『SS』 trick or とりーと?(仮) 3

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 さて、後半戦とは言ったもののかなり夜も更けつつある。我が家の者どもはもしかしたらどこかで一泊して帰るのではないだろうか、長男を置いて。
 家族の薄情さを嘆きながらも侵入者を撃退すべく(ハロウィンのお菓子を貰いにくるだけなのに)玄関先、ではなくリビングでソファーに横たわってテレビを見ていた俺なのだったが、玄関でチャイムが鳴ったので慌てて飛び起きた。
「さて、どいつが一番手だ?」
 いきなりハルヒなら塩でも撒いてやろうか、古泉ならドロップキック一択なのだが。などと思いながらドアを開けるとそこには、
「キョ、キョンく〜ん………と、とりっく……おぁ……とり〜と……です………」
 レオタード姿で寒さに震える哀れな上級生の姿があったわけで。って、それどころじゃないっ!
「朝比奈さん?! まさかずっとその恰好でいたんですか? いや、いいからとりあえず中に入ってください! 何か温かい飲み物と上に羽織る物を持ってきますから!」
 これは酷い、もう十月の末日だぞ。日が落ちれば寒さも身に染みてくるこの時期にレオタードで歩かせるなんて羞恥プレイというより苦行だ、文化祭の映画撮影より酷い。恐らく日中の気温でしか物事を考えていなかったハルヒが無理やり朝比奈さんを連れまわしたのだろうが、一人で行動していたのなら上着を羽織れば良かったのに。律儀というか、ハルヒの命令には逆らえないお人なのだ。
「ちょっと待っててください、先に上着だけでも取ってきます!」
 家の中に入れようと思ったがその前に上着を羽織らせてからだと判断した俺は玄関に朝比奈さんを待たせておいて急いで階段を駆け上がり、自分の部屋からコートを持ってきた。
 だが。
「くぅ〜………」
 一分もかからずに戻ったはずなのに、そこには可愛い寝息を立てて眠っている朝比奈さんがいた。おかしい、疲れているとはいえさっきまで寒さで震えていたのにこんなにあっさりと寝てしまえる訳がない。
 だが、このパターンは既に学習済みである。寝ている朝比奈さんを介抱しようとしゃがむ俺の頭上から、
「こんばんは、キョンくん」
 と優しげな声がしたからな。顔を上げればお馴染み、にはちと出番が少ない朝比奈さん(大)がそこで微笑んでいた。
「どうしたんですか朝比奈さん?」
 学習済みとは言ったがよく思い出せば初めてに近いパターンだ、ここは過去でもなければ手紙が残されていた訳でもない。朝比奈さん(小)にも秘密のまま朝比奈さん(大)が行動しないとは限らないのだが、何故今日なのかという疑問は残る。
「まさかハロウィンが未来に関係するとか言わないでくださいよ、ハルヒがなにかしでかすんですか?」
 可能性として朝比奈さんが寝ている間に俺が何かをすることによって未来の方向性が確定するはずだとしても事前に何らかの情報は得ておきたい。今までも意味が解らず行動していたのだ、一度くらい説明してくれてもいいだろう。
 しかし朝比奈さん(大)は見る者全てを虜にしてしまいそうなあの微笑みで、
「まずはそこに寝ている小さな私を運んでもらえないかしら?」
「………わかりました」
 一瞬興を削がれそうになるが、確かにレオタード姿の朝比奈さん(小)をそのままにもしておけないのでコートをかけてリビングまで運ぶ。ソファーに横たわらせた朝比奈さん(小)が可愛く寝息を立てている中で、俺は話を切り出した。
