『SS』 例えば彼女も……… 中編


 と、言うことで華々しくカラオケへと向かった俺達一同なのであるが。
「何で全国チェーン展開しているハンバーガー屋の二階席でシェイクを啜っているんだ?」
 そこまでの流れが全く以て理解出来ない。確か俺はカラオケボックスへと足を運んでいたはずだ、九曜を手を握って。そうでなければ迷子になるのだから当然だな、といつものように思っていた。九曜もまた当然のように手を繋がれている、そうしている内は大人しいからなあ。
 そう、これはいつもの流れであり、このシリーズでは普通の光景なのである。ただ、今回がいつもと違ったのは。
「………………」
 長門? 気付けば裾に僅かな重みを感じた。かと思えば長門に掴まれていた。
 そういえば前にも確か似たような事があったなあ、と微笑ましく思い出しながら歩いたら何時の間にやらこのざまである。
「ええと、長門さん?」
「なに?」
「何故俺はここでシェイクを飲んでいるのでせう?」
「空腹だから」
 誰の? というのは聞くまでもないのだろう。袖を摘んでいただけなのに俺を誘導してみせた能力には関心するしかない、が。
「何で俺の財布から貴重な札が消えていったのかという説明にはなってないよな?」
「――――ゴチ―――」
 てめえら、後で覚えてろよ。長門が食べているテリヤキバーガーも九曜が口にしているチキンナゲットも俺の財布を痛めた結果なんだぞ、だから俺は100円で済ませているんだからな。
「わたしはマックよりモス派」
「だったら金は自分で出せ」
 奢られる側が贅沢を言うんじゃありません。ていうか、何で奢ってるのかも分かっていない。長門に袖を引かれて店に入り、俺が何か言う前に注文が終わっていて(九曜の注文まで終わっていた、あいつに店員が気付くとは思えなかったのだが)、気付けば財布から金が消えていたのである。
「何をしたんだ、長門
「なにも」
 嘘だ。目を逸らしながら答えるなんてお前らしくもない。怒らないからお兄さんに本当の事を言ってごらん?
「…………少し」
「何だよ?」
「ほんの少しだけ………………甘えてみたかった。だめ?」
 そ、そんな上目遣いで「だめ?」なんて言われてみろ。
「ダメなわけないじゃんかー」
 って言っちゃうぞ? いや、言わざるを得ないだろ。というか、言うしかないだろ。言わせてください、お願いします。
 まあ長門が甘えるなんて滅多に無い事なのだから喜んで甘えて貰おうじゃないか、ハンバーガーセットくらいは安いもんだ。
「―――まあ――――実は袖口から――――微量の電磁波を流して――――脳波を弄っただけなんですけど―――――」
 嘘、マジで?! そんな事出来………るよなあ、長門さん? いいからこっちを見て俺の目を見て話せ! マインドコントロールなの? これって俺が操られたって事でいいのかな?!
「…………てへっ」
「てへっじゃねえだろーっ! お前、いくらなんでもやっていいことと悪いことがあるぞ! いくらこのシリーズだからって自由過ぎんだろうがコラァァァッ!!」
 と、此処で気付く。
「おい九曜……………お前も分かってたってことだよな?」
「――――ごち」
「お前ら其処に正座しろーっ!!」
 正座させた宇宙人にしばし説教した後、本来の目的であるカラオケに行く為にも俺達はとっとと食事を終わらせる事にした。
 が。
「ほら九曜、ぽろぽろこぼすな!」
 こいつとの食事では最早定番となっている光景である。全てにおいて器用にこなせるはずの宇宙人が何故食べ方が汚いというか幼いのか。
「―――大丈夫――――?」
 全然大丈夫じゃねえよ、と言いながらテーブルをナプキンで拭く。べたべたとソースを垂らしたりしている九曜がよそ見しないように気をつけながら周囲を片付ける。妹で慣れているとはいえ、数年ぶりに世話焼きスキル全開だな。
「こら! 油の付いた手を制服で拭くな! ハンカチ持ってないのかよ?」
「―――これ――」
「おお、ティッシュがあるのかよって、よくお前が貰えたな」
「―――あれー―――?――――テレクラ――――のティッシュ―――なのに―――」
 あ、そうなの? それよりティッシュ配りの人が九曜に気付いてくれた感動が先にきてしまったよ。
「でも未成年は貰っちゃダメだぞー」
「―――はーい――」
 うーん、ほのぼのしてしまった。けどもう少し綺麗に食えないのか、お前?
