『SS』 朝倉涼子の逆襲 4

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朝倉涼子の逆襲(4)


「なかなか素晴らしい情報操作でしたよ。このわたしにガードしかさせなかったのですから」
 などと言っている喜緑さんではあるが、ダメージらしいダメージはない。それは断言してもいい。
 なんせブロックした両腕、破れた先から見える腕に痣一つないのである。服だけしかボロボロになっていないってのは反則だろ。
「き、効かないなんて……うそ……」
 朝倉が喜緑さんの眼光に押されて一歩たじろぐ。
 ということは今の魔法は相当な自信があったってことか?
「そりゃあ、スターダストエクスプロージョンは個人で撃てる、あたしが住む世界で最高威力の魔法だもん。アサクラさんにもそう教えたし」
 じゃあ、なぜ? スターダストエクスプロージョンって単語に力が入っていた理由は聞かんけど。
「当たり前でしょ。さっき、ギンプロデクションを砕かれたのに、真正面から撃って通用する訳ないじゃない。そんだけアサクラさんとキミドリさんって人の間には差があるんだから、せめて態勢を崩しとかないと直撃するわけがないし、ガード的な力を両腕に集中されたら、そりゃ痣一つ付けられるわけないし」
 ……ええと、なぜギンプロデクションって単語にも力を込めたのかは置いときまして、アレを砕かれるのってそんなに実力差の証明になるんですか?
「まあね。どうやらキョンくん、ぜっんぜん聞いてなかったみたいだけど、あの障壁は物理攻撃を100%カットするの。でも実力差があれば直接攻撃なら砕けないこともない。そういう意味」
 なるほど……あれ? てことは朝倉の負け決定?
「さあてね。それはアサクラさん次第かな? さっきも言ったけど真正面から行って勝てるわけないんだから、何か策を練ればいいんじゃない?」
 なんか、突き放した言い方だな? 魔法の名前を変えられていることが相当気に入らないのか?
「違う。彼女は、『何も言わない』のではなく『何も言えない』。言語化するのは容易いが、それでは喜緑江美里に悟られてしまうので意味がなくなる。今の発言でもギリギリと言える」
 どういうことだ?
「策を練る、という言葉。朝倉涼子は策を練るしかないということだけど、喜緑江美里にはどんな『策』かは分からない。それだけの数の情報操作を朝倉涼子に教えているから」
 ふむ。ただ、朝倉はまだ焦燥感に支配されているように見えるな。落ち着かないと策を練ることはできないだろう。
「と言うより、策を練るには、何か一つでもいいから喜緑江美里に警戒心を抱かせなければならない。精神的に優位、最低でも互角にならないと冷静になることはできないと思われる」
 そんなもんかね?
「そういうもの」
 と言う有希との会話を終えて、再び決闘に注目だ。
 つっても、喜緑さんが威風堂々一歩踏み出せば、弱腰に朝倉が一歩退くと言う展開になっていて、戦況的には喜緑さんの優位のまま。まあ、だからと言って、喜緑さんも朝倉の新攻撃、すなわち魔法を警戒してか、迂闊には仕掛けられないようである。
 何が飛び出してくるか分からない以上、至近距離から撃たれたら避けられない可能性がある、ってことだろう。
「どうしたのです? 先ほどまでは威勢よく向かってきていたので、わたし、結構、朝倉さんのこと、見直していたのですよ」
 ……その台詞は、そんな優越感のこもった声で、揶揄っぽく言ったところで、相手が受け入れてくれるわけないと思いますが……
 というツッコミは心の中で呟く俺。
「うぅ……」
 朝倉が呻いて、また一歩後退する。
「――どうやら今の情報操作があなたが身に付けた新しい情報操作の中で一番、破壊力があった、と考えてよろしいのですね?」
 バレた!?
「そ、そんなことないもん!」
「どもっていては説得力はありません」
「なら見せてあげる!」
 吼えて、朝倉は――構えを取らない? どういうことだ?
「だから真正面から撃ったって意味ないって」
 隣で桃髪の魔法使いが独り言のように呟くと、
「ライトニングプラズマ!」
 うお!? 朝倉の右肩がきらりと光を放ったと思ったら、さっきのペガサス流星……じゃなくて、スターダストなんたらよりもはるかに多くの光の玉が、さっきのより格段な速さで喜緑さんに向かうじゃないか!?
 言い直したのは、隣からすっごい怖い目で睨まれたからじゃないぞ! 正しい名前で表記しないと失礼だからだ!
