『SS』 たとえば彼女か……… 3

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何だかんだで駅である。アホが居たが歴史的に抹消したので何も無かったことになっているので無事に駅までたどり着いたとしておこう。俺とキョン子はワリカンで切符を買い(そろそろ俺達もカードを買うべきではないかと思うのだが)、九曜はICOKAのチャージもばっちりのようである。 
 こうして駅のホームで電車を待つばかりの俺達なのであったが正直に言おう、油断をしていた。この行動範囲内にはハルヒも佐々木も長門もいない、不思議探索で土曜日を過ごした俺の経験はそう物語っていたのだが。やはり土曜日と日曜日は違っていたのだ、俺もあいつらも。
 ぼんやりとキョン子と九曜にしがみ付かれた腕の感触を楽しみながら周囲の刺す様な視線に耐えていた時だった。
アラームが鳴ったのだ。しかもランプは全部点いている。
どこだ? どこに居るんだ! と、ホームを見渡した時だった。目に入ってしまったのだ。





 …………いつからそこにいやがった?





 気付かなければ良かったのに視界に嫌でも飛び込んでくる。制服姿ではない私服ももう見慣れている。俺達と反対のホームで面白くもなさそうなのに何故居るんだよ。
「どうしたの、キョ…………」
 俺の視線に気付いたキョン子がそれを追う。そして、あいつを見た。
 風に揺れる黄色いカチューシャ。胸の前で組んだ腕。仁王立ちで立っている姿は否応無く周辺の注目を集めている。
「あれが……ハルヒなんだね?」
 キョン子の掴む力が強くなる。ああそうさ、あいつがこのややこしい状況を作り出した張本人、全ての現象を導き出した諸悪の根源、俺達SOS団の団長閣下であるところの涼宮ハルヒ本人だ。
「そっか、あの子が……」
 周囲の視線を集めているくせに誰も居ないかのように我関せずと佇むハルヒはさっきから電車を待ちながら時刻表を睨みつけては携帯で時間を見比べている。どうやら何か用でもあるのだろうか。
 などと思ってる場合じゃない、頼むからこっちに気付いてくれるなよ。という俺の願いはあっさりと覆された。
 ハルヒは携帯で時間を見ていたかと思うとおもむろにボタンを押しながら通話体勢に入っていた。そしてそのタイミングで携帯電話が鳴り出したのだ。誰のって? 両手が塞がっている男子高校生、即ち俺の携帯がだ。
「えっ?」「げっ!」
 俺とキョン子が同時に反応する。完全に油断していた、日曜にハルヒからの電話なんて実を言えばほとんど無かったのだ。それが何故こんな最悪のタイミングで。
 しかも俺の携帯の着信音はSOS団のメンバーならば誰でも知っている。別にいじくってもいないから最初に設定されたままだしな。そしてハルヒという女は見事なまでの地獄耳であり。
 つまりは聞き慣れた音がすぐ近くから聞こえたという事で、それに気付かないハルヒではない。やばい、と思う間も無くハルヒの目は素早く俺を捕らえ。
 驚愕に見開かれた。
 それはそうだろう、目の前にいた俺は二人の少女に腕をしっかりと掴まれているのだから。自分の顔から血の気が引いていくのが分かる、これは間違いなくまずい!
「おいキョン子、まずいぞ! 一旦離れろ!」
 とにかくハルヒは誤解する。誤解じゃ無い事にすら誤解するハルヒがこの状況を誤解しない訳が無い。むしろ誤解じゃないのだが、それだと俺はともかくキョン子が大変な目にあってしまうんだ。
