『SS』 たとえば彼女で……… 6

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「あれ〜…………?」
 いつもの公園のベンチで背もたれに全身の体重を預けるような形で俺は座り込んでいた。何のことは無い、空間酔いは目を閉じていようがいまいが変わらなかったのだ。
 という事で気持ち悪い。回復するまでは動けそうもないので大人しくしていると、隣に九曜も座っていた。
「おい、九曜」
「―――――はい――――」
「どうにかならんのか、これ」
 小首を傾げる周防九曜。まあお前にどうにか出来るもんでもないよな。
「何だったら先に帰ってくれてもいいぞ、明日早いんだろ?」
 キョン子の言うとおりだったら、という事なのだがな。こっちの世界を優先しているのか向こうの世界が主なのか、今の九曜じゃ分からない。
「―――――」
 すると九曜が立ち上がった。そして俺の目の前に立つと、
「――――これを――――」
 小さな包みを差し出してきた。ある意味九曜には似つかわしくない綺麗にラッピングされたそれはまさか、
「――――有機生命体の―――――贈答の概念は――――理解出来ないけど―――――」
 あくまでも無表情に、だが瞳に冬の満天の星空のような光を込めて。
 生まれて初めて、周防九曜はバレンタインというものを経験したのであった。
「ありがとよ、九曜」
 まだ気分が悪いからまともに動けないんだけどな。どうにか包みを受け取ると、
「別に――――いい―――――それと―――――」
 何だ? って九曜がいつの間にか近づいていた。顔が近い、というか。
「んっ?!」
 いきなりキスをされていた。何があったのか分からずにフリーズした俺をよそにそっと唇が離れる。
「――――これも―――――ね―――?」
 いや、これもじゃなくて! 気分が悪いのも吹き飛んで、慌てて立ち上がったのだが。
「――――また――――」
 いや待て! せめて何か宇宙的に解説が必要だったりとか何か無いのかよ! 九曜を捕まえようと手を伸ばしたのだけれども、
「―――――負けない――――だけ――――」
空しく俺の手は空を掴んでいた。目の前に居たはずの九曜は気配ごと消えている。いきなりの九曜の攻撃に成す術も無かった俺は呆然とベンチに座り込むしかなかったのだった。
「何なんだよ、おい…………」
いや、された行為は分かってる。ただ意味が良く分からん。なんだ、勝ち負けって。
「そういうのはまず俺の意思を確かめてからにしてくれよな」
キョン子もそうだったけど九曜も九曜だ、お前らだけで盛り上がるなよな。とはいえ、ポケットに手を突っ込めば包みが二つ。どちらも中身は分かっている、そして込められた意味も。
「やれやれ」
正直なところを言えば嬉しいけどどうしたらいいのかって感じだな。周囲に女性が居ない訳でもないが、ここまで素直に好意を持たれた経験なんかは無いんだぜ。しかも相手は異世界の俺に生まれたてのお子様宇宙人ときた。
だが、そんな彼女たちに想われてるってのは悪くない。いいや、羨ましいかコノヤロウって言いたいくらいだ。非日常に暮らして宇宙人に未来人、超能力者に神様までいて、加えて異世界人と異世界宇宙人までいるなんてな。おまけに異世界人側からはモテモテだったりもするなんて。
こんな面白い状況、代われと言われても断っちまうだろ? それに当面の問題は、
「来月どうするかだよなぁ」
間違いなく財布の中身は崩壊すること確定だろう。例年に無くもらえたチョコのお返しは恐らく財政を圧迫するに違いない。まあSOS団の連中は古泉と折半で乗り越えられるだろう。
しかし問題はそこじゃない。
今日貰った二つの包み。
その答えを俺は一月で出せるものなのか? 多分無理だ、選べと言われて選べるもんでもない。
それにキョン子の態度と九曜の様子を見ても分かる、あいつらも即答えを求めていないのだろうと。それは俺が甲斐性なしだからかもしれないけどな。
「…………その時にならないとダメか」
今考えてもきっと答えは出てこない。ならばその時になってみないと分からないって事だ。朝比奈さんに訊くには少々以上にリスクの大きな話だしな。
「まったく、あいつらといると柄にも無い事ばかりだな」
でも、悪い気はしないのだ。
「さーて、どうするかなあ……」
あいつらを楽しませるにはどうしたらいい? こっちの世界で危険を承知でデートの続きでもいいかもな。俺達の世界には俺達なりに楽しめる部分もあるかもしれない、それをキョン子にも分かってもらうのもいいだろう。
まあ、答えを先送りしているだけかもしれないけどな。
益体も無い事を考えながら、俺は満天の星空を見上げていた。
それは二人の少女の瞳を彷彿とさせ、俺は笑うしかないのであった…………………












