『SS』 たとえば彼女で……… 4

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 さてと、腹ごなしがてらにしばし歩いた俺達なのだがそろそろ次の目的地を決めたいところだ。かといってショッピングの類はやばそうだ。今日のキョン子は遠慮が無いようだし俺も浮かれているのか、つい財布の紐が緩んでしまう。
 だったらカラオケにでも行くか、俺が歌うのはイマイチながらもキョン子の歌は聞く価値があるからな。などと思いながらもキョン子は歩いているだけでも楽しそうであるのだから、こっちから提案するよりも待ってみてもいい気がしてくる。
「おっ?」
 そんなキョン子が当ててるままで見つけたのはそれよりも頭一つは背が高い俺も見つけた人混みだった。何だってあんなところに人が集まってるんだ?
「―――――ちょいと――――ごめんよ―――――」
 そんな事を言わなくても天然ステルス機能により周囲にまったく影響を与えない九曜が迷惑をかけずに人混みを掻き分ける。というか、掻き分けられた側は何があったのか分からないままに道を開けてるようにしか見えない。俺達は折角九曜が道を作ってくれたのでありがたくその後ろを追った訳なのだが、人混みの先を見て、
「なんだこりゃ?」
 と言わざるを得ない事になる。そこは小さな広場で中心にステージが組まれていて、音響やライトなどなかなか本格的にセッティングされている。よく見ればテレビカメラまである、多分地方局だろうが大掛かりと言えば大掛かりなもんだ。まず高校生が映画を撮るというのとは違うだろう、八百屋もこれなら素直にスポンサーになりそうだな。
 などと最早黒歴史認定の思い出に浸ることもなくまんじりと舞台を眺めてみる。ざわざわとスタッフらしき人々が忙しそうにしているのでそろそろ始まるのだろうか。と、
「ところで何のイベントだ?」
「見て分かんないの? これだけ露骨だと引くぞ、普通」
 うむ、舞台は赤で統一されている。何だか薔薇とか花が彩られ、ハートをモチーフとした飾りが所狭しと飾られている。とても派手だ。
「よし、分からん!」
「…………ボケなのか? それとも素なのか?」
 いや、ボケたつもりだが。
「――――慣れないことは―――――しない方が―――――いいわよ――――」
 え、ダメ出し? しかも九曜にって。
「もっと――――声を張らないと―――――若手は前に出て――――――ナンボよ―――――」
 わーお、本人は無表情で小声のくせになんて的確な指摘なんだ。やはり芸の道は厳しいんですね、姉さん。
「――――まあね」
「いや、お前らが何処を目指してるのか分かんないから」
 心配するな、俺にも分からん。だがツッコミが頑張ってボケたらスベるというのは永遠の法則だということは証明されたんだぜ?
「証明されたくないなあ」
 ため息をつくキョン子だが、お前も俺である以上いつかは知る時が来るのだろう。その時には全力を尽くすがいい。そして、あのなんばグランド花月が、
「マジメにやらないとつねる」
 つねられた。主に太ももの裏と言える部分を。後数センチ上の部分をつねられたら俺が男として終わるかもしれないほどの力で。
 すいません、ごめんなさい。痛い、めっちゃ痛いっ! 太もも裏は我慢出来ない部分なんだぞ!
「それなら舞台を見てなさい」
 はい、分かりました。ということでステージ上には司会者と思しき男性が現れた。微妙な色の派手なジャケットというのはこういうバラエティ系のイベントの定番なのだろう、また似合う人材が必ずいるものなのだ。SOS団で言えば古泉の役割なのだが、あいつは奇妙な柄のジャケットでもそれなりに着こなしそうなのでムカつく。
 まあステージにいるのは古泉ではなく谷口なのだが。厳密に言えば谷口チックな男であって本人では無い。が、みんみんみらくる〜というBGMをバックに出てきた時点でWAWAWA〜と同類であろうことは推測される。こんな時には重宝される人材ではあるのだ、みのるんるんは。
「はい! ではバレンタイン恒例、第一回ベストカップル争奪『チョコも寒さも吹っ飛ばせ! 俺とお前の熱々ハートフルハリケーン!』を開始いたしますっ!」
 えーと、どこからツッコめばいいのだろうか? 恒例なのに第一回って何だ? 寒さはともかくチョコまで吹っ飛ばしてどうする。ハートフルハリケーンってダサっ!
 いや待て、それよりも何よりもこれをツッコまねばならないだろう。
「これ、バレンタインネタだったんだね! やっと本題出たよ! 遅いだろ! そりゃ皆、薄々気付いてたけど! しかもこんな形でバレンタインだって言っちゃっていいの?!」
 そう、今日はバレンタインなのだ。日曜で休日だからってだけではない、俺とキョン子は今日がバレンタインだと自覚した上でデートとしようと言ったのだからこうしてデートしてるのだ。
 なのでイベントに遭遇してもおかしくはない、むしろ今まで遭遇しなかった方がおかしかったくらいだろう。別に遭遇しなくてもいいのだが。だってデートは楽しいし。
 しかしキョン子が離れる気配がないので大人しく隣で見学することにしておくか。一応九曜がふらふら歩かないように手だけは繋いでおく。ステージ上では司会者がむやみなハイテンションで観客を煽っていた。
「さーて、集まってもらったカップルさん達には今から様々なゲームでお互いの愛を確かめ合ってもらいますっ! 優勝すれば豪華商品が二人のものに! 只今飛び入り参加も大募集です、我こそはと思えばステージの上に上がってください!」
 って言われて素直に上がれるほどバカップルはいないようだ。ステージには既に数組のカップルがいるが、それもどこか恥かしそうだし。テレビもあるからもしかしたらサクラかもしれん。
 とにかく司会者のテンションとは違って冷静な客席から声はかかる様子がない。こんな時には俺の知り合いならば喜び勇んで参加する奴がいるのだが、そいつはカップルでもないのに俺の手を引いて、
「はいっ! あたし達も参加しまーっす!」 
 そうそう、そんな事言いながらカチューシャを揺らして百万ワットの笑顔でステージに駆け上がるのだ。だから今も俺は手を引かれてポニーテールが揺れているなあと思いながら百万ワットの笑顔に、
「って何で俺がステージに居るんだーっ?!」
「そりゃあたしが引っ張ったからよ」
 そうなのか。それならば納得だ。
「んな訳ないだろ、何でこんなイベントに参加しなきゃならないんだよ?!」
 こういうのは眺めてバカップル乙なんて言いながら笑うからいいのであって、決して笑われる立場に立つものではない。それは俺でもあるキョン子なら当然承知のはずだと思っていたのに、
「だって、ベストカップルって言うから…………あたしじゃダメかな?」
 なんだってこいつはハルヒばりの強引さで朝比奈さんに劣らない愛らしさを醸し出しながら長門顔負けに上目遣いで甘えてくるんだよ?
 この中のどれか一つでも敵わない俺が逆らえようはずもなく、結局キョン子の隣で恥を晒すように突っ立っているしか無かった。隣で嬉しそうなキョン子を見て、やれやれとため息をつく。こいつ、俺でもあるはずなんだけどなあ……








