『SS』長門有希の一寸法師(後編)

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長門有希一寸法師(後編)



 鬼口がやられた後に現れたもう一匹の鬼。

 暗闇のように全身の背後を覆いつくす艶やかな黒髪。
 あたかも漆黒から浮かび上がっている錯覚すら起こす白い肌。
 やや幼げな顔立ちに浮かぶ、涼やかで大きな瞳。
 スレンダーな白い肌をさらに映えさせる虎縞ビキニ。
 指で一枚、コインを上向きに弾いている。
 そうさ、周防九曜はいつだって、気がつけば俺の傍に――

「って、何だその格好!?」
「ねえ――――レールガン――――って――――知ってる――――?」
「聞けよ、俺の話を!」
「別名――――超電磁――――砲――――フレミ――――ングの――――運動量を――――借りて――――砲弾を撃ち出し――――たり――――できるもの――――なんだ――――けど――――」
「え? まさかその格好の説明のために?」
 てことで鬼はゆっくりと落ちてきたコインを右手の親指で弾いて発射させました。
 同時に発動した凝縮された紅の閃光が、お侍さんの頬を撫で、娘さんとお手伝いさんのすぐ横の地面を抉っていきます。
「こんな――――コインでも――――音速の三倍で――――飛ばせば――――そこそこの――――威力が――――出るの――――よ?」
 撃った本人が疑問系で喋るんじゃありません。一寸尼法師、お侍さん、娘さん、お手伝いさんが呆然として固まってるからナレーションがツッコミを入れることになっちゃうじゃないですか。
「……まあ、確かにお前は宇宙人だし、鬼役だし、女の子だもんな。おまけに電撃を飛ばせるとなると、その虎縞ビキニは納得できるってもんだ。体の起伏はともかく。しかしだな、電撃飛ばすのにレールガンを披露する必要はどこにあった?」
 すんごい威力の割には、あまりに間延びしているセリフなので、どこか緊張感を感じることもできず、どうにか立ち直ることができたお侍さんが、溜息を吐きながら問いかけます。
「前フリ――――が――――あった――――」
「は?」
「それは――――彼女――――」
 鬼は何の感情もみせることなく、あたかも幽霊のようにすっと右手人差し指を突きつけます。
 そこにいるのはお手伝いさん。
「え? あたし?」
「分かった。もういい」
 どうやらお侍さんは鬼の言わんとすることを理解したらしく、話を打ち切りました。
 確かにアレは前フリと言えば前フリかもしれませんね。
「ところで、どうして、九曜さんが鬼役なんだい?」
 ふと、娘さんは問いかけました。
 確かに鬼役として、この場合、後二人ほど候補がいますし、どちらかと言えば、その内の一人の方が鬼役に相応しいかもしれません。主に若葉色の、ちょっと天然パーマが入っている髪の海産物とか。
「本人がいないからって……」
 お侍さんはどこか寒気を感じてます。
 まあ、本人がいないからいいじゃないですか。
 あれ? 鬼さん、どうしました?
「えっと……妙に落ち込んでいるように見えるのですが……?」
