『SS』 俺の妹がやっぱりこんなに(以下略) 2

前回はここだよ!

 ニコニコと笑う妹に妙に注視される朝食を終えた俺は、「いってきま〜す!」と元気に駆けて行く妹を見送って自室へと戻った。ちなみに、「行ってきますのキスは?」などと言う妹を軽く小突いたのも毎朝の光景だ。母親が呆れながら仲が良いのね、と言っていたが、むしろ止めるべきだろ。
 ベッドに横になったものの、二度寝のつもりが妙に目が冴えてしまった。仕方ないのでダラダラと益体も無い事を思い出してみる。
「もう二年か……」
 高校を卒業と同時に、俺の日常には平穏というものが戻って来た。というのも、俺を非日常に巻き込んだ本人であるところの涼宮ハルヒという女が目の前から消えたからである。
 別にハルヒが亡くなったとかいう類の話ではない、だが物理的に目の前から消えたのも事実だ。単に大学が違ったという理由なのだが。あいつは高校三年の途中からいきなり海外進学を言い出して、その能力をフルに発揮した挙句に見事機上の人となって遠く海外へと旅立ったのであった。
 当然俺もそれなりに努力をしたのではあるが、いかんせん元の出来が違いすぎる。それでも公立の大学に現役で合格出来たのはハルヒ始めとするSOS団の仲間達のおかげである。おまけに実家から通える範囲だったので面倒事は何も無かった。正直一人暮らしに憧れても、実行したいとは思わないくらいには面倒事が嫌いなのだ。
 それでも感謝の言葉は、「あたしが帰ってきたら存分に回収するからね!」というセリフで台無しになってしまったが。ああ、長門と古泉は見事ハルヒの後を追っていった。但し二人とも別の大学だそうだが。
「その方が都合のいい事もありまして。といっても、『機関』の都合なのですが」
 ハルヒの能力は安定を見せているが、消滅したわけではない。と言い残して無駄に不安を煽った古泉はともかく、長門は意外だった。こいつの場合はどの大学だろうが顔パスで入れそうなのだが、
「やりたいことがある」
 という理由でハルヒと別の大学を選んだからだ。ちなみにコンピューターや物理関係と思いきや、歴史関係の研究を始めたと聞いた。あいつは何か残すつもりなのだろうか、それを朝比奈さんが見て驚くという絵が浮かんだが、本人には言わないでおく。
 その朝比奈さんは一応国内の大学に通っている、ということになっているらしい。夏休みなどを理由にハルヒと会っているようだが、少しづつ成長して朝比奈さん(大)に近づいているのだろう。
 要するに、SOS団はハルヒ曰く休止中なのだ。解散ではなく休止なのは、あいつが卒業して帰ってくれば再開するからなのだそうだが、二年経った今でもそのつもりなのかは不明なままである。まあハルヒが忘れていなければ、という前提での話なのだから無期限休止でいいのだろう。
 俺は大学に通いながら、たまに古泉や長門から海外での様子を聞くだけになっている。実際は大学生活も適度に忙しく、時差の問題もあるので頻繁に連絡を取らないだけなのだが。ちなみにハルヒからの連絡は年に一度、何故か律儀に年賀状が届くだけである。『サボんじゃないわよ!』という文字を見てはハルヒらしいと苦笑する。古泉が言うにはあいつの研究は多忙を極めているらしく、
「あなたの心配するような出来事はありませんね」
 という余計な一言は聞かなかったことにした。一度夢中になると一直線のハルヒだから、便りの無いのは元気な証拠といったところなのだろう。
「あなたへの信頼が揺らぐことはない」
 申し訳ないが長門の一言も聞かなかったことにしておいた。どいつもこいつも、本人以外の心境を言うんじゃない。
 などという平凡ながらも、それなりに学生生活を送る。バイトも始めたら不思議探索が無い上に、この年齢にしては物欲も少ないのか貯金が貯まってしまうという始末で、友人も適度に作りながらも実家暮らしを満喫してしまう故に朝帰りすらしないという真面目さだ。
 つまりは高校時代とうって変わった生活、のはずだった。
 



 しかし、俺の人生において高校生以降は平凡な生活を送ってはいけないという運命を与えられたようなのだ。




 そのきっかけは思い出せば高校卒業だったような気がする。
 卒業式の後に行われたSOS団主催の卒業及び活動休止パーティーは、OBとなってもスポンサーの地位を動かなかった鶴屋さんの尽力もあって盛大に行われた。パーティーの終盤、当時中学二年生だった妹は泣きながらハルヒに抱きついていた。その姿は本当の姉妹みたいで、同席していた朝比奈さんの涙を誘ったものだ。
 ハルヒ達が海外へと旅立つ時も俺と一緒に見送った。その際にも妹は大泣きで、長門が優しく慰めていたのを覚えている。妹は俺についてSOS団の活動にも参加機会が多かったので、別れについても一入なのだろうと思いながら、俺は妹の頭を撫でながらハルヒの乗る飛行機を見送った。
「ハルにゃん…………行っちゃったね」
 そのすぐ後、飛行機が見えなくなった瞬間から、妹が変わったのだ。と思う。実際のところは何も変わっていないのかもしれないが。
 だが、あれだけ涙を流していた妹がいきなりの笑顔になって、
「帰ろう、あたしがいるから寂しくないからね!」
 と言って手を繋いだのは、違和感を感じながらも自分が寂しいのを誤魔化す為なのだと思っていた。





