『SS』 長門有希の一寸法師(前編)

長門有希一寸法師(前編)


 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
 二人には子どもがいなかったので、おじいさんとおばあさんは神さまにお願いしました。
「どうか、姉さんを失わずにすみますように」
「どうか、既定事項の未来になりますように」
 出オチかい!
「仕方ないではないか。僕が望む未来は姉さんと一緒に居られる世界だ。そのためならば何でもやる」
 このシスコン。そもそも、この昔話で、神様に願うのは子宝なんだよ。テメエの未来を願うんじゃない。
「まあ、いいではありませんか。この先、もう二度と出番がないかもしれないのですから、多少は大目に見ても」
「ね、姉さん……姉さんは僕のことがそんなに嫌いなのかい……?」
「わたしには弟は居ません。同様に、あなたの姉であるわたしも存在しないのです。失われた過去は、人は二度と戻ってこないのよ」
 いや、そんな朗らかな笑顔で言わなくても。あ、おじいさん、すっげえ落ち込んでる。地面にしゃがみこんでノの字を書きまくってる。
 つうか、あんたら夫婦って設定なんだから、姉も弟もないでしょうが。
「それもそうですね」
 と言うわけで、今回のおじいさんおばあさん役は藤原くん(仮名)と朝比奈さん(大)でございます。
「あァん? 誰がおばあさんだってェ?」
「ね、姉さん! 落ち着いて! 落ち着いてください! あくまで『設定上』の話です! 今の姉さんの姿はハルヒ界最高の美貌とプロポーションを兼ね備えている大人の女性だから!」
「あら嬉しいこと言ってくれるじゃない? 今、あなたがわたしの弟として存在する世界も悪くないと思ったわ」
「ははは……光栄です……」
 おじいさんは冷や汗を布切れで拭いつつ、渇いた笑いを浮かべるしかできませんでしたとさ。
「って、こら! 貴様の所為だろうが! 少しは反省しろ!」
 分かってますよ。
 てことで、そろそろ、お話を進めてもらえますか?
「絶対、反省してないだろ? なんだ? まさかまだ、姉さんのゴットゥーザモードを拝みたいのか?」
 あ……!
「――!!」
 明後日の方に向かって声をあげたおじいさんの背後から。
「ふっふっふっふ……弟くん? どうやら、やっぱり、あなたはわたしの存在する世界には必要なさそうね?」
「い、いえ……これはその……」
 おばあさんは、今なら、森さんや喜緑さんにも負けないほどの、人を殺せそうな笑みを浮かべるのでした。
 あーあ。だから、ナレーションは言葉にしなかったのに。
 ちなみに。
 おじいさんがフルボッコにされても話は逸れることなく、おばあさんは、
「神さま、親指くらいの小さい小さい子どもでもけっこうです。どうぞ、わたしたちに子どもをさずけてください」
 と、お願いしたのでした。
 すると、ナニもしていないのに、おばあさんの(禁則事項)が(禁則事項)になって。
 でも、お願いできたのがおばあさんだけでしたから、小さな小さな、昔話とは違って、女の子が生まれたのです。
 ちょうど、おばあさんの手のひらサイズくらいの女の子です。
 なぜ、ナニがカタカナなのかは突っ込んではいけません。 
 もちろん名前も付けられまして。
長門有希
 いや、一寸尼法師だから。
「語呂が悪い」
 仕方ないでしょうが。『法師』は男に付けるものだし。あなたは女の子なんですよ?
「了解した」
 変わり身早っ!


 と言うわけで、一寸法師改め、一寸尼法師は、龍泉堂奇譚界トップアイドルの、小さい方の長門有希さんでございます。
 決して、創造主が最近小さい長門さんを蔑ろにしているっぽいので、今回の作者が起用した、というわけではありません。たぶん。ハイ。おそらく。
 もちろん、大きさも一寸(=三センチメートル)ではなくて、普段のサイズです。元の大きさの十二分の一。
 ちなみに、「じゃあ、一寸じゃないじゃないか」というツッコミは受け付けませんからね。