「無駄なのです」
 って、全然効かねえ! 喜緑さんが正面に張った淡い透明な結界に全部打ち消されてしまっている!
「んまあ、今のは確かにスターダストエクスプロージョンより数と速さはあるけど、アレと違って物理的粉砕破壊力はないから。魔法をブロックできる結界を張れるなら、不意を付かれない限り、相当な実力者であれば、防ぐのも容易いでしょうね」
 冷静だなーこの魔法使い。あれ? そう言えば、最初のダイヤモンドダストのときと今のライトニングプラズマのときはツッコミを入れなかったですよね?
「その二つの魔法の名前は間違ってなかったから」
 そうか。てことは、星座をモチーフにしたプロテクターを付けて戦う少年たちを描いたバトル漫画の技と同じ名前の魔法はいくつか存在するってことか。まあ、その辺りはこの人は俺たちがいる世界とは別の世界から来ている人だから知らんでも仕方がない。向こうからすれば完全オリジナルのつもりなのだろう。今回の作者は、星座をモチーフにしたプロテクターを付けて戦う少年たちを描いたバトル漫画の技をパクった、もとい、参考にしているのだろうけど、この人は異世界人だからそれを知らなくても不思議はない。


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 勝てない……勝てる気がしない……
 やっぱ無謀だったのかな? 喜緑さんに勝つなんて不可能なのかな?
 わたしは今、絶望感に駆られている。あの魔法使いさんの所為にするつもりはまったくないし、新しい、喜緑さんが知らない力を得ることができたから挑んでみたけど、到底届かない……
「どうされました? もう終わり?」
「う……」
 喜緑さんが足を止めた。間合いは充分ある。
 って!
 いきなり視界から消えた!? はっ!
 咄嗟に、手に持っていたロッドを、乾布摩擦のように、右腕を肩の上、左腕をわき腹あたりに添えて構えると、ロッドを通じてわたしに衝撃が走る!
 もっとも、さっき聞こえてきた有希ちゃんの言葉通り、このロッドは喜緑さんの槍をもってしても折ることはできないのでガードはできた。
 けど、
「ひゃん!」
 その『押し込む力』は単純にわたしと喜緑さんの力比べ勢いの差なんで、前のめりに倒れ込みそうになってしまう。
 でも、さっさと立て直さないと。
 と言うわけで、回転レシーブと言うか受身の要領で前転して、体をひねり、衝撃のあったほうへ即座に視線を移す。
 が、そこには誰もいなかった。
 嘘!?
「遅い」
 再び、背後から聞こえてくる声。しかし、喜緑さんは自分の優位を少しも疑っていないのだろう。わざわざ相手に自分位置を教える人が存在するはずがない。
 そんな存在がいるとすれば二つ。
 正々堂々と馬鹿正直の区別が付かないうっかり者か、相手が自分よりも相当格下の相手をしている者か。間違いなく後者だ。
 再び、わたしはロッドをかざして半身を捻るけど、
「そのロッド邪魔」
「あ!」
 しかし、今回、喜緑さんが槍で狙ったのはわたしではなく、わたしの持つロッドの方だった。
 しかも破壊するのではなく、単に下から突き上げて弾き飛ばすだけ。カランという乾いた音を立てて、地面に喜緑さんの後ろに転がる。
「これで――あなたにわたしの攻撃を防ぐ手段はありませんね――」
「ひっ!」
 喜緑さんの据わった瞳に睨みつけられて、わたしは情けない悲鳴を上げていた。喜緑さんの攻撃を防げる切り札を失った。それは恐怖以外何者でもない。
 …… …… ……
 恐怖……?
 そう言えば、どうしてわたしは今、恐怖を感じているの? ううん。今気づいたけど、わたしは喜緑さんに恐怖を感じていること自体おかしい。
 何に対する恐怖? 痛覚神経も封じ込めることができるし、多少このインターフェイスが傷つこうが修復という再構成も可能だし、以前、有希ちゃんに連結解除されて消滅事態に陥っていたときでも恐怖を感じなかったのに……有機生命体の死の概念を理解できないわたしがどうして……
「死にたくない、どうやらあなた自身がそう思っているようですね」
 !!!!!!!!!!!!!!!!!?!