「それで今回俺は何をすればいいんですか? 家にいるとはいえまだイベント中なので出歩いたりするのは難しいと思うのですけど」
 このイベントがいつの時点で終了なのかすら分かってないんだ、もし出かけている間にハルヒにでも訪問されたら御終いだ。
「ああ、今回キョンくんは家から出たりする必要はないですよ」
 そう言うと朝比奈さん(大)はどんどん俺に近づいてくる。微笑んだままなのに何故か身の危険を感じた俺は後ずさったのだが朝比奈さん(小)が眠るソファーを背中に行く手を遮られた。
「な、なんでしょうか………?」
 近い、目の前に朝比奈さん(大)の顔がある。古泉は気持ち悪いから嫌だがこれも別の意味で困る、これほどの美人とゼロ距離接近して平常でいられるほど俺はまだ悟りを開いてないんだぞ。
 とりあえず顔だけでも逸らそうとしても視界いっぱいに朝比奈さん(大)が迫っている、しかもそこまで近づいているのだから当然なのだが当たっている。何を、という説明など不要だろ? ヒントを言えばこの位置でも長門ならば当たらないものだ。だが、それもいい(長門に関しては)
キョンくん、お願いがあるんです……」
 うわ、朝比奈さんが話すだけで息がかかる。それがまた甘いような香りがしてきて目眩さえ起こしそうになってくる。
「な、な、な、なんでしょうか、俺に出来ることならば何でも致す所存に御座いますればしばし離れて頂ければこれ幸いにて御座候でございます!」
「うん、ちょっとそこに寝ている小さな私にイタズラしてほしいの」
 なんですとーっ?! 一気に目が覚めた俺は朝比奈さん(大)を押しのけるように飛び上がる。「きゃんっ!」って可愛く尻もちをついたけど言っている事は滅茶苦茶だぞ、この人!
「いった〜い、何するんですかキョンくん〜」
「何を言ってるのかこっちが知りたいわ! どうしたんですか朝比奈さん、何か悪いものでも食べたんですか?!」
 動揺する俺などお構いなしにキチンと座り直した朝比奈さん(大)は表情を改めると真剣な目で俺を見つめた。
 そうか、朝比奈さん(大)が来るということはそういうことなんだよな。俺も気を引き締める。
キョンくん、これは規定事項です」
「はい」
「だから、そこの小さな私に《禁則事項》とか《禁則事項》とか《禁則事項》までしちゃって《禁則事項》してください」
「だから何でそうなっちゃうの?!」
「あ、ちゅうもしちゃっていいですよ。というか、その先もドーンとやっちゃってください! どうせこの時の私は何も覚えていないんですから」
「完全な犯罪行為じゃねえか! あんたそれでいいの? 自分のことなんだぞ?!」
 危ねー、これは何の罠だ? どういうトラップを仕込んできやがった未来!! って、未来から来た朝比奈さん(大)はどこでこれが規定事項になるって知ったのだろうか。
 色々訊きたい事が多すぎるがまずは事態を回避しないことには始まらない。と思っていたのに、
「ほらほら、据え膳ですよー」
「なに当たり前のようにレオタードずらしちゃったの?! 見えてますよってかでかい!」
 いや、これは生着替えを何度か見てしまった俺が改めて驚愕するほど大きなものだった。ま、まさか…………まだ成長するというのか、あの山脈は!
 混乱と興奮と何かこうムラムラしたものが綯い交ぜになっちゃってる俺の背後に目の前にあるものに勝るとも劣らないボリュームが押し付けられ、
「はーい、一名様ごあんなーい」
 勢いに負けて倒れこんだ俺の顔が生暖かくも柔らかくしかも弾力に富んだ膨らみに包み込まれた瞬間。
 
