『SS』 たとえば彼女か……… 6

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 デパートというものはその名の通り百貨店である。百貨というからには色々なものが各階にあって、それを見て回る訳なのだが年代や性別において見に行く順番というものはある程度決まってくるものだ。
 そして俺達高校生としてはまず最初に来るのは、
「ここじゃないと思うぞ」
「そう?」
 もぐもぐと口を動かしながら歩く俺とキョン子、試食でもらった蒲鉾が美味いここはデパ地下と言われる食材のコーナーである。
「―――――おか―――――わり―――――」
「いや、お前さっきも素通りされたじゃないか」
 そうだ、九曜の分までもらったのは俺だぞ。存在感の無さもここまでくると面白いのだが、本人は若干気にしつつある模様である。ということで近所のおばちゃんよろしくデパ地下試食巡りツアーを満喫している俺達なのだった。
「こら九曜! なんでワインだけもらってくるんだ、お酒は禁止だとアレだけ言ってるだろ!」
 あ、やっぱりそっちでも禁酒なんだな。
「うーん、一回橘が持ってきてさ。あ、合宿みたいなのをやったのよ、その時にね」
 SOS団の孤島探検みたいなもんか。それにしても、
「あの佐々木が酒ねえ、どんな感じだったんだか」
「すごかったよ、大爆笑する佐々木なんて二度と見れないんじゃない?」
 それは見てみたいな。と、
「いてっ!」
 腕をつねられた。
「佐々木はいいの! それに禁酒なんだから」
 なんで怒ってるんだよ、それに俺も禁酒は誓ったんだ。記憶が無い事を感謝しなきゃならないかもしれない合宿以来な。
 するとキョン子が恥かしそうに俯いている。一体どうしたんだ、と背伸びしたキョン子が俺の耳元でそっと囁いた。
「ふ、二人っきりならお酒飲んでもいいかなって思うんだけど…………ね?」
 え、それは二人っきりで酒を飲むということは二人して酔うってことで…………そうなったら自然と二人は。
 うわ、やばっ! お前なんて事言うんだよ! 思春期の男子には刺激が強い想像しちまったじゃないか!
 真っ赤になった顔でキョン子を見れば恥かしそうにはにかみながらも上目遣いで「えへっ」なんて笑うものだから。
「それは反則だろ」
 そう言いながら明後日の方向を見るしかなかったのだ、しがみ付いたキョン子がクスクス笑ってるけどお前のせいだぞ。
 まったく、何なんだこの可愛さは。これが素直デレの威力というやつか? 今までに無かった破壊力に俺の理性が崩壊寸前なのだけど。
「私を―――――酔わせて―――――どうしたの―――――?」
 どうもしねえよ、というか酔うのか九曜は。ウチの宇宙人は何ら変わらなかったと記憶しているのだが。
「そういえば九曜って酔っ払うの?」
「―――――脱ぐ―――――ますよ―――――?」
 マジでか? と驚いたらキョン子に蹴られた。いや、そういう意味じゃないって! むしろ心配だよ、風邪ひかないかとか。こいつ普通に腹出して寝そうだし。
「そうよ、お腹出して寝てたらダメだからね」
「―――――赤ちゃん―――――か―――――」
 赤ちゃんだろ、生まれたてじゃねえか。見た目は高校生だけど。
「九曜が可愛いから言ってるんだからね、お腹壊したらいけないだろ?」
 それが同級生にかける言葉かよ、親子かお前ら。
「―――――まま―――――」
「だからそれやめて、それでなくても若者らしさについて橘に説教されてるのに」
 そうなのか、そっちの橘はお節介な上に口うるさいという感じらしいな。
「うーん、いい奴なんだけどちょっとね」
 まあ俺も若者らしさという点ではどちらかといえば流行にも疎いから何とも言えないけどな。
「―――――ぱぱ―――――?」
 やっぱりやめてくれ。



 そんなデパ地下探検中の俺達なのだったが今回は俺が先に気付いたのだ、それはふと目線を中華惣菜の店へと向けた時だった。
「なっ?!」
 なんであの人がこんなとこにいるんだ? なによりも目立ちすぎです、だからこそ分かったのだが。
「どうしたの?」
「シッ! いいから静かにしろ、そのまま移動するぞ」
 訝しげなキョン子を制しながら元々静かな九曜の手を引いてなるべく音を立てないように移動する。デパ地下からエレベーターに乗ると幸い俺達だけだった。
「ねえ何なのよ、いきなり」
 ようやく一息つけそうだったので脹れた頬のキョン子に状況を簡単に説明する。
「アラーム対象外の鬼が居ただけだ。見つかるとまずいから説明出来なかったんだ、スマン」
「そっか、だったらしょうがないけど。でもそんなに見つかるとまずい人なの?」
 誰に見つかってもほぼまずいと思うけどな。しかし、
「ああ。多分ハルヒ長門以上に厄介かもしれない人だ、俺もそんなに接点がある訳じゃないが間違ってはいないと思う」
