『SS』 trick or とりーと?(仮) 2

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 ハロウィン訪問一件目。場所は最早お馴染みとなりつつある鶴屋邸である。一番目がここなのは助かった、正直鶴屋さんなら抵抗無くイベントに参加してくれていそうだからな。とはいえ、
「はあ、やっぱやらんといかんかなあ……」 
 幸いな事にカチューシャと尻尾だけだった俺はこっそりと外したまま移動していたのだが、家に行くときには付けていないと後でハルヒから何を言われるのか分からないので嫌々ながら装着する。
 間抜けな格好のままでインターフォンを押すとあっさりと中に通されてしまった。どうやら話はついているらしい、ここでも俺にだけは事後承諾だ。些か釈然としないままで門から玄関へと歩く。
 何度来ても圧倒されそうな広い家の玄関で俺は本日最初のターゲットである鶴屋さんを待っていた。インターフォンを鳴らしてから玄関で出迎えるまでにタイムラグがあるというのが凄いな。けれど早く来てくれないと鶴屋さん以外の家人が見たら通報されるかもしれないぞ。
 嫌な予感というか不安に苛まれつつ待つことしばし。
「いや〜、ようこそようこそっ!」
 元気よく走ってきた鶴屋さんを見て安心した。どうやら時間もかからずに目的は達成されそうだ。これ以上長居も無用なので俺は早速決めゼリフを告げた。
鶴屋さん、トリック・オア・トリートです」
 うむ、発音もなってない。まあ社交辞令みたいなものだから適当でもいいだろう。
 だが。
「あっはっはっ! めんごめんご、よく見たらうっとこにお菓子が無くってさ〜」
 なんだってー?! 明るく笑う鶴屋さんは本気なのか? この鶴屋家に菓子が一個も無いなんて信じられるか! それともこれもハルヒの罠なのか?!
 予想外の展開に戸惑う俺に、これまた予想外の展開が訪れた。
「と・い・う・こ・と・で〜」
 項垂れている俺をのぞき込むように鶴屋さんが上目遣いで見上げてくる。
 そして満面の笑顔でこう言ったのだ。
キョンくんはあたしにイタズラしちゃっていいよん!」
 な、な、なんだってー?! って、
「あのですね、イタズラってなんですか、どういう意味ですか、それより鶴屋さんならパパっとお菓子でも買ってくればいいんじゃないですか?」
 普通に菓子を貰ってくるだけのアトラクションじゃないのかよ、何で俺が、と、
「ふっふ〜ん、イタズラってのはね?」
 いきなり鶴屋さんの腕が俺の首に回される。
「こういうことさねっ!」
 そのまま俺の顔は鶴屋さんの胸へって、しっかり抱きしめられている?! すると、ふわっと甘い香りがして、これって鶴屋さんの………
「…………いいんですか? もう理性が限界になりますよ、予想通りのイタズラ展開になっちゃいますよ!」
「いいよ、いっぱいイタズラしちゃって!」
 その言葉、後悔しないことですね! ということで俺は鶴屋さんをお姫様だっこしてダッシュ鶴屋さんの部屋へ!
「キャーッ、キョンくんにイタズラされちゃう〜」
「お菓子がないからしょうがないですよー、いっぱいイタズラしちゃいますからねー」
「きゃあ〜! たのし、じゃなくてこわい〜」
 この時点でお互いに何本か頭のネジが外れていたのだろうなあ。いや、鶴屋さんは確信犯だけど。
 取り敢えず鶴屋さんの部屋に入ったら何故か都合よく敷かれていた布団へダーイブ!
「わーい、イタズラし放題だー」
「あ〜ん、キョンくんもっともっと〜!」
「お菓子が無いなんて何てひどいんだ、これはイタズラではなくオシオキだぞー」
「んんっ! ご、ごめんなさい………だから、もっと、あたしにオシオキしてっ!」
 こうして俺は鶴屋さんに濃厚なイタズラ、もといオシオキをしたのであった。詳しくは言えないが鶴屋さんは何度も逝っちゃったらしい。ハロウィンだから。







