『SS』 朝倉涼子の逆襲 6

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朝倉涼子の逆襲(6)


 朝倉がどうなったか、なんてことは他愛もないくらいどうでもいい話なのだが、なんて言うのは朝倉にとっても悪いことだとは分かっているんだけど、俺たちが喜緑さんに対抗できないのは火を見るよりも明らかなんで、朝倉のことは明日会ったら、どういう風に慰めの言葉をかけたやろうかと有希と二人で考えた以外は、その日の晩もいつも通りだった。
 一緒に風呂に入って、一緒に夕食をとって、寝るまでの時間、今日はまったりと過ごすことにした。それだけ月曜日の登校ってのは気力と体力を使うものなのさ。これが火曜日以後だったらどうとでもなるんだけど、さすがは日本のサラリーマンが一番嫌う曜日だけはある。休日明けってのはホント疲れるものだ。だからこそ、体力温存を真っ先に考えてしまう。これは年寄り染みているとかじゃなくて、老若男女問わず誰しもが月曜日に抱く感想だ。
 が、しかし世の中、何にでも例外というものは存在する。
 たとえば、別の平行世界のなめんなー星人のように、本来、一人では成し得ない異世界間移動をやり遂げるやつもいるし、俺のようにアホみたいに非日常に巻き込まれているのに泰然としている奴もいる。
 とまあ、そんな感じで日曜日の夜だというのに俺の気持ちは高ぶるだけ高ぶりまくっていた。
 その結果として、
「眠れない?」
「ん……まあな……」
「このままでは明日に支障を来たす。速やかな睡眠を推奨する」
「分かってるさ……ただ……その……なんつうか……」
 別に有希と枕を並べているからって興奮して眠れないってわけじゃないぞ。これは日常茶飯事だ。健全な高校生らしく添い寝なだけだ。ごくたまーに肌を絡めあったりしないこともないが、最後の一線を越えたことはまだクリスマスイブのときだけだ。今時の高校生なんだからそれくらいは大目に見てくれ。
「昼間の喜緑江美里の肢体が脳内に焼きついている。まぶたを閉じると鮮明に映像化されている」
 ……身も蓋もない。
 が、別に有希に不機嫌オーラは感じない。おそらくこれは、不慮の事故であることを有希も理解しているからだ。ましてや有希は俺と一緒に暮らすようになってから随分経つ。てことは健全な男子高校生の生理現象くらいは理解しているってことだ。
「しかしこのままではよくない。というわけで、わたしで喜緑江美里の肢体映像を消去させる」
 は?
 間の抜けた返事を返す俺を尻目に、有希がベッドから飛び出し、ベッドの向こう、ちょうど入り口と反対側に位置する部屋の窓の縁に乗って、カーテンを開けた。
 今宵は満月だ。
 蛍光灯を消した暗闇に包まれている部屋の中、差し込まれる満月の静かな輝きは、不思議な神秘感を醸し出す。
「月の引力は有機生命体の生理現象と密接な関わりがあり、海に浮かぶ波のように有機生命体の心の波にも多大な影響を与える。月は自ら光を発しているわけではなく、太陽の光による照り返しで輝いているが、照り返しが大きければ大きいほど、すなわち満月に近ければ近いほど、その引力効果は最大限発揮される」
 ん? 何の説明だ?
 そして有希は瞳を伏せ、静かに何かを呟いている。高速呪文?
 ここだけはしっかり聞こえた。
「ムーンライトメタモルフォーゼ」
 呟くと同時に有希の体が大きくなり始める。当然、今着ているパジャマなど、あっさり引き裂かれ、その一糸纏わぬ柔かな白い肌が月の明かりの逆光にも支えられ、有希の周りが光り、幻想感さえ感じてしまう。
 いったい何が……
 などと呆然と眺めるしかできない俺の眼前で有希は今、普段の小さな有希ではなく、元の大きさに戻ったのである。
 まさか……メンテナンスが終わったのか……?
「そんな都合がいい偶然は起こり得ない」
 だよな。てことはお前自身が自分を大きくしたってことか。
「そう。これが昼間、朝倉涼子同様、わたしが、今日出会った魔法使いに教えられた魔法、すなわち情報操作。月の引力を利用し、体中を流れる血液の満ち潮を最大限に活用させた一時的に身体を巨大化させる魔法。狼男の変身と同じ原理。よって、この情報操作は月が照らされている間のみのもの。太陽が昇ればその効果は無くなる」
 どちらにしろ凄い。以前、蒼葉さんは俺を小さくしたんだが、今回は逆にあの魔法使いは有希を大きくしたんだ。
「隣――いい?」
 あ、ああ……って、待て待て待て! よく考えたら裸の実寸大有希が俺と枕を並べるってのは倫理的に絶対にまずい! ましてや今、俺が寝付けない理由は昼間の喜緑さんのヌード画像の所為なんだ! 間違いなく理性は保てない!
