『SS』 たとえば彼女か……… 23

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 キョン子に引っ張られ、九曜を引っ張って走ること幾分か。足が棒になりそうなのだが、ミニスカで九曜を引っ張るキョン子の方が元気なのは何故だろう。
「って、九曜ももういいでしょ? 自分で歩きなさい」
「――――――うぃ」
 そう言った九曜は自分の足で立ち、俺の背中まで移動するとそのまま、
「――――――んしょ――――――」
 と、乗っかった。何でだよ。
「――――――乗ってんのよ」
 いや、もうただのおんぶですから。流行る気配も見えないのに当たり前のようになっている、というのも如何なものか。
「少しは時間が稼げたかなあ?」
 長門があのまま動けなかったらな。そして俺の明日が見えないのもどうしたらいいんだろう。
「いいじゃん、あたしがいるんだし」
 今は、な。俺が心配してるのは明日だよ。
「何だったら、あたしの世界に来る?」
 非常に魅力的に感じてしまうが、それは本末転倒というものだろう。あまりにも一緒に居る事を望みすぎて、何かを見失いかけている気がしてきている。
 そうだ、俺はキョン子と一緒に居たい。しかし、だからといって本当に世界のバランスを崩していないと言えるのか? 
 魅かれ過ぎている。
 俺がキョン子に。キョン子が俺に。
 どうしてだ、漠然とした不安が襲い掛かってくる。キョン子と共に過ごす時間が幸福過ぎるからなのか? それとも幸福慣れしていないからだとしたら間抜け過ぎる。
キョン?」
 キョン子に声をかけられて我に返る。
「あ、ああ、すまん」
 心配そうに曇る瞳、下がる眉。ああ、そんな顔をさせたくないんだ。
 …………考えすぎ、なのだろう。俺は圧し掛かってくるような黒い靄を払うように努めて笑った。
「ちょっとばかり走りすぎだ、こっちはスポーツなんかやってない平凡な高校生なんだからな」
 わざとらしくため息をつけば、
「あたしだって平凡極まりなさを誇る女子高生だっていうの。同じキョンなんだから少しは頑張りなさいよ」
 笑ってからかうキョン子に、やれやれといういつもの口癖を一つ。
 そうさ、今だけは彼女の為に笑っておこう。きっとどうにかなる、なんて楽天的でいいんだ。
「――――――」
 そう、たとえば彼女がどうにかしてくれるだろう、なんてな。当然そうもいかないのは今までそうだったし、これからもそうなのだとしても。
 



 
 
「何故こんなところに居るのかね?」
 それはこっちのセリフだぜ。本当にそうもいかないとは思ってたけど口には出していなかったのにさ。
「ええと、どちら様ですか?」
 ああ、何となく雰囲気で分かったんだろうな。キョン子が遠慮がちに尋ねる相手は日曜日なのにも関わらず北高の制服姿でもある。長門とは違った意味で、俺はこの人の私服なんかは見たことないな。
「そちらの彼が通う高校で生徒会長などやらせてもらっている者だ。本日は教員と共に生徒会は繁華街の見回りなどをやっていたのだがね。結果として不純異性交友の現場を目撃したということだな」
「ま、待ってください! 異性交遊はともかく不純は無いですよ!」
「異性交遊は認めるのだな」
 あ。といっても、言い訳など出来そうも無い。しっかりと腕を組んで、肩の上に頭を乗せるように寄り添われて歩いている男女に「僕らの間には何も関係が無いんです」などと言われても信じられるはずが無い。周辺にカメラや監督でもいれば撮影かと思わなくもないが、生徒会長相手に通じる言い訳じゃないよな。
「ええと、まあ」
などと曖昧に頷くしかない訳で。キョン子も離れないから言い逃れのしようも無いのだが。
「しかし、いくら恋人とは言え背中に乗るのはどうかと思うぞ」
「そっち?!」
背中から頭上に乗り出した九曜がピースサインをしていたことに気付いたのは会長の言葉のおかげだった。というか、お前人の背中で何してやがる。しかし会長もよく天然ステルス機能内蔵の九曜に気付いたもんだな。
「って、あたしはいいんですか?」
