『SS』 朝倉涼子の逆襲 5

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朝倉涼子の逆襲(5)


「ほほぉ。それはどういう意味でしょうか? 今の術に効果がなかった以上、もう朝倉さんに打つ手はありません。ならばわたしの勝ちのはずです」
 どこか揶揄っぽく、少し嫌味に魔法使いを睨む喜緑さん。
 そうだ。俺も有希も、と言うかギャラリー全員が喜緑さんの意見に賛成することだろう。では何を根拠に?
「ええ。あなたの耐久力は凄いわ。あの術がまったく効かなかったなんて大したものよ。あれって、詳細な説明は省くけど、あたしたちの世界で今現在認識されている最大最強の魔法だったんだから、それが通用しないなんて、かなり凹んだ」
 だろうな。朝倉と、前に蒼葉さんが見せてくれたスターダストなんたらとかいう術より威力があるように見えたことは確かだ。あれなら古泉曰くの《神人》とやらを二十体くらいは軽く吹き飛ばせるんじゃないか?
「でもね。あなたしか耐えられなかった、、、、、、、、、、、、、
「え?」
 ここで魔法使いはすっとまぶたを上げた。鋭い眼光が喜緑さんを射抜いている。
 そして、


その格好でまだやる気、、、、、、、、、、?」


 なぜか頬に一滴汗を浮かべる彼女は敢然と喜緑さんに問いかけたのである。
 ――!!
 俺も彼女が何を言おうとしているのかを理解した。理解して、
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 普段の喜緑さんからは想像もできないほど、絹を裂くような羞恥の悲鳴が聞こえてしゃがみこんだと思った瞬間、目の前が真っ暗になったのである。
 さて、ここから先、しばらくの間、俺には目の前で何が起こっているのかはさっぱり分からない。以下の会話だけで察してほしいってのが本音だ。というか、魔法使いの言った意味を理解させられた瞬間、俺の視界を奪った影、すなわち有希の行動が残念ながら一瞬遅かったことが災いしたのだ。
 つまり、その……何というか……
 ええい! そうだよ! 完全に脳内フォルダに焼き付いちまったんだよ!
 そりゃそういうものを見たことない、とは言わん! もちろん絵や写真じゃなくて実物を、って意味だ!
 だけど、その実物は普段、十二分の一なわけで、ややもすればよくできた人形と言っても過言じゃないんだ。それも美しいのだが、目の前にあるのは実寸大平均的な体型の女子高生だぞ。
 丸みや括れや妙に艶かしい毛並みとか奥に潜む割れ目とか、しかも悲鳴を上げた喜緑さんが、咄嗟なんだろうけど、丸みだけを覆い隠してしゃがみ込んだから一瞬、感触がすべすべで柔らかそうな花びらとか、めしべっぽいものとかも見てしまったわけで――
 いや、それ以上に、あの喜緑さんが泣き顔なんだぞ! これが効いた、羞恥に頬を染めた涙目の喜緑さんなんて、ギャップがでかすぎて艶かしい肢体以上に嗜虐心を刺激する。
 と、とにかく! そういうわけで今の俺には状況説明ができん!
 ましてや有希が俺の鼻先に覆いかぶさっているんだぞ! その感触が、さらに俺の理性を破壊していくんだよ! だから何も考えないようにさせてくれ!
「え、えと……」
「……と言うわけよ。本当は同性としてこんな手段は使いたくなかったんだけど、これしかなかったわ。いくらあなた自身が頑丈でも、着ている服まではそうはいかなかったのは、アサクラさんの一回目のスターダストエクスプロージョンのときに証明済み」
「うぅ……」
「あ、あの……喜緑さん……?」
「……貸しなさい……」
「え?」
「だから貸しなさい!」
「な、何を……?」
「あなたの羽織ってるマントです! わたしの負けでいいですから早く!」
「あ、うん!」

 …… …… ……

「なるほど……最初から狙いはこれだったのですね……どうりで朝倉さんにその格好をさせたはずです。しかも朝倉さんに教えてもいませんでしょ?」
「当然でしょ。教えたら実行できるわけないじゃない」
「ふっふっふっふっふっふ。と言うことは完敗です」
「それじゃあ!」
「ええ。水の件は、文字通り水に流しましょう」
「あ、ありがとうございます! 今後は気をつけるから!」
「でも今回だけですからね」
「もちろんです!」
「では、わたしはこれで。ギャラリーは全員記憶を改ざんしますから、自分の名前が言えない人がいたらよろしくお願いします」
「や、やりすぎないでくださいね……」
 …… …… ……


