『SS』 俺の妹がやっぱりこんなに(以下略) 6

前回はこっちだよっ!

 待ち合わせ時間の三分前に、俺はどうにか集合場所である駅前に到着した。俺以外の面子は全員揃っていたのだが、「遅い! 罰金!」という声はかからなかった。当たり前だ、あいつはいないのだからな。それに、人数合わせで呼ばれたのに奢らされてたまるか。
「何言ってんだ、キョン?」
「何でもない、こっちの話だ。ちょっとしたトラウマが刺激されてな」
ふーん、と無関心に頷いた今回の幹事役に案内されて居酒屋へ。駅前からほぼ歩く事の無い距離にこういう店は点在しており、俺達が入った頃には既にあちこちから大声で会話しているのが聞こえる。
何分コンパなど初体験なのだが、こんなにやかましいとこでやるものなのか? まあ金を持っている訳でもない大学生ならば妥当な線でもあるのだろうが。などという初々しさ漂う感想を抱く俺とは違い、百戦錬磨の連中は予約していた席へとまっしぐらに移動する。
そこには、既に女性陣が到着していた。どうやらこちらは現地集合といった形だったらしい。人数は五人。当然こちらも俺を含め同数である。
と、ここで俺は信じられないものを目の当たりにする事となってしまう。なんと、見知った顔が相手方のメンバーにいたのだ。確かに女子大生ではあるのだから、その場に居てもおかしくはないはずなのだが偶然というには出来すぎってもんだろ。
何であなたがいるんですか? と喉元まで出てきかけた言葉を飲み込む。一応俺は人数合わせだし、どう見ても男連中の視線は彼女に集中しているからだ。当たり前だろう、高校時代から評判の、誰がどう見ても美女であり、完全無欠のお嬢様でもあるのだから。申し訳無いが、他の女性陣は見劣りしてしまっている。だが、それを感じさせないのが彼女の凄いところであって、友人同士で仲良く談笑しているのだった。
そんな女性と顔見知りだなんて言ってしまえば俺の立場が悪くなるだけだ。ここは空気を読んで初対面の振りをしておかねば。
などという俺の気遣いなど何所吹く風。
目敏くも俺を見つけた鶴屋さんは、嬉しそうに俺に向かって手を振ってきてくださったのだった。ついでに男連中からの刺すような視線も付いてきたのは言うまでもあるまい。