「保つ必要は無い」
 え?
「わたしは、そのために一時的身体巨大化魔法を発動させた。わたしの望みはあなたと一つになること」
 一つになる……って、お前!
「嫌?」
 そんなわけ無いだろ。俺だってお前とそうなりたいと思っている。しかし、今回は喜緑さんを見て、の話だ。そんな気持ちでお前を――というのはお前に悪い。劣情は俺自身で打ち払う。
朝倉涼子は言った。昼間、朝倉涼子接触していたあなたがわたしを慰める、と」
 ……そういや言ったな……
「あなたは喜緑江美里の幻影を消すため、わたしはあなたに慰めてほしいから」
 つまり?
「どちらの動機も相手の気持ちを蔑ろにして、と言える。しかし、それは単なる口実でもある。わたしとあなた、願いは同じ。それは二人でいるときに、いつかは、と望んでいたこと」
 …… …… ……
「お互い、偽る論理的理由は存在しない」
 ……だな。女の子にここまで言わせる俺のヘタレ振りも最悪だが、有希はそんな俺でも受け止めてくれているんだ。
 よし分かった有希。今日が俺たちの記念すべき初夜ってやつだ。前回はお互い本来の大きさじゃなかったもんな。
「そう」
 言って、俺たちは手を取り合って抱擁し合い――



 ここから語る事は俺と有希が愛し合ったというだけの話であり、興味が無ければ飛ばしてもらって構わない。
「ん……ふ……」
 何度も繰り返したはずの口づけが、脳内に響く水音と共にまったく別の感触を与えてくる。同じサイズで絡み合わせる舌の感覚は甘く、粘膜が擦れるという事が快感であるというのは理解していたはずなのに痺れるくらいになるとは思っていなかった。
 キスの時は目を閉じるべきだ、などと言っていたが、これは正解であり失敗だった。視覚を奪う事で増した感覚は、ダイレクトに有希の舌を感じさせる。しかし、鼻から抜けるような息遣いの有希を見れないなんて切な過ぎるので、俺はルールを破って目を開けた。
 そこに見た、長門有希の恍惚。絡み合う舌、甘い抜ける息。何よりも望んだ、ピンクに色付く頬。
 我慢など出来るはずが無い。この全てが俺のもので、俺の全てを有希に捧げるんだ。
 キスは唇を離れ、名残を惜しむような唾液の橋は頬を伝って首筋へと抜けていく。俺の舌が首から鎖骨へと滑る最中、有希の白い肌が淡く色付きながら細波のように震え。
「感じるのか、有希?」
「わから……ない…………感覚が……制御……でき…………ないっ……」
 制御なんてされてたまるか、そのまま感じてくれればいいんだ。舌は鎖骨をなぞり、ゆっくりと下へ。
「あ……」
 右腕は有希を抱き、左手は舌と反対の方へ。即ち、
「や……」
 俺の手はしっかりと有希の膨らみを捕らえていた。手のひらに収まる感触は、柔らかく温かい。
「わたしは……胸部に膨らみがないから…………」
 だから何だ? 俺の手には、はっきりとした柔らかな感触がある。むしろ、有希の鼓動が伝わってくるかのようだ。間違いなく女の子の胸だ、少しだけ力を入れると、
「んんっ!」
 普段の有希からは想像出来ない声が耳朶を打ち、俺の頭を揺さぶってくる。有希の胸が無い? では俺の指が食い込むこの感触は何だ? 手のひらに少しだけ固く感じる部部についての説明はどうするんだよ。
 そんな彼女の恥らう姿を、もっと見たくなる。左手は柔らかく動かしながら、舌先は反対の胸を撫でるように舐めていく。有希でも、汗をかくんだな。妙な感動とほのかな塩味が五感の全てで有希を感じているような気がした。
「はあっ……はあ…………」
 有希の、呼吸が荒い。こんな息遣いも出来たのか、いや、俺がさせているのか。見上げたような視線の先で、恥じらいのあまり小指を噛む有希の悩ましげな半目の表情を見て、嗜虐的な感情が鎌首をもたげる。
 舌は膨らみをなぞるように這い、それに伴い目に見えて蕾が固く尖っていくのが分かる。左手に包まれた部分も同様で、転がすように回すだけで敏感に反応していく。
「も……う……」
 分かってる、こっちだって限界だ。経験があれば焦らしたりも出来るのだろうけど、小さいサイズの時よりも俺の方が余裕が無かった。左手を離して、固く尖ったピンクのそれを口に含む。