 で、飛び入りは俺達しかいなかったのだがイベントは滞りなく進行していく。とぼけた司会者だが多少セリフを噛んだりカンペを棒読みしながらも流れそのものはスムーズだった。
 俺達が参加した競技というのは定番とも言えるお互いの思ったことをフリップに書いて一致するか、みたいなゲームだったり(ここは流石に同一人物でもあるのか正解率は高かった)、俺がキョン子の名前を叫んでその大きさを計測したり(考えてみればお互いに仇名しか知らないので言った俺も言われたキョン子もえらく恥かしかった)などとこなしたのだが、負けず嫌いの団長の下で鍛えられてしまったのかゲームが始まればそれなりに全力を尽くしてしまい、司会者にツッコミまで入れていたのでいつしかカメラは俺とキョン子しか追ってないのではないかってくらいに注目されてしまっていた。
 こうなったら段々と気分も乗ってくるものであり、キョン子の笑顔も十分力にもなったので俺としても優勝など狙ってみたくもなる。いや? 俺が優勝したくなったのだ、それでキョン子が喜んでくれるのならってな。
 そしてゲームはいよいよラストを迎える。司会者のテンションはウザく、客も呆れ顔なのだがそれでも終盤特有の高揚感にも包まれていた。
「さあああああって! いよいよこのイベント最大の山場、『耐久お姫様抱っこ』ですっ! 大事な彼女を落っことさないように彼氏は頑張ってくださいね? それではよーい、スターットォッ!」
 間抜けな声と貧相な笛の音を合図に競技は始まった。というか、いきなり脱落者が続出した。あれはない、あの笛は罠だ。俺もキョン子を落としかけたくらいだからな。
「大丈夫?」
 ああ、力は抜けかけたが大丈夫だ。一度立ち直れば伊達に北校の坂道とSOS団のイベントで足腰を使ってる訳ではない、順調に時間が経つ中で俺とキョン子は周囲の脱落をよそに順調にお姫様抱っこを継続していた。
 だが、さすがに限界はやってくる。足はまだ大丈夫なのだがずっと支え続けた腕がもうダメだ、あと少し位置をずらせばまだ持つかもしれないのだが。
 なのでじわじわと手の位置を変えようとしたのだが。
「わひゃあっ?!」
 うわっ! 耳元で叫ぶなっ! 慌てて体勢を変えてどうにかキョン子を抱えなおそうとすると、
「ひゃわぁんっ!」
 だから間抜けな声をあげるなって。
「それならあんまり動くなあ!」
 いや、それだと腕が持たないんだって。しかもキョン子が動いたおかげで腰にまで負担がかかりそうだ、何とかして姿勢を戻そうとした俺だったが、
「はにゅん」
 はあ?
「ど、どこ触ってんのよ、ばかあっ!」
 どこも何も体勢が、
「うにゃ…………ふ……ふわ………ん……」
 待て、そんな声出すな! 公衆の面前だぞ、一応!
「ら、らってぇ……キョンの手が、あっ! そんなとこ触っちゃ…………らめぇ………」
 誤解するな、俺は変なとこなんか触ってないっ! なんだこの感度のよさって、キョン子さん? 俺の頭を抱え込んじゃダメだって、それ前見えなくなるからっ!
「ふわぁん……キョ〜ン〜」
 頭を抱え込むな、胸を顔に当てるな、耳元で囁きかけるな、息を吹きかけるなーっ!! 
「って、うわああああっ!」
 あれだけキョン子に頭にしがみつかれては俺もバランスを崩してしまう。どうにかキョン子を庇うように倒れた俺なのだったが、
「…………いってえ」
 後頭部をしたたかに打って目の前を星が飛んでいった。
「いやあ、残念でしたねえ」
 いい画が撮れたとばかりに笑顔の司会者に腹が立つので、後で九曜に情報解除でもしてもらおう。完全に八つ当たりだけど構わないだろう、白石だし。
 まあそれはそれとして。
「そろそろどいてもらえないかな?」
 俺の胸に顔を埋めて幸せそうなキョン子には申し訳ないが、これ以上はギャラリーが多すぎるので勘弁してくれ。別にギャラリーが居なかったらいいという訳でも無いぞ? 言葉の綾と言うものだからな。って俺は誰に言い訳してるんだか。
「にゃ〜」
 いや可愛いのはいいから。抱きしめ返す前に離れてください、お願いします。







