『SS』 例えば彼女を……… 中中編

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 ピクリとも動かないが温かいし微かに呼吸音がするのでどうにか生きていると確認できる九曜を背負って歩くことしばし。
「ふう、やれやれ………」
 口癖にも力が無くなるくらいには疲れてきたが、ようやく俺は目標であった山の頂上部へと辿り着いていた。
「さて、やっぱりまだ時間もあるようだし少しは休みたいとこなんだけどな」
 いくら軽いとはいえ同じ体勢を取ったまま(九曜をおんぶしているのだが落とすわけにもいかないだろ?)の登山は堪えている。出来ればベンチなどあれば良いのだが、既に先客がいるのであった。まあ大分追い抜かれていたりしたから予想はしていたとはいえ中々辛いものである。
 かといって地面に直接座るには冷え込んでいるので難しい。何か敷くものでも持ってくれば良かったと後悔しても遅いよな。
「ということでいい加減に起きてくれ。ついでにお前の力で座れる場所まで確保してくれると助かる」
 軽く揺するだけで目覚めた九曜は、
「――――あふ――――」
 人の背中でアクビをすると、
「――――んしょ――――」
 ようやく背中から降りてくれた。どうでもいいが動作の一つ一つがお子ちゃま化しているな。
「――――ん〜―――」
 と大きく伸びをした(前も思ったのだが必要あるのか? 長門がこんな仕草をしたのを見たことがないのだが)九曜は、
「―――――では―――これで――――」
 もぞもぞと背中(というか髪の毛)に手をつっこむと、そこから二人掛けサイズのベンチを取り出した。片手で持ち上げたベンチを適当なところに置くと、
「―――どうぞ――――」
 そう言いながら自分はもう座っている。


 …………よーし、どこからつっこめばいいんだ?


「どうぞってどこから出してんだそのベンチ! それにそんなでかいものどうやって入ってたの? お前の髪の毛は四次元ポケットか?! しかもベンチを片手で持つな、力持ちか! というか、めちゃくちゃ目立つような行為を堂々とやるんじゃねえよっ!」
 ………ふぅ。一気に言ってやったぜ。
「―――まあまあ――――誰も――――見てませんから――――」
 んなわけあるか! と思ったら本当に誰も気にしていなかった。いや、無視されていると言っても良かった。
 ふむ。
「お前のステルス機能ってどういう仕組みなんだよーっ!」
 寝てる時はあんだけ気付かれてたじゃん、どうして髪の毛からベンチを出して無視とかされるのか分からないよ?!
 しかし、それもこれも含めて周防九曜なのだとしか言いようがない。いや、最早これを周防九曜と言い張っているのが無理があるというか。髪の毛から何か取り出すなんて設定どこにも無いと思うし。
「まあいいや」
「―――いいんだ―――」
 正直疲れたから休みたいんだよ。ということで九曜のとなりに腰かけた俺はやっと一息吐くのであった。
「とりあえず日の出には間に合ってるから後は待つだけだぞ」
「―――ほむ――――」
 周辺では双眼鏡やカメラなど準備に余念のない連中もいるが、肉眼で拝めれば上等な俺たちは何もすることがない。精々曇ったりしないように天に祈るくらいなものだろう。
「――――周辺の―――雲などを――――除去も可能―――ですけど――――?」
「それやったらどうなるんだ?」
「――――雨雲が―――集中して―――積乱雲が発生する――――ので―――羽田空港が――――閉鎖される――――くらいかな――――?」
「絶対に止めておこうね? お兄さんとの約束だぞ?」
 初日の出が見たい高校生のリクエストで空港が閉鎖される事態になったなどばれてしまえばどうなるか分かったものではない。しかし関西方面の雨雲が関東に影響するのだなあ。
「―――関空の――――閉鎖に―――しちゃう―――?」
「どこだろうとダメなものはダメだろ」
 ―――ちぇ〜―――と無表情に間延びな舌打ちをしながらベンチで足をブラブラさせている宇宙人。
 いかん、このままだとこのお子ちゃまは退屈すぎて本当に空の便に影響を与えかねないぞ!
 何かないかと辺りを見渡すと、朝日の昇る方向とは違うところに妙な人だかりが出来ていた。
「いいか九曜、ちょっと待ってろ。天候を操作したりするなよ!」
 奇妙な釘を刺して俺は人ごみに向かってみる。
「ほぅ?」




