『SS』 たとえば彼女か……… 30

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 ベンチに座っているのは俺とキョン子、朝倉はその正面に立って微笑んでいる。周防九曜は俺の背中に乗って頭の上に顎を乗せている。何故かこのポジションに誰も違和感を抱かなくなっている事を俺も不思議に思わなくなっているのが怖い。
「改めて言うよ。ありがとう、朝倉」
キョン子の笑顔に、
「いいのよ。こうしてまたあなたと会えたのですもの」
朝倉もまた笑顔で応える。この二人には俺には分からない繋がりがある、それはこいつも同様だった。
「――――――」
「不思議なものね。あなたからキョンちゃんを守ったかと思えば、今度はバックアップだなんて」
「あれは九曜が悪い訳じゃないよ! 九曜の親玉がキョンを無理矢理、」
「だからこそ、キョンちゃんはキョンくんに会えたのだけどね」
「う…………それは……」
朝倉とキョン子の会話に出てくる九曜の話は、俺の記憶では曖昧なものになる。その間の俺はキョン子の意識下に閉じ込められていたからな。朝倉が九曜の暴走を止め、俺とキョン子の意識は分かれた。
 そこからだ、俺と九曜とキョン子の不思議な邂逅が始まり、今では付き合っていると言えるまでになっている。
「あの時も長門さんのバックアップだったのよ。そうね、お呼びとあらば即参上! ってやつ」
 そのフレーズは古すぎて誰も分からないだろうなあ、J9って知ってるかい?
「それを知ってるお前が凄いわ」
 あらゆる事象にツッコミがいるんだ。特に頭上でぼんやりとしている奴向けに。
「でも、本当に大丈夫なの? あたしの世界に朝倉が来てくれるのは嬉しいんだけど」
「うーん、そちらの世界では私がイレギュラーになってしまうけど。でも、こっちの世界よりは騒がれたりはしないみたいだけどね」
 既に朝倉がキョン子の世界に行くのは規定事項と化したようで、いつの間にか和気藹々と話している二人を見るとまるで昔からの知り合いのように思えてくる。
 …………もしも、朝倉が俺を襲って長門に消滅させられたりしなければ、こんな風にハルヒと笑っていたりしてたのだろうか。長門の家に食事を持っていく朝倉、それは長門だけが望んでいたものだったのか? 変わってしまった未来で見た風景が蘇る。あの時、確かに朝倉と長門は楽しそうにしていたのだから。 
「――――――暖かい――――――」
 そうだな。お前も朝倉に飯でも作ってもらえるかもな、おでんなら美味かったぞ。
「――――――楽しみ」
 九曜がどんな顔をしているのか、俺の頭の上にいるので見えない。ただ、キョン子が九曜を見て、
「よだれ、たれてる」
 と言ったので慌てて頭上で手を振った。いいか、絶対に頭に垂らすな! え? てろ〜んって擬音が聞こえるよ? 待て、せめて降りろ! 降りて! お願いだからーっ!!
「――――――じゅるり――――――」
何とか頭は無事のようだ、何故セリフで言わなければならないのかは置いておく。
「既に遅いみたいだしね」
うん、分かってた。頭頂部に生暖かい感触があったからな。九曜、後で覚えてろ。 
「まあまあ、許してやってよ」
キョン子がハンカチを取り出して九曜の口を拭いてやる。いや、その前に俺の髪を拭いてくれないか? っていうか、まずこいつを降ろしてくれよ。
「大丈夫――――――ただの――――――綺麗な――――――水だから――――――」
嘘をつくな、水は『てろ〜ん』なんて粘着質に垂れません。それにいくらお前が天蓋領域製のアンドロイドでもメイドじゃないんだから、水を出したりしないだろ。あー、何所から、というのは言わないでおく。この話は全年齢向けだ。
「――――――ご要望なら――――――ご主人様――――――?」
一瞬、レースフリフリのゴスロリメイドの九曜が頭に浮かび、図ったように両脛に激痛が走った。何故両足なのかといえば、蹴ったのが一人じゃないからだ。というか、何で朝倉にまで蹴られなきゃいけないんだよ。
「うっさい、浮気者
「ここはキョンくんの負けね」
などと二人に言われてしまえば何も言えなくなる。しかし、そんなに俺って浮気者とか言われてしまうような立場なのだろうか。
「無自覚なのね」
「そうなんだ」
「――――――ですよ」
ああ、このパターンも慣れてきた。だから泣かないよ、俺。
「まあ、これがキョンくんなんだって思うけどね。…………さて、そろそろ私も行かないと」
「え? どこに?」
「喜緑さんと合流して打ち合わせるの。その後は勝手にそっちの世界に行くから、今度は向こうで会いましょうね」
笑顔で手を振る朝倉、キョン子は嬉しそうに「また向こうでね!」と言っているが、俺は何故か去っていく朝倉に寂しさを感じた。
朝倉は、こいつなりにこの世界に愛着があったと思う。それが過激な方向に向かった故に俺を襲ったりしたのだろう。何故ならば、こいつは変化を求めていたが世界を滅ぼそうなどとは言わなかった。そんな朝倉がこんなにあっさりと元居た世界から消えてしまっていいのか?
