『SS』 たとえば彼女か……… 14

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「大丈夫?」
 今更だな、原因に心配されてりゃ世話ないんだが。おでこに赤い痕でも付いてないかと不安ながらも、
「あまり時間をかけられないのに何やってんだか」
「お前が悪いんだろ」
 他愛も無い言い合いをしながら街を歩く。腕を組んで当ててんのよ、ではなくて指と指を絡ませてしっかりと手を繋いだままで。
「ふ〜ん、だ。お前があたし以外にフラグ立てまくってんのが悪いんだもんね〜」
 だからフラグって何だよ、そういうのって所謂専門用語なんだからな。大体俺は普通に接しているだけで、勘違いばかりされてる気がする。
「―――――無自覚―――――?」
「まあね」
 その会話やめてくれないかなあ。時々疎外感に襲われるから。
 しかし、やはり時間はかけすぎていたのだ。アラームが鳴らないので油断していたのもあるが、まさかここまで接近されていたとは思わなかった。
その人は俺たちに向かって真っ直ぐに走ってきたのだ。そして俺の前に立つとホッとした様子で大きく息をついた。
「あ…………キョンくん……良かったぁ…………無事だったんですね」
無事も何も、どういう伝え方をしたんだ、国木田。そして、国木田のメッセージを受け取ってからずっと俺を探してくれていたのであろう、朝比奈さんは肩で息をしながらも俺に天使の微笑みを向けてくれているのであった。
「国木田くんが、キョンくんが何か事件に巻き込まれたみたいだって言ってたんです。だから、あたし大慌てで家から飛び出ちゃって……」
ようやく呼吸が落ち着いた朝比奈さんが恥ずかしそうにハンカチで汗を拭う。そう言われれば走ってきた事もあるのだろうが、朝比奈さんにしては髪なども整っていないようだ。それでも充分可愛らしいのがこのお方の特性なのだろうが、多分国木田は笑いながら冗談のつもりで言った言葉を真剣に捉えてしまったのだろう。そう考えると申し訳ない、後で国木田には言っておかないと。
すると、朝比奈さんの視線が下に降りたかと思うと大きく目を見開いた。何だ? 何か落としたのだろうか。
「え、ええと、あの、キョンくん? そちらの女の子はどなたですか? えっと、手を繋いでるみたいだけど」
しまった、朝比奈さんに気を取られて手も離していなかった! 繋いだままの手から視線を上げると、キョン子はジト目で朝比奈さんを睨んでいる。ポニーテールの膨らみ具合から推測すると、威嚇モードに入っているらしいな。
「あ、あの〜…………なんでしょうかぁ………?」
それでなくても気の弱い朝比奈さんを威嚇するんじゃない。初対面の女の子にジト目で見られて怯えてしまった朝比奈さんなのだが、俺もこのままでいいと思わない。言い訳をしようにもしっかりと手は握られている、それも恋人繋ぎで。どうする、どう言えばいいんだ、俺?




…………なんてな。急に言い訳を考えるのが馬鹿馬鹿しくなった。俺はキョン子とデートのつもりで今日を待っていたはずなのに、何もデートらしくないまま一日を過ごしているのだ。おかしいじゃないか、俺が誰とデートしようが自由のはずだ。
そう思うとハルヒやあいつの怒りも理不尽なら、隠しておくのにも腹が立ってきた。確かに世界への影響とやらもあるのだろうが、それと俺のデートを結びつけてんじゃねえよ。俺もそうだが、キョン子に対してすまないと思わないのかよ。
気が付けばキョン子の手を握る力が強まっていた。キョン子がどうしたの、と俺へと視線を向ける。その瞳を見たときに、俺はもういい、と思った。朝比奈さんになら言ってもいいだろう、そんな甘い考えもあったと思う。
「朝比奈さん、ちょっといいですか?」
「は、はい!」
「実は俺、この子とデートしてたんです。それを谷口のアホが見て大騒ぎしたもんだから間違って国木田に伝わって、国木田は親切で朝比奈さんに連絡してしまったってだけなんです。だから何の心配も要りません、俺たち付き合ってるだけなんで」
俺が言い切った後に何故か沈黙。
「あ、キョンくんがその女の子とお付き合いしていて、デートの最中で見つかって騒がれたと」
「そうです」
またも沈黙。
「ええと、お付き合いという事は、」
「彼女です」
「彼女というと、英語ではsheとかherとかで表される?」
「いえ、英語で言うならone's girlfriendです」
「ええと」
沈黙。
「フランス語だと、」
「フランス語でもドイツ語でもタガログ語でも北京語でも。こいつ、キョン子は俺の恋人です」
沈黙はもういい。
「え、え? ええーっ?! きょ、きょんくんにこいびとさんがいらっしゃってます〜っ!」
遅っ! 滅茶苦茶遅い反応は、朝比奈さんが混乱して飛び上がった叫び声で繋がった模様であった。
「ええーっ?! きょ、きょんがあたしのこと、こ、こいびとだっていってるーっ!」
なんでお前が驚くんだよ。しかも反応遅いし。二人の女の子が向かい合わせでムンクの抽象画よろしく頬に手を当てて叫んでいるのを見て、言わなければよかったかとため息をつく俺なのであった。
「私は―――――」
今はやめとけ、朝比奈さんは気付いていないから。今度は心臓が止まるかもしれないぞ、今のお前を見たら。だからいい加減乗ってんのよ、を超えてしまっているので頭の上から降りてくれ九曜。