 キョン子には言えないがこっちの世界の橘とのやり取りなどはトラウマ寸前の出来事だ、人は笑顔で人を殺せるかもしれないという。
「ふ〜ん、そんな人までいるんだ。キョンってやっぱり苦労してるんだね」
 ありがとう、そう言ってくれるのはお前だけだ。そう? と首を傾げるキョン子は可愛いのだが事態としてはあまり良いとは言えない。エレベーターなのだから何処かで必ず降りねばならないのだが、どの階を選択するかで脱出が容易になるかどうかが決まるのだ。
 冷静に考えれば下の階で降りて出口に向かうのが正解に思えるが相手との距離も接近しているので出会い頭にぶつかる可能性も高くなる。かといって屋上まで乗ってしまえば逃げ道が無い。しかも相手が相手だ、行動を先読みして移動する事など簡単な事だろう。
 第一あの人が俺達に気付いたかどうかがはっきりしていないのに咄嗟に逃げてしまったのがまずかった、向こうの出方が分からないから思考がループしてしまう。
「適当なとこで降りて階段を使って移動するしかないんじゃない? もしもの時には九曜もいるし」
 お気楽なくらいにキョン子が軽く言いやがる。言われた九曜も自信満々に無い胸を張り、
「―――――むわぁ―――――かせ―――――て―――――?」
 中指を立てたのだがお前を先輩に持った覚えなどない。それにお前も眼鏡は無い方がいいと思うぞ。後は背中というか髪の毛から金属バットを取り出そうとするんじゃない。
「…………も?」
 なんだ? 隣というか腕にくっ付いていたキョン子から重く黒い声がする。いや、掴んだ手にも力が入っている! 何でだ?
「お前さ、今九曜に『お前も』眼鏡が無い方がいいって言ったよね? それって他の誰かに眼鏡が無い方がいいって言った事があるってことでいいのかな?」
 え、そんな事言ったか俺? というか無意識に話した内容に引っかかられても困るというか、
「それって女の子に言ったんだよねえ? しかも九曜から推測される子だから…………長門さん?」
 あ、当たってる…………恐ろしいまでの推理力というか段々と腕に痣が残りそうな力で掴まれているんだけど!
「あたしの世界にも長門くんがいるからね、だけど眼鏡が無い方がいいなんて言ったことないけど。どうしてお前は長門さんにそんな事言ったのかなって思っただけだよー」
 いや、それだけで俺の腕が痺れそうにはならないから! 待て、俺は何も特別な意味があって長門に眼鏡が無い方がいいって言ったんじゃないんだ! アレは偶然から起こった事故のようなもので、
「―――――ならば―――――眼鏡を―――――」
 どうせ伊達眼鏡じゃねえか。それに俺には眼鏡属性はない。って、あ。
「ふ〜ん…………眼鏡属性ねぇ」
 やらないで後悔するよりはやってから後悔した方がいいと言ったのは長門が眼鏡をかけなくなった原因を作ったヤツの言葉だが、俺は言った事を後悔している。
「この、フラグ連立の女たらしー!」 
 とキョン子の平手を頬に喰らう事になったのだから。いやだから深い意味なんかなかったのに。それに女たらしって俺から一番縁遠い言葉だぞ。
「ふんっ! 無自覚なのは分かってるっての!」
 怒ってるのに腕からは離れないキョン子はさっきよりも当ててる範囲が大きくなっている気がするのだが。
「とにかく降りるぞ! ったく、もうちょっと服とか見たかったのに」
 この状況でそんな余裕があるか。というか絶対にお前楽しんでるだろ。ちょうど婦人服という高校生が見るには一番相応しく無さそうな階に到着した俺達はいそいそとエレベーターから降りたのだった。
「―――――おかーさん―――――」
 やめろ、親子連れで服を買いに来たというシチュエーションを作り出すんじゃない。キョン子もちょっといいかもって顔するな。
「いや、夫婦ってシチュはちょっといいなって」
 でも子供は九曜だぞ、こんな不思議ちゃんが娘だったら毎日面白いだろ。あれ? そんなに悪くないような気がしてきた。となると当然俺の腕にしがみ付いてるのが嫁さんでお母さんな訳なのだが幸せそうな想像をしているポニーテールを見ているとそれも悪くないかという気分になる。
 などとハートフルな想像などしている場合ではなかったのだ。事態は急を要していて、俺達は逃亡中だったのだから。
「あら、随分と意外な所でお会いしましたね」
 という丁寧な口調で話しかけられて背筋に悪寒が走る。まさか、読まれていた訳でもないのにどうしてエレベーター前で待ち構えているんだよ。
 俺の知り合いには丁寧な口調で話す女性が二人居る。その二人に共通するのは丁寧で礼儀正しい事と、常に笑顔でいることだ。
「それで、そちらの方は初対面ですね。はじめまして」
 そしてもう一つの共通点は、
「わたくし森園生と申します」
 笑顔で人を殺せるかもしれないってとこだな、うん。目の前のメイドさんは圧倒的な迫力を笑顔に内包しながら俺達を出迎えたのであった。