『SS』 例えば彼女も……… 中中編

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 ハンバーガーショップからカラオケボックスまでは数十メートルも無い。俺は九曜を背負い、長門を抱えたままカラオケボックスまでやって来た。
「ということで、受付をするから降りてくれ」
 流石にこれでは店員の目が痛い。今現在でもかなり痛いけどカウンター越しに見られると尚更キツイ。
「――はーい――」
「了解」
 こんな時は素直なんだなあ。まあ金払えって事なんでしょうか、それも酷い話だが。
 ようやく解放された俺は財布から本日の肝であるクーポンを取り出した。
「いいか、これを使えば一部屋で二時間たったの490円なんだ」
「――でも―――味噌汁―――つかない――――」
「……ドリンクバーだけどフリードリンクだし別に一品頼んだりしなくてもいいんだぜ」
「――でも――味噌汁―――つかないー――――」
「お前は犬にでもなってろ!」
「――でも―――やっぱり―――猫が好き―――!――」
 などと九曜とグダグダしている間に長門がきっちり受付を済ませていた。財源はいつの間にか抜き出していた俺の財布である。財布返せ。
「……はい」
 投げられた。しかも自分の足元に落としやがった。
「あのなあ、」
「拾え」
 はい。渋々ながら長門に近づき足元に落ちている財布を拾おうとすると、
「跪け」
 分かりました。最早逆らうことなど忘却の彼方にある俺は悦びながら跪く。自然と長門に対して土下座をするような体勢となるのだが望むところだ! 
 すると財布を拾おうとする俺の手を踏み付ける長門さま。
「何か言うことは?」
「お待たせして申し訳ございませんでした」
 ああ、店員の突き刺すような視線が痛い。だが、それ以上に突き刺さる長門の凍った視線が俺の胸を熱くさせる。
 これが………俺の生きる道なのだろうか? 今、本当の自分に出会えた気がする。
「――――そうなの――?」
 いや、流石に違うかも。なので立ち上がってマイクとか受け取ると、
「じゃあ行くか」
 何事も無かったかのように歩き出したのだった。
「おお………」
「―――ぱねぇ―――」
 尊敬の視線を宇宙人から受けながら、俺は用意してもらった部屋へと向かう。決して店員が受話器を持って「110番する?」なんて言っていたからではないことだけは力強く言っておこう。
 ………早足になったのは逃げてるからじゃないんだからねっ?!