 お手伝いさんが心配気な声をかけてます。
 言われてみれば、今の鬼は無表情なのに、どこか悔恨の瞳を浮かべているように見えないこともありません。
「間違えた――――だけ――――なのに――――それ――――だけで――――この仕打ち――――この役にさせられた――――の――――」
 ……なんだか触れてはいけない過去だったのでしょうか。
 これ以上は突っ込まない方がいいかもしれませんね。
 と言うわけで。
 当然、娘さんを守るためには一寸尼法師は、この鬼もやっつけないといけません。
 しかし。
「問題が発生」
「どうした?」
 一寸尼法師が急に真顔になりました。と言っても、いつもの無表情の眉毛が少しだけ釣り上がった程度なのですが。
 それでも、お侍さんには脅威以外何者でもないのです。
「今の超電磁砲(レールガン)だけは、わたしは防ぐことはできない」
 爆弾発言です。あの一寸尼法師が絶望的なことを言ってます。
「なぜだ?」
超電磁砲(レールガン)は音速の三倍。それを視覚で捕らえることはできない。また、仮にバリアで超電磁砲(レールガン)を防ぐことができたとしても、同時にバリアも消失してしまう。その後に来る衝撃波を防ぐことができないし、その衝撃破自体も風速百二十メートルを越える暴風。よって防御することはほぼ不可能」
 これはとんでもないことになりました。
 さすがは学園都市二三〇万人の頂点、七人しかいない超能力者(レベル5)の第三位です。
「いや、それは、別人だから」
 律儀にツッコミを入れるお侍さんの後ろでは、娘さんとお手伝いさんが神妙な表情で身を寄せ合ってます。
 もっとも。
「で、何やってんだ、お前?」
 今ひとたび、鬼に目を移せば、鬼はなにやら自分の体中を(まさぐ)り回してます。
 しばし沈黙。
「……まさかとは思うが、さっきのデモンストレーションで、一枚しかなかったコインを飛ばしてしまったとか?」
 お侍さんの、苦笑満面のツッコミに鬼の動きが、一瞬ビクっとなって止まりました。
 おいおい、図星ですか?
「てことはだ。超電磁砲(レールガン)はコインがないと決まらないわけだから、これで超電磁砲(レールガン)を使えなくなった、って、ことだよな?」
 さらに、お侍さんが突っ込みます。
「わたしの――――武器は――――超電磁砲(レールガン)だけで――――はない――――」
 図星を突かれた鬼から青白いオーラが立ち上りました。
 どうやら怒っているようです。でも、どう考えても逆切れです。
「ち……それでも、奴の力は侮れん、か……」
「大丈夫。わたしがさせない」
 言って、一寸尼法師が、お侍さんの頭から降りて、臨戦態勢をとりました。
「彼女の相手はわたしがする」
「待て有希! 俺も――!」
「あなたは、そちらの二人を守って」
「あ……!」
 そうなのです。この場の勝利は、鬼を倒すことではなく、娘さんを守り切ることなのです。
 つまり、二人で鬼にかかっていった場合、その隙をついて、鬼が娘さんを(さら)うことができるかもしれない可能性が発生するのです。
「分かった! 気をつけろよ有希!」
「任せて」