「なあ、本当にいいのか? その、お前なりにやりたい事とかは無かったのかよ」
つい、口をついてしまった。もしも今出来る事ならば、俺やキョン子、九曜だって手伝ってくれるだろう。これで最後、という感じではないにしても、出来れば朝倉に笑っていて欲しい。それは俺の思い上がりでなければいいのだが。
「本当にキョンくんらしいわね、そんなに気にしなくてもいいのに」
そうは言うが、やはり世話にもなったし、迷惑をかけた。少なくとも何らかの恩を返すだけの理由はあると思うぞ。
「…………そういう事なら、ちょっとだけ。ねえ、立ってもらえないかな? 九曜さんも降りてくれると嬉しいんだけど」
分かった。俺はベンチから立ち上がり、九曜も素直に背中から降りてくれた。朝倉の言う事には素直に従うんだな、お前。しかし何をする気なのだろうか、朝倉は。
「うん、それでいいわ。それじゃ、いくね」
その言葉を聞くと同時に、朝倉が一歩踏み出した。何だ、と思う間も無く朝倉の両腕が俺の首に回されて。
「あーっ!」
キョン子の驚きすらも目に入らなかった。朝倉にしっかりと抱きしめられた俺は身動きが取れなくなっていたからな。これは、あの時の教室と同じ?! 指一本動かせなくなった俺の耳元で朝倉が囁く。
「ずっと、こうしたかったの。あなたに、キョンくんに触れたかった……」
甘い囁きが耳朶をくすぐる。やばい、これだけ至近距離で見るには朝倉涼子は美人過ぎる。否応無く心音が跳ね上がり、頬が急激に熱くなるのを自覚した。
「ちょっと! あ、あたしのキョンに何すんのよっ?!」
「あら、私の好きにしていいって言ったのはキョンくんよ? それに、言ったじゃない。私は、長門さんの想いを受けているって。その長門さんは何て言ってたかしら?」
長門? あいつは確か、さっき俺に向かって………………まさか?! 長門の想いっていうのは、その、俺の事を好き、だとか、そういうのを含めたアレですか? それを朝倉も知っている、というか受け継いでいるとでもいうのかよ!
「勿論、長門さんの想いは確かね。でも、私個人の想いでもあるの。私の、朝倉涼子の意志として…………キョンくん、好きよ」
耳元で告白しないでくれ、頭の中がおかしくなりそうだ。まずい、この状況はまず過ぎる。動けない上に耳元でくすぐるように囁かれ、おまけに朝倉からはいい匂いがするって俺は変態か? いや、罠だ! これは朝倉のトラップだ! まんまと引っかかってるぞ、俺! だが、逆らえない!