と、まあ幸せの余韻などに浸っていたのだが、いかんせん場所が悪かった。早めに帰るべきだったのだ、間違いなく。
それに気付いた時にはもう遅かったんだけど。
「おや、どうしたんですか? こんな時間に」
いきなり背後から声をかけられた時には俺の体は指一本動かせなくなっていた。あ、あれ? この声には聞き覚えがあるというか。
「さ、散歩です…………少々運動不足なもので」
「おや、昨日もSOS団は課外活動ではなかったのですか?」
ええ、そうですけど。しかも散々歩き回りましたけど。
「随分とお疲れのようですね、オーバーワークは負担にしかなりませんよ?」
いえ、疲れたのはさっきからですから。というかですね?
「何故あなたがいるんですか、喜緑さん?」
しまった、油断していたとしか言いようが無い。九曜と異世界といえばこのお方が出てくる可能性を考慮せねばならなかったじゃないか、俺のバカ!
「ああ、私はちょっと買い物に」
なに? 体が動かせないので視線だけ後ろにいくようにどうにか目を動かすと、確かに喜緑さんは袋を抱えている。だが、
「何をそんなに大量に買ったんですか?」
両腕に買い物袋をぶら下げた上に紙袋を三つほど抱えた姿は年末の買出しでも最近は見ないくらいだ。そんな大量の荷物を抱えた喜緑さんは俺に見えやすいように正面に回ってくると、
「今日が何の日かご存知ですか?」
と訊いてきた。
「聖バレンタイン・デーですか?」
「そうです、この弓状列島に於いては製菓メーカーの策略により女性がチョコレートを購入すること、男性はそれを享受する、もしくは己のプライドを賭けて自費購入したことをばれないように幾つ貰ったかを自慢する日です」
完全に偏見に満ちているが一概に否定出来ないのもまた事実だ。それにしてもバレンタインと大量の袋の関連性が見えてこない、一体袋の中身は何なんだ?
「え、全部チョコレートですけど」
 マジっすか、相当な量があるように見えるんだけど。はっきり言おう、大量の袋と言ったがその中身が全部チョコレートならば重量もかなりのものになっているはずだ。恐らく俺ならば二回、もしくは三回に分けねば全て運ぶ事は不可能だ。何よりもそれだけのチョコを入れて袋が破れていない時点で何らかの力が働いているに違いない。
「そんなに沢山のチョコレートをどうするんですか」
「ちょっとフォンデュろうかと思いまして」
 は? 何だフォンデュるって。新語か?
「知りませんか、チョコレートを湯煎して生クリームや牛乳などで緩めてからフルーツやマシュマロ、パンなどを絡めていただく料理です」
 あ、チョコレートフォンデュか。最近は少し流行っているとは聞いていたが喜緑さんまでやるとは思わなかったな。
「でも多くないですか?」
 そんなに食べるのか、喜緑さんは。
「わざわざフォンデュ用にタワーも買ったんですよ」
 レストランなんかで見かける事があるあれか? 噴水の様にチョコが流れていて、好きな具材を付けて食べるんだよな。
「高さ三mほどのやつを」
 でかっ! 極端にでかいだろ、それ。というか、喜緑さんのマンションに入るのか?
「だから大量のチョコレートが必要なのですよ」
 そりゃそうだろうな、ほぼ公園で見かける噴水と大差がないぞ。というか、
「何でそんなにでかいタワーがいるんですか?」
 いくら宇宙人が食欲旺盛といっても限界があると思うのだが。すると喜緑さんは真っ直ぐに俺を見つめ、
「それくらいないとフォンデュれないじゃないですか」
 真顔でそう言ったのだった。え? 何が? 何故そんなに俺をロックオンして見てるんですか?!
「ということで行きましょう」
 何処へ?!
「フォンデュるんですよ」
 だから何を? というか、さっきから俺に不穏な視線を向けてるのは何でなんですかーっ!
「い、いえ…………俺はもう十分ですよ? ほら、ありがたいことにチョコにも不足していませんし」
 という訳で帰らせて! だが俺の体はぴくりとも動かない。やばい、これは宇宙的な能力とかの類だ! 間違いない、俺は狙われているっ!
「き、喜緑さ、」
「フォンデュりましょう」
 だからフォンデュるってなんだーっ?! 帰らせて、頼むから無事に帰りたいんだ俺はーっ!
 そうだ、こういう時こそ俺には頼れるあいつがいるはずだ! 助けてくれ、宇宙人には宇宙人の出番だろ?
「…………」
 おお、喜緑さんの後ろから現れたその人影。アッシュグレーのショートボブに日曜日なのにも関わらず制服姿のあいつこそは。
「来てくれたのか、長門
「…………そう」
 俺達の頼れる仲間、長門大明神は今正に光臨あそばされた訳なのだが。
 えーと。
「何持ってんだ、お前?」
「フォーク」
 フォーク?
「二股で長柄のフォークの先端に食材を刺す。チョコレートは湯煎しているので熱いから距離を取るようにしている為」
 そうか。でもな?
「なんか、でかくね?」
 最初見た時にフォークだと分からないくらいには大きい。まるで槍のようだ。
「仕様」
 何の?
「フォンデュる為の」
 …………何を?
 長門の瞳が、黒く大きな瞳が。
 俺を捕らえて放さなかった。
「フォンデュる」
 フォンデュられるーっ!! いやーっ! たーすーけーてー!!




 こうして俺はフォークで襟元を刺されて吊り下げられながら長門のマンションへと連行された。
 そしてフォンデュられた。




 因みにチョコレートは『すべて』長門さんが美味しくいただきました。
 

 ……………………もうお婿に行けない…………………