 さて、ある日のこと。
「話がある」
「な、なんでしゅかっ!?」
 一寸尼法師はおばあさんに話しかけました。
 なにやら、おばあさん。妙にぎこちないようです。
 いつの時代も、どんな姿でも、いくつ歳を経ようとも。
 やっぱり、朝比奈さんは長門さんが苦手なのでしょう。
「わたしは都へ行って働きたい。許可を」
「ふえ?」
 一寸尼法師はまっすぐおばあさんの目を見て毅然と宣言するのでした。
 ニートと呼ばれる人種に聞かせてやりたいほどの、真摯に満ちたお言葉でございます。
「――わかりました。お任せください!」
 そんな一寸尼法師の心意気を感じたおばあさんは、思いっきりどんと胸を叩きます。
 え?
 あのー……あなた様の胸部は相当な大きさなのですから、そういうことをやってしまいますと……
「痛い?」
「え゛、え゛え゛……お気遣い、ありがどうごじゃいます……」
 しゃがみこんでゲホゲホ咳き込むおばあさんの背中を、体長の関係で、さすがに擦ることだけはできない一寸尼法師はちょっと心配げな声をかけるのでした。
 おじいさん?
 一寸尼法師が針の刀を持つことができなかった、ということで察してくださると。
 ちなみに、おわんの舟は一寸尼法師の「おわんは吸物を入れる器であり、乗り物ではない」という主張により、却下されるのでした。
 まあ、一寸尼法師なら何でもできそうなので舟の一つや二つ、武器の一つや二つなくても大丈夫そうですが。




 と言っても、やっぱり、都までの道のりを一人旅というのも寂しいものがありまして。
 しかし、一寸尼法師にはお供がいたのです。
 おわんと針の刀を所持しなかったり、『一寸法師』が女の子だったりした時点で昔話を覆しているのですから、基本ストーリーは変わらないので、少しくらいのイレギュラーは大目に見てください。
 そう。『ちいさながと』と言えば、セットのこの人。
「わたしの居場所はここ。ここ以外ありえない」
「うむ。確かにその通りだ。しかし、普段は違う場所に居るだろ? いつもは俺の右肩じゃなかったか?」
「それは四百年以上後の話。今のわたしの居場所はここ。ここでなければ意味は無い」
「……だからって、『高速でカレーパンを出しては食い出しては食い』は止めてくれ。まあ、お前だからメロンパンじゃなくて、カレーパンだってのは分からんでもないが、頭の上がパンくずだらけになっちまっている」
「では、今度は本物のカレーを」
「……思いっきりべたつきそうだから、もっと止めてくれ」
「……」
「有希?」
「えーい。うるちゃい、うるちゃい、うるちゃい」
「イテイテイテ。コラ、暴れるな地団駄踏むな。それと棒読みはどうかと思うぞ」
「まったく。本当にあなたはまったく」
「言っとくが、俺たちとは出版社も制作会社も違うからな?」
 でも、イラストの人は同じですよね。
「むー。髪の毛ちくちくするー。えーい、抜いちゃえ抜いちゃえ。ハゲちゃえハゲちゃえ」
「ど、どわ!? 本当に髪の毛抜くんじゃねえよ! さらに痛いから、痛いって、痛いって言ってんだろ!? しかも棒読みがデフォかよ!?」
「ばーかばーか、あなたのばーか」
 意味が分からない人は『灼○の○ャナ』DVDの特典映像を。
「てめ……これがやりたかっただけだろ……?」
 などと呟く、道中で知り合った、普通ならこういう小さい人を見たならびっくりしそうなものなのに、如何せん、不思議な出来事に巻き込まれまくっているので、少しも一寸尼法師のことに怯まなかった侍、通称キョン
「マテ。ちゃんと名前を言え。今回は、俺にも名前を与えただろうが。本名じゃないが、それでも『キョン』よりは『名前』で呼んでくれる方がいい」
 えー? 今言っちゃうとネタバレになっちゃうじゃないですか。しかも、『キョン』とは、まったく関連性のない名前なんだし、まだしばらく我慢してくださいよ。
「……絶対だからな?」
 はいはい。
 と言うわけで、お侍さんなのに、刀ではなく、槍を担いでいる彼と一緒に都を目指している一寸尼法師だったとさ。
「……ヲイ、今、何か重大なことを言わなかったか……?」