 などというささやかなハプニングもあったりなかったりしたようだったが現在は全ての競技が終わってカップルの皆様方と同じく結果発表を待つ俺とキョン子である。
 間抜けな司会者に似つかわしい間抜けに間延びしたドラムロール(恐らくテレビだと差し替えられそうだな)が鳴り響く中、観客も期待を込めた目で俺達を見ている。まあそうだろうな、手前味噌で悪いが俺とキョン子以上のカップルなど居なかったし。
「へへ〜、賞品なんだったっけ?」
 キョン子も既に優勝を確信していた。当たり前だ、俺達はほぼ完璧だったからな。何よりキョン子と一緒に優勝ってのも悪くない。俺も勝利を確信してのんびりと間抜けな音が終わるのを待っていた。
「さーって、それでは優勝カップルの発表です!」
 分かった、もう引きはいいからさっさと言ってくれ。これが勝者の余裕というものなのか、俺達は笑顔で司会者の次の言葉を待っていた。
「優勝は!」
 ドラムロールが鳴り終わる、いよいよか。




「セルゲイ=ハバトノスクさんと周防九曜さんです!」
「アリガトー!」
「―――おおー―――――」
「「いや、誰だそれ?!」」



 本当に誰だか分からなかった。





 騒がしすぎるくらいに騒がしかったイベントも終わり、キョン子は嬉しそうに俺と九曜の前を歩いていた。その手に携帯を持っていて、携帯からぶら下がっているストラップはさっきのイベントで貰ったバレンタイン仕様のブランド物だ。因みに俺の携帯にもまったく同じストラップがつけてある、所謂ペアなのだから当然なのだが。
「なあ九曜、本当に良かったのか?」
 優勝賞品のペア旅行を気軽に謎のロシア人セルゲイさんにあげた九曜に一応尋ねてみる。どこで知り合ったのかなどはあえて訊くまい、こいつならどうにでもなりそうだし。
「――――別に―――いい――――」
 しかし何故わざわざ参加したんだ? 確かにカップルだからキョン子と出てしまい九曜はほったらかしになっていたので悪いとは思うけど。
「ちょっとね―――――」
 まあキョン子はペアストラップで満足しているからいいが。
 と、ここで気付いた事がある。もしも俺達が優勝すれば賞品はペア旅行だったのだが貰った場合どうすればよかったんだ? 俺は九曜に頼んでしかこの世界に来ることは出来ず、それも自由に可能という訳ではない。日にちがずれてしまえば旅行は出来ないし、無理をすればキョン子にも迷惑をかけてしまう。
 それならば形として残るストラップの方が数倍はマシだ、ばれればうるさいがペアだと分からなければ誤魔化しようもある。ここまで考えてしまえば、
「まさか、それで参加してくれたのか?」
 九曜ならばどんな相手でも適当に合わせて優勝するなど朝飯前だろう。俺とキョン子が優勝して旅行を手にして困るよりも形として残るストラップを手に出来るようにしてくれたのだとすれば。
「―――――さて―――――?」
 しかし九曜は首を傾げるだけで何も答えてはくれなかった。
「おーい、行くよー」
 お前が勝手に先に行ったんだろうが。キョン子が手を振っているのに応えながら、俺は九曜の頭に手をおいた。
「ありがとな」
「―――――そう」
 小さく頷いた九曜の髪を撫でてやる。大人しく頭を撫でられている九曜が本当にそこまで考えていたのかは知らない、けれど結果としてキョン子も俺も楽しかったのだから。
「早くしないと日が暮れるだろ、行くよ?」
 戻って来たキョン子に腕を絡まれる。まあ当てるのは当然のようらしい。
「はいよ、行こうぜ九曜」
「―――――あい」
 差し出した手を九曜が握り、残り時間を惜しむように、楽しむ為に、俺達はまた歩き出すのだった。