『SS』 たとえば彼女か………

 さて、物語の冒頭というものは説明的なものであるべきである。
 というのも、この物語がどのようなものであるかというものを周囲に理解してもらわねば誰も見向きもしないからであり、状況を説明しないままに進む話というものは得てして読者を置いてけぼりにして尻切れトンボに終わる可能性が高いからなのだ。
 それを踏まえて今を語れば今日は日曜日である事を俺は知ってもらいたい。これを言っておかねば後々何故こうなるのかという事が理解出来ないであろうからだ。つまり日曜であるという事は今回重要なファクターなのであってこれが土曜日、ましてや平日などではいけないのだとご理解頂きたい。
 次に日曜日の重要性なのだが、これは簡単である。要は一週間の内で俺が丸々一日自由な時間があるのが日曜だけと云うだけの事だ。一般高校生は週間で二日間の休日が約束されているはずなのだが生憎と普通じゃない高校生活を送ることを余儀なくされている立場としては甘んじて土曜日を捧げなくてはならないのであって、尚且つそれは塾などという将来を考えた上での投資でもなければ趣味の為に時間を割いている訳ではない。やってることは財布の中身だけが無意味に消費される散歩である。
 おまけに今週に限ってとなるのだが土曜日は著しく体力と気力を消費する一日だったのだ。たかだかキャンディを贈るという単純な行為をSOS団の三人の女子に行う為に俺と古泉はそれこそ死にそうな思いで走り回ったのだ、『機関』の組織力がフルに活かされた結果として俺は土曜日を二回過ごした事になる。まさか日付変更線を何度も越えるくらいに飛行機に乗るとは思わなかった。
 それでもハルヒと朝比奈さんの満面の笑顔と、長門の俺にだけは分かる小さな笑みを見てしまえばやった甲斐もあったというもので、思わず古泉とハイタッチを交わすなどという暴挙も許されようというものだ。唯一の誤算といえば俺は古泉と違いSOS団の三人以外にも今年は森さんに喜緑さん、阪中にミヨキチと貰った分を返すのが大変だったというだけで、家に帰り着くと早々に眠りに着いたのであった。
 何よりも体力を温存しつつ回復しなければならない、土曜日だけで終われないのだから。むしろここからが本番かもしれないのだ、俺としては。



そんな怒涛の土曜日をどうにか無事に乗り越えた本日日曜日。
俺はジーンズにトレーナー、パーカーを羽織って足元はスニーカーというラフで動きやすい服装に身を包み、妹には見つからないようにこっそりと家を後にした。万が一にも見つかって通報されるとまずいからだ。しかし俺が居ない事を知った時点で通報の可能性もある、なので行動は迅速に行わねばならないのであった。
自然と早足になりながらも目的地は勝手知ったる処なので幾らもかからず到着する。それは何度も不思議な話を聞かされている非日常への入口とも言える公園だった。
着いたと同時に携帯を開き時間を確認する。まだ時間はあるようだけれども気持ちというのは逸るものなのだ。
「まだか…………」
俺が我知らず呟いてしまった時だった。背後から迫る圧倒的な存在感。来たか! と振り返るとそこには。





………………いつからそこにいたんだよ?




漆黒の長い髪は風に揺れることもなく周囲を覆い。
その瞳は深海のように光を通さないかのごとく黒い。
春風の温もりすらも拒否してしまいそうな白皙の顔に、身を固めている制服の色は髪と同じく黒。
さっきまで誰も居なかったはずなのに昨日から居たと言われても納得してしまいそうな佇まい。




そう、周防九曜は相変わらず俺の傍に存在しているのであった。




「―――――――――――」
「……………………………」
すまん、この沈黙までセットなのだが時間が惜しい。
「で、大丈夫なんだろうな?」
「―――なにが?」
いや、何がじゃなくて。
「佐々木とかなんとかとかは気付いてないんだよな?」
「おお――――観測対象は――――お出かけ中―――――」
そうか。冷静に考えたらそっちを追いかけないとダメなんじゃないか、こいつ? しかしそれを言ってしまえば色々お終いなので黙っておく。
「なんとかどもはどうした?」
「えーと―――――――」
九曜は本当にどうでもよさそうに、
「ググれ――――――」
と言った。
「面倒だから断る」
「―――じゃあ――――それで――――――」
こうして佐々木の観測を任務としている九曜以外のメンバーは出番を終えたのであった。最近この二人の名前をすっかり忘れてしまったのだがまあいいだろう。
「いや、橘と藤原さんだから! こっちではあたしの大事な友達なんだから雑すぎる扱いはやめて!」
うーむ、しかしここではこれが定番だからなあ。それにしても序盤からツッコミが入る展開というのも新鮮だな。
「そういう問題かなあ」
そういうもんだ。それにしても紹介よりも先にツッコミとは流石だぜ。





パステルイエローのシャツにジーンズ素材のショートパンツ。足元は俺と同じデザインのスニーカーにニーソックス。
お揃いになってしまったパーカーを羽織り、呆れて肩をすくめている瞳は少し眠そうにしている。
それでもやはりポニーテールが何よりもよく似合っているな。