 
 そして都に着くと、一寸尼法師とお侍さんは都で一番立派なお屋敷を訪ねました。
 何はともあれ、まずは屋敷の人を呼び出すことにしましょう。 
「たのもう、たのもう」
 ……そのセリフは一寸尼法師のセリフだと思うのですが、お侍さん?
「仕方ないだろ。有希は本を読み出したら、よほどのことがない限り、動かんのだから」
 それもそうですけど、何か釈然としないような……いちおー主人公は一寸尼法師なんですし。
「ん? 有希が大きな声を出すところなんて想像できるのか? それに、この時代にインターホンなんて存在しないんだぜ。もちろん、防犯カメラもだ」
 それもそうですね。
 と言うわけで、お話を進めましょう。
「はい。どちら様ですか?」
 パタパタという足音が聞こえてきて、門から顔を覗かせたのは、この屋敷には、なぜかお手伝いさんよりも模範的で理知的な娘さんがおりまして。
「って、お前は――!」
「そう、僕だよ。ということはだ、やれやれ。どうやら、このお話の結末は原作のストーリーからは外れてしまうようだ」
「意味が分からん。それと確かに、俺の口癖はお前の口癖が移ったものだが、いいのか? 初回限定版を知らない人たちは混乱すると思うぞ」
「気にしたら負けだキョン。さあ、話を進めよう。僕はキミを家臣にすることに何の憂いもない。もちろん、君の頭の上にいる一寸尼法師さんもね」
 ……やけに静かだと思いましたけど、まだ本を読んでたんですか?
「そう」
 やれやれです。
 はてさて、なんやかんやで滞りなく、屋敷の中へと案内された一寸尼法師と槍のお侍さんはてくてくと娘さんの後を付いていっておりました。
 ちなみに、なぜ、『都一番のお屋敷』の娘さんなのに、出てきたのが苗字に『鶴』の一文字が入っているあの御方でなかったのかと言いますと、今後の話の流れのためでございます。決して今回の作者があの御方を表現できないから、というわけではないですから。たぶん。
「怪しいもんだ」
「わたしもそう思う」
 ふ、二人して……。
 などと言う解説が終わるタイミングを見計らっていたのでしょうか。
 今度はトタトタという擬音と供に、一人のツインテールであどけなさが残る少女が走ってきました。。
「申し訳ございませんでした、お姉様! お姉様の御手を煩わせるとは、己の不甲斐なさを海より深く反省する次第でございます!」
「お、『お姉様』……?」
 なにやらお侍さんに嫌な予感が走ります。この二人は決して姉妹でも従姉妹同士でもなかったはずだからです。
 が、そんな彼の小さな呟きが聞こえなかった二人の少女。
 もうちょっとだけ会話してました。
「何、気にしなくていいよ。キミも忙しかったのだろう? ならば手持ち無沙汰の僕が応対するのは至極当然のことだ。キミたちにはいつも世話になってるからね」
「勿体無いお言葉でございます! では、ここからは不肖、あたしがこの方たちを案内して――って、むむむ?」
 ひとしきり、何度も何度も、ひょっとしたら脳がシェイクされてしまうんじゃないかという勢いで頭を縦に振り続けたお手伝いさんが、ようやく、視線を一寸尼法師たちに移すことができまして。
 しかも、なにやら難しい顔で、値踏みするような視線で、二人の頭のてっぺんから足のつま先まで目を凝らし。
 ちょっとにんまりした笑顔を浮かべました。
 少し上品に右手を開いて、口を半分隠しながら、
「まあお姉様、まあまあお姉様。率先してお客様をお迎えにあがられたのは、このためだったのですね」
「一応、聞いておこう。このためとはどのためを指すのかな?」