 ついに一寸尼法師対鬼の、決戦の火蓋が切って落とされます。


 二人は同時に呪文を唱え始め――
「って、呪文だと!? いやまあ、高速呪文って言い方されてるけどさ! でもアレはあくまで『みたいなもの』であって、『呪文そのもの』じゃないはずだけど!?」
 当然、お侍さんが素っ頓狂な声を上げます。
 ちなみに二人の詠唱。
 一寸尼法師が、
「全ての力の源よ 輝き燃ゆる赤き炎よ 我が手に集いて力となれ」
 鬼が、
「全ての――――力の源よ――――優しき流れ――――たゆとう水よ――――我が手に――――集いて――――力と――――なれ」
 同時に呪文が開放されます。
火炎球(ファイヤーボール)
氷結弾(フリーズブリット)――――」
「待てい! 何であの間延びした詠唱で発射が同時になるんだよ!? つか、電撃使いがいきなり氷の呪文使うんじゃない! せめて雷撃破(ディグ・ヴォルト)雷撃(モノ・ヴォルト)だろ!?」
「うん――――それ無理――――だって――――わたしは――――本当に――――混沌の言語(カオスワーズ)が――――分からない――――んだ――――もの――――」
「そんな理由でか!? あと、その言い回しヤメロ! 脇腹に響くんだよ!?」
 いったい、お侍さんは何を言っているのでしょうか。
 そんなお侍さんの抗議はさておき、当然、呪文は相互干渉を起こして対消滅です。
「てことは何か!? この流れだとまたノーテンピーカンバトルをやるつもりか!?」
「それはないだろう。いつもの作者ならともかく、今回の作者にそこまでの知識も表現力もないはずだ。前回も一つの物語に絞っていたし、今回もせいぜい、一つか二つ、多くても三つじゃないか? 反則(メタ)にはなっても、そこまで混沌(カオス)になることもあるまい。ただ、作品自体を知らないとキミのツッコミは追いつかないかもしれないし、最悪の場合、ツッコミすらできない可能性もある。ネタが深くなるかもしれないからね。しかしまあ、今のキミのツッコミを見ているとそれは杞憂になる可能性は高いが」
「それって、安心材料!?」
「キミからツッコミを取ったら何か残るのかい?」
「んな爽やかな笑顔で俺のキャラ設定するんじゃねええええええええ!」
 傍にいる娘さんの的確な指摘に、声を荒げるお侍さんですが、そんな彼を尻目に二人は呪文バトルは絶賛続行中なのですよ?
「全ての――――力の源よ――――母なりし――――この無限の大地よ――――永遠を――――吹き過ぎゆく風よ――――天空(そら)をさまよう雷よ――――盟約の言葉により――――我に従い力と――――なれ――――」
「む……その呪文は――」
地霊咆雷陣(アークブラス)――――」
 しかし、一寸尼法師もさるもの! 即座に呪文効果範囲内から離脱しました!
 そう、この呪文は広範囲に電撃を展開し、相手の動きを封じるものなのです!
 バチバチと青白い稲光の音響がむなしく響きます。
「……まあ、いちおー雷系だからツッコミを入れるわけにはいかんだろう……」
「正確には『地』に属する精霊魔法なのです」
「何でお前が知っている!?」
「今度はこっちの番」
 お侍さんとお手伝いさんの会話を他所に、一寸尼法師が呪を紡ぎます。
「空と大地を渡りしものよ 優しき流れたゆとう水よ 盟約の言葉により 我に従い力となれ」
「おや? 一寸尼法師さんも相手の動きを封じるつもりのようだ」
 娘さんが声にすると同時に、一寸尼法師が手を地面に付けました!
氷窟蔦(ヴァン・レイル)
 手を起点にして氷の蔦が螺旋状に壁や地面を這い進み、接触したものを氷漬けにする呪文です!
 あ、ちなみに二人とも術名を叫ぶときは当然棒読みで何の感慨も篭っていませんよ。
 もちろん、鬼には通用しません。飛んでかわします。ここが建物や森の中ではなく、平原だったことが災いしたようです。正確には森と言うか、林の中なのですが、お寺の境内ってことで、周りに関して言えば平原なのです。氷の蔦が地面以外を走ることがありませんから、飛べればそれで良しなのでしょう。
 さすがは虎縞ビキニの鬼っ()宇宙人。
