『SS』 長門有希の地球侵略大作戦

 物事はシンプルに限る。よく専門用語や複雑な比喩を使って説明を回りくどくすることにより、さも自分が有能であるように見せかけるような説明文や解説を見かけるが、ああいうのはいけない。
 特に小説などで格好をつける為だか行数を稼ぎたいのか知らないが、あんなに意味の分からない言葉を並べていたずらにページを分厚くするならば簡潔にして薄いページにして値段を下げろと思うことは多々あるのではないだろうか? 俺の読書に対する興味を薄れさせるのはページの厚みと無関係ではないはずだ。
 よって、俺が現在の状況を簡潔に、シンプルに説明しよう。
 長門有希が俺の部屋のベッドの上に正座している。
 ほらな? 簡単なもんだろう。
「何で?!」
 いや、さっきまでのモノローグは現実逃避だった。そりゃそうだろう、家に帰って玄関で靴を脱いで部屋へと戻ると長門がいるんだぞ。俺の記憶が確かなら十数分前にこいつの住んでいるマンションの前で俺達は解散したはずだ、ハルヒたちが帰るのを見送った長門がマンションへと歩くのを俺は見ているんだからな。
 それが何故に俺よりも先に長門が俺の部屋に居るのだ? いや、長門ならばやれないことはないだろうけど理由が分からん。
「あ、あの〜、長門さん?」
「なに?」
 返答があるところをみると幻でも夢でもない、こいつは俺の知る長門有希で間違い無さそうだ。まだ夢の可能性は否定出来ないが、いつの間に寝たのかは不明だな。
「どうして俺の部屋にお前がいるんだよ、親とか妹にはばれてないのか? それよりもいきなり部屋に入らないでくれ」
 色々言いたい事はあるが通用する自信もないので、シンプルに言いたい事をまとめてみた。すると長門は小首を傾げる。何で? って顔するな、それはこっちのやるべき態度だ。
 とりあえずは制服も着替えたいのだ、早々にお帰り願えないものだろうか。理由については何も言わなくていいから、まず帰れ。
 しかし長門は、いつも俺の考えを読んでくれるような態度のくせに、こんな時だけきちんと理由を説明してくれるのだった。
「これは、涼宮ハルヒの望んだこと」
 聞かなければ良かった。いきなりとんでもない事を言い出しやがる、どうしてハルヒが俺の部屋に長門が居る事を望むんだよ。
「本日の活動中、涼宮ハルヒはインターネットでサイトの閲覧中に発言した。『ねえ、宇宙人が本当に侵略してきたらどうしよう?』と。その際に返答は無かった」
 あいつ、そんな事言ってたのか。それは答えないだろう、多分誰も気付いていなかったはずだ。それに答えが欲しかった訳でもないだろうな、恐らく何となく呟いた独り言なのだろう。だが、そのハルヒの独り言と今の状況の関連は何だ?
「わたしは宇宙人。涼宮ハルヒは宇宙人が侵略することを望んでいるので、とりあえず近場から侵略を開始した」
 …………ええと。何だ、そのやっつけ仕事。ハルヒの適当発言に長門まで適当に応えやがった。大体あいつ、お前が宇宙人だって知らないし。というか、ばれたらヤバイだろうが。
「事情は分かった。分かりたくもないが、ハルヒのせいなんだな? だがそれなら他の人の家に行きなさい、何で俺んちなんだよ」
涼宮ハルヒ宅は不可能。朝比奈みくる古泉一樹の場合は反応が薄い。何よりも公式で彼女達の住居は不明」
 公式って言うな。確かに俺と長門の家しか出てないから、ハルヒや朝比奈さんの家に長門が出現しても俺には分からないけど。つまり消去法で俺の家が侵略されてしまってるのか?
「そういう設定」
 そんな設定知りません。どうしたんだ長門、何か疲れてるのか? 俺は大きなため息をつく。つかざるを得ない。
 やれやれと思いながらも、俺は長門に語りかけた。
「そういうことなら鶴屋さんの家に行きなさい。あそこなら広いから一部屋か二部屋は侵略させてくれるから」
 まあ鶴屋さんなら上手く相手になってくれるだろう。
「そう」
 長門はベッドの上で立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。あいつ、普通に部屋出て行ったけど親とかに見つからないんだろうな? と、今更思っても仕様が無い。行きもばれてないのだから、帰りもそうなのだと思うしかないな。
「やれやれ」
 何かどっと疲れた。着替えも忘れて、ベッドに横たわる。何だったんだ、あれ? しかし疲れた…………
 俺は、妹が夕飯を告げるまで寝入ってしまうのであった。