「終わった」
 ふう。ようやく有希が俺を解放してくれたか。
 って、よく見たら、喜緑さんとギャラリーがいつの間にか消えてるし。
 そんな俺を見止めた朝倉が駆け寄ってきて、満足げな最高の笑顔を浮かべつつ、俺に抱き付こうとして有希に止められた。
キョンくん! どうやら、わたしたち助かったみたいよ!」
 ああ、そりゃ良かったな。
「何、その反応? もうちょっと喜んでよ、この快挙を」
 いつぞやのハルヒのように、妙に拍子抜けした態度を見せる朝倉だが、こんな朝倉は珍しいな。
「そうは言うけど、俺は何もしていないんだし、喜びようがないじゃないか」
「その認識は誤り。仮に朝倉涼子が敗れていたとするならば、あなたにも不幸が訪れたと推測できる。なぜなら、あなたの言動も喜緑江美里の精神状態を悪化させた」
 ……そうでした。
「そうだな。ありがとうよ朝倉。おかげで俺も助かった」
「でしょ? やっと気づいたみたいね。事の重大さを」
 ふふん、と誇らしげに胸を張る朝倉なんだが、元はと言えばお前が巻き込んだんだろうが。
「いいじゃない、助かったんだし。あ、でもキョンくんを巻き込んでしまったお詫びくらいさせて。食事に招待するわ」
「やれやれだ」
「あっと、もちろん有希ちゃんも長門さんも、そちらのええっと……そう言えば名前教えてもらってませんでしたね」
 朝倉が思い出したように桃色の髪の魔法使いに声をかけ、
「気にしなくていいわよ。今はまだ、あたしも名前を教える気ないし」
 二度目までなら偶然だもんな。もし再会するようなことがあったとしても次回も教えてくれんのだろう。
 でも、俺たちがそちらの世界に行くことができれば話は別ですよね?
「来ることができれば、ね」
 ……難しいってことを見抜かれているようだ。
「じゃあすみませんけど、貴女もどうでしょうか? わたしが腕を振るいますので」
「ん〜〜〜嬉しい申し出だけど、あたしはいいわ。この世界での目的を果たしたし、もう帰んなきゃ」
 え……?
「そのロッドを取りに来たって言ったでしょ。それに、別世界にいるのってやっぱり少し怖くて」
 そうなんですか?
「うん。ちょっとトラウマなの。だから、できるなら早く帰りたいな、って」
 不思議な光景だな。喜緑さん相手にまったく物怖じしなかったこの魔法使いが苦笑を浮かべて頬をぽりぽり掻いている。
「了解。今度は我々から必ず会いに行く」
「くす。待ってるわ」
 言って、朝倉からロッドを受け取ると、桃色の髪の魔法使いは光の粒子と供に消え去った。
 しばし、彼女の余韻に黄昏て、
「さ、行きましょ。さっきも言ったけど、今回のお詫びにわたしが腕によりをかけてキョンくんと有希ちゃんと長門さんを接待させてもらうから」
「そう」「了解」「OK」
 言って、俺たちは朝倉と肩を並べて歩き出す。




 さて、よくよく考えてみれば、である。
 はたして本当に、あの魔法使いは別世界にいることが怖かったのだろうか、とか思えなくもない。
 確かに、彼女も蒼葉さん同様、歴戦の戦士なのだから、周りに弱気な態度は少しも見せないようにしているんだろうけど、逆に、それを見せたことを気にかけるべきだったのかもしれない。
 彼女曰くの、向こうの世界、最大最強の魔法が通用しなかったことと、喜緑さんがあっさり引き下がった理由を、もうちょっと深く考えるべきだったのかもしれない。
 長門と朝倉と喜緑さんが住む高級分譲マンションに着いたとき、俺はそれを実感した。