「もちろん、そちらの殿方との逢引のためでございますわ」
 朗らかにお手伝いさんは核心を付いてきます。
 しかし、娘さんのニコニコ笑顔は崩れませんでした。むしろ、このやり取りを楽しんでいるかのよう。
 それはそうでしょう。
 この娘さんとお手伝いさんは、何の目論見もなければお互い、お友達になりたい、と、願っているのですから。
「なるほど、今回はこの流れか……」
 ふぅ、と一度溜息を吐いて、お侍さんは一瞬目を伏せます。
「初めまして、殿方様。あたし、お姉様の露払いを――」
「てい!」
「ふぎゅっ!」
 その目を伏せた一瞬で、本当にテレポートしたんじゃないかという素早さで、お侍さんの目の前まで進んだお手伝いさんが、涼やかな笑顔を浮かべて挨拶しようとしたところ、とっても冷静だったお侍さんは渾身の力で、その脳天にチョップするのでした。
「いったぁーい! 何するんですか!? 乙女を殴るなんて男のすることじゃありません!」
「やっかましい! 大体なんだ、そのキャラ設定は! 確かにアレもツインテールだが読者が混乱するだろうが! つか、知らない読者もいるかもしれんのだぞ! ちゃんと配慮しろ橘!」
 ちなみに、このやり取りと某SSVIPの『橘京子の〜』シリーズの橘京子とは何の関係もございません。どこか似ていたとしても、それはたまたま偶然です。他人の空似です。
「むぅ。ですけど、あたしは『驚愕』で、どういうわけか、思った以上にキャラが立っていませんでしたので、せっかくだから個性的にいこうと思ったのです。本当は後頭部ドロップキックで挨拶しようとしたのですが、それは今の段階だと佐々木さんに怒られること間違いなしなので自重したのですよ」
「おまっ!? さらっと、二つもとんでもないこと言いやがったな!? 一つはこれ以上突っ込まんけど!」
「そうですか? インパクトある登場のためには多少の派手さは必要かと思うのですが」
「だからって、人の頭を蹴っていいわけないだろ! と言うか、そこまでしようが、アレの真似はやめろ! お前もアブノーマルの仲間入りしたいのか!?」
「いやそれは……あの赤球エスパーさんのように思われるのは心外ですが……」
「だろ? なら、丁寧語だけにしておけ」
「むぅ……分かりました……って、あれ?」
「どうした?」
「なんだかあなたが優しいのです。前に会ったときは、殺されるんじゃないかというくらい物凄く敵視されましたのに」
「そ、それはだな……まあ、俺も四年の間に色々あったのさ。はっはっはっはっ……って!」
 お手伝いさんとお侍さんが、どこか和んだ会話を続けていたところ、急にお侍さんの頭が熱くなってきました。
 もちろん、お侍さんの全身からは一瞬で大量の汗が噴出します。しかし、頭の熱さとはまったく正反対でとても冷たく。
 娘さんとお手伝いさんが、もし遠目に彼を見ていたなら、頭の上から、どす黒い炎が立ち上っているように見えたことでしょう。
「うわきもの……」
「ゆ、有希さん……?」
 お侍さんは重低音の迫力満点の声を聞いて固まるしかできませんでした。
「ね、ねえ佐々木さん……? あたしたちはここを離れた方がいいと思いませんか……?」
「そうだね。それが賢明のようだ。ではキョン。あちらがキミたちの寝泊り部屋になるから、後ほど、荷物を下ろして一休みするといい」
 言って、少女たちはそそくさ立ち去ったのでした。
 はたしてお侍さんはどうなったのやら。世の中には知らないままでいた方が幸せってこともあるのです。




