『SS』 ちょこれいと狂想曲


 それはいつもの放課後。あたしは部活を終えた廊下を歩き、通い慣れた部室へと再び赴いていた。ついさっき出たばかりだけど一緒に帰る佐々木達にはトイレに行くと嘘をついて。
 部室にはまだ片付けをしている藤原さんが居る。あたしは皆に内緒で藤原さんに会いたかった。
「どうした? 忘れ物があったのか?」
 袖まくりをして茶器の水気を拭いている藤原さんがいきなり帰ってきたあたしを見て眉を顰める。そうだよね、いつもは下駄箱のとこで待ってるだけだし。
「あ、あの……」
 どうしよう、いざとなると話しにくい。内容も内容だし、やっぱり恥ずかしい。
「どうした、何もないなら帰るぞ」
 片付けを終えた藤原さんが鞄を手にする。あたしは焦ってそれを引き止めた。
「あのっ! あたし、藤原さんにちょっと……」
「だから何だ? 用があるなら早く言え」
 そんなに急かさないでよ、結構緊張してるんだから。とも言っていられない、あたしは思い切って、
「藤原さんっ!」
「ダメーっ!!」
 何故か橘が部室に飛び込んできて、藤原さんがそれを見て驚いてて。



「手作りチョコを教えて欲しいんですけど!」
「はい?」「うわああっ!」
 あたしの勇気を振り絞ったお願いは橘のタックルを喰らって倒れた藤原さんにはどうやら聞こえていなかったようだった。
 …………やれやれだわ、あたしは大きくため息を吐くしかないのだった。










「で? チョコレートを作るのか? まあ単純な作業だから構わないが、わざわざ誰もいない所で話すような内容でもないだろうが」
 いや、だから恥ずかしいんですって。キャラじゃないのは承知ですから。
「まあ、普段のお前を見れば自発的行動そのものが珍しいとも言えるな」
 いや、そこまででもないと思いますけど。反論したいけど今回ばかりはお願いする立場なので大人しく聞いておくしかないんだけど。
「それでお前は何の用だ?」
「いや、橘さんがキョンの様子がおかしいなんて言うものだからついて行っただけだよ。おかげで面白いものも見れたけど」
 そう言いながら例の喉の奥で鳴らすような笑い声を出しているのは、本来なら一番知られたくなかった相手だ。
「ひどいな、佐々木。だから内緒にしたかったのに……」
「ああすまない、つい。しかし、あのキョンが…………ククク……」
 ひでえ。普段冷静沈着な佐々木が口元を押さえて笑いを堪えている、けど何と言うか恥ずかしいやら悔しいやら。どうせあたしには似合いませんよーだ。
「重ねてすまない。僕もキョンとの付き合いは長いと自負していたのだけれど、君にこれ程の乙女チックな部分があったなんて…………ねえ?」
「…………悪かったわね」
「いいや、むしろ喜ばしいと思うよ。思うに君は少々自分自身が持っている女性的な魅力について自覚がないというよりも無関心を装っているように見えていたからね」
 それを佐々木に言われるとは。こいつこそ見た目は誰もが振り返る程の美人だし、中学時代も今でもアプローチをかけようとする男は数え切れないくらいだ。だけど本人と話せば分かるが恋愛を精神病と言い切る奴だからなあ。
「それにしても、あのキョンに手作りでチョコレートを用意しようと思わせるなんて僥倖を受ける男性がどんな人物なのかな? 僕も一度お目にかかりたいものだ」
 ええっと、多分会えないと思う。あたしだってそんなに頻繁に会える奴でもないし。
「あ、それは私も! キョンさんのハートを射止めた殿方にお会いしたいのです!」
 きっとお前は避けられると思うぞ、あいつとお前は相容れない何かがあるらしいからね。ふむ、そう思うと橘が可哀想だから会わせてもいいのかも。だけど、その言い方は何か恥ずかしいんだけど。
「っていうか、あたしを抜きにして盛り上がるなっつーの」
 橘はともかく佐々木まで乗ってくるとは。こういう女の子イベントは苦手なんじゃなかったの?