 何かブチィッ! と切れた音が聞こえた気がして。

「おーし! 今日はお父さん張り切っちゃうからなー!」
 などという謎のセリフを吐いた瞳からハイライトが消えた男子高校生と、
「きゃ〜! どんどん《禁則事項》して《禁則事項》して《禁則事項》しちゃってくださ〜い!」
 などという謎だらけのセリフをのたまう綺麗なお姉さんがそこにいた。
 こうして俺は本人公認(?)でお菓子を取りに来た朝比奈さん(小)を撃退したのであった。詳しくは言えないが主に《禁則事項》が《禁則事項》で《禁則事項》になった挙句に《禁則事項》までしてしまい、それに興奮してしまった朝比奈さん(大)までが、
「わ、私にも………」
 なんて言うものだから最後には三人で《禁則事項》が《禁則事項》になってしまい、止めとばかりに《禁則事項》しちゃったから、《禁則事項》が《禁則事項》になってしまったのだった。本当に詳しくは言えないんだよ、ハロウィンだもの。





「ど、どうすりゃいいんだ…………」
 まあ色々な手順を踏んですっかり温まった朝比奈さん(小)が俺の貸したコートを着て笑顔で手を振って帰るのを青ざめた顔で見送ってから、俺はリビングで頭を抱えていた。
 はっきり言おう、明日どんな顔して朝比奈さんに会えばいいんだよ?! 綺麗に証拠を隠滅した朝比奈さん(大)は笑顔で「大丈夫、何もなかったことになってますから」なんて言ってたけど、ならば俺の記憶も消しておいてくれよ!
 それはダメだとはっきり言われたけど。なのでこうして悩みながらのた打ち回るしかない俺なのであった。いや、すごかったけど。いい思いしたといえばそうだと断言できるけど! なんと言ってもあの朝比奈さん(大・小)だぞ? そりゃ溺れますよ、あの谷間に。
 でも、とかしかし、とか言いながら実際には何とか誤魔化せてしまうのだろうなぁとか思う事しばし。
「なんだぁ?!」
 喧しいほど連打されたチャイムで俺の憂鬱な時間は霧消した。いや、もう判っている。こんなチャイムの鳴らし方をする奴は俺の知り合いでは妹以外には一人しかいない。ハルヒだ、次の訪問者は団長自ら押しかけてきたようだった。
「ったく、そんなに急かさなくても出てやるから近所迷惑と言われる前に止めてくれないか?」
 ボヤキながら玄関まで出てみる。幸い朝比奈さんにはお菓子を差し出していないのでハルヒに菓子を渡せばミッションはクリアだ。あいつ相手に駆け引きや奪い合いなど面倒なので満足するかどうかは別として持っている菓子類を渡してお帰り願うさ。
 ふと時計を見ると夜もかなり更けていた、何といっても遅れっぱなしの進行具合なのだ。いくらハルヒでもさすがに一人で帰るには遅いくらいだ、これはむしろ早く菓子を渡して帰らせた方がいいかもしれない。
 そう思いながらドアを開けた瞬間、
「バカッ! 今まで何してたのよ?! どうせ何もしてなくて寝てたんでしょ! あたしが来るのが分かんなくても待ってるくらいは出来たわよね! それをチンタラしてんじゃないわよっ!」
 矢継ぎ早に捲し立てられた俺は思わずカッとなって怒鳴り返そうとした。
 だが。
 言い返そうとした俺は見てしまったのだ。ハルヒの顔を。真っ赤になって泣いている涼宮ハルヒの顔を、だ。
 途端に言葉を失ってしまう、何故ハルヒが泣いている? 戸惑う俺にハルヒは泣き声で食って掛かる。
「あんたのことだからお菓子なんて貰って来れないと思ってたのに! だからわざわざクッキーまで焼いて持ってきてあげたのに! 一人ぼっちじゃないかって早めに来て待ってたのにいつまでも帰ってこないわ、みくるちゃんとは長い時間一緒に家の中にいてコートまで貸してるわってあたしだって寒いのにずっと外にいたのに!」
 …………え? 今なんて言ったんだ、こいつ。ずっと待ってた? 朝比奈さんが出ていくのも見てたのか? しかも、クッキーを焼いてたって……………確かにハルヒの手には可愛くラッピングされた包みがある。
 ええっと、つまりはどういうことだ? ハルヒは俺がお菓子を貰えないと思っていた。だからクッキーまで焼いて、しかも俺が暇というか一人だろうと思ってわざわざ早く来てくれていた。そういうことか? 
 改めてハルヒを見てみる。朝比奈さんよりはマシだがハルヒも露出が多めの魔女のコスプレだ、それでこの寒空の下ずっと俺を待っていたというのかよ。よく見れば肌も白く、鳥肌が立っていた。
「…………何よ、みくるちゃんばっかり………………あたしだって、あたしだって……………」
 涙を見られないように帽子を目深に被りながらも小さく肩を震わせるハルヒ
 ………いかん、これは何かの間違いだ。魔女のコスプレのせいに違いない。ハロウィン・マジックなんだ、そうとしか思えない。そうじゃなければ。