 しかしキョン子は離れるどころか益々力を込めて俺にしがみ付く。何を、と言いかけて驚愕に顔が凍りついた。キョン子はなんと俺の腕をしっかりと抱えたままハルヒに向かって舌をだしてアカンベーとやってしまったのだ。
 いや、なんてことを! 遠目から見てもハルヒの肩が震えるのが分かる。そして静かに口を開いた。声は聞こえなかったが何を言ってるのかすぐ分かる。『こ・ろ・す』って怖い! ハルヒの目が怖い!
「きょ、キョン子っ! お前何てことを、」
「言ったじゃない、あたしは負けないんだって!」
 だから何を勝ち負け競ってるんだよ! って言えなかった。何故ならば、
「んっ!」
 しがみ付いたキョン子が背伸びをして俺の頬にキスをしたからだ。こんな衆人環視の前で何を、ではない。露骨にただ一人に向けての、それはキョン子の宣戦布告といってもいい行動だったのだ。
 そしてキョン子がこうすればそれに付いてくる奴が一人いる訳で。
「―――――にやり」
 にやりと口で言いながら表情に変化がない周防九曜は反対の頬に唇を押し付けた。お前までかよ?! もう驚く暇もない、目の前からは刺す気満々のオーラが俺を貫いて。
 間違いなく俺の聴覚にブチィッ! という効果音が響き渡り。
 反対のホームに立っていたはずの涼宮ハルヒの姿が消えた。正確に言おう、風を巻いて走り出したのだ。どこに? そんなもん言うまでもないだろう。
「どうするんだ! あいつ絶対ここに走ってくるぞ、逃げ切れる自信なんかないからな!」
 だがしかし、キョン子も九曜も余裕を持って笑っている。こいつらハルヒを知らないからこんなに余裕なんだ、あいつの脚力ならホームに向かう階段なんてあって無い様なものなんだぞ! 
「大丈夫だって、ねえ九曜?」
「―――――まあねえ―――――」
 何でだ、と言う必要は無かった。こいつらの余裕の理由が俺にも分かったからだ。ベルと同時にホームに滑り込んでくる車両、タイミングがいいのか承知の上でキョン子があんなことをしたのかは分からないけど。
「はい、乗った乗った!」
 ドアが開くと同時に降りてくる人たちを掻き分けてキョン子と九曜が俺を引っ張る。あまりにも都合のいい展開に神経が追いついていないままで操り人形のように車内に押し込まれて呆然と立っているとすぐにドアが閉まった。どうやら待ち時間など無しですぐに出発するようだ。
 発車のベルが鳴り響き、ここで降りた人たちがホームから改札へと向かう階段から勢いよく飛び降りてきた女がいた。ハルヒだ、ギリギリで間に合わなかったらしい。
 既に閉まっているドアを睨みつけるハルヒ。無理矢理こじ開けないかと心配になったが、さすがにそこまではやらないようだ。その代わりに滅茶苦茶睨まれてるけど。いや、視線で殺されそうなんだけど。しかし俺を抱えるキョン子と九曜が動かないので真正面にハルヒを見るしかないのであった。何だ、俺は一体どうされるんだ?
 そして電車が動き出した瞬間、キョン子ハルヒばりに指を差したのだ、ハルヒに向かって。
「絶対に負けないんだからねっ!」
 高らかに宣言したその言葉はきっとドア越しにでもハルヒに届いたに違いない。その証拠にハルヒキョン子を指差し、『覚悟しときなさいよ!』と言ったのだから。声は聞こえなかったが口の開き具合から推測して間違いはないだろう。
 ゆっくりと加速していく中で満面の笑みを浮かべたキョン子と無表情のままの九曜、そして顔面蒼白の俺を乗せたまま電車は走り出したのであった。 