まあ、そうなるよな。キョン子は自己主張するように会長に突っかかったのだが、ついでのように首に腕を回してマジでキスする三秒前なのはどうなんだ。
「ああ、人前でそのような態度は止めておきたまえ。君は他校の生徒のようだが、彼が明日にでも停学処分になるのを見たくなければな」
慌ててキョン子が離れた。くそっ、これをネタにハルヒにちょっかいをかけられたら色んな意味でお終いだぞ。
しかし、会長は眼鏡の弦を指で上げると、
「冗談だ、私も規律は重んじるが生徒間での交際にまで禁止を求めるほど禁欲的ではない。但し、学生の本分を違えない範囲に措いてだ。君は成績面において些か本分から外れ気味であるように思えるがね?」
こんなとこで嫌味を言うなよな、あんただって似たようなもんだったじゃねえか。
と、ここで気付いたのだが、会長は今は真面目モードだ。どうやら九曜とキョン子がいるからのようだが、ここで二人が関係者であると言えばもしかしたら俺たちを擁護してくれるかもしれない。あくまでも希望的観測だが会長の真の姿は元不良だった訳だし、少なくとも俺には同情込みの親近感を抱いてくれてるようでもある。
「あ、あのですね? こいつらは会長の事を知っているというか、俺のことを分かってる連中なんですよ。だから、」
言い終わる前に会長が二人を睨みつけた。キョン子は不審そうに、九曜は無表情でそれに答える。
「ふん、どうやらお前の言ってる事が正しいようだな。俺のことは知らなくても、お前への信用で俺がどういう人間なのか分かるみたいだぜ」
眼鏡を外した会長は素に戻ったようだ。嫌味を言いながらも、刺すような視線を外すような事はない。
「え? どういうこと?!」
豹変した会長を見て驚くキョン子。それを見た会長が、
「ああ、あまり気にしなくていい、こいつから後で聞いておけ。それよりお前、涼宮はいいのか? あの奇天烈女を放っておいて別の女とデートとはいいご身分だな」
それを聞いて俺もキョン子も憮然とする。ここでハルヒの名前を出されてしまえば、今まで逃げている事を含めてこっちが悪いみたいじゃないか。事情をある程度知っているだけに厄介だ、出来れば早いとこ退散したい。
「もういいですか? デートだって分かってるなら邪魔しなくてもいいじゃないですか」
「そうはいかん、生徒会での見回りというのは事実だ。と言って、お前らの邪魔などする気もないんだがな。だが、このままという訳にもいかないだろ? どうせあのイカレ女に見つかりたくもないだろうから付き合え、しばらくは身を隠せるはずだ」
言いたい事を言った会長は、俺の返事も待たずに振り向いて歩き出してしまった。キョン子が不満そうな顔をして何か言おうとしたが、とりあえずここで揉めても仕方ないので後を追う事にする。会長の言う見回りは事実だろうし、もしもそうならば可能性として一番遭いたくない人物に遭遇する可能性があるんだ。だとすれば、会長が身を隠せると言うのを信用するしかない。俺は歩きながら、
「九曜、もしもの時は頼む」
「――――――承知――――――」
頭上から声がするけど、お前まだ降りてないのかよ。






どこに連れて行かれるのかと思いきや、少し狭い路地を抜けると小さな公園があった。公園、と言ったが柵に書いてあった看板に公園と書かれていたからで、遊具などもない小さな空き地だ。一応ベンチとゴミ箱、数本の木が植えられているのでどうにか公園と言われればそうかと思えるくらいである。
「要はお偉いさんが土地を余らせてるだけってやつだ。誰も使わないこんなとこが街中だからこそ存在するんだよ、涼宮みたいな真っ当なヤツは見向きもしないだろうがな」
確かにハルヒなら路地など気にしないだろう。あいつは不思議探索などで路地裏などは覗き込んでも中を進むようなことはない。あいつが興味を示すとすれば噂話にでも上ったら、という前提だろう。
「座れ、しばらくは時間が稼げるはずだ。その間、俺も休ませて貰う。生徒会の活動なんぞに労力を取られて迷惑してるんだからな」
ベンチの埃を手で払った会長は座るといきなりタバコを取り出した。それを見たキョン子が露骨に嫌な顔をする。
