『SS』 たとえば彼女か……… 13

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こうして、ややおカンムリのキョン子様を腕にぶら下げた俺は再び街中を歩いている。九曜、あまり気にされてないけどいい加減乗ってんのよ、は禁止だ。
「―――――ちぇ〜―――――」
ちぇ〜って。俺の背中に張り付いていたおんぶオバケは、するりと腕に絡み付いてダッコちゃんと化した。どちらにしても古い、古すぎる。
しかしもうネタがない、本当に見て回るとなればここからの脱出こそが一番の早道なのに何故か留まり続けているからだ。紆余曲折があった中で体力は回復してきたが、それと共に時間も遅くなってきている。最近は日も長くなってきたというものの、流石に夕暮れが迫りつつある中で残り時間は確実に減っているのであった。
それなのに、どうしてだろう。離れがたい、という気持ちだけが強くなっているのは間違いない。先程のENOZの話ではないが、会いたい時に会える間柄ではないのだ。九曜に頼りすぎていて見失いがちだが、キョン子はここにいるべき存在ではないのだから。
「…………どうしたの?」
あ、すまない。キョン子の声で気付いたが、どうやら握っていた手に力が入りすぎていたようだ。
だが、言葉に出さなくても思いというものは通じるらしい。
「あたしも、もうちょっとだけでいいからキョンと一緒に居たいよ」
 寂しさ、という陰を落とした微笑みは俺の胸を締め付けそうになり、思わずキョン子を抱きしめそうになった。しかし、それは叶う事も無かった。というのも、
「おっ? 奇遇だね」
 なんて聞きたくない声を聞いてしまったからだ。慌ててキョン子から離れると、「……いくじなし」という嫌な呟きを聞いてしまう羽目になる。仕方ないだろ、ハルヒ達とは別の意味で見られたくない相手なんだから。
 そんな空気を読まなさではクラスメイトに勝るとも劣らないのだが、成績面ではクラスメイトの遥か上を行くのは俺も良く知る先輩の一人であり、我らがSOS団のお隣さんでもあるコンピューター研究部の部長氏なのだ。どうしてここに? なんて質問は今更というものかもしれないが。
「ご覧の通りさ、こちら側じゃないと買えないパーツも多くてね」
 自慢げに持ち上げた紙袋の中身はパソコンのパーツ類なのだろう。ハルヒに何度やられても懲りない人だから、またもパソコンでも手作りするつもりなのかもしれない。ばれないように祈っておいてやろうか、またもハルヒの餌食に遭うのも可哀想だからな。
「ところで今日は長門さんと一緒じゃないんだね」
俺はあいつとセットですか。というか、そのワードはまずい。過剰反応を示しそうな奴が隣にいるのに分かんないのかな、この人!
「ふ〜ん、そんなに長門さんと一緒にいるんだ〜」
ほら見ろ、ジト目で見ているポニーテールが段々逆立っていってるだろ。って、反応早くないか?
「い、いや、誤解だ! ほら、例の勝負以降でたまにあっちに行ってるだけだから!」
「あたし、知らないもん」
しまった、逆効果だった! つい、気安く言ってしまったがキョン子はコンピ研との勝負なんか知ってるはずもない。大体高校が違うからコンピ研部長氏が女になってても分かるはずもないじゃないか、俺の馬鹿!
自分の知らない出来事を言い訳にされてしまったキョン子の瞳がどんどん潤んでいく。あれ? 泣くのか? こんなに涙もろかったっけ、キョン子って。
意外な展開に慌てる俺に止めの一言が突き刺さった。言ったのはもちろん空気を読もうともしない部長氏である。
「そうかい? この間も休日に二人きりで歩いてたじゃないか、図書館にでも行くのかと思ったけど」
それは不思議探索の時にサボってたからだー! 何で選りによって、そんな場面だけ目撃してるんだよ! せめて声かけろよ!