「誰あろう君が参加していることに興味があるのさ。君はよく僕の事を言うけど、君自身がそのようなイベントを避けている節があったからね」
「そうですよ! キョンさんだってバレンタインなんて興味ないって顔してたのに、いきなりチョコ作りなんて意外すぎます」
 そうかな? 別に興味無かった訳じゃなくて、単に相手がいなかっただけなんだけど。
「そう見えないほど飄々としていたって事さ」
 ううむ、あたしだって普通の女子としてバレンタインくらいやってみたいって。まあ、製菓会社の陰謀に乗っかるのはつまんないって思ってたけど。思うのとやるのはまた別なんだって。
「だーかーらー、そう思わせた人ってどんな人なんですかー?」
「そうだよ、一体どんな男性なんだい?」
 うわ、またか。あの佐々木までもが顔を近づけて迫ってくる。というか、何でお前らそんなに目を輝かせてるんだよ?! いかん、女子高生恐るべし。あたしも女子高生だけど。
 なんて言ってる場合じゃない、それでなくてもあたしがチョコを渡す相手は説明するのが難しい相手なのだ。橘ならともかく、佐々木には一から説明なんて出来るはずもない。あれ? これって何気にピンチなんじゃないの?
「い、いや、だから何と言いますか、その……」
 いかん、誤魔化しきれる自信がない。そんなあたしの危機を救ってくれたのは意外と言えば意外な人物だった。
「こら、いい加減にしておけ」
 丸めたプリントで佐々木と橘の頭をポコポコと叩いたのは呆れ顔の先輩だった。どうやら蚊帳の外に置かれたのが不満だったのか、それとも女子高生パワーに押されるあたしを見かねたのかは分かんないけど、とりあえずは助かった。
「いったっ! 何するんですか、この乱暴者!」
 どう見ても悪いのは自分だけど藤原さんのやることには必ず突っかかるのが橘だ。けれど今回ばかりは、
「いや、これは失敬。ついついキョンの態度が面白かったのでからかい過ぎたようです。申し訳ありません、先輩」
 素直に謝る佐々木が正解なのである。橘も結局不満そうに唇を尖らせながらも「ごめんなさい」と謝ってくれたのだった。やれやれ。
「まったく、こいつは僕に頼みに来たんだぞ? それを興味本位で混ぜ返すな、話が進まないじゃないか」
 おお、何だかんだいっても流石は先輩。こういうとこでは頼りになるな。と感謝していたら、
「で? 結局誰に贈るんだ、そのチョコ」
 前言撤回。あんたもか。しかし藤原さんはまたも意外な事を言い出した。
「勘違いするなよ、お前が誰に贈るかというのには興味がない。ただ、あの北校の連中に贈るのならば多少納得いかないだけだ」
 あ。
 あたしを含めた全員が目を丸くした。そういえばすっかり忘れてた、こっちの世界ではあいつら男だったっけ。古泉除く。というか、最初にそっちに考えがいくよね、普通。なんか、あいつの事ばっか考えてて全然気にも留めてなかったわ。
 けど、あたしだけじゃなくて橘や佐々木までその反応は無いんじゃないかなあ。一応はお互いの学校の文芸部同士の交流があるって形なんだから。
「い、いやだなあ、ちゃんとあいつらにも贈りますよ。ねえ、橘?」
「そ、そ、そうですとも! どうせ心待ちにしているに決まっているから仕方なくあげるのです! ねえ、佐々木さん?」
「あー、うん。そうだね、そうしようか」
「お前ら、それはそれで酷いと思うぞ。あいつらなんてどうでもいいが、同性としては同情を禁じえない」
 そうですね。この部活? 唯一の男性である藤原さんが眉を顰めるのも仕方が無い流れだったわ。けど、その男性である藤原さんにチョコ作りを習おうとするあたしってのも何だかなあ。
「そうかな? あのSOS団の彼は確か恋愛等には興味が無いかのように言ってたと思うのだけど。その点は僕と共通した認識とも言えるかもしれないけどね」
「そうそう、それにキョンさんに迷惑しかかけてない連中にわざわざチョコなんてあげる必要はないのです」
 おっと、意外と厳しいなお前ら。まあ確かにハルヒコも恋愛は精神病だって言う奴だけど。ん? でもそれってあたしが聞いた話だったっけ? あいつの意識下のハルヒの記憶と混同してるからはっきりしてないんだけど、佐々木がそれを知っているのがおかしくなるんじゃないのかな?