 数分後。

「待たせたな」
 大人しくベンチに座っていた九曜(今度は凍ってない)に声をかけた俺は手に持っていたものを差し出した。
「――――なに――――?」
「甘酒と汁粉。この山の持ち主が初日の出の参拝客に振る舞っているんだそうだ」
 このご時世に場所を無料で貸し出しているだけでも十分なのに豪気なものだ。そこで俺たちもご相伴に与ろうという寸法なのさ。
「――――ぬく〜い―――――」
 だなあ。ありがたく汁粉をいただきながら体の芯まで温まっていくのが分かる。待ち時間をあまり考えていなかったが防寒対策はもう少ししてくるべきだったな。
 甘さを抑えているのでしっかりと体を温めてくれた汁粉を食べ終えてこれも温かな甘酒を飲む。適度なアルコールが夜気に冷えた頬を温めてくれる。
「いや〜助かったな、コンビニもないから夜明けまでどうしようかと思ってたんだ」
 また九曜を凍らせたら大変だからな、と傍らのお子ちゃまを見てみると。
「――――にゃはは―――」
 あれ?
「――――うにゃ―――うにゃ――――」
 笑っている?! あの周防九曜がほにゃほにゃと笑顔でいらっしゃられるのだ!
「ま、まさか…………」
 俺は手に持っていた紙コップを見て青ざめる。勿論九曜も同じものを持っているのだから、
「お前、甘酒で酔ったのかー?!」
 よく見れば白皙の顔はほんのりピンク色に色づき、まぶたが少し落ちた目はとても眠そうに見える。おまけに頭がゆらゆらしていらっしゃる。
 うむ、完全な酔っ払いモードだ。
「マジかよ………」
 宇宙人って酔うんだ。ウチのところの宇宙人はあの禁酒を誓った合宿時にも微動だにしなかったと思うのだが。
「――――にゃ〜―――にゃ〜―――にゃ〜―――にゃ〜――――」
「それを理解出来る言語機能は無いぞ」
 というか、宇宙人というのはすべからくネコと化すのだろうか。俺の肩のところをカリカリと掻きながらニャーニャー鳴いている。
「――にゃ〜――――にゃん――――にあ〜―――」
「いや、だからね?」
「――――にゃ〜――――にゃ〜―――――にゃんころじ〜で〜―――――人類―――――にゃんとれびあ〜ん―――――――」
「え、お前それ出たかったの?!」
 今のところは佐々木たちの出番はなさそうだよな、どうでもいいが髪をおろした森さんが可愛すぎる。そういえばアレだと宇宙人は甘酒で酔っていたっけ、またもメタで申し訳ない。
「―――――私も――――砂の―――中――――?」 
「いや、それはないだろ」
 砂の中に宇宙人なんて長門にも九曜にも喜緑さんにもさせたくはないぞ。
「だが心当たりならいるな」
「――――ですね――――」
 この時、俺たちの頭の中には一人の宇宙人が首まで砂の中に埋められた晒し首状態で浮かんでいた。幼い方ではなくリアルな等身で。しかも何故か波打ち際で。おまけに潮が満ちて来つつある状況で。うわ、なんかすっげえ泣きそうになりながら「何でこんな扱いばかりなの〜?!」とか言ってるぞ、あの眉毛。
「似合うなあ………」
「――――似合うねえ――――」
 いかん、思わぬところで故人(?)を偲んでしまった。それにしても埋まった姿が似合うなあ、朝倉って(ひどい)
 それはそれとして。
「――――ふみゅ〜う――――――」
「おい寝るな! もうすぐ夜明けだぞ!!」
 などと、てんやわんや(古い表現)しているだけで時間は過ぎていくものである。
「――――にゃう〜――――――」
「………やれやれ」
 猫と宇宙人は人の膝で丸くなって眠るのだな。新しい発見だ、今度SOS団の宇宙人にも訊いておこう。
 いや、何故か凄く嫌な予感(主に正座したまま身体が拘束されそうな)しかしないから止めておこう。安全第一だ、うん。
 ということで膝の上で丸くなっている九曜の頭を撫でながら待つことしばらく。
「ちょうどいいから次回に続こう」
「――――ZZZ――――マジでか―――――」
 えらくマジだ。