 ということで、ようやく室内である。ここまでの道のりの何という長さよ。
「うし、早速ドリンクでも持ってくるか」
「―――コーラ―――よろしく――――」
 またコーラかよ。って、パシリ?! 思い切りふんぞり返って座っていやがる九曜、って何様だお前は!
「――――赤さま―――だ――――」
 ついに様になったか。でも赤ちゃんなのは否定しないんだな。どういう甘え方なのだ、こいつは。
「まあいいや。長門は何がいるんだ?」
 パシリくらいは何でもない、どうせ雑用だしな。なのでついでに長門の分まで持ってきてやろうと思ったのだが、
「わたしも一緒に行く」
 と言ってくれたので、
「そうか。じゃあ一緒に行くか」
 長門を連れてドリンクバーへ向かおうとする。
 すると、一人きりになってしまう赤さまが偉そうに立つと、
「――では――わたしも――――」
 などと言いながらついて来ようとするのである。なるほど、寂しがりやでワガママなおこちゃまはこうやって扱えばいいのか。ある意味分かり易いな、と思いながら三人でドリンクバーへ。
 適当にドリンクを持ったら(九曜は何故かコーラ一辺倒である)いよいよカラオケ開始と相成った。
「と言っても俺もあんまり最新の歌は知らないぞ?」
 カタログ(アホのように分厚い)でCMなどでサビだけを知っている曲を歌えるかどうか考えながらページをめくる。こんな時に率先してリモコンを操作するハルヒのような奴がいるとある意味便利なのだなと思う(但し限度は弁えてもらいたい)。
 かといってこのままカタログとにらめっこをして時間を浪費するのはいただけない。俺は古くてもいいから先陣を切って歌うべきかと悩んでいたのだが(因みに長門は普通にカタログを読書していた。こいつにとって本という形状をしていれば全て読書の対象になるのだろうか)、その時歴史が動いた
「――――聴いてください―――山崎ハコ――――『呪い』――――」
「やめろーっ! 似合いすぎるからやめんかーっ!!」
 まったく油断も隙もなかった。
「―――コーンコーン――――コーンコーン―――釘ーをさーすー―――――わらーのーにんぎょー――くぎーをさーすー―――」
 恐ろしいまでに抑揚の無い声がカラオケボックスに木霊する。曲のチョイスといい確信犯だろ、こいつ。
「というか、何でそんな古い曲知ってるんだよ?」
 だが、いくら曲はピッタリでもここまで棒読みな歌い方では面白さも半減だった。教科書の朗読でももう少し感情が篭るぞ? こいつは学校で教師に朗読しろと言われたらどうするのだろうか。
 しかし、そんな九曜を見てもう一人の宇宙人が勇躍した。
 いきなりリモコンを高速で操作した長門は颯爽とマイクを掴むと激しいテンポの曲を歌い始めたのである。
 ええっと、何かのアニメの主題歌らしい。こいつも何でそんなの知ってるんだ? けど上手い。本業の歌手も真っ青の歌唱力は普段物静かな長門からは想像出来ない程の迫力なのだ。
「…………」
 ライブステージばりの熱唱を終えた長門は先程までの迫力が嘘のように無表情に戻っている。が、その輝く瞳が雄弁に語っている。
 長門史上最大級のドヤ顔なのだ。
 まあSOS団でカラオケに行ってもここまで歌う長門というのはお目にかかれないだろうからレアなものが見れただけでも良かったのだろう。
「すごいな、やっぱお前は何をやらせても万能だ。正直ここまで歌が上手いとは思わなかったぜ、いいものが聴けたよ」
「………そう」
 と、ここまで褒めたが何か不満そう(あくまで俺にだけ分かる範囲だが)な長門。どういうことかと思えば、少しだけ頭を下げている。
 そういうことか、というか高校生同士でやるもんじゃないだろ。と思いながらも、
長門は歌も上手いなあ」
 と頭を撫でてやる。少しだけ目を細めつつ「そう」と頷く長門は正直可愛かった。
「――――むう――――」
 すると、今度は九曜が(俺にしか分かるはずないくらいに)頬を膨らませて長門を見つめている。かたや長門は史上最高のドヤ顔だ。なんだ、こいつら。
「――――負けるか―――」
 いきなり立ち上がった九曜が高速で何か呟く。これは長門の?!
「――――対――有機生命体用―――――交渉情報――――更新――――シンガーモード―――」
 はあ? なんじゃそりゃ、とか思ったら。
 九曜が高速でリモコンを操作した。と、
「おお!」
 あの九曜が、抑揚というかリズムを取って歌っている! 元々声は綺麗だったのでとてつもなく上手い! 
「けど何で斉藤由貴?」
 いや上手いけど古いだろ。何歳だよお前。
「―――では―――原田知世と――――薬師丸ひろ子―――では――――?」
「知世派だろ」
「―――――小泉今日子と――――菊池桃子は――――?」
キョンキョンだな」
「――――いくつだよ、お前は―――――」
 まったくだ。少なくとも高校生の会話ではない。などというメタな会話をしていたら、
「………」
 いつの間にかリモコンを独り占めしていた長門が連続で曲を入れている?! 
「――――ぬう―――」
 今度は九曜が長門からリモコンを取り上げて瞬く間にメモリが埋まっていく。


 あれよあれよと気付けば長門と九曜による宇宙人対抗歌合戦が開始されていた。この間、俺はドリンクバーを往復するだけの存在であったと言わざるを得ない。


 しかしこの二人、何から何まで極端である。九曜は80年代から90年代の所謂アイドルソングを歌っている。立ち上がって可愛く振り付けもしているのだが、どこで覚えたんだよ。それと無表情はやめろ。
 一方の長門は激しいビートの最新アニメソング(実際はよく知らないが)ばかりである。これまた上手いのだが何しろ無表情だ。
 それにしてもどれだけの持ち歌があるのだろうか。ほぼ休み無く歌っているけど普通の人間なら喉を痛めてるぞ。
 などいうのは関係無い、九曜と長門は競うように歌い続けている。聴いているこちらとしては目の前でライブを見ているのだから悪い気分ではない。
 どころか、普段無口な長門と九曜が表情は変わらないものの振り付け込みで熱唱しているのだ。これが楽しくないわけがない。
 だが。
「…………どう?」
「うん、長門の歌はやっぱいいよな」
 なでなで。
「――――どうよー――――?」
「九曜も上手くなったなあ、最初からそうしてれば良かったんじゃないか?」
 なでなで。
 何故か曲が終わるたびに九曜と長門の頭を無でなければならないのだ。これはご褒美なのか? 最初は互いにドヤ顔を見せていたはずが今は大人しく目を閉じちゃってるし。

