『SS』 例えば彼女も………


 初夏の陽射しも眩しい午後の話である。俺は私服でぶらぶらと街中に向けて歩いていた。
 ここで私服、と注釈を入れたのには理由がある。というのも、本日は平日にカテゴリされる日付であり、高校生活を享受している立場としては平日の午後に私服でぶらぶらしているという行為は世間の非難を浴びるかもしれないと懸念しているからである。
 …………なんて堅苦しい事言ったけど、要はテスト休みというものなんだが。正確に言えば午前中は学校にも居たし。もっと言えばテスト受けて帰っただけだし。
 ゆとり、と言われる教育形態の恩恵とでも言えばいいのだろうか? テストが午前中だけで家に帰ってもいいというのは。
 だが、本来午前中に帰宅させるというの自宅にて予習に励めという学校側からの配慮であるはずだ。しかし大抵の高校生は学校の温情など露知らずに各々塾に通うか適当に遊び呆ける事に終始していると思われる。
 そして、どちらかと言えば学業に燃えるような思いを抱けない成績不振な高校生としては午後の時間を無駄に過ごす事を選択するのであった。即ち私服に着替えて街中をぶらつこうと思うくらいには。ということで俺はお出かけ中なのである。うん、サボってるだけサボってるだけ。言い訳万歳。
 街まで出たら誰か呼び出そうかなと思いながら携帯を弄る。ここで注意しなければならないのはSOS団の連中は選択肢から外すということだ。あいつらは成績優秀な集団であり、特に朝比奈さんはこんな時には涙ぐましいまでの努力をしているに違いない。古泉だって進学クラスなのだからそれなりにやっているだろう。
 残り二名は勉強、という言葉から無縁でありながら成績を叩き出す奴らなので気軽に接してもいいのかもしれないが、あいつらは間違いなく俺が遊ぼうとするのを阻止するだろう。そして地獄の勉強会決定ってとこだな。そんなもん絶対に嫌だから最初から声を書けないという事になるんだ。まあ勉強もせずに遊んでる俺が言うのもおかしいのだけど。
 で。
 ぶらぶらしながら誰かいないかなーとか思ってたら、ふと出てくるのがあいつなのである。





 漆黒の瞳は深遠たる闇。陽光に照らされる光が瞬く星のように輝き。
 白皙の顔に浮かぶ表情は無く、凪いだ湖面の様に白く。
 その顔の輝きを引き立てるように全身を覆う長い黒髪も陽光に照らされて。
 もう衣替えも終わっているのに相も変わらない冬の制服を身に纏い。