「さ、あがってあがって。これから準備するから――」
 にこやかな笑みを振りまいていたはずの朝倉が前方、すなわち部屋の奥に視線を向けた途端、固まった。
 何だどうし――
 問いかけようとして俺も前方を見て固まった。むろん有希も。長門は――って、いつの間にかいないし! さては逃げたな!
「違う。このマンションに戻ってきたことにより、朝倉涼子の手料理よりもゲームを優先したと思われる。意訳すると我慢できなかった」
 あの長門は本当に長門か? 別世界の長門じゃないのか? 確かに一個人としての地位を確立させつつはあるが、何か思っているのと違うぞ。
 まあ、それはともかく、
「お待ちしていましたよ朝倉さん」
「あ、あの……ここってわたしの部屋、ですよね……?」
「ええ、もちろん」
 そう、中にはとってもいい笑顔を浮かべた喜緑さんが、軽くウェーブのかかった髪が、文字通りウェーブを起こしているのである。意訳すると、髪があたかも何か生き物のようにうねっている。
 怖い……ひたすら怖い……
「さきほどは随分と恥ずかしい目に合わせてくれやがりましたね……」
「ひっ!」
 言葉尻が変わってる!?
「さささささささっき、水に流すって……」
「もちろん嘘ではありません。水をかけられた分に関しましては大目に見ます。ですが、辱めを与えてくれやがりましたことまで許すとでも? ああ、ご安心ください。わたしも『女』ですから、あなたを同じ目に合わせるのはとても忍びないので、そんなことをするつもりはございませんから」
 呟く喜緑さんの言葉遣いはとっても静かなんだけど、端々に怨嗟が込められていると思ってしまうのは気のせいではないだろう。
 なるほど。あの魔法使いはこのことに気づいていたんだな。さすがだ。
 ここなら誰もいない。
 つまり、ギャラリーという周囲の目がない、、、、、、、
 遠慮する必要がない、と同意語だ。
「さて――お仕置きの時間ですよ――ああ、もちろん、あの魔法とかいう情報操作は封印させていただきますね。万が一、あの情報操作を涼宮さんに見られるようなことがあったら大変ですから。そう言って、上に掛け合ったら二つ返事でOKを頂けました」
 すっと、まぶたを上げた喜緑さんは、前髪の影を濃くした上に、その瞳は黒目をなくしたグラデーションと化していた。おまけに釣り上がっている。
 うむ。こんな喜緑さんを見れば、情報統合思念体だろうと神様だろうと、絶対に間違いなく彼女にひざまずくことだろう。
「ひ、ひぃぃ……あ、た、たすけて…………」
 誰に言ってるんだろう、俺と有希はもう朝倉からは十分な距離を取っているのに。薄情? だったら朝倉と代わってやれよ。俺はご愁傷様、とだけ言ってやる。
「さあ、朝倉さん? ほんのちょっとだけ、痛い目を見てみましょう。大丈夫です、ほんの一瞬だけですから。あとはもう天国にいるような浮遊感らしいですよ、白目剥いたら」
 何されるんだ、朝倉。俺の予想通りだと、
「嫌よ! まだ私は綺麗な体でいたいのぉっ!」
 どうやら同じ想像に至ったらしい朝倉が逃げ出す余裕など無かった。というか、
「逃げられるとお思いですか、このメス犬」
 いつの間に喜緑さんは鎖など握っていたのだろう。そして、何故その鎖は伸びているのかなあ。おまけに、鎖の先は首輪に繋がっていて、首輪は朝倉の首を確かに覆っていた。
「なあ、有希?」
「なに?」
「あれ、どうやったんだ?」
「…………さあ?」
 有希は知っていても知らない振りをしただろう。俺もこれ以上は聞いたらまずそうなので黙る事にする。腰を浮かせていつでも逃げる体勢だけはキープだ。
「はい、イキますよ、リョーコ」
 喜緑さんが鎖を引くと、抵抗虚しく朝倉が引き摺られる。ニュアンスの異常は感じてはダメだ、もう鎖に繋がれているのは朝倉ではなくリョーコなのだから。
「いぃぃぃやぁぁぁぁぁ! 犯されるぅぅぅ!」
 なんとも不穏な悲鳴を上げて朝倉は部屋の中へと連れ去られていった。むろん、俺と有希は即座に撤退する。良かった、喜緑さんがリョーコにだけ視線が行ってて本当に良かった。
 この後、朝倉がどうなったのか――
 その答えは絶対に知らん方がいいだろうな。と言うか知りたくない。