 いかん、このあたりはややこしい。あたしの記憶というか意識はあいつと共有している部分もあるから余計にややこしい。けど、佐々木には関係無いはずなんだよね。じゃあ、何時佐々木はそんな話してたんだ? と、少し疑問に思っていたあたしなのだが、
「まあついでだからいいんじゃない? 出来れば何個か試作もしたいとこだし、あいつらには悪いけどそれでお互いのコミュニケーションが円滑にいけるならやってもいいと思うんだ」
 それに言われたから思い出したというわけでもないけど、ハルヒコはともかく長門や朝比奈さんには何かお礼の意味も込めてチョコを贈るのが妥当なんじゃないかって思う。これもあたしの意識では無い部分でもあるんだけど、あいつは向こうの世界で長門たちを信頼してるみたいだし。だったら、こっちの世界でも一応贈っておいたほうがいいかなあって。
 ……多分あいつならやるだろうな。面倒だって言いながらでも切り捨てたりはしないんだと思う。だから、あたしも。
「ふむ、キョンがそういうのならば今回は従っておくとしよう。他校同士の交流の一環とするのならば先生達もうるさくは言わないだろうしね」
「む〜、あいつらに佐々木さんの手作りチョコなんて勿体無いのですけど。その分ホワイトデーにがっつり頂くのです!」
 いや、それもそれで酷いだろ。変な張り切り方をしている橘はともかく、実は佐々木の手作りというのはある意味爆弾というか地雷というか、そういうのに近いと思うんだけど。ああ、昔食べた見た目が白いのに食べたら火を吐いたイチゴのショートケーキが蘇る。


 まあそれはそれとして。


「結局は全員参加でいいのか?」
 あたしたちのやり取りを呆れながら見ていた藤原さんが横目で見たその先には、
「――――なう」
 いつの間に居たのか、今までのあれこれを聞いていたのかいなかったのか、さっぱり分らない無表情の九曜が文庫本を拡げていたわけで。
 つまりは光陽園文芸部は全員いたのかよ、あたしは恥ずかしいから一人で藤原さんに教えを乞うつもりだったのに。これだけでもため息を吐きたくなってくる。すると耳元に、
「――――抜け駆け―――禁止――――」
 なんて聞こえてきて、思わず九曜を見つめてしまった。九曜は何も無かったように文庫本を閉じたけど、あたしにだけは分かってるんだぞ。ちょっと睨んだら九曜と目が合った。深く、黒い瞳には何も浮かんでいるようには見えなかったけど。
「さて、そうなると人数が多いな。校内でというわけにはいかないだろう、目的も目的だしな」
 思案気に顎に手をやった藤原さんだが、それについては当てがある。
「お願いできるかな? 九曜さん」
「――了解」
 佐々木の頼みに九曜は数ミリの肯定で答える。一人暮らしをしている――という設定になっている――九曜が住むマンションに何度か皆んなでお邪魔したことがあるからだ。それにあたしは一人でも何度も九曜の部屋に行ったことがある、どれも止むに止まれぬ事情ばかりだったけど。
 と、いうことで人数と場所が決まった。残るは、
「幸いな事に週末は連休だ。基本は教えてやるから残りで自分なりに工夫してみろ、日曜日には間に合うだろう」
 まあ何も予定が無ければ、それでいいのだろう。
「え〜? パパッと作って終わりじゃないんですか?」
「阿呆か、自分で努力もしないでどうする。僕はあくまで手順しか教えるつもりはないからな」
 何て狭量な男ですか、などというワガママ超能力者は放っておいて、あたしとしてはやっぱりちゃんと手作りだって胸の張れるもの(無いとは言わせない)をあいつには贈ってあげたいから素直に頭を下げた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします、藤原さん」
 けど藤原さんったら眉を顰めて、
「む。お前にそう素直に礼を言われると調子が狂うな」
