残り二人は知ったこっちゃないが佐々木だけは信頼に値するやつだからさ」
「―――――あなたは――――――」
「わかったわかった、暇な時は相手してやるから。ま、お前の相手をするのも嫌いじゃないしな」
「―――――そう―――」
 はっきり言ってしまえば楽しすぎるけど、それを言えばめんどくさいことになりかねない。ちょっと会ってくだらないことだけで時間が潰れてしまうくらいで丁度いいんだろうよ。
「ということで解散! 帰って寝る!」
「――――はーい――――」
 何故か元気に手を挙げて俺たちはそれぞれの帰路に着いたのであった。
「ああ、九曜?」
「――――なに―――?――」
「明けましておめでとう。今年もよろしくな」
「―――――シクヨロ―――――」
 そこだけ砕けて言うなや。
「―――では――――また―――――」
 言うなり消えてしまうかと思った九曜は普通に歩いて公園を出て行った。最後まで見ていたから間違いない、普通に公園を出て角を曲がって、
「何かしろよっ!」
 俺がツッコミと同時に走って追いかけると、そこにはもう九曜の姿は無かったのであったとさ。
「くそう、これも新作か…………やられたぜ」
 徹夜で無駄に走らされるとは痛恨だ。俺は疲れた足を引きずってベンチまで戻る。
 座って一息吐くと空を見上げた。いつもとは違い、太陽が眩しいぜ。
「今年もよろしく、ねえ?」
 自分で言って笑えてくる。少なくともSOS団と佐々木たち(佐々木本人は違うと思うが)は対立しているはずなのに、当たり前のように遊んでいる俺と九曜。
 出来ればこのままでいきたいものだ、むしろSOS団と九曜や佐々木たちはもっと交流してもいいんじゃないか? そこで苦労するのは俺ばかりな予感もしなくはないけど。
「まあいいさ、そのくらいは」
 巻き込まれて始まったが今は好きでやってるんだからな。初日の出にも誓ってしまったことだし、振り回され役くらいはお受けしておこう。
「そんじゃまあ、精々暇しておくとするか」
 そうすれば傍らにはあいつがいる。白皙の顔に長い黒髪のあいつが。
 今度はどんなネタを仕込んでくるのやら。それすらも楽しみにしながら、
「ま、期待しないで待ってるさ」
 俺は新年の青空に白く煙る息を昇らせていくのであった……………



























 よし、完璧だ。今回は何も無いと言える自信があるぞ。
 何といってもハルヒはダウンしているし佐々木もまだ就寝中、または寝起きだろう。長門にはこのまま寝ずに会いに行けばいい。
「いやあ、やっぱ年明けたら違うわー。俺もちっとは学んでいるってことだね、うん」
 気楽な気持ちでベンチにもたれ、コーヒーでも買ってこようかなーとか考えながら、俺は束の間の安らぎを満喫する。
「ありゃりゃん、随分とお疲れさまだったねえ」
 そんなことないっすよ、楽勝っす。
「女の子一人おんぶして山を登り降りしたのにかい?」
 え、ええっと〜、軽いというか慣れ? といいますかですね、はい。というか、見えてたのか?
「ふ〜ん、キャッキャウフフとくっついて初日の出を見てたもんねー?」
 違いますよ、あれはあいつが迷子とかなっちゃうから仕方なく手を繋いだりしてるんですって、
「どこにいたんですか鶴屋さんっ?!」
 ベンチの後ろに鶴屋さん。いつの間にかの鶴屋さん。何でどうしてここにいる?!
「だって、あの山はあたしんとこじゃん。甘酒とかお汁粉の仕込みもあたしがやったんだよっ!」
 あー、そうだった。あの山は鶴屋家の所有なんだったっけ。それにしてもお嬢様自ら振る舞いの仕込みまでされていたとは。
「そんでお手伝いしてたら見知った顔が絶賛デート中じゃないかっ! てな訳でこっそり覗いてたってわけ」
 覗かないで、というか声くらいかけてください! 別にやましいことなんか…………
「おんぶして膝枕して手を繋いでイチャイチャしてたけど?」
 世間的にはそうなるんだよなー。あれは保護者的な観点であってそこに愛はあるけど種類が違うといいますか。でも鶴屋さんから見た九曜は間違いなく女子高生なんだよなー。
「ダメじゃないか、制服姿の女の子を深夜まで連れ回しちゃ! オイタはいけないって言ったでしょ?!」
「す、すみません………」
 あれ? なんで怒られてるんだ、俺。でもオイタしちゃいけませんって何か萌える。つーか、年上のおねーさんに怒られるのって何か素敵。うおー、オラわくわくしてきたぞ!