 あの涼宮ハルヒがこんなに可愛いわけがない。
 
 さっきまでの怒りなど吹っ飛んでしまっている、それどころか目の前にいるハルヒがいじらしくて可愛くて仕方が無い。
ハルヒ、すまなかった」
「ひゃあっ?!」
 気が付けばハルヒを抱きしめていた。触れている肌が冷たい、一体何時間待っていてくれたのだろう。
「ちょ、ちょっと! 離し、」
「いいから黙ってろ」
 こんなに冷えきった身体をそのままになどしておけないだろ? それも俺が間抜けで鈍いからなのだからさ。
 わずかばかりの抵抗をしたハルヒも今は大人しく俺の胸に顔を埋めている。
「………もういいでしょ、お菓子を貰ったら帰ってあげるから」
 恥ずかしいのか顔も上げないハルヒの強がりすら好ましく思いながらも、
「ダメだな。このまま帰すわけにはいかないだろ」
 俺はハルヒを抱きしめたままで離すつもりはなかった。
「あのさ、ハロウィンのトリックオアトリートって言葉には本来お菓子をもらうってのじゃなくておもてなしを受けるって意味があるらしい。お前は知っていたか?」
 ついさっき仕入れたばかりの豆知識だけどな。
「そうなの? コスプレしてお菓子を貰うイベントってだけじゃなくてお盆みたいにご先祖様を敬う習慣だってのは知ってたけど」
 正確に言えば違うらしいが俺が知っているハロウィンってのも似たようなものだ、コスプレが主目的のようなハルヒがそこまで詳しくは調べていないだろうとは思っていた。
「それで? 全然ダメな発音であたしの知らない知識をひけらかしてどうしようってつもりなの?」
「まあ発音については置いておけ。つまり、俺が言いたいのはお前をそのまま帰すつもりはないってことだ」
 そう言うとようやくハルヒが顔を上げる。まだ赤みの残る頬に心がざわめきそうになりながら、
「あの、さ? よかったら俺にその〜、おもてなしってのをさせてくれないか? いや、そのまま帰らせるのも寒いだろうから無理にとは言わないけど」
 非常にあたふたと意味のあるような無い様なむしろ誘っているのではないかと勘繰られてしまいそうなくらいに挙動不審な言い方になってしまったのは今更ながらハルヒを抱きしめたまま何を言ってるのだと思ったからだ。そのくせ腕を解く気にはなっていないのだから我ながらどうかしている。
「なにそれ、バッカみたい」
 まだ涙が光る目で笑うハルヒは何と言うか、とてつもなく可愛かった。
キョン!」
 何だ、という間も無く視界がハルヒに塞がれて。唇に少し冷えた柔らかい感触が。
「あたしを満足させるくらいもてなさなかったら承知しないんだからねっ!」
 あの感触は………と思う前にハルヒは俺の腕から離れて玄関から家の中に上がり込んでいる。
「まったく、こんなことならもっとちゃんとした衣装だって用意してたのに………」
 こういう時のちゃんとした衣装ってのはどんなのだ? なんて軽口はきかないでおいてやるさ。
 あいつの真っ赤になった耳たぶに免じて、な?
「おい待てよハルヒ、もてなす側を置いていってどうするんだ?」
 こうして俺はリビングではなく真っ直ぐに俺の部屋へと向かったハルヒを追うのであった。
 ここから先はどうなったかなど言うつもりもない。だが、詳しくは言えないが涼宮ハルヒって女がとんでもなく可愛いってことだけは保証しておこう。これもハロウィンだからかね?