 翌日。





「だから何でだよ」
 長門有希が俺の部屋のベッドの上に正座している。だからさっきマンション前で解散しただろ? いや、もうどうやったか説明はいらないから。
 俺はため息をつく。ええと、他に誰か居たっけか。
「あのな、阪中の家に行ってみろ。あいつの家なら、おやつも出るぞ」
「そう」
 長門はベッドの上で立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。だから普通に出て行くな。ばれて…………ないんだよな?
 阪中には申し訳無いのだが、長門はルソーの命の恩人でもあるので無碍にはしないだろう。適当にお茶でもご馳走してくれれば満足して帰ってくれると思うから、よろしく頼んだぞ。
 俺は何事も無かったように着替えた。さて、飯まで漫画でも読むか。





 翌日。





「…………まだなのか?」
 長門有希が俺の部屋のベッドの上に正座している。俺はため息を一つ。
「喜緑さんとこにでも行ってくれ」
 俺は知らないが、長門なら喜緑さんの家くらい知ってるだろう。案外同じマンションにでも住んでるのかもしれないし。
「そう」
 長門はベッドの上で立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。もう出て行くのに何も言う気が起こらない。ばれても情報操作で何とかするんだろう、多分。
 大体喜緑さんは何をしてるんだ、お目付け役なら長門に一言言ってくれてもいいじゃないか。
 長門が正座で喜緑さんにお説教されている姿を想像して思わず吹いた俺なのだった。





 翌日。





「…………終ったか」
 帰宅して部屋のドアを開けた第一声がこれだった。ベッドの上に長門が居ない事で安心する。どうやら喜緑さんに怒られたようだな。
「やれやれ、何だったんだ一体」
 帰ってすぐに着替えるのが久しぶりに感じてしまうぜ、俺は私服に着替えると安堵のせいなのか尿意を覚え、いそいそとトイレに向かった。
 そして部屋に戻って愕然とする。
 長門有希が俺の部屋のベッドの上に正座している。
「…………」
「…………」
 もうため息も出ない。俺は黙って長門を立たせた。
 その長門の肩を押して部屋を出る。そして隣の部屋へ。
「あー! 有希ちゃんだー! いつ来てたの?!」
 妹が驚いているが、そんなもん長門だからだ、としか言い様が無い。
「ちょっと長門の相手を頼む。適当に遊んでやってくれ」
「うんっ! 有希ちゃん、こっち来て〜!」
「了解」
 長門を妹の部屋に放り込むと、俺はようやくため息をつけた。何なんだよ、もう。
 こうして長門は妹と一緒に遊んで、ついでに飯も食って、妹と一緒に風呂に入ってから、送っていくという俺の申し出を断わって一人帰宅していった。
 妹は大変楽しそうだったのだが、俺は首を捻るしかない。
 何でこうなってるんだろう?





 翌日。





 もう何も言えなかった。長門有希が俺の部屋のベッドの上に正座しているのが当たり前だと思えてきている。
「はあ、後は何があるんだ? もう侵略ごっこはいいだろ」
 俺はため息をついてベッドに座った。隣に座る長門は無表情で正座のままだ。
「未だ侵略は不完全」
 どこがだ? 散々人の家に上がりこんでおいて、何が不完全なのか教えてくれ。すると長門が音も無く移動した。
 俺の真横に。というか、顔が近い!
「な、な、何だ?!」
「侵略とは相手の主権・政治的独立を奪う行為」
 長門の瞳が真っ直ぐに俺を捉えている。その黒曜石の輝きに吸い込まれそうになりながら。
「わたしは、あなたを、侵略する」
 長門の瞳が俺の視界全てを塞いだ時、唇に生暖かい感触が。まさか、長門が。
 感触が残った唇に呆然としていると、
「侵略開始」
 軽く押されただけなのにベッドの上に倒される。
「ま、待て長門! これは違う! 侵略ってのは、」
「あなたに主権は無い」
 俺の上に跨った長門が無表情に宣言して。
 侵略は一晩に及んだ。





 翌日。





「ねえ、宇宙人が本当に侵略してきたらどうする?」
 放課後の団活中、ハルヒがいきなり訊いてきた。どうやら忘れてはいなかったらしい。
「ええと…………」
「そうですね、交渉出来る時間があればいいのですが」
 朝比奈さんと古泉が馬鹿馬鹿しい質問でも考え込んでいる中で、
キョン、あんたはどうなの?」
 ハルヒに名指しされ、思わず長門を見てしまう。
 長門有希は分厚いハードカバーから一瞬だけ顔を上げ。
 その目を見た瞬間。
「俺は完全服従だな」
 そうとしか言えなかったのは仕方が無いと思ってくれ。もう侵略されてしまっているのだから、な。