『SS』 たとえば彼女か……… 15

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 微妙にギスギスしていたところに歓迎されない客が訪れて空気が重苦しくなっていく。そんな居たたまれない雰囲気の中に俺は放り込まれていた。
 座っている俺達を見下ろすように立っているのは朝比奈さんと敵対する未来人、藤原である。こいつに上から目線で話されるだけでも腹が立つので座ってくれないだろうか。いや、座らなくていいから帰れ。
「そうはいかないのも分かっているだろう? 理解出来ていないと言うのならば、自分の学習能力に疑問を生じなければならないだろうな」
 一々うるせえよ、どうせ規定事項なんだろ。だが、お前の規定事項は俺達にとってはそうじゃないのも理解しやがれ。
「そちらの解釈など僕には関係の無い話だ。規定事項だから仕方なくやっている事に価値観など求める気にはなれない、どうせ従わなければそちらの未来もどうなるか分からないんだからな」
 藤原が朝比奈さんに目を向け、朝比奈さんは何も言えず俯く。
朝比奈みくるがやっていることと僕がやっていることに大差はない。ただ道筋を作るだけの作業だ。可能性を否定し、制限をすることによって自分達のいる時間を守る為のな」
 確かに未来の為、その理由だけで俺も朝比奈さんと様々なミッションをこなしていった。それに対して疑問に思っても朝比奈さんは禁則事項により答えることなど出来なかったから、というのもある。
 それに俺は、たとえどうであろうとも朝比奈さんがいる未来を選ぶと決めたのだ。色々言いたい事はあるが、それは朝比奈さんというよりも未来から来る朝比奈さん(大)に対してだしな。
「お前が何をしに来たのかは聞くつもりもない。だがこっちもお前に構ってる暇はないんだ、さっさと帰れ」
「ふん、自分が優越感に浸る姿でも見られたくないか」
 何だと?! 俺は思わず立ち上がった。こんな奴にどうこう言われたくない、何だったら強制的に排除してやってもいいんだぞ。
「勘違いするなよ。今日用件があるのはお前にじゃない、こっちの朝比奈みくるにだ」
 面白く無さそうに朝比奈さんを見下ろす藤原。怯えて肩を震わす朝比奈さんを見て頭に血が昇る。お前、朝比奈さんに何をするつもりだ!
「そんな事まで一々言う必要は無い。僕は僕の規定事項として現状をこなしているに過ぎないからな」
 そう言って藤原が朝比奈さんに手を伸ばし、俺がそれを止めようとした瞬間だった。


「え、藤原さんって二股かけてたの?!」


 盛大にずっこけた。今までの流れが全て台無しだ、九曜に至ってはリアクションの取りすぎで俺の頭からずり落ちている。
 場の空気を一変させた張本人は別の意味で目を丸くしているのだが。いや待て、何故にお前がとんでもないこと言いながら驚いてるんですか、キョン子さん?