「間違ってないけど、間違っとるわ!」
 お侍さんがツッコミを入れると同時に、しかし、一寸尼法師が連続攻撃を仕掛けます!
「あなたが飛翔して回避行動を取ることは予想通り」
「む――――?」
「吹き過ぐ風よ 精霊達よ 我が手に集いて力となれ」
 おっと、確かにこの呪文相手に空に逃げたのは間違いかも。
風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)
 圧縮した風の力を爆発的に開放する呪文ですからね。
 ん? 圧縮した風の力を爆発的に開放?
「くかきけ――――こかかきくけきき――――こかかきく――――ここく――――けけけこきくかく――――きくこく――――けくくか――――きくこけく――――けくきくきこき――――かかか――――」
「それは呪文じゃないだろ! 確かに同じような効果があるけどさ! つか、それ使ったのは超電磁砲(レールガン)じゃなくて、一方通行(アクセラレータ)だから!」
 というお侍さんの咆哮と供に、鬼も一寸尼法師同様、圧縮した風の力を爆発的に開放させます!
 ぶつかり合って再び対消滅
 その隙に、鬼は着地しました。
 再び対峙する一寸尼法師と鬼。
「……これは凄いバトルだね……すでに周りの地形が変わってしまっているよ」
「ええ……ノーテンピーカンバトルなんかじゃないのです。ネタは反則(メタ)ですが、大真面目なバトルなのです……」
「でも二人とも、僕たちを巻き込まないよう心がけているようだ。二人分の結界が僕たちの周りを囲んでいる」
「あの激しい最中、そこまで気を配れるなんて凄いのです。リ○さんやナー○さんでしたら、あたしたちまで巻き込まれてしまっていたことでしょう」
「真剣に見るなお前ら。それと冷静に解説するな」
 などと言う三人の声は一寸尼法師と鬼には届きません。
 二人ともお互いの目の前の相手に集中しているからです。
 じりじりと双方、回り込むように横に動きながら隙を伺います。
 先に仕掛けたのは――
「ジ・エーフ・キース――――神霊の血――――と盟約と――――祭壇を背に――――我精霊に命ず――――雷よ―――― 落ちろ――――」
 鬼の方でした。
「なるほど! あの呪文ならば詠唱は短いが、雷系の最強呪文だ!」
「って、いきなりバスタード!? 確かにあの人も『雷』を纏う電撃姫だけどさ!」
「その二つ名は失礼ですよ。彼女は『雷帝』なのです」
 お手伝いさんが鋭くツッコミを入れました。
「――――轟雷(テスラ)
 天が漆黒の雷雲に包まれて、爆撃音にも似た落雷が一寸尼法師を襲います!
「無駄なンだよォ」
 おっと、一寸尼法師の口調が変わりましたよ?
 なんと、直撃寸前、雷が軌道を変えました! しかも鬼に向かいます!
 が、鬼は雷撃を纏う鬼。いくら雷系最強呪文でも鬼には通じないのです。あっさり消滅!
「……暗闇の五月計画、か……ベクトル操作で回避するとは考えたね……」
「まさか、一寸尼法師さんが、能力者の精神性・演算方法の一部を意図的に植え付ける、という、個人の人格を他者の都合で蹂躙する非人道的な計画を知っていて、なおかつ実践していた、なんて驚きです……」
「俺は、お前らが知っていることの方が驚きだよ。つか、ひょっとして今のベクトル操作があれば、超電磁砲(レールガン)も防げたんじゃないか?」
「それを言ってはいけないキョン。このお話が行き当たりばったり、思いつくままに書いていて、結果、暗闇の五月計画が後付になってしまった、ってバレちゃうじゃないか」
「……いや、もういい……」
 三人の実況解説で、しかし、お侍さんは額に手を当てて溜息を吐くばかりです。
「ただ、分かるのは二人とも並の呪文ではダメだということだけだね」
「そろそろ大技が来るのでしょうか」
 どうやら、お侍さんはツッコミを入れる気力すら失くしつつあるようです。
 と言うか大技? 今のも充分大技だったと思うのですが?
『ブー・レイ・ブー・レイ・ン・デー・ド 地の盟約に従いアバドンの地より来たれ ゲヘナの火よ爆炎となり 全てを焼き付くせ』