 なんて言われちゃうし。失礼な、あたしだって真面目になる時だってあるっていうの。まあ、あいつに会うためだっていうのもあるけど。あいつと会えるなら少しは素直にだってなるわよ。
「やれやれ、あのキョンにそこまで言わせる男性か。益々興味が湧いてきてしまうね」
 それは勘弁してよ、女の情けだ。元々逢わせ辛いってのもあるけど、この時あたしは一つの可能性を考えてしまったのだ。
 あいつの世界とあたしの世界は何人かの男女が逆転している。あたし自身がそうだ。けれど佐々木や橘、藤原さんに九曜は性別が変化していない。つまりはウチの連中はそのままあいつの世界でも同じだってこと。
 ということは、佐々木は向こうの世界でもこっちの世界でも女の子なのであって、あいつは男性なのだ。いや、あいつに関しては心配していない。奇跡的なまでに鈍いからね、あたしがここまでやきもきしてるなんて思いもしてないだろうし。
 けど、佐々木は違う。佐々木があたしに対して見せる友誼や親愛は信用足るものだけど、これがそのままあいつに向けられる可能性は高い。というか、間違いなく向く。だって、あいつはあたしなんだから。そしてあたしは同性だから友愛なのだけど、異性になればそれは、その、恋愛にならないとは言えないよね? いくら佐々木が恋愛精神病論を唱えようとも相手によるってもんだろう。また、あいつも佐々木みたいなタイプを惹きつけそうなんだよなあ。それを言えばライバルは多そうな予感もしちゃうんだけど。
 結論として、あたしの女としての本能が佐々木とあいつを会わせることに危機感を感じたというのが正解かな? いやまあ、あたしもチョコすら渡してもないのに何を考えてるんだって話だけど。でもなあ、佐々木だしなあ、って思うぞ? 美人なのは間違いないんだから。
「ごめん、まだちょっと……その、こういうのにも慣れてないし…………」
「クックックッ、分かっているよ。その上で君をからかいたくもなるのさ、自分でもこんなに嗜虐的な部分があったなんて驚きなくらいにね」
 こえーよ、佐々木が怖い…………何でそんなに嬉しそうなんだよう。佐々木の新しい何かが目覚める前に話を逸らさなくては。
「話は終わっただろう? 帰るぞ」
 片付けも終わったのか、制服も整えた藤原さんが鞄まで持って呆れている。というか、ナイスタイミングです。ある意味正解です、空気読んでます、ありがとうございます。心の中でペコペコ頭を下げながらあたしもいそいそと鞄を抱える。
「そうだね、随分と遅くなってしまったようだ。今日は塾が無いとは言え、これでは家族への言い訳を考えなくてはいけないかもね」
 佐々木もあっさりとあたしへの追求を止めて帰り支度を終えてしまった。この辺の切り替えは早いよな、こいつ。
 「え〜? もうちょっとキョンさんの彼氏について聞きましょうよ〜」とうるさい橘を藤原さんが追いたてて、いつの間にか部屋の外で待ってた九曜を追いかけながら、あたしと佐々木もやっと家路に着いたのだった。やれやれだわ、こんなに大袈裟にするつもりなんかなかったのに。





 そんな大騒ぎした後の帰り道。いつものように佐々木は藤原さんと学習談義をしながら、九曜はその後ろを黙って、あたしと橘は最後尾でお喋りしながら帰る。
「あの……さっきはすみませんでした。つい、いつものキョンさんらしくなかったものですから」
「いいよ、あたしだって柄じゃないのは十分承知さ」
 だが、橘が謝ったのは別の意味もあったらしい。少しだけ躊躇した様子を見せた橘だったが、
キョンさん、そのチョコを贈る方はどんな人か訊いてもいいですか?」
 またか、と言いそうになったあたしを真剣な目で制したまま話を続けられる。
「出来れば名前や特徴、光陽園の生徒なのかも教えて下さい。何時、その人を知ったのかも聞かせて貰えれば助かります」
 助かります? それって、まさか、
「はい。すぐにでも周辺の調査をさせてもらいます。お気を悪くされるのは当然でしょうけれど、これも私たちの任務なのです」