「な、な、な、な、にを言ってるんだ、こいつは?! 一体誰だ、お前! なんでここに宇宙人がいる?! これも規定なのか、そんな話聞いてないぞ!」
 あ、藤原がパニックになってる。珍しいというか、面白い。
「え〜? ほら、藤原さんには橘がいるじゃないですか。あいつ可哀想ですよ、そんなことしたら」
「だから何で僕が『組織』の連中に気を使わなければならないんだっ! 貴様、どこまで事情を知っている?!」
 さすがキョン子だ、あっという間にペースを掴んでしまった。藤原が口角泡を飛ばす姿など誰が想像出来たであろうか。
「だーかーらー、あたしはまず朝比奈さんよりも橘に事情を説明するべきだと思うんですよ。そりゃあいつも素直じゃないっていうか、いっつもケンカしてるように見えちゃいますけど、ああ見えて藤原さんにしか言わないんですから察してあげてくださいよ」
「だから何の話なんだ、それはっ!」
 おかしい、俺が聞いていても話が食い違っている。キョン子キョン子で藤原の態度に腹を立てているようなのだが、どうも俺が抱いている感情とは違うような。
 ああ、まさかと思うのだがキョン子の奴は勘違いしてるんじゃないか? ここにいる藤原は俺達の世界の藤原であって、キョン子の世界の藤原とは違う。それにしても、あの藤原と橘の二人が付き合ってるというのが俺には理解に苦しむのだけど。
「大体何でこんなとこにいるんですか、今日は橘とデートでしょ? あいつ、みんなの前では普通だったけど凄く楽しみにしてたんですよ。眠れないからって夜中ずっと電話してたんですから。まあ、あたしも楽しみで寝れなかったのは一緒だったけど」
 チラッと俺の方を見る。実は俺もあまり寝てないんだが、ってお前ら二人とも恋する乙女か。乙女なんですね、そうですね。しかし、キョン子はともかく橘がなあ。あいつってそんなキャラなんだ。
「で、で、で、デートだぁ?! 何故そんな事になってるんだ、僕がどうしてあの女とデートなんかしなければならないんだ!」
 顔が赤いぞ、藤原。意外と純情なのか、こいつ? とにかく最早藤原など怖くもない、それ以上に女子高生が怖いからだ。キョン子は友人である橘の立場を守るために奮戦していて、その勢いは誰にも止められないのであった。よかったなあ、モテモテだぞ、藤原さん。
 そうか、さっきまでの俺はこんな顔してたのか。いや、これよりマシだろ、と思うほど赤い顔して取り乱している藤原はさておき、
「まさか藤原さんがこんな人だなんて思わなかったわ…………朝比奈さんもそう思うでしょ、誠意ってもんが無いですよね」
「待て、そいつは関係ないだろ!」
「…………はい、酷いです…………あの日の事は遊びだったんですね…………」
「僕は何もやってないっ! あの日っていつだ、どんな事をされたんだよ、お前ーっ!」
 ノリノリだな、朝比奈さん。涙をそっとハンカチで押さえている。それをテーブルから乗り出して肩を抱くキョン子。うわー、修羅場おもしろーい。というか、酷いな二人とも。
「な、何でこうなるんだ…………おい、お前! お前なら分かるだろう、どうにかしろ!」
 八方ふさがりに追いやられた藤原が苦し紛れに怒鳴ったのは俺に対してではない。俺の頭上の住人と化した九曜に、である。
「―――――えー?」
 えー、って。一応仲間なのに。それに俺以外には九曜しかキョン子に説明出来る人物はいないのだ。それに藤原からすれば九曜がここにいることがおかしな話でもあるだろうしな。
 とりあえず頼られてしまった九曜は、同じ仲間のよしみなのか俺の頭上から降りてきた。軽いから気にしなかったけど、こいつはいつまで俺に乗ってる気なのだろうか。
「では―――――」
 そう言うと九曜は奇妙なポーズを取った。おお、もしかしたら宇宙的なパワーを使うために必要なのだろうか。あいつは高速で何か呟くだけだったのに。
 珍妙なポーズはキョン子ですら見たことが無いのか、全員の注目を浴びた九曜が軽快な動きで―――――踊りだした。本当に宇宙的儀式なのか?