「同時にきたあああああああああああああああああ!」
 あ、ちなみに鬼の分は間延びしてますけど、それが表現できないだけですから。
 二人が紅蓮の爆炎に包まれます。
 古泉くんの赤い球と似たようなものですが、こっちの方が迫力ありますね。
「古泉が泣くから止めとけ」
炎灼熱地獄(エグ・ゾーダス)
 周囲に岩をも溶かす超高熱の余波を撒き散らしながら、二人が紅蓮の炎の固まりとなって激突! しかし、これも五分で対消滅
 二人とも地面に叩きつけられましたが即座に態勢を立て直します!
「なら――――」
 鬼が右手を下に向け開き、同時に地面から黒い靄のようなものが大量に発生します。
 同時に、鬼の右手を基点に渦を巻くように気流を起こして収束されていきます。
 程なくして右手に漆黒の、あたかも暗闇がそのまま刀の形を成しました。
 ということは――
「おま! エモノを使うのはズルイんじゃないの!?」
 でも、ツッコミ役はお侍さん。
 まあ、確かに一寸尼法師は武器を持っていませんが。
「能力で――――作った――――モノだ――――もん――――」
 もっとも、鬼は悪びれずに静かに歩み出し、
「砂鉄――――が振動して――――チェーン――――ソーみたい――――に――――なってる――――から――――」
 加速開始。しかもその動きはまるで、一瞬でテレポートしたみたいに、あくまで最小の動きで。
「触れる――――と――――ちーっと――――ばかし――――痛い――――かもね――――」
 決め台詞と供に、一寸尼法師に一気に接近して切りつけます!
 もちろん、一寸尼法師はバックステップで避けました!
「どう考えても、それだけじゃすまないんですけど!」
 お侍さんは頭を抱えて、再度、ツッコミを入れますが、構わず鬼は連撃を仕掛けます。
 ちなみに、一寸尼法師はと言いますと、元来、命のやり取りをする『戦い』に、綺麗も汚いもなく、今、その場にあるありとあらゆる存在を有意義に使い、相手より一歩先ん出た方が勝ち、という概念があるので、決して、鬼をズルイとか思うことはありません。むしろ、それが真っ当な手段だとしか考えません。まあ、ルールが存在する『試合』じゃないんですから綺麗ごとなんて、負けたときの言い訳に過ぎませんしね。
「ちなみにこれは超電磁砲(レールガン)さんが使ったものですから、電撃と無関係じゃないか、というツッコミはダメですよ、お侍さん」
「……分かってるよ!」
 お手伝いさんの言葉を、さすがにお侍さんは受け入れるしかありませんでした。
 さて、時代劇の立ち舞いよろしく、鬼は一寸尼法師に切りつけ続けますが、一寸尼法師も持ち前の小さな体と反射神経を駆使し、巧みに避けまくります。ただ、間合いに入れないので、バックステップを繰り返しながら、ではありますが。
「ちょこ――――まか――――逃げ回ったって――――これは――――こんなこと――――も――――できるの――――だから――――」
 好戦的な、ようやくここで、鬼が、あの、とんでもなく玲瓏で美しい微笑みを見せたでのす。
 しかし、それはどこか冷たい恐怖を感じるものでもありました。
 その恐怖を裏付けるがごとく、そのまま大きくテニスのバックハンドのように振りかぶり、大きくスイングしますと、刀が鞭のように撓い、まるで毒蛇のように一寸尼法師へと伸びて、飛び掛ってきたのです!
 もっとも、一寸尼法師は予測済み!
 すでに対策を練っており、避けながら、このように呪を紡いでいました!
「悪夢の王の一片(ひとかけ)よ 天空(そら)の戒め解き放たれし 凍れる黒き虚ろの刃よ 我が力我が身となりて ともに滅びの道を歩まん 神々の魂すらも打ち砕き」
 砂鉄の刀が一寸尼法師を捕らえる寸前、一寸尼法師が術を発動!
神滅斬(ラグナ・ブレード)
 光も闇も、そして空間でさえも。
 ありとあらゆる全てを切り裂く暗黒の刃が砂鉄の刀を打ち砕きます!
 ただ、この術の発動時間は一寸尼法師をもってしても一瞬で、防御で精一杯なのです。それでも砂鉄の刀を無効化するには充分でした。