「えっとぉ、キョン子さんはキョンくんの異世界同位体で〜? 周防九曜さんによってこちらの時間軸へと移動しているという事なんですね?」
流石に理解が早い、これでもう少し慌てるクセさえなければ。朝比奈さんは小首を傾げながらも俺の要点だけをまとめた説明を聞いてくれていた。因みにここは、混乱した朝比奈さんとキョン子を落ち着かせるべく飛び込んだ近くの喫茶店である。店員が幸いなことにあまり関心を持たずに接してくれたおかげで、俺は朝比奈さんに事情を説明することが出来た。その間でキョン子も落ち着いてくれたようだ。でも、九曜が頭の上に落ち着きつつあるのはどうにかしてほしい。もっと言えば、キョン子はともかく朝比奈さんまでが俺に乗ってる九曜に何も違和感を抱いていないのは何故なのだろう。そりゃ九曜とは対面済みなのだけど、おかしいと思いませんか? 頭の上に抱きついてる女子高生って。
遠目から見ると凄い長髪の男子高校生(俺プラス九曜)の隣にポニーテールのキョン子、正面には朝比奈さん。どう見てもおかしいのは俺一人なのだ。しかし、背もたれとの幅を考えてもどうやって座ってるんだろ、俺。きっと宇宙的な何かの力に違いない、だから店員がこっちから目を逸らしているんだ、うん。そんな事よりも、
「それで…………お二人はお付き合いしている、そう言うことなんですね?」
朝比奈さんの言葉に俺は頷いた。付き合ってるかどうかと言われれば付き合ってるんじゃないかと思って口にしてみたものの、いや、改めて言われると凄く照れる。キョン子もさっきまでの威嚇モードが嘘のように赤くなっている。基本的には素直デレのキョン子に付き合ってるというセリフはかなりの破壊力があったようで、もっと喜ぶのかと思いきや恥ずかしそうに俯くだけなのだ。
しかし、朝比奈さんは「そうですか……」と呟くと何かを考え込むように黙り込んでしまった。反対される可能性はゼロではないと覚悟はしていたものの、この反応は意外だな。何かおかしなところがある、といってもおかしなところだらけなのだが。
「朝比奈さん、あのですね? もしかしなくても、これは規定事項にはなっていないんですよね」
一番の懸念はそこだろうと思い、俺は朝比奈さんに尋ねてみた。予想通り首を振った朝比奈さんは、
「勿論規定事項なんかじゃありません。でも…………」
何故かキョン子を見つめ、
「本当にお付き合いしているんですね?」
真剣な表情でキョン子に対して訊いたのだった。ちょっとしつこいんじゃないか? こんな事はいくら朝比奈さんでも何度も訊かれてそうですよ、と答えるものでもない。
だが、俺の不満とは別の解釈があったようだ。キョン子もまた真剣な顔で、
「そうです」
はっきり答えた。さっきは自分で言ったからというのもあるが、キョン子に付き合ってると言われると気恥ずかしいものがあるな。しかし、それどころではなかったのだ。
「…………あなたはキョンくんでもあるんですよね?」
「はい」
「では、あたしが何を言いたいのかも分かってくれると思うんです。あなたがキョンくんであり、そして女の子なら今のあたしの気持ちも分かりますよね?」
「…………はい」
聞いている俺だけが分かっていない会話が二人の間に成立している。それだけしか分からないのにも関わらず、俺は口を挟む事が出来なかった。何だ、この緊張感は。
「朝比奈さんは、未来から来たんですよね?」
「ええ」
「だから諦めてるんですか?」
「…………そう、かもしれません。だけど、それだけじゃないのも分かりますよね? あなたの元の世界の事を思い浮かべてください」
「それは! そう、なんだけど、でも!」
「涼宮さんと長門さんの気持ち、あなたなら分かると思います」
「…………でも」
意味が分かるだろうか? 俺にはさっぱりだ。真剣な二人の会話はお互いにしか分からない共通認識で成り立っている。
「でも、あのキョンくんがお付き合いしてるなんて凄いです。どうやったんですか?」
「え、ええと、何も…………ちょっとだけ素直になったというか」
「うふふ、あの二人には難しいかもしれないですね。だからこそ、キョン子ちゃんはずるいんじゃないかな」
「え?」
「抜け駆けしたんだと思います、あの二人から見たら」
「それは朝比奈さんも含めて、ですか?」
「さあ、どうでしょう?」
いつの間にか和気藹々としているようにも見えるのに何か火花が散っているようにも見える。とりあえずトイレにでも行くと言ってここから逃げたくなっているのは事実だ、会話の中に俺の名前が入るたびに心臓が飛び出しそうなんだぞ。
会話の圧力に俺が屈し、本当にトイレに逃げ込もうとした時だった。
「なんだ、随分といいご身分じゃないか。何故僕がここに来なければならないのか、これが規定事項というのならば僕は自分のいた時空がどうなろうとも構わんような気がするな」
…………何でテメエまで出てくるんだよ、ややこしくするのもいい加減にしろ。
「あ、あなたは…………」
「あれ? まさか……」
「―――――おお―――――」
九曜以外の人間が驚く中、俺達の座る席の傍らに藤原が立っているのだった。いつの間に現れたのか、その目的は何だ? 大体この話においてお前は名無しでいいはずなのに。