「いや〜、キョンくんが居てくれて助かっちゃったにょろ。とりあえずってことで参加させられたんだけど、どうしたらいいのかさっぱりだったかんね」
 明るく俺の肩を叩きながら笑う鶴屋さんに、「はあ」と応えながらも俺は何杯目かのビールを飲み干していた。
 さっぱりなどと言っている鶴屋さんだが、今までずっと誰かと話し続けていた。明るく話が上手い上に聞き上手でもある鶴屋さんの周囲には笑い声が絶えない、俺の隣に座ったままだったが引っ切り無しに誰かが傍に付いていた。自然と俺も話に加わるので流れに乗れないということもなかったのだから、鶴屋さんの周囲を惹きつける力というのは凄いものだ。
「いや、こちらこそ人数合わせで来ただけですから面白くないだろうと思っていたのに、鶴屋さんのおかげで楽しめてますよ」
 適当な自己紹介も、鶴屋さんのおかげで間抜けなあだ名が優先されるという事態となってしまったが、それでも知り合いがいるだけで安心出来ると言うのは俺も同じだった。「そうかい?」と言いながら豪快に焼酎のロックを飲み干した鶴屋さんは、
「でも意外だったよね、キョンくんが合コンに参加してるなんてさっ!」
 それはこっちのセリフですよ、まさか鶴屋さんのような人が合コンにいるなんて思いもしませんって。
「こういうのを家の人は反対したりしないんですか?」
「あー、うっとこはむしろ見聞を広める意味で積極的に参加しろって言いかねないねぇ。まあ、あたしも一応女の子だから? ちゃんと考えてはいるんだけど、今回は断わりづらかったんさ。でも、参加して正解だったかもね」
 そう言うと鶴屋さんは、なんと俺の肩に頭を乗せてきたのだ。ふわっといい香りがして、
「って、鶴屋さん?!」
「ん〜、にゃに?」
 あ、あれ? 何か様子が違う。よく見ると鶴屋さんは耳まで赤くしている、ってまさか?!
「つ、鶴屋さん、酔ってます?」
「えぁ〜? そんらことにゃいにょろみょ〜?」
 完全に酔ってるじぇねえか! そういえば鶴屋さんはさっきから話すたびに何かを飲んでいた。それも何種類も。しかも大声で笑いながら話し込んでいたのだ、これで酔いが回ってないはずがない。
 気付けば鶴屋さんは俺に寄りかかったまま、手酌で焼酎を飲んでいる。こうなった酔っ払いを止めることの出来る奴など居るわけも無く、というか俺以外は全員酔っているんだよな。俺が冷静でいられたのは単に隣で座る鶴屋さんの相手をしていたら飲む機会が少なくなっただけなのだ。
 それと、あの合宿での酒盛りが未だにトラウマとなっている事は否めない。禁酒は付き合い上守れなかったが、酒量そのものは少なくなっているんだよ。なので、飲み会などでは否応無く介抱役になってしまい、最終的にはあまり楽しめないという結果に終るのだった。
 しかし、あの鶴屋さんが酔ってしなだれかかるなんてなあ。それでも呂律が回ってないのに話だけは成立しているように見えるところが酔っ払いのタチの悪いところだ。
「にゃははは、キョンく〜ん……」
 すっかりご機嫌の鶴屋さんは俺にしがみ付いてしまっている。それを誰も止めようとしないどころか、囃し立てられて俺が慌てるのを見て楽しんでる連中。頼む、そろそろ解散でいいんじゃないか?
 合コンってこんなもんなのか?! 俺はやはり酒には気を付けようと心に誓いながら、ただ馬鹿騒ぎする奴らを呆れて眺めるしかなかった。
 いやだから、鶴屋さん、当たってますからしがみ付かないで! 結構あるというか十二分なボリュームがむにょっと腕を挟み込んじゃってますからっ!
「当ててんにょろ〜ん
 いや、そんないい笑顔で、って酒くさっ! どれだけ飲んでたんだ、この人?!
「あはははは! よーし、おねーさんがチューしてあげようっ! いや、むしろさせろいっ!」
 わーっ! 止めてくださいって! 必死になって鶴屋さんのキス攻撃を防ぐ俺を、周りが笑って見ていた。いや、助けろお前ら!
 狂気の宴はこの後約二時間ばかり続いた。その間、俺は頬に鶴屋さんのキスを三回受けたが唇だけは死守したのだ。したくないといえば嘘になるが、衆人環視の中で酔っ払っている鶴屋さんとキスなどしたら翌日以降がどうなるか分かったもんじゃない。
 いつの間にか膝の上に座ってしまっている鶴屋さんを宥めながら、俺は時間が過ぎるのをひたすら待ち続けたのだった。