 そして、鬼の方もこれで、砂鉄の剣は使えません。
 なぜなら、これの繰り返しで消耗戦にしかならないからです。それは、鬼の目的が達成できないことも意味します。
「互角だね」
「互角なのです」
「互角だな」
 三人とも、と言うか、ひょっとして、お侍さんでさえ、ツッコミよりもバトルに魅入り始めてきたのでしょうか。
 とと、一寸尼法師が仕掛けましたよ?
「黄昏よりも(くら)きもの 血の流れより赤きもの 時の流れに埋もれし 偉大なる汝の名において 我ここに闇に誓わん 我らが前に立ち塞がりし 全ての愚かなるものに 我と汝が力もて 等しく滅びを与えんことを」
 当然、これは外せません!
 対する鬼は、やや遅れて詠唱開始!
「カイザード――――アルザード――――キ――――スク――――ハンセ――――グロス――――シルク――――灰塵と――――化せ冥界の――――賢者――――七つの鍵を持て――――開け――――地獄の門―――」
 それでもこちらの方が、詠唱時間は短いので、開放はやはり二人同時!
竜破斬(ドラグスレイブ)
七鍵守護神(ハーロ・イーン)――――」
 二人から放たれた、強大無比で巨大なクリムゾンのエネルギー破が二人の間で激突!
 周囲を大震撼させます!
 しかし、これも対消滅! まったくの五分!
「――――こう――――なったら――――」
 ん? もう鬼が仕掛けますか?
「闇よりも――――なお――――暗き存在(もの)――――夜よりも――――なお――――深き存在(もの)――――混沌の海よ――――たゆたいし――――存在(もの)――――金色なりし――――闇の王――――」
「って、それは止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 鬼の詠唱を聞いて、お侍さんは、一目散に飛び出し、神速のスピードで鬼の脳天に槍の柄で渾身のツッコミを入れました。
 どれくらい渾身なのかと言いますと、鬼の目から火花が飛ぶくらいの渾身です。もちろん、鬼は詠唱を中断せざるを得ません。
「いったーい――――?」
「ったり前だ! んな物騒な呪文使うんじゃねえよ! 今のは完全版『重破斬(ギガ・スレイブ)』じゃねえか! アレは制御に失敗すると世界が滅ぶんだぞ! Evolution−Rじゃ制御できてたけど、あんなものはアニメのご都合主義展開なだけで、実際は制御不能の呪文なんだよ!」
 しゃがみこんで頭頂部を抑える鬼の、どこか非難がましい上目遣いに、それでも、お侍さんは怯むことなく叱り飛ばしました。
 ところで、Evolution−Rと言って、分かる人はどれだけいるのでしょうか。
「むぅ――――悪かった――――わね――――?」
「掛け値なしでお前が悪い! 疑問系で謝るな!」
「悪かった――――わね――――」
 諭されて、鬼は素直に謝りました。
 その拍子に、コロンと何かが鬼から落ちてきます。
 打ち出の小槌?
 ちなみに、コインを隠す場所がなかったのに、どこに打ち出の小槌を隠していたんだ?というツッコミは野暮ですからね。
 え? てことは、これでバトル終わりかよ!?
 あれ? これって、お侍さんの活躍で解決!?
「まあ、これは打ち出の小づちという物ですよ。トントンとふると、何でも好きな物が出てくるのです」
 ナレーションのツッコミを無視して、お手伝いさんが両手を合わせて、朗らかな笑顔で説明したので、一寸尼法師は、お侍さんに頼みました。
「わたしの背が伸びるよう、『背出ろ、背出ろ』、そう言って振ることを要請する」
「え? え?」
 お侍さんには何のことか分かりません。つか、分かれ。
「これは元の大きさに戻るチャンス。メンテナンスとは無関係で元に戻れる。それはわたしが望んだこと。そして、あなたも望んだこと」
「そ、そうなのか?」
 お侍さんは一度生唾をごくんと飲み込んで、一寸尼法師を見ました。
 対する彼女は、無表情ながらもその漆黒の瞳を真摯の色に染め上げて、一言。
「そう」
 と、呟きます。
 答えを聞いたお侍さんは、喜んで、打ち出の小づちをふりました。
「背出ろ、背出ろ」