「っつぅ!」
 敏感すぎる反応だった。思えばいじられたり舐められたりというのは結構やっていたので、有希の肉体反応はこなれているそれであり、サイズが大きくなった事により感度が増しているのかもしれない、などと思うのは後からの話で今は含んだ部分を舌で転がすだけで痙攣のような動きをする彼女が愛おしくて堪らない。
 左だけでなく、右も同様に舌で可愛がると荒い息で俺の頭を抱え込むように抱き締められる。言葉に出さなくても、態度で分かる。もっと、もっと、と求められている。
 右手と舌が胸を、左手はゆっくりと腹を撫でるように下へ。有希の体が硬直するが、構わず閉じた脚の間に滑り込ませる。
「う、わ……」
 そこは既に洪水だった。手触りで分かる無毛のそこは、触れる前から漏らしたように濡れ細っている。
「…………」
 太ももから撫で上げると、何も言わずに足を広げる。それだけで、くちゅりという音が漏れた。生唾を飲み。指を股間へ。
「ふうっ! ん……」
 吸い込まれるように指が飲まれた。勿論有希は初めてではない、が、それはあくまで通常のサイズではない時の事であり、今の有希は求められるままに足を広げていやらしく俺の指を飲み込んでいる。
 胸の蕾を吸いながら、もう一つの蕾と呼ばれる部分を。
「やっ……ああっ!」
 有希があらげも無く声を上げるなんて。それだけで興奮が高まる、しかも尖った芽を指で弾く度に、
「あっ、あっ、ああっ!」
 声が段々と大きくなる。全身を戦慄かせる有希の白い肌にうっすらと汗が浮き、ベッドのシーツは有希が濡らして染みになっている。
 …………我慢というか、もう無理だ。攻めるも何も、これ以上俺が前戯になど時間がかけられない。黙って有希を押し倒し、上に覆いかぶさると、
「…………きて」
 全て承知の恋人は大きく足を広げて俺を迎え入れようとしていた。いくぞ、有希。
 ずんっ、と一気に腰を沈めると、一応の経験はある有希の体は予想以上にスムーズに俺を受け入れた。なんて余裕は無い。
「有希、有希、有希ぃ!」
 一度突き入れたら止める事が出来なかった。間抜けなくらいに有希の名前を連呼しながら激しく腰を動かしてしまう。もっとリード出来るような、などという思考すらもどこかへ置きやった。
 柔らかく、温かく、ぬめぬめと濡れそぼった有希の中は緩やかに俺を撫で付けるかと思えば急に締まって俺のものを扱くような動きを見せる。女の体が凄いのか、有希だからなのか、有希ならば何でも出来そうな、なんて考えてる間も腰だけ動いていて。
「あっ、んっ、はっ…………ああっ、っふ……ひゃあ……」
 有希の可愛い喘ぎ声をキスで塞ぐと舌が自然に絡み合う。咥内と股間から水音が聞こえ、男女の絡み合う熱が気化して形容の出来ない香りが部屋の中に充満する。
 五感の全てを有希に支配されているようだ。それとも、俺が有希を操っているのか。互いを求め、貪るようにキスをしながら腰を動かす。
 それは時間にすれば僅かの事だったのかもしれない。しかし、永遠だったと言われても納得してしまうかもしれない。けれど、終焉も突然訪れた。単純に俺が持たなかった、というか、限界だった。
「有希、俺、もう……」
「いい、っから、出して……中に…………」
 言われるまでも無く抜く余裕など無かった。
「いくぞ有希ぃ!」
「きて、中に、いっぱい」
 瞬間、目の前が白くなった。下半身が無くなったような感覚だ。痺れて、震えて、何かが出てる感覚だけが脳内を支配する。
 俺は生まれて一番の射精感と共に、有希の胎内に全てを吐き出した…………

 


「今日、かの魔法使いの親友である魔法使いがこの世界に現れたことにより朗報がもたらされた」
 一通り終え、俺と有希は枕を並べて閑話休題の余韻に浸っていたところ、有希から切り出してきた。その姿勢は肘を枕につけ、両手を組み、その手の甲に顎を乗せた顔だけを俺の方に向けている態勢なんで、脇の下から除く丸みがベットによってやや扁平になっているところがなんとも艶かしい。
 で、何の話だ?