 はてさて、一寸尼法師とお侍さんが、この屋敷の守衛として雇われてしばらく経った後。
 なにやら、娘さんが、この二人をとても気に入ったということで、二人をお供に、お寺にお参りに行くことになりました。
 もちろん、お手伝いさんも付いていってます。
 最近は、娘さんとお侍さんがなんとも仲が良いので、初対面のときの態度はどこへやら。
 本当に後頭部にドロップキックしたり、金串を投げつけるようになりまして。
「……しかも、有希の奴も一緒になって的確な指示を出すんだもんな……おかげで死なないけど、とっても酷い目に合うんだぜ……」
 お侍さんが憮然と呟くと。
「自業自得」「その通りなのです」
 一寸尼法師とお手伝いさんはドヤ顔で、お侍さんに言い放ちます。
「まあまあ二人とも。僕とキョンの間に恋慕の情は今のところ無いから安心したまえ」
「そうはいきません。友情が恋心に変わることは往々にしてありえる話なのです。しかし、その恋は報われないのですから、今の内に芽を摘んでおかないといけないのです」
「そう。だから、わたしたちは、それを食い止める義務がある。そもそも、彼はわたしのもの」
「分かってるよ。ただ、ネタバレはどうかと思うね」
 しかも、娘さんは、そんな三人のやり取りを止めたことは一度も無くて、傍でクスクス笑っているか、大笑いするかのどちらかなのです。そりゃまあ、確かに微笑ましい光景かもしれませんが、お侍さんは面白くないかもしれませんね。
「全然フォローになっとらん」
 などという和やかな会話が終わるのを見計らっていたのでしょうか。
「おおっ、これはきれいな女だ。もらっていくとしよう」
 突然、背後から声が響きました。
 振り返って見れば、そこにいたのは一匹の赤鬼。
 アフロというよりはチリチリパーマ。
 虎縞パンツ一丁で、腰に手を当て、貧相で真っ赤な体を惜しげもなく曝け出し。
 アホっぽい顔にアホっぽい笑いがを貼り付けてある。
 そう。鬼口はいつも気がつけば、空気を読まずに登場する――。
「させない」
 即座に、一寸尼法師がお侍さんの頭の上で立ち上がり、振り向きます。
「へっ、そう来ると思ったぜ。だからこうだ」
 言って、鬼口は娘さんから即座に視線を移し、一寸尼法師を掴んで口に放り込みました。
 さすがの一寸尼法師も鬼口の行動に虚を付かれ、対応が遅れてしまいました。
「んっんっんっ。ひっへひんへ。んんほんひひんんほ」
「何言ってんだ? お前」
「彼は一寸法師の展開を知っているのだろう。おそらくだが、『飲み込まなければいい』と言ったんじゃないか? 飲み込むと腹部を突かれるからだね」
「んん、ほんん!」
「今のは?」
「まあ、親指を立てて気持ち悪いウインクの得意顔を見せてるって事は『その通り』とか言ってるんじゃないですか?」
 答えたのは、今度は娘さんではなく、お手伝いさんでした。
 つまりはこの鬼口という馬鹿の行動は分かりやすいということなのでしょう。
 惜しらむは、この物語が、基本ストーリーは守られていても、内容がすでに逸脱していることに気づいていないことでしょうか。
 だいいち、一寸尼法師は腹の中を突くための針の刀を持っていないんですけどね。
 と言うか、この三人が全然慌てていないんだから、鬼口も察した方がいいと思うのですが。
「何か聞こえてきませんか?」
「うん。遠くに聞こえているけど、どうやら彼の口の中から聞こえてくるようだ」
 ちなみに、何が聞こえてくるかと言いますとオラオラオラオラオラオラという擬音というか声でございます。
 あ、だんだん大きくなってきました。
「……有希、か……歯を掘って出てきやがった……」
「あら? それだけではありませんわね。素手の連続ラッシュで周りにある歯も全部へし折っていってますわよ」
「オラオラオラオラオラオラオラオラ」
「でも、棒読みなんだね」
「むぐぐ!」
 鬼口が、慌てて口を押さえますが、時既に遅し。
「オラァ」
 ちっとも迫力を感じない棒読みのかけ声と供に、渾身の右で、両手すらぶち破って、一寸尼法師がお侍さんの頭の上に帰ってきたのでした。
「やれやれ。確かに硬い歯だったが、全部へし折ってやったぜ。ちと、カルシウム不足のダイヤモンドだったようだな」
 セリフをどこぞの三代目に合わせて律儀に決める、というお茶目な一面もありますが、でも、やっぱり棒読みの一寸尼法師。
 ところで、いつ、あの歯がダイヤモンド並みの硬度だって説明しましたっけ?
「言葉のアヤ」
 さいですか。
 ちなみに今の鬼口は見ない方がいいです。歯が全部折れているので見ても仕方がありません。
「ところで、その口元を覆っている鉄製のマスクは何だ? いつ準備した、というツッコミは入れんけど、それだけは教えてくれ」
「あの鬼はわたしを口の中に放り込んだ。だとすれば万が一、何かの拍子でわたしの唇部が彼の口内に触れる恐れがあった。それを避けるための防具。わたしの唇はあなたのもの」
「なるほど。正しい判断だ」
「そう」
 うんうん首肯するお侍さんに、淡々と、しかし、少しだけ頬を紅潮させた一寸尼法師が呟く。
 どこか桃色空間っぽい雰囲気が流れて。
「バカップル、だね」
「ですよねー」
 取り残されるのは敵わないとばかりに、即座に、娘さんとお手伝いさんはツッコミを入れるのでした。
 お侍さんが真っ赤になったことは言うまでもありません。
 さて、『一寸法師』を知っている人なら気づいていると思うのですが、あの昔話ですと鬼は二匹いたのです。
 もちろん、この話も、基本ストーリーだけは外さないですよ。
 と言うわけで、




「――――何――――やってんのよ――――アンタ――――」




 突然、背後から聞こえた声に、三人は振り返ります。




「お嬢を――――守って――――ナイト気取り――――か――――、正義――――の味方――――です――――か?」




 もう一匹の鬼が。
 思いっきり間延びした声なので、すでに誰が鬼なのかバレバレですが。
「おや? 彼女はちゃんと喋れていたはずだよ。言わんとしている意味を理解するのはなかなか難しいところがあったけど」
 娘さん。それは言わないでください。
「仕方がない。受け入れよう」
 ありがとうございます。
 では、改めまして。
 腰に手を当てて、本人は『路傍に転がる犬のフンを見るような目』で蔑みながら見つめている、つもりなのかもしれませんが、力の限り無表情のまま。
 どこかで聞いたようなセリフをパクって登場したのでありました。
「表情も結構豊かだったと思うのだが?」
 言わんでください!