 そう、周防九曜はこういう時にふらっと現れる奴なのである。





「―――――――」
「…………………」
 まあお約束の沈黙なのだが、今回は少々事情が違う。というのも、これは訊いておかねばならないだろう事態だからだ。なので訊いてみた。
「なあ、お前本当にあいつと付き合ってんの?」
「――どきり!」
 あ、反応があった。
「って言うかさあ、彼氏居るんならそいつんとこ行けよなー」
「―――むうー―――」
 ほっぺた膨らませて不満顔されても怖くないぞ。今回は流れを無視してでもこのまま行くぜ。
「それに生まれたてでもなかったのも判明したしな。大体さー、俺があれだけ苦労していた年末にお前は逆ナンしてたって事なんじゃん。ガッカリだよ、ほんとガッカリさんだよ!」
「――――きゅう」
 おお、九曜がちょっと涙目だ。なんか可愛いぞ、俺にこんなS属性があったとわ。いや、これはこの話の根幹に関わる大問題なのだ、追求の手を休める訳にはいかないぜ。
「なのでこのシリーズもいよいよ最終回だな。だってテーマであるおこちゃま宇宙人に物事を教える心温まるストーリってのが台無しじゃねえか。結構やり手じゃないっすか、九曜さん」
 いやまあ、俺だってこのシリーズを終わらせたいなんて思ってはいないが先行版を見た時から嫌な予感はしてたんだよな。あんなにペラペラ話されたらこの話そのものが無かったようなもんじゃんか。
 などと自己批判丸出しながら九曜をいじめていた俺なのだ。
 が。
 あの周防九曜が。
「――――わーん!」
 涙目で俺に向かってきた。
「――――ちがうのー―――付き合ってないのー――――」
 そのままぐーで俺の胸をぽかぽか叩く。まさかのだだっ子パンチである。
「―――いーじーわーるー――――!」
 はっはっは、そんなだだっ子パンチなんか効かないぜ。というか、なんか悪いことした気分だなあ。でも言わなければ乗り越えられない何かでもあるのだ。
「―――やーだー―――つーづーけーるーのー―――!」
 ぽかぽかと俺の胸を叩くおこちゃま宇宙人。いやいや、今更そんなお子様行為をとっても既に新刊は発売されちまってるんだぜ。お前の正体も分かっちまってるんだ、そんな態度も可愛いです。
「―――――情報―――連結――――解除――――――」
「いや待て! それはやっちゃいけないだろ! 反則だ! やめろ、やめなさーい!!」
「―――うなー!――」
「うわー!」
 とか何とかありまして。
「………まあ今後ともよろしくお願い致します」
「―――ですかね―――」
 いつものグダグダした感じに戻ったのであった。まあ入れとかなければならないネタだったのだろう、多分。
「ということで通常営業といくか。佐々木はどうした?」
「――――えーと―――」
 異次元髪の毛から手帖を取り出し、ページをめくる九曜。あのさあ、手帖なら制服のポケットでいいんじゃないか?
「―――観測対象は―――テストを終了後―――塾へ――――」
 ああ、そっちもテストだったのか。しかしそこから塾というのが進学校ならではだよな。
「って、お前はいいのか?」
「―――まあ――――出来る子ですから―――と―――私は――――キメ顔で――――そう言った――――」
 お前は斧乃木ちゃんか。しかも無表情で言うとこまで似せやがって、ってそっちはデフォか。
「まあ、あいつも大変だなってことだな。そんで(以下略)はどうした?」
「――――(以下略)―――は――――(以下略)」
 ついに何をしているのかすら言わなくなっちゃった。でもこれでいいのだろう、だって(以下略)。
 さて、取り敢えずノルマは達成した。何のノルマなんだかは誰も理解はしていないけれども。
「なので何しよう?」
「――――何しましょう――?」
 と言いながらも実は手が無い訳ではない。谷口辺りを誘おうかと思って財布に入れておいたものがあるのだ。
「おい九曜、お前歌は…………まあ訊くまでもないか」
「―――なして――?」
 なしてもなんも。
「そんな間延びした感じで歌が上手いとか思わないだろ、声は結構綺麗な方だとは思うが音程が取れるとも思えん」
「――――ひでえ―――」
 そうか? 客観的に見れば誰でもそう思うんじゃないか。
「それともペラペラになってー、ってそうなったら連れていくのは俺じゃなくてもいいのか」
「―――う〜!―――」
 両手をグルグル回してぺたぺたパンチ再び。まあこのくらいの意地悪は駄賃替わりだとでも思ってくれよ。
「ちょうどクーポン券を貰ったんだ、カラオケにでも行こうぜ」
 何でも母親が貰ってきたのだが、たまたまグループ利用も出来るということで部活を理由に外出を繰り返す俺へとお鉢が回ってきたという次第である。因みにSOS団の連中には内緒だ、特にハルヒにばれたらえらいことになってしまうからな。
 なので国木田と谷口辺りで野郎同士の交流でもと思っていたところなのだ。古泉も混ぜてやってもいいけど、あいつはハルヒにチクりそうだもんなあ。
「てな訳でお前でもいいやと思ったんだけどカラオケとか大丈夫か?」
「―――大丈夫だ、問題無い」
 キリッと答える周防九曜。まあこいつの場合は最初からレベル99みたいなもんなのだが。能力だけならチートそのものだからなあ、宇宙人勢力は。
「因みに佐々木達と行ったことあるか?」
「―――ない」
 そうか。まあ勉強に忙しい佐々木に(以下略)では交流もないだろう。そう思えば九曜が不憫に思えてくる。
「よし、それじゃ高校生らしく遊ぶとするか」
「―――おー―――」
 と、勇んで歩き出そうとした俺だったが、それは叶わなかった。