「まあいいや」
「いいんだ?!」
 そこはもうちょっと掘り下げて蔑むような視線とか土下座の強要とかしてもいいんですよ? むしろ望むところですとも! ほら、鶴屋さんの足元に跪けるなんて滅多にないんですから。靴なんてペロペロしちゃいますって!
「………キョンくんは本物なんだねえ」
 いえ、大物です。いつかお見せしたいくらいに。
「ふ〜ん、そうなの? そんなことよりもね?」
 華麗にスルーされた。ちょっとショック。
「ほら、さっき方言萌えって言ってたじゃない?」
 言ってたっけ? ええっと、登山前か。いつから見てたんだ、この人。
「そんで、あたしも方言を使っちゃおうかなって思うんだけど、どうにょろ?」
 鶴屋さんの場合、言葉そのものが独特であったりするのだが。しかもいきなりどうしたというのだろう?
「いいんじゃないですか、鶴屋さんの方言聞いてみたいですし」
 京言葉なんか似合いそうだ、お嬢様だもんな。
「んん………じゃあいくね? ウチねえ?」
 おお、ウチ! あたしじゃなくてウチと言った! かわいい!
「ウチ、ずっとキョンくんを見てたんだっちゃ」
「だっちゃ?! え、それ方言なの?!」
「山口弁だっちゃよ?」
 そ、そうなのか? でもその言い方は何というか、
「まったく、キョンくんったら女の子と見ればすぐに声をかけまくっちゃってー」
「あれ? ちょっと?」
「ウチがあれだけオイタはダメだって言ってるのにー!!」
「いやいや待って! 何か、何か違う! それと、その手に持っているのは何ですか?!」
「ウチの我慢ももう限界だっちゃ! 今度こそ許さないだっちゃよ、ダーリン!」
「ダーリン言っちゃった! それ絶対山口弁じゃないだろっ! って、手に持ってるやつがバチバチいってる! それってまさかっ?!」
「本家みたいに自力で出せないからつい買っちゃった。ス・タ・ン・ガ・ン♥」
「やっぱりだー! 山口でも何でもない! これ単なるラムちゃんだーっ!!」
「と、いうわけで〜? ダーリーン!」
「た、たすけ、」
「浮気はダメだっちゃーっ!!」
「のわぁ〜!!!」
 バリバリと電流を浴びた俺はそのまま倒れてしまった。加害者である鶴屋さんは満面の笑みで、
「はい、それじゃウチが手厚く看護してあげるだっちゃよ? せっかくだからダーリンの大物っぷりも見せてもらうっちゃ」
 俺を引きずって歩きだす。い、いや、その前に病院に…………
「どうせ元日は救急も忙しいんだからウチの家にいればいいっちゃ。うん、そのまんま居着いてもオッケーだっちゃよ?」
「入り婿?!」
「いいじゃない、新しい年に新しい門出! ウチとダーリンのラブラブストーリーはまだ始まったばかりだっちゃ!」
「色んな意味で怖いフラグだー! たーすけてー!!」
 だが電流を喰らった俺に抵抗する術もなく、そのまま鶴屋家の離れに連れ込まれる事態となるのであった。







 それから紆余曲折、もとい大混乱阿鼻叫喚な色々があって俺が解放されたのは三が日も過ぎた頃だった。
 因みにこの三が日で俺の行方を探していたハルヒ長門により新年早々世界が崩壊しかけたらしいのであるが、それについて俺は何も悪くないだろ?
 とりあえず、オチ要員の増員が今後どのように影響するのか、それだけが悩みの種なのである。そんなオチで申し訳ない。
「ねぇダーリン、おせちもいいけどあたしもね? ってのはどう?」
 勘弁してくださーい……………