 






 目的地など決めないまま乗った車内、どうにか席を確保してくれた九曜に甘えて座り込んだ俺は既に疲労困憊の極致にある。いや、疲労というより絶望に近い。なんとあの涼宮ハルヒに正面からケンカを売るような奴がいたのだ、しかも堂々と俺を巻き込んで。
 その勇気と蛮勇を履き違えたかのようなドンキホーテは嬉しそうに俺の腕にしがみ付いて頭を肩に乗せているのだが。髪から香る爽やかな匂いに普段の俺なら鼓動が早まるところなのだが今回は別の意味で心臓に良くない。やれやれとため息をつきながら幸せそうなポニーテールに話しかける。
「なあキョン子、お前何考えてんだよ?」
「なにが?」
 なにがって。子猫のように頬をすり寄せる姿は周囲の男性陣から殺意の視線を俺が受けてしまうからってのもあるが。
「お前何だってハルヒを挑発するような事をしたんだ? 知らんふりを決め込んでおけば上手く誤魔化せたかもしれないのに、あれじゃお前の顔もばっちり覚えられちまったぞ」
 最早言い訳のしようは無いだろう、ハルヒの目の前でイチャイチャとくっ付いた挙句に頬にキスをされておまけに堂々の宣戦布告ときたのだから。キョン子はまだいい、帰れば何とかなる。九曜に手を出すには長門か喜緑さんではなければダメだろう。つまりは俺に死ねと。俺だけが死ぬというフラグがここに成立したのであった。
「最初はそう思ってたんだけどハルヒの顔を見てたら我慢できなかったの」
あっさりとそう言ったキョン子は俺の肩に頭を乗せたまま、
「だってこんなに近くにいるのに素直じゃないって腹が立つんだもん、あたしは毎回九曜に助けてもらわないといけないのに。だからあたしは素直に行動してやっただけよ」
いつの間にこいつは素直デレの代表になったのだろう。というか、前提として間違っている気がする。
「その言い方だとまるでハルヒが俺に少なからず好意を抱いているように聞こえるのだが気のせいか?」
「ああ、無自覚は黙ってろ。これはあくまでハルヒとあたしの問題だから」
いや、巻き込まれてるのは俺なんだけど。それに初対面のはずのハルヒに何故そこまで敵対意識を持つんだよ。
「だから無自覚なんだから自覚してろって。多分ハルヒは分かってるから心配いらないわよ」
心配しか出来ないだろうが。というか、お前ら俺を馬鹿にしすぎてないか?
「いいのよ、お前はそのまんまで。あたし達が勝手に騒いでるって言ったほうが楽しめると思うよ? だからハルヒが追いついてくる前に一気に逃げ切るわよ!」
そう言ったキョン子の笑顔はハルヒも顔負けの百万ワットの輝きだったのだ、どうしてそんなに楽しそうなんだよ。
やれやれだ、本来ならキョン子はもう一人の俺のはずで。だったら何もない平穏な日常というか普通のデートを楽しめばいいはずなのに結局俺の元には厄介事のみが舞い込んでくる仕組みとなっている。これも非日常に慣れすぎた者同士の弊害ってやつなのか? それとも俺という人格がトラブルを求めているというのならば謹んでお断りさせていただきたいのだが。
「はあ、もう好きにしてくれ……」
いつものように諦めてため息をつくと、よろしい! とばかりの笑顔のキョン子が、
「大丈夫! せっかくだからデートを楽しみましょ? ねー、九曜」
「―――――あ―――――看板が―――――読めない―――――」
と、ここまで九曜が大人しかったのは一心不乱に窓の外の景色を見ていたからなのだが、
「いいから靴を脱いで座りなさい。ダメだろ、靴履いたまま座席に乗ったら」
何度電車に乗っても座ると行儀の悪いお子様宇宙人に悪戦苦闘しながら最終的に靴を脱がせて俺の膝の上に座らせるという前にもあったパターンを踏襲すると、
「いいな、それ」
キョン子までにじり寄ってきたので俺の膝には乗員制限があると何度も言いながら周囲で座る他のお客様(主に男性)の殺戮直前の視線を浴びつつ、結局ハルヒの件は有耶無耶に俺達は繁華街のある駅へと着いてしまったのだった。
「さーて、どこに行こうかなー」
楽しそうなキョン子が俺の腕にしがみ付く。隠れて逃げるという選択肢が無いところがこいつの恐ろしいところだな、それとも九曜に全面的な信頼を置いているといったところなんだろうか。
もうここまで来たら俺も覚悟を決めるしかない、ここからは本格的なハルヒと俺達の鬼ごっこの開始なのだから。
「とりあえず腹が減っては、だ。何か食いに行こうぜ」
繁華街の中の店にして人ごみにまぎれるか、それとも離れて隠れ家的な店を選ぶか。どちらの選択にしても時間はそんなに無いだろう、急がないと。
「分かった、それじゃあ頑張ってハルヒから逃げ切るぞー!」
だからゲームじゃないんだって。一体何を考えてるんだ、この俺のはずの女の子は。
「それじゃ急ごうか、行くよ九曜!」
「――――――――――おー」
何故かノリノリの九曜も颯爽と改札を通ろうとして。




見事に引っかかった。




「チャージ―――――不足でした――――――――――」
無表情に引っかかった九曜が立ち尽くす中でホームに電車の到着音が!
「やばい! もう次の電車が来ちゃった! 急げ九曜!」
「―――――えーと―――――財布は―――――?」
何でこんな時だけ超アナログなんだよ! 俺は九曜を抱えると、
「すいません! 乗り越ししますから!」
急いで改札で金を払い、そのまま呆然としている駅員を無視して九曜を抱えたまま、
「行くぞキョン子!」
キョン子の手を引いて走り出す。
「何でこうなっちゃうかなあ?」
「―――――わーい―――――はやい―――――はやーい―――――」
どう考えてもお前らのせいだろうがっ! なんて文句は後から存分に言わせてもらう。とにかくこの場は逃げるが勝ちだ!
こうして俺はポニーテールの少女の手を引いて、黒髪の少女を横脇に抱えながら繁華街を疾走するという羽目に陥ったのであった。


一体、このデートはどうなってしまうのだろう? その前にこれってデートと言えるのか?