「いやぁ、長門さんに悪いかなと思って」
そこだけ気を使うなーっ! そして今こそ、その気遣いを示して欲しかった。だって、ポニーテールが逆立っちゃったから。わなわなと震えるキョン子が叫ぶ。
「この、無自覚拡散性フラグ乱立フラクラ付き浮気者ーっ!」
凄いネーミングと共に俺の脛には再び激痛が走るのであった。どうしてこうなる…………のだ…………





「いや、重ねてすまない。まさかデートだとは思わなかったんだ」
では何を見ればデートだと思うんだ、ウィンドウが表示されて好意度とか出ないと分かんないのか? 胸の中で悪態をつきながらも、根は人のいい部長氏に頭を下げられれば何も言えないのだ。
「彼女さん、だっけ? そちらにも申し訳無いと思うよ。恥ずかしながら経験不足なもので、後輩とはいえ女性を連れているだけで羨ましくてつい…………」
そっと涙を拭う部長氏。ええと、どう声をかけていいものやら。それに何か態度がいつもの部長氏らしくないというか、もっと俺様キャラかと思ったのだが本当に女子には免疫がないのか、結構大人しい。
「えー―――――彼女に―――――見えますか―――――?―――――やっぱり―――――」
「え、ええと、誰?」
「こらぁ! それはあたしのセリフでしょうがっ!」
「それよりも九曜、また背中に乗るな!」
九曜の活躍により、またも事態は有耶無耶になった。助かったような、そうでもないような、誤解しか与えてないのではないのだろうか。
「ま、まあ楽しそうでいいな。我がコンピ研にも女子の新入生さえ来れば…………いや、過ぎた事はもういい。それよりも長門さんさえ僕の後を継いでくれれば」
「それはないと思いますけど。あいつがSOS団と文芸部以外の活動をするとも思えないから、助っ人くらいに考えておいてください」
助っ人さえもハルヒの許可が要りそうだが、あいつ自身が楽しんでいるようだから何とかなるだろう。
「そ、そうか…………」
それでも部長氏にはショックだったようで、がっくりと肩を落とした。まあ正直な話をすれば、あいつさえいればコンピ研が今までやってきた活動など数分単位で出来てしまうのだから部長氏としてはどうしても欲しい人材だろう。気持ちは分からなくはないので、
「どうしても、という時は俺から言っておきますよ。大抵はどうにかなると思いますから」
別段世界に影響を与えるような事でもないからな、万が一ハルヒの機嫌が悪くなるようならそっちもフォローしなくてはならなくなるだろうけれど、出来ればあいつの意思を尊重してやりたい。
「是非頼むよ、長門さんも君の言う事なら聞いてくれるようだからね」
両手を合わせて拝まんばかりの部長氏なのだが、そんなに大した事じゃない。なので適当にええ、とか頷いておいた。
「では、これ以上デートのお邪魔をするのも良くないだろうから僕は失礼するよ。くれぐれも長門さんによろしく言っておいてくれ」
分かりました、と答えている間に部長氏は紙袋を持って去っていった。やれやれ、何だったんだ? とにかく時間が惜しいのにいらぬ手間を取らされたもんだ。
「すまんな、キョン子。それじゃ、」
と、言いかけたところで言葉が止まる。おかしい、何故かキョン子から黒いオーラのようなものを感じるんだけど。
「ねえ、キョン?」
「な、なんだ?」
「さっきの会話なんだけど、ちょーっとだけおかしくないかな?」
どこがだ? 部長氏に頼まれたからあいつに話を通しておくという、普通の会話じゃないか。
「あのさ、それならあの部長さんが直接話せばいいと思うの」
それはそうだが、部長氏はトラウマ的にSOS団へと近づくのを拒んでいるからな。まあ、ハルヒの耳に入れば碌な事にはならないというのは分かってもらえるだろう。
「そうじゃなくて、長門さんって部長さんの言う事聞かないんじゃないの?」
それはどうなんだ? あいつも人の話を聞かない奴ではない。偶然タイミングが合わないという状況はあるだろうが、大体は言う事を聞いてくれるはずだぞ。
「…………それって、キョンだからじゃない?」
そうか? まあ、あいつと話す機会が多いのは確かだが。
「そんなに気軽に言う事聞かせちゃえるんだね、長門さんに」
あ、あれ? それはあいつが何でも出来るからつい頼りがちになるからって、自分でも反省しないとって、あれ?
長門さんもキョンの言う事なら聞いちゃうんだー、そうなんだー」
待て! 絶対にお前は曲解している! 俺とあいつはそういうんじゃなくて、もっと仲間としてというか、
「問答無用ーっ!」
俺は無実だー! 弁慶じゃなくても号泣しそうな痛みに襲われながら、俺の空しい叫びが青空に木霊した。何だ、この不幸属性。
「―――――自業自得なのです―――――と―――――クヨウは―――冷静に―――――状況を分析―――――します―――――?」
やめろ、お前のオリジナルはどこに居やがるんだって。というか、一万体以上の九曜など見たく…………結構凄いかもな、それ。
「このネタは―――――通じにくいかもと―――――クヨーは―――――クヨーは―――――言ってみたり―――――」
だから打ち止めなのである。じゃないとビリビリ抜きのコインなら飛ばしそうなポニーテールがいるからだ。
「これは―――――オマケ―――――なんだよ―――――」
って、いってぇっ! 乗ってんのよ、で頭に噛み付かれた! 降りろ、放せ九曜!
「あ、あたしの前でイチャつくなーっ!」
結局、俺の眉間にコインが突き刺さったところで意識が遠のいて話は終わりとなるのであった。電気がなくても充分痛いんですけど、これ。