「うにゃあぁ〜…………みゃら、らいじょ〜ぶにょろ〜ん…………」
 そんな、ふにゃふにゃでにょろにょろな状態で大丈夫なわけないでしょ。俺は鶴屋さんに肩を貸しながら家路を歩く。
 合コンという名の飲み会は一時解散となって二次会に乗り込んで行く連中がほとんどだったのだが、俺は鶴屋さんを連れて帰る事を選択した。他の男性陣からすれば本命が欠けてしまうので多少の反対はあったものの、鶴屋さんが深夜帰宅が許されそうもないお嬢様であることと(恐らく鶴屋さんがいれば自分達に目が向けられないと感じた)女性陣の助けもあって、旧友である俺が送って帰るという次第に落ち着いた。
 何よりも腰砕けになった鶴屋さんが俺に纏わり付いて離れないのだ、否応なく俺が連れて帰るしかない。ということで、にょろにょろと笑い続けている鶴屋さんを支えながら、ほとんど酔うこともなく帰宅の途に着いたのであった。まあ早めに帰ろうとしていた手前、好都合だと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「キョ〜ンく〜ん、もう歩けないよう〜」
 酔っ払いとは、かくも厄介なものなのだ。にょろにょろになった鶴屋さんは、肩を貸すどころかほぼ背中に張り付くような体勢で俺に圧し掛かってきた。当然背中には柔らかくて温かい感触がむにょんとばかりに押し当てられる。
「あ、あの、鶴屋さん?」
「にゃに〜?」
「ええと、その、」
「当ててんにょろ〜」
 確信犯?! さっきの飲み屋でもそうだったが、酔うと絡むクセでもあるのだろうか。抱きつき癖がある人などいるらしいから、鶴屋さんもその類らしい。などと冷静に分析している余裕などない、とにかく一旦離してもらって、
「おんぶ〜」
 うわっ! 危ない、バランスが! って背中に乗っかった鶴屋さんを支えるように踏ん張ると、そのまま背中にしがみ付かれてしまった。もう当ててんのよ、ではなくただのおんぶだ。それでも、背中全体がやわらかあったかい感触に支配されているのは変わらない。
 文句を言おうにも、「にゃははは〜」と笑っているだけで聞く耳を持ちそうにも無い。酔っ払いには何を言っても無駄なのは経験としては分かっていても、あの鶴屋さん相手だと勝手が違ってくる。
キョンく〜ん、のどかわいた〜」
 はいはい、俺も背中の感触と首筋にかかる酒臭い息のせいで喉がカラカラですよ。酔いのせいか無防備すぎる鶴屋さんが背中に圧し掛かったままで俺の耳元で囁くのだ、こっちの心音が聞こえてないかと不安になる。
「分かりました、それじゃ買ってきますから降りて、」
「連れてって〜」
 降りる気ないな、この人。といっても、この体勢では歩くこともままならない。背中にくっ付いているとはいえ、鶴屋さんを引きずるような形になってしまうからだ。かといって、降りるどころか体重をかけてくる鶴屋さんをこのままにもしておけない。
「分かりました、ちょっと体勢変えますからね、っと!」
 前かがみになって背中に鶴屋さんを背負う。持ち上げようと後ろ手で太ももに手をやると、
「ひゃあぁんっ!」
 って、なんて声出すんですか?! 慌てても、手を離せば鶴屋さんを落としてしまうのでどうしようもない。
「そこは弱いんだよぅ、もうちょっと優しく触って欲しいにょろ」
 いや、おんぶしているだけですから! そんなに息を荒げないでくださいよ!
「んん〜……キョンくんったら手つきがやらしいよぅ…………」
 一ミリも動かしてないから! 本当に支えてるだけだ、半分寝言じゃねえのか?! にゅふふふ〜と笑顔で寝ている鶴屋さんを背負ったまま歩き出す。とりあえず近くの自販機まで、と思っていたのだが、これがまた面倒な事になっていく。