「とっとと離れろ、この浮気者ーっ!」
だから動けないんだって! そう言ってるキョン子も涙目だけど動けないのか、悔しそうに唇を噛んでいる。止めろ、キョン子を泣かせるな! 九曜まで何も出来ないようにされているのか、動かないのは朝倉が何かしているからなのか? さっきまでの雰囲気を一変させた朝倉は、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「最後に、何でもしてくれる? だったら、私と…………」
視界の全てを朝倉の綺麗な顔が埋め尽くす。何でもって、こういうのまでするとは言ってない! だが、朝倉の唇はピンクに色付いて目が離せなくなっている。睦言のように耳元で囁かれ、一々俺の瞳を覗きこむような朝倉の全身から立ち昇るような香りに俺の神経が麻痺していく。
「駄目! 止めて! 朝倉ーっ!」
 キョン子の悲鳴、近づく唇、動けない身体、外せない視線。そして朝倉は妖艶なまでに潤んだ瞳で、
「うふふ、キョンちゃんには悪いけど」
 囁いた唇が俺の視界を覆うように…………



「ダメーッ!!」



 ちゅっ。
「へ?」
 俺の頬に柔らかな感触。朝倉の唇は俺の頬を捉えていた。呆然としている俺の前には、柔らかく微笑んだ朝倉がいる。先程までの妖艶さは影も形もない。
「あら、物足りなさそうね? どういう事をされたかったのかしら?」
「な、な、何もない! 何でもないっていうか、何しやがる?!」
 恐らく俺の顔面は真っ赤なのだろうが、朝倉は慌てふためく俺を見てコロコロと笑う。そして、キョン子に目を向けて、
「まあ、このくらいで勘弁してあげるわ。あまり見せ付けるのも可哀想だしね」
 とてもいい笑顔で笑うのであった。それをきっかけに動けるようになったのか、キョン子が俺と朝倉の間に入り込むように駆け寄ってくる。逆立ったポニーテールがキョン子の状態を表してるな。
「朝倉っ! お前、なんてことすんのよっ! あたしのキョンなんだからね!」
「そうかしら、でもキョンくんも満更じゃなかったみたいだけど?」
 ギンッ! と凄い目でキョン子に睨まれる。いや、あの時は二人とも動けなかっただろ?!
「…………浮気者
 酷い言われようだ、蔑むような視線が痛すぎる。何か凄く悪いことをしたみたいじゃないか、俺だって被害者のはずだぞ。
「いい思いをしておいて被害者はないんじゃない?」 
 その加害者たる朝倉涼子は、楽しそうに俺達のやり取りを眺めていた。確信犯だな、このやろう。確かにドキドキしたけど、それもお前の罠だろうが。
「ううん、だって私も本気だったもの。あなたへの言葉に嘘はないわ」
 それは、その、ええと。思わず言いよどむ俺。それを見逃すキョン子ではない。
「ちょっと! あたしのキョンを誘惑するなー!」
「私は長門さんほど優しくないの、欲しいものを手に入れる為にはどんなことでもするわよ? でも、それだとキョンちゃんに悪いから」
「十分悪いわっ! まさか朝倉にこんな目に遭わされるなんて……」
「ふふふ、正々堂々とライバル宣言ね。キョンくん、向こうで待ってるわ」
 お前、本当に楽しそうだな。涙目のキョン子を見て笑う朝倉は、作られたような笑顔じゃない。自然に微笑む姿は、何というか。
 見惚れてしまうレベルだった。正直言って谷口のAA+など低すぎる評価だぜ。
「さて、今度は本当にお暇するわ。キョンちゃん、向こうで会いましょうね」
 軽く手を振って立ち去ろうとする朝倉。残されたキョン子ポニテを逆立てて唸りながら俺の腕にしがみ付いている。だが、俺はまだ朝倉に聞きたいことがあった。
「なあ朝倉、本当に喜緑さんのところに行って大丈夫なのか? こう言うと喜緑さんに悪いが、お前を一人呼び込んで何かするんじゃないかと……」
 すると朝倉はクスクスと面白そうに笑う。
「だから喜緑さんもやり過ぎだって言ったのにね」
 何がおかしいんだ? 俺は可能性としてありえる話をしたつもりだったのだが。
「ねえキョンくん、もしも喜緑さんがあのまま周防さんを消去しようとしてたらどうしてたの?」