「タバコは苦手か?」
「それ以前にあたし達はまだ未成年のはずですけど?」
すると会長は面白そうに俺を見やり、
「お堅い女が好みなんだな。お前の連れてるヤツはよく似てるぞ」
煙を吐き出しながら笑った。その態度がキョン子ハルヒをバカにしているようでカチンとくる。
「どういう意味だ? 少なくともキョン子の言ってる事の方が正しいじゃないか、それに俺の連れてるって言い方もどうかと思うんだが」
「ああ、バカにしてるんじゃない。むしろ呆れてるんだ、お前らが羨ましいと言ってもいい」
会長は紫煙を燻らせながら自嘲気味にそう言った。
「お前には分からないだろうが、俺みたいに少し外れた道を歩いた者からすれば涼宮だって、イカレてるが真っ直ぐなのは分かるさ。お前らの周りにいる連中はほとんどそうかもな」
流れる煙を見上げる会長が何を考え、何を言いたいのか俺には分からないままだった。
「だからこそ思うんだ、俺ならお前の立場になればまず逃げ出す。いきなり訳の分からない神様だの、宇宙人だの、未来人に超能力者に『機関』なんてもんに囲まれればな。それなのに、お前はその中心にいる。しかも、お前を囲むようにだ。羨ましい反面、勘弁願いたいとこだな」
そしてキョン子を見て、会長はこう言った。
「そんなこいつが選んだのが、この女か。…………お前は世界を変えちまうかもしれないと言われればどうする?」
「なっ?!」
「『機関』の言うとおりに涼宮が世界を作ったというなら、お前とそいつが一緒にいる世界なんぞ無くなれと言うかもしれないぞ? 俺から見ればあの女は分かりやすいんだが、どうやらこいつは気付いてないようだしな」
皮肉を込めた目で俺を見た会長は、キョン子に返事を促した。
「あ、あたしは……」
突然世界などと言われたキョン子が戸惑いながら俯く。何だ、こいつ? 会長の言ってる意味は分からなくないが、俺たちを引っ張ってきてケンカでも売ってるつもりなのかよ?!
「あのなあ、あんたが何を言おうが俺がキョン子といるくらいで世界はどうにもならねえよ! そういう世迷言は別のとこで言いやがれ、古泉辺りなら喜んで聞いてくれるだろうからな!」
「……どうやら鈍いのはお前だけか。そりゃ古泉も苦労するだろうな」
何だと?! 俺は思わず会長に掴みかかりそうになる。
「待って! ケンカしちゃダメ!」
それをキョン子に止められる。そんな俺たちを面白そうに見ていた会長は最後の一服を終えると、タバコをベンチにこすり付けて揉み消した。
「まあいい、俺にとっては答えなんかどうでもいい話だからな。とりあえず時間は稼がせてもらえたんだ、とっとと退場する事にするさ」
何? 時間を稼いだってどういう事だ!
「こういう事ですよ、僕が追いつくまでの時間稼ぎという意味で」
な…………お前まで出てくるのかよ?
「遅かったな、古泉。もう俺の出番は終わりでいいのか? まったく、わざわざ生徒会の連中まで借り出してお膳立てしたんだから借りはでかいぞ」
「承知しておりますよ。ああ、他の生徒会の方にも解散ということでよろしく」
「ああ。但し喜緑くんだけは分からんがな」
「それも承知済みです。では」
呆然とする俺達をよそに、古泉と会長は会話を切り上げる。会長はベンチから立ち上がり、じゃあな、と言って去ろうとした。
「ま、待って! お前は、あたし達を騙したの?」
「騙してなんかないだろうが。俺は涼宮からは庇ってやった。だが、契約は契約だからな、優先しただけだ。後は古泉と上手く話してくれ」
そうだった、会長はあくまで『機関』にその役割を与えられた存在だったのだ。その『機関』から言われれば、俺達を探すこともやるだろう。そしてこの場に留める事も。
迂闊だった、などと言ってももう遅い。今まで散々『機関』の連中を出し抜いてきたのに、搦め手を使われればこの始末だ。
「さて、少なくとも僕には事情を説明していただけると信じてますよ? 正直、閉鎖空間はもう懲り懲りなものですから」
生徒会長と入れ替わるようにベンチに腰掛けた古泉一樹は、言葉とは裏腹の爽やかな微笑みを浮かべているのだった。