「―――――困ったな―――――困ったな―――――ほんとに困ったな―――――ねえ―――――?」
 えー? それって。
「ピラメキたい―――――ピラメキたい―――――解決方法―――――ピラメキたい―――――」
 見事な振り付けだ、無表情でさえなければ。他の連中もポカーンと見つめる九曜体操はいよいよクライマックスを迎えた。
「ピラ――ピラ―――――ピラ――ピラ―――――ピラーリ―――――ピラメキ―――――ピラメいた―――――明るい―――明日に―――――ピ・ラ・メ・い・た―――――」
 アカペラで淡々と歌われてもなあ。って、
「俺が答えるのかよ?!」
「カメラ―――――はそこに―――――」
 ねえよ。しかしオチを任されたからには何か答えないと。ええと、
「とりあえず土下座で。それとここの支払いはお前な」
「わーお、キョンったらオニチクー」
 それはお前だろ。原因を作っておいて何言ってんだか。さりげなく支払いをさせようという俺も酷いもんだが。
「ピラメいた―――――ピラメいた―――――解決方法―――――ピラメいた―――――」
「何にも解決してないだろうがーっ!」
 ほんとだな。
「もういい知るかっ! 滅んでしまえ、こんな世界!」
 最悪の捨て台詞を残して藤原は逃げていってしまった。走り去る時にキラキラと光るものがあったのは、奴の名誉の為にも言うべき事ではないのであろう。
 それに、別にあいつの思うとおりにならないからって世界滅びないし。朝比奈さんが無事な未来ならいいんだよ、今のとこは。
 まあ邪魔者は消えた。同情してやりたい気もあるが、ツッコむとこちらにまで被害が及びそうな気配を感じるので無視しておこう。
「で、本当にあいつと橘って付き合ってるのか?」
「あたしの世界では、ね。お互い素直じゃないのは本当だけど。あ、こっちの藤原さんはどうか知らないよ」
 …………待て。ということは、
「うん、あの人があたしの知ってる藤原さんじゃないのくらい分かるわよ。ちょっとからかっただけなんだけど、藤原さんはやっぱり藤原さんだったんだね」
 爽やかな笑顔のキョン子を見て、俺は二度とこいつとケンカなどしないと誓った。二つの世界を行き来している利点を生かしながら、それを利用するなんて芸当は俺には出来ない。本当に俺と同一の存在であるなんて誰に言われても信用出来なくなってくるな、ここまでくると。
 向こうの世界の藤原は、佐々木にキョン子と橘に九曜、この面子に囲まれているのか。羨ましいというよりも同情の念を禁じえないのは同じ様な立場の同性だからだろうか。
「でも、藤原さんの規定事項って何だったんだろ」
 さあな、今更知りたいとも思わない。今回出番があっただけでも良かったとしておこう、名前がこれだけ出たのも初めてなのだから。
「シリーズ―――――初ね―――――」
 シリーズっていうな。
「しかしだな、お前ももう少し仲間なんだから助けてやれよ。キョン子と違って、どっちの世界でもお前はお前なんだろ?」
「そう言えばそうね。九曜はあたしの世界とキョンの世界でも同じなんだっけ?」
「―――――こちらの世界の―――――ルールに基づくと―――――無視―――で―――――正解―――――?」
 正解じゃないと思うけど、シリーズ的には正解だな。
「ねえ、やっぱりこっちの世界の藤原さんと橘って可哀想なんだけど」
 ネタにしてからかっておいて言われてもなあ。今回は特別なので次回以降は名前も出ないと思うぞ。
「本当に一回こっちの二人に会ってくれない? いい人たちなんだから」
 善処しておく。ただ、ご覧の通りこっちの世界では俺達とあいつらの関係は友好的ではないんだ。
「うん…………やっぱり寂しいな」
 微笑んでいるけど、どこか陰があるのは仕方ないのかもしれない。
 もしかしたら、藤原をからかったのも自分たちの世界の藤原と違うからこそ少しでも近づけたいと思ったからかもしれないな。
「分かったよ、今度は俺がそっちの藤原をからかいに行ってやるさ」
 だから、そんな顔しないでくれ。寂しそうな笑顔のキョン子なんか見たくないからな。
「うん、待ってるからね」
 やっと笑顔が戻ったキョン子の頭を優しく撫でてやる。キョン子がそっと肩に頭を乗せて微笑んだ。やはり可愛いんだけど。
 九曜が頭の上に乗っているのも忘れて俺達は笑っているのだった。いつの間に乗ってたんだ、お前は。





「でも…………あたしは日陰の女でも……耐えて待つのがあたしの役目…………」
 あのー、朝比奈さん? もう芝居はいいですから帰ってきてくださーい。