「あなたにしろ、長門さんにしろ、インターフェイスが感情を持つようになったことで、有機生命体の本能も身に付けてしまったのでしょう。有機生命体は自身の消滅、すなわち『死』を何よりも恐れます。そして、あなたはわたしによって『死ぬほど恐ろしい目に合う』ことに恐怖を感じてしまうようになってしまったのですよ。ああ、わたしが、あなたにお仕置きするときは、あなたの痛覚神経封鎖をわたしが解いているので『痛み』を感じるんですけどね」
 悪辣……
 なんてわたしがジト目を向けると、
「さてと。しかしまあ、決闘に話を戻しますけど、あなたの魔法とやらはわたしに通じない。頼みの綱のマジックロッドとやらもわたしの後ろ。まだ続けます?」
 ――っ!
「今なら三十倍返しとのところを十倍返しくらいで許してあげますが?」
 ニコニコ笑顔の喜緑さんに、わたしは再び恐怖、、した。
 最初が三倍なんだから、三十倍を経験していないのに、十倍でもけたいわよ!
 でもどうする? せめてあのロッドを取りに行かないと……ただ、そのためには当然立ちはだかる喜緑さんを突破しなきゃいけないわけで……
 …… …… ……
 あれ? そう言えば……
 それは単なる思い付き。でも喜緑さんを出し抜けるような気はしてる。
 そう考えたとき、わたしは手のひらを喜緑さんに向け、十文字に構えていた。
「おや? その構えは――」
 喜緑さんが何かを思い出したようではあるけれど、
「アナザーディメンジョン!」
 わたしは超空間の扉を開く、午前中にあの魔法使いが喜緑さんを追っ払った、空間移動魔法を発動させた。
「それは一度見ましたよ? わたしに一度見た情報操作は通用しないのです。このまままっすぐ進まなければいいだけの話。もう一度、やり過ごそうと考えたのでしょうが、浅はかですよ朝倉さん」
「だから?」
「え!?」
 勝ち誇って、超空間の渦を見つめながら、おそらくは、その後方にわたしがいると想像している喜緑さんが呟くのを聞いて、
 わたしは、喜緑さんの背後から声をかけた、、、、、、、、、、、、、、のだ。
「思ったとおりだった。確か、あの人はこの術について、そんなに遠くに行けるわけじゃなくて、せいぜい目と鼻の先くらいしか移動できないって言ってたし、なら、わたしの方が、移動することも可能なんじゃないかと思ったのよ。そして成功した」
 喜緑さんがきびすを返すと同時にわたしはマジックロッドを再び拾って、後ろに飛び退く!
 振り返った喜緑さんの表情にはまだ余裕が見えるけど、わたしもさっきまでのわたしじゃない!
 なぜなら!
「まあ」
 なんともリアクションし辛い、おとぼけ気味のびっくりする声を漏らす喜緑さんからすればわたしが再び消えたように見えたことでしょう。
「これはこれは朝倉さん。なかなか面白い真似をしてくれますね」
 もっとも、すぐにわたしに視線を向けてくる。でも察知できるのは出現した後の気配。どこに出てくるかなんて分からないはずよ。
「でしょでしょ? もう喜緑さんにわたしを捕獲することはできませんよ」
 言って、再びわたしは姿をくらます。
 そう! 空間移動はわたしの動きを不規則にして、喜緑さんをかく乱してくれるのだ!
「ふむ。確かにわたしに仕掛けられたなら対応できますが、朝倉さん自身に仕掛けるのであれば、いくらわたしでもどうにでもなりませんね」
 これならいける! 喜緑さんはわたしの動きが読めないんだから攻撃できない! 防御に徹するしかないはず!
「でも予測することは可能です。あなたの移動パターンを読み取り、出現位置をある程度予測できれば」
「無駄なの」
 さっきの喜緑さんのセリフをそのまま繰り返しましょう! と言うか、このセリフ、元々わたしのなの!
 わたしが出現と同時にロッドを振りかざして、たまたま運よく、わたしの出現位置に迫ってきていた喜緑さんの腕槍を受け流す!
 出現位置でこうすればたいていは防げるってことよ! しかもロッドが喜緑さんからすればどの位置にあるか分からないんだから。ロッドに狙いを絞ることは不可能なんで、突き攻撃しかできないし、翡翠の粒子はわたしのクリスタルウォールを突破できないので意味がない!
 それと、受け流し、いなせば喜緑さんに隙ができる!
「ペガサス流星拳!」
「む!」
 ガードできるだけの時間はないってこと!
 でも飛び退いて避けられちゃった。
 つまり――当たればダメージはあるって裏返し!