「……………次行くか」
 やけに艶めかしく肌が光っている鶴屋さんに笑顔で見送られながら俺は次の目的地を目指して移動を開始した。若干時間が押し気味だが仕方無いだろう、鶴屋さん離してくれなかったし。
 火照った肌が寒気に晒されて寒くなってきた頃、俺は漸く次の目的地である家へと到着した。
「よし、今度は真面目にやらないとな」
 結果としてはお菓子はゼロの状態なのだ、このままではハルヒに何をされるか分かったものではない。幸いなことに次の目的地であるここでは確実に菓子類が手に入るだろうという確信がある。何故ならば、
「よう阪中、夜分にすまん。一応聞いてるとは思うけど、トリック・オア・トリートってやつだ」
「いらっしゃい、キョンくん。でも、もうちょっと発音には気を付けた方がいいのね」
 というように、阪中家を訪問したからだ。ここのシュークリームは絶品なのでハロウィン抜きにしても頂きたいものである。
 だが。
「それじゃ上がっていって」
「なんで?!」
 玄関先でお菓子を貰って終了じゃないのか? 時間押してるからシュークリームを受け取って次へと考えていたのに。
「やだなあ、ハロウィンのTrick or Treatって本来はおもてなししないとイタズラするって意味なのね。お菓子はあくまで子供向けになっただけらしいよ」
 そうなのか? ハロウィンという習慣そのものに疎いので阪中の言っている事が正しいのかも分からないが、向こうはさっさと家の中へと入っていく。
「いや、申し出はありがたいがこんな時間にお邪魔するのも悪いだろ」
「大丈夫、両親はルソーと一緒にお出かけ中だから」
「余計悪いだろ?!」
 しかし阪中は俺の心配をよそに、
「リビングで待ってて。すぐにおもてなしするから」
 と言い残してどこかに行ってしまった。俺から見れば十分豪邸と呼べる阪中家のソファーで一人きりというのも寛げない。
「やれやれ、まさかここで時間を食うとは思わなかったな」
 何よりも両親も居ない自宅に異性である俺を招き入れるというのには抵抗がないのだろうか。最近ハルヒと仲の良い阪中だが、あいつのように男をジャガイモ扱いするのは止めておいたほうがいいと思うぞ。
 クラスメイトの将来を杞憂する俺に、
「用意できたのね〜」
 何故か遠いところから阪中の声がする。
「どこだ? 早く持ってきてくれよ」
「ちょっと行けそうにないからキョンくんが来てくれると助かるのね」
 何でだよ。と思いながらも阪中を探して家の中を歩く。などと言うともの凄い豪邸のようだが実は隣りのダイニングキッチンに阪中は居た。
 居たには居た。けれど。
「…………あの〜、阪中さん?」
「なに?」
「これはどういう………」
「勿論おもてなしなのね」
 そう、なのか? 確かに目当てだったシュークリームもトッピングされた生クリームやフルーツまである。
「けど女体盛りである必要はないよね?!」
 見えないけれど間違いなく全裸の阪中の上にお菓子がトッピングされている! こ、これがおもてなしなのか?!
「はい、早速食べてね?」
「………なにを?」
 すると阪中が自分の胸に乗せた生クリームを指で掬い、ペロリと舐めた。その動きに生唾を飲む。
「た・べ・て・?」
 …………いただきます。
「あっ……お、美味しいよね?」
「ああ美味いよ、特にここなんか最高だな」
「あんっ! そ、そんなとこまで………食べちゃいやんっ!」
「いや、これは残しちゃダメだよな」
「ダメ………ペロペロしちゃらめぇ………!!」
 こうして俺は阪中のおもてなしを十分満喫したのであった。詳しくは言えないが甘味と酸味としょっぱさが混じり合うような濃厚さだった。ハロウィンだし。