「……わたしの現在の態勢を詳細にモノローグしてなかった?」
 気のせいだ。というか、なぜそんな風に思ったんだ?
「レスポンスに妙な間があったことと、あなたの視線がわたしの胸部に一瞬向いたこと」
 す、鋭い……
「夜は長い。つまり、わたしはまだ、この姿でいられる」
 大変、嬉しい告白ではございますが、とりあえずは朗報の中身を聞いてからにしよう。お前が朗報というくらいだから相当なものなのだろう。
「了解した。では」
 有希が一度瞳を伏せて、
「彼女がこの世界に出現したことにより、再び、異世界への扉は開かれた」
 ……なんだって?
「彼女のおかげで、異世界への扉が再び開かれたと言った」
 以前、蒼葉さんがハルヒ異世界間移動の難しさを伝えてしまったことで、ハルヒ異世界に行くことがほとんど不可能だと認識したことから、有希曰く、この世界から他の異世界への扉はほぼすべて閉ざされたと教えられたことを反芻しつつ、
「……マジか?」
「えらくマジ。そうでなければ彼女もこちらの世界に現れることができない。しかし彼女は異次元有機生命体であるが故、涼宮ハルヒの影響を受けないものだから、向こうから開くことは可能だったと思われる」
 ということは、蒼葉さんや今日出会った桃色の髪の魔法使いの住む世界へ行けるようになった、ってことでいいんだな?
「そう」
 気が付けば、俺は破顔して、喜びのあまり、有希を力いっぱい抱きしめていた。
「ただし確実な方法はまだ模索しなければならない。かの魔法使いたちのように彼女たちの存在形態の痕跡パターンを探る方法が一番ベターではあるが、成功していない以上、他の方法が望ましい」
 構うもんか。少なくとも向こうの世界に行くことができるようになったのは確かなんだろ? だったら、間違えない方法を見つけ出せばいい。
「ありがとう」
 有希が俺の胸に暖かい吐息を当てている。
 再び俺と有希は――
「っと、待てよ? 俺達何も用意してなかったっていうか、中に出しちゃったんだけど」
「構わない、わたしは」
 構わないって。その、出来ちゃったりするのか?
「心配?」
 いや、実を言えばそんなに。それは有希が妊娠しない、とかではなく、万が一出来ても構わないと思ったからだ。
「事実のみを言えば、わたしは妊娠も可能、になった。新たに遺伝子を読み取り、私の遺伝子情報を卵子という形で保存することが出来るから。それに精子接触することにより、妊娠も出産も可能」
 そうなのか。何故、と聞くのは野暮なのだろう。
「あなたの、子供が欲しいから。それがわたしの望み、ただ一つの希望」
 そう言ってくれるんだな。俺は有希を抱き締める。
「俺もだ。有希と俺の子供なら是非見たいもんだよな」
「そう。だから避妊具の必要は無い。それに、わたしは、あなたの全てを感じたい。たとえ数ミクロンであっても、わたし達の間に障害はいらない」
 ストレート過ぎる告白、俺だってそうさ。俺も有希の全てを自分の体で感じたい、となればあんなもんは不要だ。
「けど、出来るだけ高校生の間はパパママは勘弁して欲しいけどな」
「了解、善処する。けど……」
 ああ、分かってるとも。今、この時だけはそんな考えさえいらない。ようやく結ばれた体と、より固くなった絆を確かめる為に。
 俺は再び有希に覆い被さり――






 翌日、月曜日。
 太陽が妙に黄色く濁っているように見えるほど疲れている身体とは裏腹に、心の中には爽やかな五月晴れのそよ風が吹いていた。
 いったいどれだけの回数を重ねたんだろうなぁ。
「今回は15498回に該当する」
 ……有希の冗談って、どうにも笑えないんだよな……で、実際は?