 逆に朝倉に質問されてしまった。腕にしがみ付いたキョン子も俺を注視している中で、俺がやろうとしていた事は。
「…………九曜に言って、俺とキョン子で向こうの世界に逃げるつもりだった。その上で、俺は向こうの世界に残る。空間は九曜に修正してもらえばいい、そう思ってた」
「なっ?! キョン、そこまで考えてたの? でも、それだと二度と戻れなくなってたかもしれないんだよ!」
 分かってる、そこまで覚悟していた。いきなり俺が消えれば家族にも迷惑をかけるだろうし、ハルヒがどうするのかも分からない。
「それでも、俺はお前と居たかったんだ」
キョン…………」
 キョン子にそれを告げなかったのは、言えば誰よりも先に反対するからだ。あの状況でも、間違いなくキョン子は俺を庇おうとしたに違いないからな。
「やっぱりね、喜緑さんに釘を刺して正解だったわ。キョンくんが居なくなれば、涼宮さんも長門さんも黙ってないもの。世界は改変され続け、情報統合思念体は存在を消されていたかもしれないわね」
 呆れたように朝倉がため息を吐いた。そうだろうな、我ながら無茶苦茶だと思う。しかし、この中でキョン子だけがよく分かっていなかったようで、
「やっぱりって朝倉はキョンがやる事が分かってたの?!」
「何となくね。私と長門さんが知ってるキョンくんなら、そのくらいのことはやりかねないわ」
 キョン子が目を丸くして俺を見ている。何だよ、俺だって最終手段として考えてただけだぞ。自分の世界に未練だってあるんだ、家族もいるしな。
「それでもっ! あ、あたしの為に…………自分の世界を捨てちゃうなんて駄目なんだからっ!」
 ほら見ろ、泣いちゃっただろうが。言わなくて済んでたのに、と朝倉を睨む。だが、朝倉は何も無かったように、
キョンくんは優しいけど、残酷だからね。でも、有機生命体における寿命を鑑みれば選べる選択肢は一つしかない。前の私には分からないし、喜緑さんも理解したとは言えないでしょうね。唯一理解しているのは長門さんくらいかな? だけど今の私は長門さんのデータがある」
 だから、分かるの。朝倉はそう続けて、
「けど、喜緑さんの立場も理解してあげて。あの人は長門さんの監視も役割に組み込まれている、それ故に自らの意思を封じなければならないの」
 喜緑さんにも、あそこまでやらなければならない理由があった。朝倉はそう言いたいのだろう。
「だとすれば余計にお前を喜緑さんの元に行かせる訳にはいかないんじゃないか?」
 これで初めの質問に戻った事になる。はぐらかした、というのではないだろうが、朝倉を心配するのはおかしいのか? 
「ううん、嬉しいわ。だけど、よく思い出してみて? 喜緑さんは何て言ってたの?」
 確か、空間の制御と長門に説教だったか。長門には申し訳が無いな。朝倉の復活で何か罰でも食らわなければいいが。
「もう、分かってないわね。それじゃこれだけ教えてあげる。私は周防さんのコードで空間を修復しなければならないの。それは向こうの世界の空間をこじ開けたのは天蓋領域だから。つまり、喜緑さんの持っている情報統合思念体のデータは必要ないのよ。それなら私にだって把握済みだしね」
 どういう事だ? 朝倉の言う事が事実ならば喜緑さんは朝倉に何も用が無いということになる。首を捻る俺に、キョン子が先に答えを見つけた。
「もしかして、長門?」
 朝倉はキョン子を見てニッコリと微笑む。すまん、俺にはまだサッパリなんだが。
「つまり、喜緑さんはお説教の名目で長門を呼び出してる訳じゃない? そこでコードの交換って事にして朝倉が行けば、長門と朝倉が会えるじゃないの」
「そうか! 長門は朝倉を再構成したけど直接会ったって訳じゃない」
「だから最後になるかもしれないから、喜緑さんは長門と朝倉を会わせてあげたかったのよ」
 そういうことだったのか? 朝倉を見れば苦笑しながら、
「ほら、あの人も素直じゃないからね」
 肩をすくめてみせた。しかし、嬉しそうに見えるのは気のせいなんかじゃないだろう。それにしても喜緑さんって人は。