「な…………?」
 足が貼り付いたかのように動かない。膝だけがガタガタと震えている。背筋に走る電流のような悪寒、全身を針で突き刺されたかのようなプレッシャー。
 まさか、そんなはずはない。あいつは………あいつは……………しかし、この圧倒的な迫力はっ!
「…………何を、」
「申し訳ございません長門さまーっ!」
 凍りついた声を遮るように俺は叫びながら土下座をしていた。街中だろうが九曜の前だろうが関係無い、まずは誠意ある土下座から始まる物語もあるんだ。というか、この時点で終わってる物語でもあると思う。
 しかし、何故長門が此処に? 早い、早すぎる。水戸黄門で言えば開始15分で印籠登場みたいなもんだ、まだお銀が風呂にすら入ってないだろ。サービスが、サービスが足りないっ!
「い、一体どのような御用で御座いましょうか長門さま……」
「顔を上げて」
 うん、それ無理! 絶対に目を合わせた瞬間に殺られる! 俺の本能が、細胞の一つ一つがそう告げているっ! 
「平に、平にご容赦をーっ!」
「立て」
 はいっ! 発条のように立ち上がり一瞬で直立不動と化す俺。すっかり長門さまのご命令に逆らえない身体になってしまった。
 だが、それがいい
 そして突っ立っている俺に向い迫り来る長門有希。おかしい、これってあっちゃいけない状況じゃね? 何で俺がこんな目に?!
「ま、待ってくれ長門! 俺の話を…」
「……………」
 長門は無言のまま俺の前に立ち、そして、
「なっ?!」
 いきなりスカートを捲くった?! その下は、
「ピンクと白のストライプ、しかも縦縞ーっ?!」
 何だ? てっきり命の危機かと思えばご褒美って、
「なんだーっ?!」
 何故長門のパンツに鋏が挟んであるんだ?! しかも一瞬の動作でそれを抜いた長門が俺に襲いかかる!
「うわあぁぁぁっ?!」
 高速の動きで鋏が舞い、陽に照らされて光が軌道となって伸びていく。それが俺の周囲を飛び交うのだ、恐怖で体が竦んで動けない。
 ほんの一瞬だったのかもしれない。長門は鋏を振り回すと再びパンツに挟んだ。ああ、鋏になりたい。それとスカートが戻ったので貴重な縦ストライプの長門パンツがもう見れないのだ。
「………」
 などとくだらない事を考えてしまった俺の背後で轟音と共に切り刻まれた交通標識が崩れていった。
「ははは………そっちかよ………」
 てっきりこの展開だとホッチキスだと思っていたが、まあ向こうの子も無口だしショートカットだし不思議ちゃん系ではあるけどなあ。まさに謎の彼女、って彼女ではないよ?! 俺と長門はそういう関係ではない、はずだよね? それにホッチキスにしろ鋏にしろ俺の危機には違い無いし。
 取り敢えず一旦暴れて長門も落ち着いてくれたらしい、これなら話も聞いてくれそうだ。
 が、こんなに早くオチがやって来てどうするのだろうか。全く以て展開が読めない。
「あなたは何処へ?」
「あ、ああ。ちょっとテスト休みだから散歩でも」
 長門がスカートに手をかける。
「すいません! 九曜とカラオケに行くところでした!」
「…………そう」
 あ、戻った。ちょっと残念。
「何故?」
 何が?
「何故彼女と?」
「ああ、九曜がカラオケに行ったこと無いっていうからさ。佐々木達もあんな感じで忙しいみたいだから暇つぶしついでに連れていってやろうかと思ったんだよ。たまたま格安で行けるようになったしな」
 切り刻まれた標識を興味深げに触る九曜の頭を撫でる。いや、しゃがんでいるから位置的にちょうどいいのだ。ついついぽむってしまう。
「―――にゃん」
 こいつも黙っていたら大人しいもんだしな。
 俺は長門に事情を説明する。長門は黙って聞いてくれていた。
「そんな感じで少しは九曜に高校生らしい生活ってのを教えてやろうって事さ。本当は勉強でもってとこなんだろうけど、そこは見逃してくれ」
 お前みたいに仲間に恵まれていればいいのにな。佐々木はともかく(以下略)については信用が置けない。古泉も胡散臭いが、裏切ったりはしないだろう。
「だから俺で良ければ付き合ってやりたいんだよ。親友の佐々木の友人ってことでもあるからな」
 それに九曜が人間らしくなれば、もしかしたら敵対しようと思わなくなるかもしれない。
 つまりは長門が攻撃に晒されたりしなくなるということだ。そこまで考えていた訳ではないが、今の長門を見ていれば出来れば争い事などはして欲しくない。
 ならば俺に出来る事をやるだけさ。
「悪いな、長門。そういうことだから数時間ばかり見逃してくれ。ハルヒには内緒にしてくれよ?」
 まだしゃがんでいる九曜を立たせた俺はその場を去ろうとする。正直なところ標識が切り刻まれているので立ち去らないとまずい。
 だが、話はまだまだ終わらなかった。
「…………うらやましい」
 ん? 何か言ったか? 長門が何か言ったような気がした、と思ったら目の前に長門の顔が! 下から見上げるように背伸びした長門が俺を覗き込んでくる?!
「な、なんだぁ?!」
「わたしも」
 はい? 今なんと? 
「わたしも同行する。許可を」
「ちょ、ちょっと待て! 許可って何だよ?」
「わたしもカラオケに同行したい」
「そりゃ構わないけど…………九曜もいいか?」
「――――おけ」
 九曜がいいなら構わないが、長門にしては積極的に参加なんて珍しいもんだ。それとも俺のボディガードのつもりなのだろうか。そんな心配はいらないと思うが、長門の親玉と九曜の親玉の関係を考えれば仕方が無いのかもしれない。
 ケンカだけはしないでくれよ、カラオケボックス宇宙大戦争だなんて洒落にもならない。
 そう心の中で呟き、ついでに盛大なため息を吐いて。
「よし、行こうか九曜、長門
「了解」
「――了解」
 こんな時だけ同じような対応しやがる二人の宇宙人を連れて、俺は高校生らしくカラオケへと向かうのであった。