そう、キョン子は再び俺の世界へとやってきたのであった。



「やれやれだわ、せっかくキョンのとこに遊びに来たのにいきなり友達をコケにされちゃって」
そこについては謝る。だが何度も言うがこっちの世界においてはお前ら程SOS団と佐々木たちには友好的な関係は築けてないんだよ。
「分かってるけど…………ちょっと寂しいかな」
ああ、すまん。別にキョン子を落ち込ませるつもりは無かったんだけどこいつはお約束ってもんなんだ。
「お前ももうちょっとはあの二人のフォローしてあげてよ、散々世話になってるんだから」
キョン子の矛先が九曜にも向けられた。まあ確かに俺はあいつらを敵だと思ってるが九曜からすれば味方のはずなんだけどな。すると九曜は無表情のままこう言った。
「――――どーもすいません――――」
「謝る気ねえじゃねえか!」
いかん、キョン子が本当に怒ってる。俺には分かったのだがキョン子にはレベルが高すぎたのだ。
「いいか九曜、お前には顔芸込みのネタは無理だ。それに前髪揃ってるけどあいつはオカッパで太っていてブサイクだからネタになるんだぞ、響は封印しておけ」
「――――残念――――」
「は? これもネタだったの?」
そういうことだ、因みにキョン子のツッコミは正解だったことも事実である。偶然とは恐ろしいものだ。
「どっちにしろあたしは怒ってるんだけどねー」
「―――いたーい―――――」
九曜がキョン子に拳でコメカミをぐりぐりされているのを見ながら本当にこいつら仲良いよなとほのぼのしそうになったのだが、冷静になればそれどころじゃない。
「おい、前フリは終わったからそろそろ行くぞ。いつまでもここにいると絶対にやばい」
そうだ、ここはキョン子の世界ではなく俺の世界である。即ちここにはハルヒ長門も佐々木もいるのだ、こいつらに見つかると意味も無く俺は酷い目に遭わされてしまうのだ。何故だ。
「本当に自覚ないのねえ」
「――――さすが―――――」
そして毎回微妙に馬鹿にされるのも何故だろう。そこはかとない寂しさを覚えつつも話は進む。
「いいから行くぞ、あいつらはこんな時は信じられないくらいに勘がいい。というか、ハルヒや佐々木の場合は望めば叶っちまうし長門の探知から逃れる方法なんか皆無だけどな」
 言いながら絶望してきた。何だ、この包囲網。キョン子がどうしてもと言うからこっちの世界でのデートとなったのはいいが障害多すぎないか?
「そこで――――――私の――――出番です―――――――?」
「疑問系じゃなくてお前の出番だ、九曜」
 キョン子の九曜に対する信頼は俺があいつに抱いているそれに勝るとも劣らない。そして応えてしまうのが宇宙人ってものなのだ。
「―――――てーててて――――ててれて――――――てんてん―――――」
 口ずさんだ効果音は非常に分かりにくいが奇天烈なものだ。前回はネコ型だったのだが出すアイテムは宇宙的なものなのだろう。ただし九曜は異次元髪の毛から出しているのだが。
「って、それ何なの?」
 そうだな、それ何でしょう? 見た目はランプが数個付いた長方形の箱型である。大きさは手のひらサイズ、他に装飾もないシンプルな懐中電灯もどきにも見える。
「―――――これは――――対象物が―――――半径十メートル以内に―――近づくと―――――――――発光する――――」
 ほう。俺とキョン子が感心する中を無表情のくせに自慢げな九曜が訥々と説明する。
「接近するごとに――――――ランプの光る数が―――――――増え――――――同時に―――――――アラームも――――――鳴るの――――――」
 素晴らしい、これであいつらの接近が分かるって寸法か。確かに便利だ、何故気配そのものを消す道具は無いのかという疑問はさておいて。
 とりあえず九曜から発信機を受け取る。今のところ変化はない、まだここは安全ってことなのだろう。
「…………ねえ、九曜?」
 感心する俺をよそにキョン子が九曜に話しかけた。それも不審そうに。何故だ?
「これってさあ、所謂鉄腕―――――」
「―――――言わないで――――」
 ああ、あの元刑事のおっさんが熱いアレか。そういやデザインもまんまパクりなような。
「――――いいじゃんか―――――便利じゃんか――――――」
 そして駄々っ子九曜は腕を振りながら、
「―――――小さいことは―――――気にするな―――――――」
 それワカチコワカチコ〜、とまあ一緒に踊ってみる。
「そこで乗っかっちゃうのは何でなのよ」
 気にするな、これも異文化コミュニケーションだ。頷く若手芸人。
「気にするわよ! とにかくギャグ禁止って訳にはいかないわけ?」
 それをやってしまえば周防九曜アイデンティティーは崩壊すると思うぞ。そんなアイデンティティーもいかがなものかと思いはするが。
「私は――――――天下を―――――取る―――――の?」
 どうだろうなあ。少なくともR-1の一回戦突破も怪しいものだ。
「――――――そう」
 あ、落ち込んだ。ちょっと可哀想だな。
「それより移動しなくていいの?」
 そうだな、幾らなんでもと思ったらいきなりアラームが鳴り出した。見ると一つランプが点いている、近くに誰か来たのか?
「やばい、行くぞ!」
 落ち込んだ九曜の手を掴んで走り出そうとすると、
「あっ! ずるい!」
 と反対の手をキョン子に掴まれる。いや、ずるいとかいう問題じゃないんだけど。
「とにかく逃げるぞ! ここから離れるんだ!」
「なんか本当に鬼ごっこみたいね」
 そんなに生易しいもんじゃないけどな。まだキョン子は知らないのだ、あいつらの能力というか俺の不幸ぶりを。こんなパターンで無事に終わった例なんか無いんだぜ? というか何でそれが定番になってるのかすら謎なのに。
 とにかく俺はキョン子と九曜の手を引いて走り出したのだ、これが慌しくも楽しい? デートの始まりだったなどとは予想していたんだけどな。
「してたのかよ?!」