 先程の文芸部室とは違い、橘の顔は真剣そのものだ。『組織』から派遣されたエージェントとしての橘がそこにはいた。
「佐々木さんの周辺は全て我々の監視下にある、といってもいいのですが、その中でキョンさんが特定の男性と接触した形跡などはありませんでした。正直なところ、こちらとしては異常事態なのです。出来れば経緯をご説明頂けないでしょうか」
「…………あたしにプライバシーは無いって言うの?」
「いえ、勿論盗聴などをしている訳ではありませんが北高のSOS団ですか? もう一人の神がキョンさんと接触をして以来、上の警戒心は高まっていく一方なのですよ。そこに第三者の男性の存在が『組織』の認識外で現れたのです、我々としては早めの調査が必要なのだと理解してください」
「そんな一方的な理屈なんか承知出来るか」
 またか、『組織』の連中は世界を守っているつもりなのかもしれないが、あたしだって佐々木だって普通の生活をしているつもりだ。それを一々見張られてるなんてたまったもんじゃない。
「すみません、私も今回の件については同性として納得していないのですけど……」
 分かってるよ、こんな時に板ばさみになって悩むのは毎回橘だ。それに今回については流石の『組織』だってどうにもならない自信もあるから、あたしは一度ため息を吐くだけに収めてやった。
「そこまであたしの行動を把握しているなら答えは簡単だ。あたしが九曜に引っ張られて行ったもう一つの世界であった男の子――向こうの世界のあたしになるんだけど――に渡すんだよ」
 それを聞いた時の橘の顔は見物だったな。あれを鳩が豆鉄砲を喰らったとでもいうのだろう。目を白黒させながら頭の中で必死に理解しようとしているんだろうなあ、ちょっと面白い顔になってるぞ。
「えっ……え? ええっ?! きょ、キョンさんが別の世界に? 九曜さん? 一体どういうことなのですか?!」
 こら、あんまり大声を出すな。九曜はいいけど佐々木や藤原さんに聞こえたらまずいだろうが。
「で、でも良く分らないです。どうして九曜さんが別の世界にキョンさんを連れて行ったりするのですか?」
「それを言うと本が一冊出来るくらいの話をしなきゃいけないから勘弁してくれ。だけど、今度はあたしの意思で向こうの世界に行くんだ…………あいつに会いに」
 そう、きっかけはトンデモなんだけど。
 あいつとあたしが巻き込まれた二つの世界を股にかけた事件は、周防九曜と天蓋領域の壮大なる実験だったらしい。それによりあいつは此の世界のあたしの意識下に閉じ込められていた。これは向こうの世界の長門たちの活躍と九曜自身の反省もあって解決したんだけど。
 だけど、それからまた九曜に連れられてあいつに会って。同じ人物だから気が合うのは当然なんだけど、それ以外に何処か違うところも感じて。
 ――――気がついたらあいつのことばかり考えてるあたしがいた。どうしようもないくらいに会いたくなっている、九曜を通して伝わる情報なんかじゃ我慢出来なくなるくらいに。
「だから、悪いけど佐々木には言えない。本当は九曜と二人だけの秘密にするつもりだったけど、どうせ『組織』の連中にはばれるだろうからお前にだけは言っておくよ」
 それにお前だしな、橘。あたしは『組織』なんかと関係無くお前とは友達だって思ってる。けど、異世界に行くのを止めるつもりもない。
「はあ…………分かりました」
 あたしの話を聞いた橘は大きなため息を吐いた。少しだけ空を見上げて何か考えていたみたいだったが、
「上への報告は上手い事誤魔化します。流石に佐々木さんの『鍵』となるキョンさんが宇宙人勢力の手によって異世界に赴いているなんて言えませんし。あまりに荒唐無稽な上に万が一何かあれば天蓋領域との交渉も決裂してしまって佐々木さんを巻き込んだ勢力争いになってしまいかねないのです。そこに涼宮ハルヒコを神と崇める勢力『機関』につけこまれては元も子もありません」
 そこまでの話になるの? まさかあたしがあいつに会うだけで大袈裟すぎないか?