 とりあえず紅組対抗(白組は頭を撫でる係)宇宙人歌合戦は賑やかに過ぎていったのであったとさ。

 で。
 楽しい時間にも必ず終わりは訪れる。
「おーい、残り時間がもうないぞ。さすがに延長までは出来ないからな」
 受付からの退去勧告を受けた俺は休憩モードでジュースを飲んでいる二人に告げる。ついでに言えばこの二人の為に俺が部屋とドリンクバーを往復した回数は二十回はくだらないだろう。あれだけ歌いながらどのタイミングで飲み干していたのかは近くにいた俺でさえ分らない謎だ。
「………どうするの?」
 ストローを銜えながら小首を傾げる長門が可愛いのだが、
「そうだな、もう少し時間はあるというか、あと一曲は歌えるだろうな」
 ちょうど締めといったところか。歌合戦もいよいよ大トリとなったのである。
 さて、そうなると誰が何を歌うのかなのだが、
「おい九曜、せっかく上手く歌えるようになったんだからお前が最後に何か歌えよ」
 元々の目的が九曜とカラオケに行ってみよう、から始まったのであるから最後もこいつが締めるのが筋というものだろう。
「――――うい―――」
「あ、でも古い曲は無しな。お前だって最近の歌くらい歌えるだろ?」
「――えー?――――」
 まあそのくらいのハードルがあってもいいだろう? というか、懐しのアイドルソングを知っている方がハードル高いはずなのだけど。
「それとも最新曲なんて覚えていないってのか?」
「―――かちん――」
 カチンときたらしい。
「――――私だって――――最新曲くらい――――歌えるものー――――――――」
 リモコンを操作しながら憤慨しているらしい九曜はイントロが流れる前に立ち上がった。どうやら気合いが入っているようだな。
 
 そして、曲が始まった。

「――――マルマル―――モリモリ―――みんな―――たべるよー―――――」
 え、これ?! しかも振り付け付きで!
「…………」
長門?」
 ふらふらと長門が立ち上がる。そのまま九曜の隣りへ。
「――――マルマル―――モリモリ―――おまじない―――だよー―――――」
 一緒に踊りだしたー!!
「―――」「………」
 え? なに俺の手を引っ張るの? やらないよ? 知っててもやらないから! 妹と一緒に見てたけど踊らないから!
 という俺の抵抗も空しく、
「――――ツルツル―――テカテカ―――あしたも―――晴れるかなー―――」
 結局踊りました。ええ、いつの間にかセンターポジションで。九曜と有希、たまにキョン。って感じで。
 

 こうして高校生三人のカラオケはお子様向け体操で締めるというあまりにもシュールな絵柄で終わったのであった。


「―――エンディングは――――ダンスよね―――――」
「そう」
 そうかもしれないけど違うと思うぞ。少なくともこれはダンスではなく体操のはずだ。
 まあエンディングはダンスじゃなくなるだろう、色々都合もあるらしいし。
「――――まあ――――3期に―――期待で――――」
「あなたの出番があるかは未定」
「―――うなー!――――」
 こらこら、ケンカしない。長門も言い過ぎだぞ。
「―――うー……―――」
 仕方なく九曜の脇に手をやって高く持ち上げる。
「ほーら、たかいたかーい」
「―――キャッ―――キャッ―――――」
 何度も繰り返すようで申し訳ないが、ここはカラオケボックスの受付であり、俺と九曜は高校生であることを明言しておこう。
「――――よし―――」
 何がよし、なの? 俺にしがみ付いているこの状態がよしだと本気で思ってるわけ?
「…………よし」
 だから何が? 俺の背中に張り付いた長門さんは一体何に満足なさっておられるのかしら?
「よし!」
 帰ろう。長門を背中に貼り付けて九曜を正面にくっつけたままで。さっきと逆になったなあとかそんなの関係なくて!
 俺は堂々とカラオケボックスを後にした。入口を出て直ぐにダッシュして。
 だって、受付のおねえさんが電話を手にしてたもん! 凄い勢いで知っている番号押そうとしてたもん! ここにパトロールなカーが集結する前に退散するしかないじゃないっ!
「―――わーい――――」
「はやいはやーい」
 誰のせいでこうなったと思ってやがるんだお前らーっ!!