「ふふふ。これはいきなり戦況が逆転したということでしょうか。やりますね朝倉さん」
「ありがとうございます。でも、これはわたし一人の力じゃありません」
 このロッドを創り出した、あの時出会った、小柄なオッドアイの魔法使い。
 わたしに数多くの新しい情報操作能力を教えてくれた桃色の髪の魔法使い。
 この二人がわたしに力を貸してくれているってことなんだ。
 誰かの後押しがこんなにも頼もしいなんて知らなかった。
「その感情もヒューマノイドインターフェイスにはなかったものですね」
 喜緑さんの笑みを消すことはできないけど。
 それでも、その頬に汗を浮かび上がらせることはできたようね。


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「どうやら朝倉涼子は冷静さを取り戻したよう」
 おう。俺から見ても分かるぞ。
 なんたって空間移動で喜緑さんに動きを悟られないようにしたし、マジックロッドの頑丈さが防御に絶対的な自信をもたらしてくれるもんな。
「あとは応用――って、やつだな。それがどこまで喜緑さんに迫れるか」
「そう」
 で、さっきの術の名前は確かディメンジョンエスケープ、でしたよね?
「ありがと。正しい名前を言ってくれると嬉しいわ」
 朝倉のおかげで俺がこの人に気を使わねばならんのは如何ともし難いんだがなぁ。
 戦況は朝倉にやや有利だろうか。
 なぜなら、単発的とはいえ、攻撃しているのは朝倉の方だからだ。それも基本、ライトニングプラズマとペガサス流……じゃなくて、スターダストなんたらとか言う術を基軸に、広範囲で効果をもたらす魔法を駆使している。
 ただ、どっちかと言うと牽制の意味合いが強いな。喜緑さんが言うとおりで、二度目以降は通用していないし、朝倉も空間移動を多用している割には間合いを詰めようともしていない。
 対する喜緑さんは朝倉がどこから出てくるのか分からないんで、基本、守勢でいる。隙あらばのカウンター攻撃を狙っている、くらいは俺でも理解できるな。
 それにしても魔法――か。
 昔、ガキの頃はこういう力に心から憧れたものだ。いや、今でも憧れは持っているだろうぜ。ただ、それを自分が使うには夢物語だってことを理解できるようになってしまったってことだ。それでも朝倉が使いこなせていることは羨ましいぜ。
「鳳翼天翔!」
「二度目は通用しないと言ったはずですよ!」
 朝倉が久しぶりに炎の孔雀を放つと、喜緑さんは両手の人差し指と中指を立てた状態で両腕を伸ばし、孔雀の口の中へと指を突っ込む!
 何か、指に妙な気流が渦巻いていたな?
 そのまま両手を開くと両腕に吸い込まれるような渦を巻いて、孔雀が消滅していく。
 ん? 今の避け方もどこかで見たような……
 おっと、喜緑さんが連撃で翡翠の粒子を放つが、朝倉はあっさり空間移動で避ける。
「あの子たいしたものね」
 ずっと黙って戦況を見つめていた桃色の髪の魔法使いがポツリと漏らした。
「それは朝倉涼子のこと? 喜緑江美里のこと?」
 尋ねたのは有希だ。
「アサクラさんよ。ディメンジョンエスケープは一歩間違えば、超空間に投げ出されて通常空間に戻れなくなる可能性がある、ある意味、諸刃の術で、だからあたしは移動を短い距離で留めているんだけど、連続で使用するなんて真似はできないわね。間違って失敗してしまう方を怖がってしまうから、基本、やり過ごす方向で使用している」
 ひょっとして怖いもの知らずってことか?
「でなければ、相当な自信があるか、ね」
 まあ朝倉は何においても自信に満ちていることが多いからな。まだ有希が小さくなる前の話で、(朝倉自身は二回目のつもりかもしれないが俺的には)三度目の復活を果たしたときは、喜緑さん相手でも物怖じしてなかったし、あの周防九曜相手でも自信に溢れていた。いったい今は何をどう間違ってしまったのだろうか。
「ところで有希。ずっと有耶無耶になってたけど、お前が寝込んだときに、俺は朝倉から『わたしの方が長門さんに近い。わたしと長門さんは鏡のような表裏一体』なんてことを言われたんだが、あれはどういう意味だ?」
「その質問に対する答えをあなたは既に知っている。時期が来れば思い出す。今、あなたに話をしたところであなたはまた忘却してしまう。そういった部分的情報封鎖が施されてしまっているので、わたしにもどうすることもできない」
 何か釈然としないな。
「突っ込んだら負け」
「やれやれ」
 そう言われるともう何も聞けんぜ。
 と言うわけで目の前の戦況に再び視線を向けると、おっと、何度目になるのかな?