「……………次はここか?」
 おもてなしに疲れて昇天してしまった阪中をどうにか介抱して俺が向かった次の目的地は言わずとしれた長門が住むマンションだった。
「しかし公式には出ていない住所なので正しいのだろうか、二次創作では当たり前のようになってるけどなあ」
 そう、俺が向かうのはお馴染み長門の部屋ではない。此処には宇宙人が住み着いているという勝手な設定がいつの間にか出来ていて、それに俺は従っているに過ぎないのだ。まあハルヒは知らないはずなんだけど。
 ということで目的の部屋の前でチャイムを鳴らすと、
「お待ちしておりました」
 出てきたのは上級生であり宇宙人であり本来は生徒会の一員としてハルヒの敵であるはずの喜緑江美里さんである。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「何ですか?」
「何故あなたまでこんなイベントに参加を?」
「会長を通して依頼がありました。人数不足だそうでして」
 なるほど、古泉の差し金か。ということは生徒会長も参加しているのだろうか、ハルヒのルートにだけは組み込まないでおけよ、って承知の上だろうがな。
 しかし納得したものの人数が多すぎないか? ここまで周囲を巻き込んで大丈夫なのかと心配になる。俺以外の連中は何をやっているのだか。うん、俺のルートは知られたら死ぬだろうけど。
「分かりました。喜緑さんもご苦労さまです、一応トリックオアトリート」
「了解しました。これをお持ちください」
 そう言って喜緑さんはお菓子が大量に入った袋を俺に渡してくれた。おお、何か初めて上手くいった気がする。
「それじゃ俺は帰ります。喜緑さんも後は休んでくださいね」
 時間も押しているのでありがたく帰ろうとした。
 だが。
「あら、そうじゃないでしょう?」
 え? ガッチリと俺の腕を掴んだ喜緑さんは変わらない微笑みで俺を見つめている。
「あ、あの…………これは何ですか?」
有機生命体、人間とは不可思議な生物ですね。ハロウィンという行事でお菓子を差し上げる事によりイタズラをしてもいい習慣があるなんて」
 あれ? 何かおかしいこと言ってるぞ? しかも俺の腕はもの凄い力で掴まれて振りほどけそうもない。
「まあ料金を前払いしたと考えればいいのでしょうか。さあ、お菓子の分だけイタズラしますよ」
「ちょっと待って! それ曲解してますから! っていうか、誰に聞いたそんな情報!!」
 俺は必死に逃げようとしたのだが、こんな時にだけ宇宙人パワーを発揮した喜緑さんには逆らえるはずもなくズルズルと室内に引き込まれていく。
「助けて長門ーっ!」
長門さんは現在ゲームで移動中です、それにこれもイベントの一環ではありませんか」
 断じて違うっ! ハロウィンってこんなんじゃないっ! しかし、抵抗も虚しく、
「はい、タップリとイタズラしちゃいましょう」
「い、いや、そういうのはちょっと…………」
「大丈夫、お姉さんに任せなさい」
「うわ、ヤバイ、ちょっと萌えた!」
「同学年男子全員を骨抜きにして隷属の誓いを立てさせた魅惑のえみりんスペシャルを存分に味わいなさい」
「わーっ!!」
 こうして俺はお菓子と同時に何か大事なものも無くしたかのようだった。詳しくは言えないがあれは凄い、えみりん様に永遠の忠誠を誓ってしまいそうだ。ハロウィンなのに。






「…………もう死ぬ、これは死ねと言われてる、死んじゃおっかなあ………」
 フラフラと足取りも重く家路に着く。メモによるとここからが後半戦、家で貰ったお菓子を守るのだと書いてある。今度は防衛戦か、というかお菓子をあげるのが主目的のはずなのになんでこうなるんだ。
「ただいまーって、あれ?」
 家に帰ると誰も居なかった。よく見るとまたメモが置いてある。どうやら妹と両親もハロウィンのイベントに行ったらしい、こちらは遊園地でやっているちゃんとしたイベントではあるが。
 何にしろ助かったのか? ハルヒたちに押しかけられたら大騒ぎだもんな、それともこれもハルヒの力なのだとすれば無駄遣いも甚だしいぜ。
 取り敢えず玄関にお菓子の袋を置き、俺は漸く一息吐く。

 さあ、怒涛の後半戦が始まる。その予感に俺はいい加減ウンザリするのであった…………