 結果。一寸尼法師は、元の姿を取り戻しましたとさ。




「と、なると――残るはコイツの処遇だが――」
「悪さをしないよう、情報連結解除が望ましい」
 二人は鬼へと視線を向けます。
 当然、鬼は対抗意識を燃やしますが。
「まあ、待つんだ」
 突然、割ってきたのは優雅な笑みを浮かべた娘さんでした。
「何?」
「ちょっとした提案だよ。そっちの彼女は僕を浚いたい、それは間違いないよね?」
「不正解を――――撤回――――」
 回りくどい表現をしていますが、もちろん「その通り」と言っています。
「ならば、キミが僕の家に住み込むと言うのはどうだろう? なぜ、僕を浚いたいか、それは単に僕と一緒にいたいからではないかい? 食べてしまおうとか、身代金目的だとかであれば、わざわざ、声をかけて姿を見せるとは思えない。だとすれば、僕の家に住み込めば、僕たちは一緒に居られるし、キミも悪事を働く理由がなくなるはずだ」
 娘さんの笑顔の提案に、
「ま、待てよ佐々木! コイツは敵だぞ!? そんな奴をお前は――!」
 もちろん、お侍さんは待ったをかけます。
 もっとも、娘さんの笑顔は崩れることなく、
「しかし、キミたちは僕の家を出るだろ? 少なくとも、一寸尼法師さんがその姿になった以上、物語の展開上、僕と一寸尼法師さんが結ばれるというのはナンセンスだし、キミの方も彼女の方が良いはずだ。ということは、もう僕の元からキミたちは去ってしまうから、僕にはキミたちを引き止めることはできない。つまり、僕はキミと一寸尼法師さんの二人の守衛を失うことになる。ならば、当然、それに見合う守衛を欲するのは当然のことだと思うのだが?」
「それは……そうだが……」
「この鬼さんを守衛に雇えば、鬼さんは僕と一緒いることができるし、僕も新しい守衛を手に入れることができる。そして、キミたちは何の気兼ねもなく旅に出られる。一石三鳥じゃないか」
「おう――――盲点――――」
「あたしは構わないのです」
 娘さんの提案に、鬼はぽんと手を打って、お手伝いさんは無邪気な笑顔で受け入れます。
 この三人が良いって言ってるんだからいいんじゃないですか?
「やれやれだ」
 どうやら、お侍さんも受け入れることにしたようです。
 顔には苦笑が浮かんでいましたが、それでも、それは悟った笑顔でもありました。
「では、キョン。キミたちの無事と成功を祈っているよ」
 言って、娘さんは踵を返して、屋敷への帰路へと着くのでした。
「また、どこかで縁がありましたら」
「任せて――――」
 お手伝いさんと鬼も一度、会釈をして、娘さんを追います。
 娘さんは気丈な人なのでしょう。
 自身の気持ちを押し殺し、一寸尼法師とお侍さんの前途を祝して、夕陽と供に消えていくのでした。
 三人の後姿が見えなくなるまで、黄昏る二人。
 ここで完全に『一寸法師』の物語からは外れちゃいました。
 てことで、これからは、二人が新しく物語を作るのです。
「行くか、有希」
「あなたと一緒ならどこまでも」
 二人もまた、踵を返して歩き始めました。
 鬼口? とっくに忘れ去られていますよ。
 だから何? って奴です。




 年月は流れて――


「まさか、俺がなぁ――」
「あなたはやればできる」
 槍を持つお侍さんは、旅の途中、傭兵をやっていたのですが、その力を尾張の武将に見初められ、槍の又左として名を馳せ、大きく成長し、戦国時代に名立たる武将となっておりました。
 一寸尼法師もまた、お侍さんと供に歩み、彼の正室として城下の民に絶大な人気を誇る美しき姫君とて君臨しています。
 二人の現在の名は、前田利家とお松の方。




 そう――加賀1,000,000石を築いた戦国武将――



「何で、1,000,000がアラビア数字なんだ?」
 それでも、あなたのツッコミスキルは相変わらずなんですね。




長門有希一寸法師(完)