 朝倉はライトニングプラズマを喜緑さんに向けて放っていた。もちろん、喜緑さんには通用しないわけだが。
 で、また喜緑さんが、しかし今度は粒子ではなく、手槍で朝倉を狙う。突き刺す、と言うよりも捕まえるため、っぽい動きだな。もっとも、朝倉は再びディメンジョンエスケープで槍をやり過ごしている。
 何か動きが単調に、というかワンパターン化してきたような……
 喜緑さんはもちろん、俺たちも朝倉の出現位置を探るべく、周りを見回して、
灯台下暗し♪」
 え!?
 なんと、大胆にも朝倉は喜緑さんの懐に飛び込んだのだ!
「まさか!」
「その通り! 空間移動で避け回るわたしに業を煮やして喜緑さんが捕まえてくるのを待っていたのよ! これなら両腕でガードできないからね!」
 至近距離からペガサス流星拳をお見舞いするつもりか!?
「スターダストエクスプロージョン、よ……」
 はい! その通りです!
 などという俺と魔法使いの掛け合いを尻目に、しかし朝倉が選んだ魔法はまったく別のものだった!
「廬山昇龍破!」
 ジェットアッパーを彷彿とさせる、地を這うようなアッパーカットを繰り出す朝倉!
 もっとも、アッパーカットは基本的に死角を付いた奇襲攻撃だから、地を這う、と言うような瞬間があれば避けきれるものでもある! 拳の動きが見えてしまってはだめなのだ! もちろん喜緑さんも例外ではなく、咄嗟なんだろうけどバックステップで拳を避ける!
 しかし!
「なっ!」
 朝倉を中心に、地面が爆発する! その爆発が強烈な上昇気流を生み出した! これは想像していなかったのだろう! 喜緑さんが天高く舞い上がる!
「ウィンライズボム……なんだけどなぁ……」
 桃髪の魔法使いのコメカミがヒクヒクしている瞬間を横目に捉えて、
 おいおい朝倉、何でそれなんだ? 至近距離からなんだから、いくら空中じゃ身動き取れないだろうからって、それでも間合いを自分から空けてしまう魔法は必要ないだろう。それとも空中の方が狙いを付けやすいとでも? その手はさっき通じなかったんだぜ。その前にお前が空中に避けたときのことを喜緑さんが覚えているんだよ。
「ああ、なるほど。あれをやるわけか。あれなら逃げ道を断っておけばガードのしようがないもんね」
 え?
 この魔法使いさんは朝倉の意図を理解したようですよ? それと同時に朝倉が両手を勢いよく、天に向かって開いた!
「スターライトエクスティンクション!」
 おお! 巨大な光の塊が喜緑さんを飲み込んだじゃないか!
 って、待て待て! いくらなんでもその技はやりすぎだ! 光で飲み込んで敵を消滅させる技なんだぞ、それは!
「……ライツオブグローリー……効果はキョンくんが実況してくれたので間違いないわ……でも、別にアサクラさんはキミドリさんを屠ろうとしたわけじゃなくて、あれは単なる目晦まし」
 なんですと!?
「ライトニングプラズマを防御できる結界を張れるんだし、飛ばされた瞬間に展開しているわよ。だから目晦まし。でも、あの光なら一瞬とは言え、アサクラさんを間違いなく見失うから」
 ということは本命が別に……?
「ええ、仕掛けるならここね。キミドリさんはアサクラさんの最高威力の魔法がスターダストエクスプロージョンだと思い込んでいる。だって、それ以上の威力の魔法を見せずに、ライトニングプラズマとスターダストエクスプロージョンを連発していたから。と言うわけで無いと思っても不思議はない。しかも懐に飛び込んだのに速さと破壊力を兼ね備えたスターダストエクスプロージョンを使わずにウィンライズボムで回避不可能の空中に舞い上げただけだった。なおかつ、そのタイミングでライツオブグローリーを撃った。それはとりもなおさず、アサクラさんの切り札がライツオブグローリーだと思わせるためしか答えはない」
 て、てことは、まだあるんですか!? スターダストなんたらとかいう魔法よりも強力な魔法が……!
「その通りよ」
 俺は愕然とした。
 なぜならあのスターダストなんたらは、ハルヒが創り出す閉鎖空間の青白い巨人五体を一気に吹き飛ばした魔法なのである。俺とハルヒで蒼葉さんが実行してくれたのをこの目で見てきたんだ。
 アレよりも威力があるだって……?