「さて、と………」
 自室でハルヒを出来る限りもてなした俺は夜も遅くなったことだし送ろうと言ったのだが、
「一人で帰れるからいいわ。それより明日遅刻したら許さないからねっ!」
 と言われてしまい、流石にそれは良くないだろうと尚も玄関まで来たところで、
「まだゲームは続いているの。だから大人しく家にいなさい」
 そう言いながら唇を塞がれてしまった挙句に、
「…………また、来るからね?」
 赤い顔でそう言われてしまっては何も言い返せなかった。それなので再びリビングにて待機中なのだ。
 しかし、待ち続けてもう日付を越えそうな時間帯である。さすがに誰も来るはずがないよな。
「ふぁぁぁ〜………」
 大きく欠伸をしたところで俺も寝ようと思い、玄関先に置いていた菓子を回収しようとした。
 だが。
「何ィ?!」
 まさかのチャイムに俺が驚いて玄関のドアを開けるとそこには、
「…………」
「な、何であなたがここにいるのですか?」
 ある意味コスプレではあるが、この場においては違和感しかない。そんな見慣れたメイド服に身を包んだ森さんを前にした俺は絶句するしかなかった。
 まあこれも古泉の仕業なのだろうが、『機関』の人たちも大変なものだ。
「あぁ、一応お菓子は差し上げられないというか、そういうルールですので。良かったらお茶でも飲んでいってください、古泉には適当に言っておきますから」
 俺などが同情するようなものでもないのだろうが寒空の下でメイド服というのもあまり良くはないだろうから、せめてものもてなしと思って声をかけてみる。
 しかし、物言わぬメイドさんはいきなり俺の肩を両手で掴むと、
「………せなさい」
「え?」
「させなさい、と言っているのです!」
 もの凄い力で俺を押し込んで来た! 何で?!
「ちょ、ちょっと待って森さん! いきなり何を、っていうか何をさせろと?!」
「無論、性行為です」
「お菓子もイタズラもすっ飛ばして直接的な表現しやがったーっ?!」
 どうした、今まで上手い事オブラートに包んでいたのにこのメイド全部ぶち壊しやがった! 一体何があったというのだ?!
「私だっていい大人ですから? それなりに忙しいですし? 何と言うか、肉欲を持て余すことだってありますから!」
「だから何でそんなに直接的なんだよ?!」
 とか言ってたらいつの間にかリビングのソファーに押し倒されて森さんが上にのしかかっている。
 その目は、正に捕食者だった。
 こえーよ、俺が肉食系男子だったとしてもティラノサウルスの前のライオンくらい差があるよ! 蛇に睨まれたカエルの方がまだ助かると思うに違いないっ!
「あ、あの、ですね? そこまで飢えていらっしゃるのならば近くにいくらでもいらっしゃるのではないでしょうか? ほら、イケメン高校生とか中年キャラに初老のナイスミドルまで選り取りみどりじゃないですか!」
「え〜? 職場関係でそういうのって何か後を引きそうで嫌じゃないですか〜?」
「何でそこだけ冷静なんだよ?!」
 というか、そこで俺ならいいという理屈があるものか! しかもどういう力の加減なのか抜け出そうにも動けやしない、朝倉並みの力でもあるのかこの人?!
「それに、」
 森さんが舌なめずりをする。艶かしくも恐ろしいその姿に息を飲む。
「あなたが一番美味しそうですもの」
「食べられる?!」
 ギシッとソファーが軋み、マウントポジションの森さんが顔を近づけてくる。
「さあ、大人しく私の欲求不満の解消に付き合ってください」
「いやだからストレート過ぎるだろ?!」
「いいから。お姉さんに全て委ねていいのですよ?」
「うわ、その言い方は萌える!」
「ほら、もうこんなになっちゃってるじゃありませんか」
「キャーッ!」
 こうして俺はハロウィンにかこつけた森さんのストレス解消のはけ口にされてしまったのであった。詳しくは言えないが骨の随までしゃぶられるというのは比喩ではなく現実なのだと実感したばかりだ。これはもうハロウィンならではなのか?








「………もう、ダメだ」
 自室のベッドに大の字になって俺は誰とはなく呟いた。今日一日を思い出そうとしても色々ありすぎて逆に場面が浮かばない。
 心身共に疲労困憊の状態で時計だけ確認してみれば既に日付を越えていた。やっと、ゲームも終了の時刻になったのだ。
「や、やっと寝られる………」
 ベッドの横には大量のお菓子が入った袋が置かれている。やりたい放題だった森さんが最後にお礼と称してお菓子まで置いていったのだ。奪われるどころか菓子の量は増えてしまったのだが、それ以上に俺の失ったものは大きいと思う。
 それでもこの量ならば俺の優勝は固いだろう。何と言ってもハルヒにも取られていないしな。
「って言うか明日(既に今日だが)起きられるのか………?」
 そう思いながら瞼を閉じれば自然と意識が薄れていった。ようやく俺にも安静の時が訪れたかに見えた。
 だが。
 冷静に思い出してみよう。俺が相手をしたのは鶴屋さん、阪中、喜緑さん、朝比奈さん、ハルヒ、そして森さんである。

 誰か忘れていやしないだろうか?