「…………」
 どうした長門
「…………わたしは?」
「ああ、お前は綺麗に食べるよな。九曜にも見習ってほしいもんだぜ」
「そう」
 何故そんなことを訊いてきたのかは分からないが、長門はどことなく満足そうにストローを口に銜えた。不思議探索の時などは殆ど話さずに食事をしているのに珍しいもんだな。
「って、また目を離した隙にかよ?!」
 気付けば九曜がほっぺに食べかすをくっつけている。何故チキンナゲットを食べてほっぺに食べかすがくっつくのだろうか、宇宙的な力でも発生しているとしか思えない。
「ったく、しょうがねえなあ……」 
 九曜の食べかすを指で取ってやって、そのまま口に。
「!?」
「どうした長門?」 
 指を舐めながら応えたものの、考えてみれば些か端ない行為だな。妹がケーキなどを食べた時にはほぼ必ずやっていた行動なのでつい食べてしまうところまでがセットになってしまっている。
「いや、これはカッコ悪いな。悪かった。ほら、九曜もちゃんと食べなさい」
 近いうちに九曜の為にエプロン、じゃなくてよだれ掛けが必要になるかもしれんな。
「―――赤ちゃんか―――」
 赤ちゃんじゃん。どこをどう見ても赤ちゃんじゃん!
「――――せめて―――――赤さんと――――呼べ――――」
 分かったよ、赤さん。だから赤さん用のよだれ掛け買おうね。
「―――あい」
 抵抗しないのかよ。まあいいけど。取り敢えず食べ終わった九曜のほっぺをナプキンで拭いてやる。こんな時だけは妙に大人しい九曜は黙ってされるがままになっていた。
「――――んにゃ〜――――」
 もしかしたら気持ち良かったりするのだろうか? 確かに九曜のぽっぺはぷにぷにと柔らかくて触り心地はいいのだが。つか、感触まで赤ん坊だな。
 ほっぺを拭くふりをしながら九曜のぷにぷにほっぺの感触を楽しむことしばし。と、ここで蚊帳の外気味だったあいつが遂に動いたのであった。
「…………………」
 ええっと。長門さん?
「なに?」
 さっきですよ、お前を褒めたの。なのに何でほっぺたにパンくずをくっつけてドヤ顔してるんだよ。
 呆れる俺をよそに、何故かパンくずをくっつけたままドヤ顔で迫ってくる長門。この場合のドヤ顔とはあくまでも俺には分かるという範囲であり、傍目から見れば無表情で迫ってくるようにしか見えないであろう。
「………何をする」
「何も」
 では何故に俺の目前に長門のほっぺたがあるのだ。そして何故に押し付けんばかりに迫り来るのだ。
 と、ここで気付かない程のバカではない。…………これは九曜への対抗心を発揮した結果に過ぎないのだ。つまりはほっぺたに付いたの取ってーという事だよな。
「しょうがないなあ」
 ある意味長門らしい負けず嫌いな面に苦笑しながらナプキンで優しく長門のほっぺたを撫でるようにパンくずを取ってやる。
 というか、長門のほっぺたも九曜に負けず劣らずの柔らかさだ。これは中々癖になりそうな感触なんだよなあ。いや、女の子のほっぺたを触り続けてどうするって話なのだが。
 こうして長門のほっぺたを綺麗にしたところ、
「………そう」
 長門さんは満足そうに言うとドヤ顔120%増し(当社比)で九曜を見てからポテトの残りを片付けたのであった。
「―――むう―――」
 その九曜は少しだけ不満そうに眉を寄せたが(当然俺くらいしか分かりはしないが)それでも大人しくコーラを飲んでいる。
「――げーぷ―――」
 少々大人しくなかった。というか、行儀悪かった。軽く九曜の頭を小突きながら俺もシェイクを飲み干す。
 やれやれ、ここにいるのは高校生が三人のはずだぜ? なのにまるで小さな子供を二人連れている休日のお父さんみたいじゃないか。予行練習にしてもまだ早すぎると思うのだが、どうなんだろうね。
 などと思いながら店を出ると、
「――――おんぶー――」
 いや、だから。
「………だっこ」
 なんでお前らそんなに子供づいてるんだってば。九曜はともかく長門までかよ。
「あのなあ、」
「――はーやーくー――――」
「…………はやく」
 はっはーん? さてはお前ら仲良しだな?
「――――何を言う――」
「我々は不倶戴天の敵」
 どこがだよ。それとおんぶもだっこもないですからね。
「―――とう――」
「やあ」
 うわっ?! 何をする!
「って、降りろー! いきなり飛びつくんじゃないっ!」
 背中に九曜、正面から長門に飛びつかれたのだが二人とも体重を操作しているのかバランスを崩す事も無く受け止めてしまう。
 そのままなし崩しに九曜をおんぶしながら長門を抱えてしまっていた。おまけに重くもないものだから、しっかりと支えられてしまう。
「あのなあ、お前ら…………ここは天下の往来だぞ? どう見たって異常事態だろ、これ」
 ハンバーガーショップの前で女子高生二人が男にしがみ付いている光景。うむ、俺なら通報する。
「―――大丈夫―――」
「わたしがさせない」
 折角の名台詞を台無しにするな。などと言い合いをしてもしょうがないのだろうなあ、取り敢えずは通報されないというこいつらの言い分を信じるしかない。
「では」
「――ごうー―――」
 はいはい、かしこまりましたよ。早めに動かないとカラオケに行くという本来の目的すら見失いそうだ。
 俺は見た目だけはでっかい二人のお子様を抱えて、家族サービス中のお父さんよろしく心の中だけで大きなため息を吐きながら目的地のカラオケボックスへと足を進めるのであった。