「十二回。そこで、あなたは力尽きた。わたしの意識がその時点ではまだ保たれていたので確認できている」
 俺の負けだって言いたいのか? よく言うぜ。そういうお前は今朝から一度も自力で起立することができないじゃないか。俺が目を覚ますなり、肩に乗せるよう、せがんだくせに。
「む……では、これは? あなたが力尽きたのは三時間後の話。回復に平均十二分は要したから、実質三十六分で十二回となる。一回につき平均三分は早いのでは?」
 うぐ……! そ、それはお前の感触があまりに良すぎた所為で……いや、その後も回復したというよりさせられたというか。ほとんど有希の上か下の口の中にいたというか。
「あなたの負け」
 く、くそ……! これは完全に負けだ。痛恨の一撃だ。
「なら次回の満月のときは絶対にリベンジしてやるぜ」
「望むところ」
 などという会話はこれで打ち切りだ。なぜなら既に二年五組の表札が見えているからな。
 さて、ドアをくぐると、おや?
「どうしたの? 具合でも悪い?」
 まるで、俺が朝倉に、夕方の教室に呼び出されたあの日のように、しかしあの時とは逆に、ハルヒが机に突っ伏している朝倉に気遣う声をかけていたのである。もう親友と呼んでもいい朝倉を心配するハルヒというのも新鮮なもんだな。
 しかしこれは朝倉の奴、相当、へこまされたってことか……可哀想だね、リョーコ。
 俺は少し諦観の表情を浮かべてハルヒの隣に並び、俺に気づいたハルヒから声をかけてきた。
「おはよ。キョン
「どうした?」
「それがね、涼子ったら、朝、来たときからこうだったのよ。何か、黒目が見えなくなった楕円形の両目で口から魂が抜けてるっぽいって言うか」
 学校に来ただけマシだけどな。それに、朝倉のそんな表情をイラスト化したら一気にファンが激減しそうだな。あれはあちゃくらさんだから許されるキャラ崩壊なんだぜ。
「何の話?」
「いや、何でもない。で、どうする? 保健室にでも連れて行けばいいか?」
「そうね。悪いけどキョンが肩貸してあげてくれる? あ、でも変なトコ触っちゃだめよ」
 触らねーよ。
キョンくん……」
 とと、今さら俺に気づくか朝倉。で、何だ? ちなみに目は死んだままだぞ。
「ふっふっふっふっふ。昨日はずいぶん薄情な真似してくれたわね……また、あなたを刺していい?ってくらい恨んだわよ……おかげで散々な目に合ったわ……」
 そ、そうか……そりゃご愁傷様。刺されるのは御免被るけど。
「んー? どういうことよキョン?」
 ハルヒが不機嫌に腕組みをして睨みつけてきた。つっても別にやましいことは無いんで、とりあえず後にしておこう。
 いつの間にか教室中の視線がこの場に向いていたことを察知したんだが、それが非常にまずい事態を引き起こす。次に朝倉の吐いた、どこか自棄気味のセリフは俺を恐怖のどん底に叩き落した。
キョンくん……わたしのこと……もらってくれない……? もうお嫁に行けなくなっちゃったから……」
 瞬間、クラス中から俺に殺気の視線がファントムアローとなって、しかし、本物が一つの残りが幻影という元技とは違って、そのすべてがいつぞやの有希のように全身に突き刺さったのである。
 考えてもみてほしい。
 実態はともかく、朝倉涼子は、眉毛だけが時代遅れなんだけど、それを補って余りある容姿端麗、高校生的に言ってプロポーション抜群、異性のみならず同性からも好かれるほどのカリスマをもった品行方正の優等生美少女委員長なわけで、そんな女が『恨む』だの『薄情』だの『散々な目に合った』だの、のたまった挙句、『お嫁にいけなくなったから、もらって』なんてほざいたんだぞ。もし、これが、上目遣いに顔を真っ赤にして、もじもじしながら、「お嫁にもらってください」とだけ言われたならまだしも、ほとんど「責任取れや、お前」くらいやさぐれた口調で言われた日にゃ、周りの視線はどうなるか。
 と言うわけで、俺はその日、針のむしろなどという言葉では生ぬるいほど、ほとんど槍のむしろと化したクラス状況で一日を過ごし、放課後の団活ではハルヒマグマに飲み込まれながら、ダブル長門有希、、、、絶対零度の吹雪に素っ裸で晒された挙句、朝比奈さんからはゴットゥーザモードでイビられたことは言うまでもない。
 古泉?
 ああ、あいつなら、団活に来れるはずもなく、今頃、閉鎖空間で俺への恨みを《神人》にぶつけているはずさ。おそらくだが怒りをぶつける相手の数には事欠かんことだろうからな。無事生還できたときの奴を思うと既に生きた心地がしない。



 マジで異世界に逃げたい……
 なんてことを考えたのを最後に、俺の意識はここで途絶えたのだった――





朝倉涼子の逆襲(完)