 あの人もまた、親玉を騙すように長門と朝倉の事を考えていたのだ。そして俺に警告も忘れなかった、それだけの事をやってのけながら何も言わない人なんだ。
 伊達に長門のお目付け役なんかじゃない、しかも冷静にして全てを見通しているような実際に先輩になっている宇宙人に感謝するしかないだろ。
「今度こそ行かなきゃ、もう長門さんも居るだろうしね。それじゃキョンちゃんはまた後で、キョンくんとも、また会える事を期待しておくわ。その時は、こんなもんじゃない続きをしてあげるわ」
 な、何を?! 驚く俺と、しがみ付くキョン子を残して朝倉は歩き出す。と思いきや、一度立ち止まって振り返った。
「ああ、キョンちゃんにだけ忠告しておくわ。彼女はもう待っている…………あなたをね。そこからどうするのか、何を言うのかはキョンちゃんだけにしか分からないわ」
「…………分かった。ありがと」
 頑張ってね、と言い残し、朝倉は去って行った。キョン子は俯いて何か考えている。朝倉が残した忠告とは何だったのか、俺には分かっていないままだった。いや、うっすらとは気付いているのだが、
「なあ、キョン子
「うん、多分大丈夫だよ…………」
 何が大丈夫なんだよ。それにキョン子は答えなかった。
「そろそろ帰ろう、もう時間はないみたいだしね。行こう、キョン
 代わりにしっかりと手を握られ、ホームに立って電車を待つ。その間も、キョン子は何も言わなかった。俺も、何も聞けなかった。
 電車がホームに滑り込み、
「九曜!」
 ステルスをいいことに売店で新聞を勝手に読んでいた九曜を呼ぶと、黙って背中に乗ってきた。もういい加減に止めないか、これ。
「――――――真面目なのは――――――嫌いだし――――――」
 嘘付け、空気を読んで離れていたくせに。朝倉とキョン子の会話を優先するくらいには、このお子様宇宙人は気を使ったりしやがるのだ。まったく、どいつもこいつも人の事しか考えないのかね。
「――――――あなたもね――――――?」
 ほっとけ。俺は自分の事しか考えてねえよ、世界より女の子を選ぶくらいにはな。その世界よりも大事な彼女は無口になってしまっているが。
 






 電車の中でもキョン子は無言だった。自然と空気が重くなり、九曜を背中にぶら下げたまま立っている俺も何も声をかけてやれなかった。
 揺られながら時間だけが過ぎていき、窓の外の景色は薄暗くなっている。
 何駅か通り過ぎ、俺達の降りる駅が次に近づいた時だった。キョン子が重い口を開いた。
「ねえ、キョン…………この後ね? 何があっても口や手を出したりしないで欲しいの。きっと、キョンから見れば止めたくなるだろうけど。でも、これだけはダメ。お願いだから約束して、絶対に何もしないって」
 決意を込めたキョン子の言葉に、俺は頷くしかなかった。
「もう一つだけお願い。決して、目を逸らさないで。あたしを、あたし達を見ててね」
 そう言ったキョン子の微笑みは、柔らかく、暖かく、綺麗だった。俺はキョン子を抱き締めた。
「ああ、絶対に目を逸らさない。約束する」
「うん、お願い」
 そのまま俺達は、ホームに電車が止まるまで抱き合っていた。小さく震えるキョン子を、何も言わずに抱き締めて。




 駅に着き、ホームに降りた俺達は並んで歩く。手は繋いでいない、キョン子がそれを望まなかったからだ。
「あたしは対等でいきたいから」
 そう言ったキョン子は、改札を出る前にトイレに入った。そんなに待たずに出てきたキョン子は、見事なまでに綺麗にポニーテールを結いなおしている。
「行こう」
 先導して歩くキョン子を追う。颯爽と靡くポニーテールが美しかった。
 だが、俺にも分かる。この先に待ち構えているのはあいつだと。
 改札を抜けて駅から出る。圧倒的な存在感が俺とキョン子を襲った。森さんよりも、長門よりも、喜緑さん以上のプレッシャーに押し潰されそうになる。



 腕を組み、傲然とした仁王立ちで。炎のようなオーラを身に纏い、瞳をギラギラと輝かせて。

 

 涼宮ハルヒは、俺、いいや、キョン子を待っていたのだった。