「………起きて」
 小さくもはっきりとした声に俺が目覚めて瞼を開くと、そこにはお馴染みの小柄な宇宙人が正座をしていた。
「………長門か?」
 頷く姿は間違いなく俺達SOS団の頼れる万能選手、長門有希その人である。
「どうしたんだ、こんな時間に? それに勝手に人の家に………」
 ここでようやく気付いた。何故こんなに明るいんだ? というか、
「何で俺のベッドが外にあるんだ?! それに此処はどこだ、妙に肌寒いというか空気が薄くないか?」
 よく見れば周囲には何もない、草原というか高原のようなところに俺のベッドだけがポツンとあるような状況だ。
 すると慌てている俺を冷静に見つめていた長門が口を開いた。
「ここはメキシコ」
 ………は?
「な、何でメキシコ? それってハロウィンに関係するのか? だとしても、もう日付も越えたしゲームは終了のはずだぞ」
 意味が分らない。これはハロウィンの一環なのだよな?
「そう。これはハロウィン」
「じゃあ何で俺はメキシコに連れてこられたんだ?」
「日本とメキシコの時差は約15時間」
 なんだと?! ということはつまり、
「現在のメキシコ時間では10月31日午前9時」
「そ、それって………」
Trick or Treat?」
 反則だー!! こいつ、一番乱暴なやり方できやがった!
「そんなもんお菓子なんてある訳ないだろっ!」
 こっちはベッドの上だぞ、寝てたっていうのにお菓子なんか枕元に置いておくわけないだろっ!
「そう。では、」
 狭いベッドに正座をしていた長門が俺に詰め寄ってくる。
「これから15時間、わたしはあなたにイタズラし放題」
「そんなわけあるかーっ!」
 と言っても所詮はベッドから降りてもただ広い草原だし、逃げたところでメキシコなどに飛ばされていては帰る事など不可能であり、相手は長門なので抵抗など出来るはずもなく、俺は為すすべもないままに長門に捕まってしまったのであった。
「お、お前やりすぎだろ…………何でよりによってメキシコなんだよ…………」
 すると長門のスカートから何かが落ちた。
 それはお馴染み謎の覆面レスラー、エル=バルサミコのマスクだった。って、
「あんな前フリ分かるものかーっ!!」
「動かないで」
「いやーっ!!」
 こうして、た〜す〜け〜て〜! という俺の悲鳴だけがメキシコの青い空に響きわたったのであった。詳しくは言えないが15時間にも及ぶ長門のイタズラはイタズラの範疇を軽く凌駕していたことだけは明記しておく。ハロウィンなんてもんじゃない。











 今回の結末を簡潔に述べておこう。俺と長門はメキシコで15時間過ごした。
 つまり、その間15時間日本に居なかったということになる。
 となれば、学校になど行っているはずもない。
 ということは即ちハルヒが待っていてもどうしようもない訳で。
 結果、世界が崩壊寸前になるまでの大規模な閉鎖空間が発生した。これについて俺は責任ないよな? にも関わらず最終的には俺がまたも閉鎖空間に乗り込んでハルヒとまあ色々あっての世界が救われたというオチになったのである。
 これが後の世に言う『ハロウィンの惨劇(主に俺が)』の全貌である。
 様々な意味で地獄の、裏返せば天国そのものな事件が終わり、大量の菓子を全て妹に譲歩した俺はベッドに横たわってこう呟いた。





 もうハロウィンはこりごりだ、と。

あとがきにかえて

考えてみたらハロウィンネタ二作目だけどどっちもこういう系のネタなんだよな(苦笑)何かあるのだろうか、ハロウィン。