「そこまでの話ですよ、天蓋領域が何かするなんて我々にとっては驚異そのものなのですから」
 そういう橘の顔は笑っていない。確かに、九曜一人いれば『組織』などあっという間に壊滅させるだけの力もあるのだろう。
「だからといって無駄に危機感を煽るつもりもありませんけどね。けど、私の意見など些細なものなのです。だからキョンさんも出来るだけ気を付けて頂きたいのです」
「分かった。一応用心はするよ、だけど」
「承知してます、私も一応女の子ですから」
 そうだな、助かるよ。そう言って頭を下げると橘は何故か少し寂しそうな笑みを浮かべた。え? と思ったが一瞬で元の笑顔にもどると、
「では、頑張って美味しいチョコレートを作りましょう! あいつに頼るのも剛腹ですけど!」
 力強く拳を握った橘を見てあたしも笑う。
「そうだな、ちょっと頑張ってみるよ」
「私の分もよろしくなのです!」
「おい!」
 思わずツッコミを入れてしまった。それを見て橘がまた笑う。
「おやおや、随分と楽しそうだね」
「あまり騒ぐな、周りに迷惑だろうが」
 先頭を歩いていた佐々木と藤原さんが近づいてきて、
「あなたにだけは言われたくないのです! ねー、九曜さん?」
「――――ま、ね」
「何だと?!」
「はいはい、騒ぎすぎてすいませんでした。橘も九曜を巻き込むな」
 九曜を盾にして藤原さんにあかんべーと舌を出す橘。それを見て怒った藤原さんが九曜を中心にして橘と追いかけっこを始める。九曜は微動だにせず柱みたいになってるし。
 やれやれ、いつの間にかこうなっちゃうんだな。呆れるべきか、凄いと言えばいいのだろうか。 
「まあ、いつものことじゃないのかな?」
 佐々木が微笑みながらそう言った。あまりいつもにしちゃいけない気もするけど。
「……感謝しているよ、キョン。君と知り合ってから僕は退屈を覚える間も無くこうして日々を過ごしている。勿論橘さんや九曜さん、藤原さんのおかげでもあるけど、彼女たちと知り合えたのも君がきっかけだ。ありがとう、キョン
「…………それこそ今更だろ」
 それを言うなら感謝しなければいけないのはあたしだ。佐々木がいるから、佐々木の力があるからこそ皆んなは此処に集まったのだからさ。
「……君の、」
 え?
「君の想いが届くといいね。僕も精一杯応援するよ」
 佐々木はそう言うとあたしの手を握る。
「…………ありがと」
 気持ちは手から伝わってくる。それが嬉しい。あたしも佐々木の手をギュッと握り返した。うん、これで頑張れる。あたしの気持ちをあいつに伝える為に。
「おーい、もう帰るぞー」
 まだ追いかけっこを続ける橘に声をかけると、
「――――」
 いつの間にか佐々木と反対の手を九曜に繋がれていた。
「あー! ずるい、私も佐々木さんと手を繋ぎたいのです!」
「こら、横並びで道を塞ぐな!」
 ワイワイと騒ぎながら結局四人で手を繋いで帰ってしまった。後ろの藤原さんはまだ邪魔になるとかブツブツ呟いてたけど。




 九曜のマンション前。ここで一旦解散となる。
「それじゃまた明日。九曜さん、明日はお願いするね」
 佐々木が帰り、後を追うように橘と「材料は僕が持っていくから部屋だけ片付けておけ」と言い残した藤原さんも帰宅の途に着いて、あたしと九曜が残っている。
「それじゃ、あたしも帰るね。また明日、頼んだよ」
 九曜は数ミリの頷きで肯定すると、あたしの顔をじっと覗き込んできた。えっと、何?
「――私も――――楽しみ――――」
 ああ、そうだな。こうやって皆でお菓子作りなんてやったことないもんな。
「――――それもあるけど――」
 九曜はあたしの手をそっと取って、
「――抜け駆け――――禁止――」
 あくまで無表情だったけど。でも、まるで悪戯っこみたいで。
「はいはい、お前もこっそり先に行くなんて無しだからね? ちゃんと渡して食べてもらうんだから」
 あいつは喜んでくれるかな? きっと困ったような顔しちゃいそうだけど。ほら、本人はモテる自覚なんてなさそうだし。
「――――了解」
 九曜は手を離すとそのままマンションへと入っていった。それにしても、あの九曜が表情には出さないけどあんなに積極的なんてね。
 凄い、あいつと知り合ってからどんどんと何かが変わっていく気がする。それが良い方向なのかはこれから分かっていくのだろう。
「うしっ! あたしも帰るか!」
 とにかく頑張って美味しいチョコをつくっちゃおう! それをあいつに……
 やばい、顔がにやける。こんなキャラじゃなかったはずなのに。
 一人百面粗をしながら、あたしは家路を急ぐのだった。









 そこから先、あたしとあいつは色々な目に逢いながらも結局お付き合いすることになったりするのだが、それは別のお話なのだ。