 それが間違いだと気付くのに時間もかからなかったのだ。翌日から妹は今朝と同じ様に俺の部屋へと侵入しては奇妙な行動を繰り返すようになった。中学入学と同時にダイビングボディプレスは無くなったものの、俺に圧し掛かるという行為は止める気配も無かったし、言動の端々に不穏な言葉を交えるようになったのだ。
 だが、そういうのは中学生が背伸びをするようなものだと思っていた。俺だって偉そうな事を言っては知識豊富な友人に窘められたものである。その対象がたまたま兄であるだけだと思ったので、適当に相手をしていただけなのだ。ただ、彼氏が出来たらどうするんだろうとは思ったけれど、妹がそんな恋愛沙汰に縁があるようにも思えなかったのも確かではあるのだが。
 しかし、それも中学生くらいまでだ。坂道の厳しさをあれだけ教えたのにも関わらず、俺が通っていたからという理由だけで北高を選んだ事に呆れながらも、受験勉強中も俺へのちょっかいを忘れなかった妹を説教した回数も数え切れない。それでもあっさりと高校進学を決めてしまったのは驚いた。母親が言うにはもっと上も目指せたそうなのだが、俺にはいつもの妹でしかないので信用出来ないところだ。何より出来が悪い兄というのが我慢できん。あいつが明るい性格で友人に恵まれているのは分かるが、それ以外はどういう評価なのか知らないからな。あまり興味もないし。
 兎にも角にも、無事北高生となった妹は同時に兄離れもしてくれるのかと思いきや、その積極性は増していく一方で現在に至るという訳なのである。
 結局のところ、俺から見れば妹はいつまで経っても甘えん坊で世間知らずな、精神年齢的に高校生としてやっていけるのか心配になる存在であって、それ以上でもそれ以下でもない。
「黙っていれば可愛げもあるんだがなぁ……」
 見た目だけは成長しているんだよな、あいつ。小学生の時は将来を本気で心配したものだが、中学入学以来で漸く第二次性徴を迎えたと見え、それなりの見た目になっていったのだ。小柄ではあるが身長も伸びたし、今時の子供らしく足も長い方らしい。
 一直線だった体形も、それなりに丸みを帯びてきて女性らしくなっているのだろうと思う。特に胸の膨らみは、文芸少女以上団長以下くらいにはなっていた。まあ平均よりはある、とは本人談だ。
 それでも、妹はあくまで妹なのであって、可愛いとは思うが兄として贔屓していないとは言い切れない。第三者の意見など聞く機会も無いしな。
 何にしろ、今のままでは心配だ。あいつが友達がいない、とは思わないがクラスで浮いたりしていないか気になってくる。行動や発言が幼い上に突拍子も無い事を言っていないとは限らないからな、たとえばお兄ちゃん大好きとか。ああいうのは二次元だから許されるのだ、現実で言われると引く。少なくとも俺は引く。
 小学生の時は単純に嬉しかったものだ。中学生になると些か面映く感じ、それでも悪い気はしなかったが。
 しかし、高校生にもなると流石に心配だ。あいつ、恋愛とかに縁が無さそうだからなあ。それに高校生にもなってお兄ちゃん好きって怖くなってくる。大丈夫か? と心配してもおかしくないだろ。
 ああいう妹萌えなどというものは、現実的に妹がいないのか、居ても幻滅しているのかだと思う。普通に兄妹として生活していれば夢など抱かないと思うんだけどな。むしろ俺などは姉に対しての憧れの方が理解しやすい。
 はあ、と溜息を一つ。この年になると、喜びよりも杞憂の方が強くなるものなのだと今更気付いても仕方がないのだけどな。
「本当に大丈夫かよ……」
 どうにも気になってきた。少なくともイジメの対象になっていないかだけでも確認した方がいいのかもしれない。これも兄馬鹿というものなのかね? と苦笑しながら俺は携帯を取り出してメールを打った。まだ相手は授業中だが、昼休みか放課後にでも見てくれるだろう。
 これで夕方のスケジュールは決まってしまったな。どういう話になるのか、若干重い気分で寝ていると、半開きにしていたドアから無音で進入してきた奴がいる。
「よう、久しぶりだな」
 それは我が家の飼い猫であるシャミセン氏だった。高校時代に家族となった三毛猫は元々野良だったので正確なところは分からないが、我が家に来た時から結構な年齢だったはずであり、それから数年経った今は立派な老人である。
 若い頃から動かない奴だったが、年を重ねる毎に置物のようになっていったシャミセンは現在妹の部屋に住み着いてほとんど動く事がない。日当たりの問題もあるのだろうし、妹も昔のような扱いをしていないからなのだろう、のんびりとした余生を送っているようだ。
 俺は久々に帰ってきた愛猫を抱きかかえてベッドに乗せた。シャミセンは前と同じく悠然と布団の上で丸くなる。俺はそのシャミセンの腹を撫でながら一人ごちた。
「お前からも言ってやってくれないか? ちょっとばかり心配なんでな」
 シャミセンは大きな欠伸を一つ。いらん心配だと言われたようだな。そのまま我関せずと瞼を閉じた老猫が何の目的で俺の部屋に来たのかは分からないが、久々に男同士になりたかったのかもしれない。
 などと思いながらシャミセンの腹を撫でていると、いつの間にか寝ていたようだ。
 目覚めて携帯を確認した俺は、遅刻寸前であることに気付いて慌てて部屋を飛び出した。シャミセンは開けっ放しのドアから悠然とそれを追い、妹の部屋へと帰っていく。結局何も意味が無かったんだろうな。
 大学へ行く為に駅を目指して自転車を漕ぎながら、俺はメールの相手と待ち合わせる場所を決めていない事に気がついた。
 まあ、いつものところでいいだろう。どうせハルヒ達は居ないのだから人目を気にする必要はないしな。



 こうして俺はいつもの日常に少しばかりの変更を余儀なくされたのであった。