「あのマジックロッドを渡したもう一つの意味。あの宝玉には、あたしのアルゲイルフォルスが溜め込まれている。それはあの子が別世界でどんな不測の事態を迎えるか分からないから、と言うことで常時、注入するようにしているから。んで、あの子は以前、こっちの世界に一週間いる羽目になったとき、それを使っていない、って言っていた。記憶喪失になっていて使い方を覚えていなかったってことらしいわ。
 あのマジックロッドは単なる頑丈な防具代わりじゃなくて、マジックアイテム。ロッドに付いている宝玉がメインでアレは魔法を吸収し、所有者の意図で放出させることができるもの」
 何だ? いったい何がくる!?
「実はライツオブグローリーを使ったのは目晦ましともう一つ意味があるの。それは光というものは乗算されても気づくことができない色彩だから」
 つまり?
「もう一発、ライツオブグローリーを撃っても相手は気づかない」
 魔法使いがそう言った刹那、俺は朝倉の左手に目をやった。そこには確かに光のオーラが満ちている。そして、マジックロッドの宝玉は紅蓮のオーラで漲ってやがる!
「二人の魔法を融合させて撃つ場合の威力は相乗効果がもたらされる。今回はロッドにあるあたしの魔法と左手のアサクラさんの魔法を融合させて撃つということ。はてさて、この魔法の名前、アサクラさんはどう言うのかしら?」
 などと魔法使いの楽しみ気なセリフが聞こえたと思ったら、


「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!」


 どうやら、朝倉の脳内データにこの魔法に対する類似データは存在しなかったらしい。
 威勢よくかけ声を響かせると――そうだな、これはこう表現するしかない!
 眩いくらいの光を放つ孔雀、いや不死鳥と言ったほうがいいだろう! 巨大な光の不死鳥が喜緑さんを飲み込んだんだ!


 光の不死鳥が消え去って、しかし、光の不死鳥が飛び立った際に舞い上がった膨大で霧のような砂埃によって、あたりはまったく見えない。
 はたして喜緑さんはどうなったのだろうか。
 確かに今の光の不死鳥魔法はスターダストなんたら以上の威力であることは一目瞭然だった。
 これでも喜緑さんを倒せないとなると……
 あたりの砂埃が静かな風によって晴れてきた。晴れてきて、術者たる朝倉だけに爆心地からは一番離れているので砂埃が晴れるのも早いようだ。
 朝倉の姿は確認できた。
 んで、朝倉が見つめるその先。魔法が炸裂した一番の震源地である濃い砂埃の中に黒っぽい何かが見えた気がした。
 徐々にそれが何かを認識できて――
「ふふふ。どうやら今のが切り札だったようですね」
 悠然と佇む喜緑さんを確認できて、朝倉の血の気は完全に引いたのである。
「う、うそ……!」
「凄い情報操作でした。まさか、このわたしが能力のすべてを防御に回さなければならないとは――それでもぎりぎりでしたけど」
 そう。この魔法使いが授けた必勝であったはずの魔法に喜緑さんが耐えてしまったのだ。いや、耐えただけならまだしも、傷一つない姿を見ると、まったく通用していないことを意味するわけで、これは朝倉じゃなくても喜緑さんにケンカを売った以上、絶望的な恐怖に支配されないわけがない。おそらく今、朝倉は断崖絶壁の崖縁に立たされている気分だろう。んまあ、こいつらが崖から落ちたくらいでくたばるとは思えないが。
「そんな……」
 漏らす朝倉の、レンタルさせてもらったマジックロッドが小刻みに震えている。
「いくらあなたがそのロッドを創った人やそこの人の力を借りようともわたしには遠く及ばないのです。さて、覚悟は決まりましたか?」
「――っ!」
 朝倉が泣きそうな顔になって一歩引いた。
 おそらくだが今、朝倉は「こんなことなら熱湯を被っておけばよかった」と後悔していることだろう。しかし、この魔法使いの責任にはしないはずだ。確かにけしかけたのはこの魔法使いではあるが、選択権は朝倉にあった。乗った以上は朝倉の責任だし、朝倉もそれくらいは理解している。と言うか理解していないとしたら最低だ。
 しかし――
「いいえ――」
 ん?
 隣にいた魔法使いが一歩踏み出し、二人に話しかけた? それも腕を組んで瞳を伏せて不敵な笑みを浮かべてるって。
「アサクラさんの勝ち、よ――」
 静かに自信満々にそう宣言したのである。