「ハイヨー、シルバー!」
 俺は馬か。というか、結構発想が古いよな。それとも定番なのだろうか、そのフレーズ。とにかく背中の上で暴れないでください、鶴屋さん
 寝てくれた方が数倍マシなのだが、酔った勢いそのままに明るく元気な鶴屋さんは俺の背中の上で飛び跳ねそうなのだ。危ないからと手の位置を変えれば、
「いやん、キョンくんのえっち〜」
 などと言われる始末である。俺の名誉の為にも言っておくが、ほとんど動かしてない。それどころか出来るだけ鶴屋さんを落とさないようにと気を使っているくらいなのだ。昔、朝比奈さんをよく背負っていたけど寝ていたからなあ。こんなに元気な人を背負った事は…………無いわけではないか? 小さな頃の妹も俺の背中でよく暴れていたからな。と、とにかく自販機へ急ぐか。
「はむっ」
「うひゃあぁぁっ?!」
 耳たぶを咥えられた?! 思わず変な声が出てしまったじゃないか、力が抜けて鶴屋さんを落とさなかっただけでも自分を褒めてやりたいぞ。
「何てことするんですか?! 危ないですよ!」
「ん〜、そこに耳があったから?」
 止めてくださいよ、俺は朝比奈さんじゃないんですから。男の耳たぶなんぞに何の価値があるんだか。
「ああ、ハルにゃんがみくるにやってたんだっけ。あたしもやったけど」
 やってたのかよ。それにしても朝比奈さんはいじられまくってたんだな。すると、背中に乗っていた鶴屋さんの腕がそっと首に回される。
「…………愛情表現ってやつだよ」
 え? 鶴屋さんの言葉に俺が戸惑っていると、背中全体に鶴屋さんが体を預けてきた。
「ちょ、ちょっと鶴屋さん? 酔ってるんですよね?」
「うん、酔ってる。だから、ちょっとだけ抜け駆けしちゃいたいんだよね」
 は? と思う間も無く鶴屋さんが耳元で囁く。
「ねぇキョンくん? あたしのこと、どう思ってる?」
 その声が聞いたことの無いような艶を含んでいた為に、俺は思わず生唾を飲む。こんな声を鶴屋さんが出すなんて。それも耳元だぞ、思わず鳥肌が立ってくる。
「あ、あの……」
 どう答えていいのか分からないままに間抜けに鶴屋さんを背負ったまま立ち尽くす俺に、「よっ!」と掛け声をかけて背中から降りた鶴屋さんが正面に回り込んできた。
「うんうん、やっぱ顔を見て話さないとね」
 そう言った鶴屋さんは、酔いのせいか頬は赤く、瞳が潤んでいる。そんな鶴屋さんが上目遣いで、
「ねぇ、聞かせて。あたしのこと…………好きなのかなっ?」
 なんてことを言うのだ。いや、好きなのって言われたら好きだけど、多分それは友人としてとかいう言い訳は通用しないタイプの好きって事であって、俺が鶴屋さんをどう思っているのかと言われれば俺達の尊敬する先輩でもあり、朝比奈さんの親友でもあり、懐の深い包容力のある年上の美人でもあって、それは俺が憧れるというか好みのタイプかどうかで言えば間違いなくお付き合いしたいって、あれ?
「みくるやハルにゃんに有希っこにも悪いけど、あたしの方がちょこっとだけ有利だったりしちゃいそうだもんね。ここは攻め時ってやつなんさ」
 そう言いながら、今度は正面から俺の首に腕を回して抱きついてくる。
「えへへ、やっぱ酔ってても恥ずっこいね」
 真っ赤な顔の鶴屋さんが、背伸びすればキス出来そうな距離で照れて笑っている。やばい、メチャクチャ可愛い。年上の女性に憧れはしたが、迫られるとは思いもしなかったんだぞ。
 頭の中を、鶴屋さんの言葉とハルヒの笑顔と朝比奈さんの泣きそうな顔と長門の無表情が渦巻いている。何がどうなって鶴屋さんに迫られてあいつらの顔が浮かんでくるのか分からなくも無いけど、理解したくないというか、優柔不断すぎるだろ、と自分でも言いたくなる。というか、スマン、限界なんだ。この雰囲気に耐えられなくなっているだけだ。
 しかも、鶴屋さんは俺の目を覗き込み、
「答えが……欲しいんだけど?」
 と迫ってくるのだ。待ってくれ、鶴屋さんとも彼是五年近くの付き合いになるが、こんな展開は想像もしていなかったんだ。それをいきなり告白されて答えをくれと言われても返事なんか浮かぶ訳が無い。いや、素直に頷ける程の美人に告白されているのに答えに詰まる俺がどうなのかと思うのだが。
 とにかく保留、といった雰囲気でも無い。あー、とかうーとか、言葉にならない俺をニヤニヤと見つめる鶴屋さんの本気度も分からない。
「ほら、早く〜」
 って、無理! どうしても頭の中の長門が無言の抗議をしてくるし、朝比奈さんは泣いてるし、ハルヒに怒鳴られてるんだから。それを全部分かっているだろうに、鶴屋さんは俺を攻めてくる。
「あたしだって精一杯勇気を振り絞ったんだから、男の子は答えなきゃ! それとも、あたしのこと嫌い?」
 そんな訳ないだろ。鶴屋さんを嫌うくらいなら、そこの電柱に頭をぶつけて叩き割るくらいには俺だって鶴屋さんに好意を持っている。しかし、何というかブレーキがかかる。喉の奥まで出てきかけている言葉が口まで上がってきてくれないんだよ。
 情けない事に鶴屋さんに抱きつかれたままで顔を赤くして呻き声を上げるしかない。面白そうに見てくれているが、もし鶴屋さんが真剣ならば答えない訳にもいかないだろう。
 言えるのか、俺に? 答えがまだ決まらないのに、俺の口は勝手に開きかけていた。



 だが、俺の言葉は形にはならなかった。



「あーあ、時間切れか。まあ仕方ないね」
 あっさりと鶴屋さんが俺から離れる。どうした? と思う必要も無かった。背筋を何かが走りぬける。
 背後から迫る圧倒的な迫力、その正体も鶴屋さんからは見えていたのだろう。笑顔のままだが呆れているようにも見えなくは無い。
 そして、俺には嫌な予感しかしない。この類のプレッシャーは何度か経験済みなのだが、発生源のあいつは居ないはずなのに。それとも、まさか?! 恐る恐る振り返るとそこには。
「…………ふ〜ん、お出かけって鶴にゃんと二人でだったんだ〜」
 待て、何でお前がこんなとこに居るんだ?





 ハルヒは居なかったが、それ以上に恐ろしいオーラを背負い、人を殺せそうな雰囲気を笑顔で隠して。
 俺の妹が仁王立ちで立っていた。腕の組み方、胸の張り方、どこを見てもデジャブを感じさせてしまう立ち姿に、俺は知らずに眩暈を覚えていた。なんだって大学生になってまでこんな目に遭ってしまうのだと。