『SS』 たとえば彼女で……… 2

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「で、どうするんだ?」
 生憎とこっちでの俺はお客様であり、見覚えのある景色ではあるが全てが同じだとは限らない。それに今日という日を鑑みれば何らかのイベントがあって然るべきなのだろうが、これまた当然のように疎いのでもあった。
 まあ女の子とこんな日に過ごすだなんて想像しても実現するなどとは思っていなかったんだけどな。SOS団のイベントではない、デートだと自覚して行動するなど普段の俺からすれば驚天動地の出来事だぜ。それでも年頃の男子としては夢に見たようなシチュエーションであることは間違いない。
まさか、二人同時にデートするなどとは思わなかったが。どれだけ恵まれてるんだ、俺。きっと来年の今頃は死んでるんじゃねえか?
「縁起の悪いこと言うなよな、来年も再来年もその先もずっとお前は無事に決まってるだろ」
それを望んでる娘がいるんだから、と言ってちょっとだけそっぽを向かれたのでその娘が一体誰を指しているのか訊く事は出来なかった。心当たりが無いとは言えないけれども、ここは開き直ってこう言うしかないだろうな。
「それはお前も、でいいのか?」
「うっ…………」
少々意地が悪かったか? キョン子はそっぽを向いたままで、
「あ、当たり前じゃない…………ばーか」
顔を見せないつもりだろうが耳元まで赤くなってれば意味が無いと思うぞ。思わずニヤけた俺の方に向き直ったキョン子は、
「でもね? も、は余計だろ。こういう時には『お前が』って言えよ、この鈍感!」
怒ったように言われてもそれは墓穴ってもんだろう。だから、「そうかい」とだけ答えた。自分で言った意味が分かったのか、キョン子も「う〜……」と言ったきり黙っちまったけどな。
「――――――へい」
はいはい、ありがとよ。お前も望んでくれてるってんだろ?
「――――時間凍結で――――永遠を――――過ごせますけど――――――」
勘弁してください、それって単に何も出来ないだけですから。伊達にその方法で三年過ごした訳じゃないんだぞ? 隣に朝比奈さんがいたにも関わらず、だ。
「残念―――――」
残念がるな、何がしたいんだよ。などと言いながら俺達はここでのルールのように電車で移動していたのであった。はっきり言ってキョン子だってばれたらまずい相手もいるのだ、主に噂話が好きなツインテールとか。それに移動で奢らなくて済むのがいい、最高です。
「ほんと、そこ拘るね」
毎週搾取されれば分かるぞ、小さなことからコツコツとなんだぜ。
「まさか、今日っていう日で全部ワリカンなんて考えてないだろうな?」
それはない、俺だって少しは考えてるから心配するな。多少の痛みは伴ったが軍資金はあるんだぜ。
「――――机の―――引き出し――――三段目の――――底の―――隠し床――――ね?」
そう、さようなら俺の真夜中の友よ。って何でお前が知っている?! それにそれだけじゃないぞ、ゲームとかマンガとかも犠牲にはしてるって! ただ一番金になったのはそっち方面だったけど。
「何の話?」
「なんでもない、金を稼ぐってのは大変なんだって事だ」
恐るべし周防九曜、こいつに隠し事は出来ないな。待てよ? 九曜でも知っているということは、まさかあいつも…………考えるのはやめよう。
とりあえず資金があるということだけ分かってもらえればいい、間違っても違法な金じゃないんだから。説明し辛くはあるんだが同性ならばご理解頂けると思いたい。
 そんな多少の焦りというかハプニングはあったものの、俺達は地元を離れて繁華街へとやってきたのであった。





「さて、まずは買い物でもする? それともお茶しよっか? あ、映画とかでもいいな」
 一気に言うな、体は一つしかないんだぞ。というか、何なんだこのハイテンション。俺の腕にしがみついたままのキョン子ハルヒも顔負けの笑顔なのだ。正直言ってこれは参る、まったくといっていいくらい反論出来る余地が無い。
「だって、ずっと楽しみにしてたんだぞ? お前は違うのかよ?!」
 抱えた腕の反対の手でビッ! と指差されてしまえば、
「楽しみじゃないはずないだろうが。そうじゃなきゃ日曜にわざわざ出てくるもんか」
 としか答えられないだろ? それに対するよろしい、と言った笑顔も含めて今日が待ち遠しかったのだから。
「だが映画はいただけないな」
「何で?」
「せっかくのお前のポニーテールが暗くて見えないのは残念過ぎる。それに画面だけを数時間見るのが惜しい、それならお前を見ながら歩くほうが数倍は楽しいと思うぞ」
「なっ?! な、な、何をそんなに恥かしい事を恥かしげも無く言っちゃうかな、こいつは?!」
 ふん、舐めるんじゃないぞ。俺は開き直ればこんな事だって言えてしまう男なのだ、普段はそんな機会が皆無なだけでデートでカッコいい事言うシュミレーションなんて欠かさないのが思春期男子の嗜みというものだ。
「――――では――――活動―――写真でも――――――」
 それも映画だ。
「―――――シネマ――――」
「それも映画ね」
「ふむ―――――――」
 さあ、どうボケるんだろう? 宇宙人の真価が問われる瞬間である。こんな真価いらないというツッコミは野暮ってもんだろう。
 しばしの沈黙の後、ついに九曜が口を開いた。
「ね、」
ネギま?! とかは却下ね」
 あ、九曜がフリーズした。何というキョン子ボケ殺し、ツッコミの最上級である。どうする周防九曜?! ここで怯めば芸人の名が泣くぞ!
「ね、」
「ね?」
「根来忍法―――――――朧分身――――――――」
「おおっ?!」
 セリフと共に九曜が八人に分身した! そして俺達の周囲を取り囲む。
「ふっふっふ――――――どれが―――――――本物か―――――分かるまいて――――――――」
 円を描いて俺達を囲む九曜。
「………………」
 キョン子がそっと足を出した。
「――――あ」
 見事に引っかかった九曜がすっころぶ。そしてコケた九曜に重なるように分身が消えていった。まあ、単純に俺達の周りを残像が残るように走っていただけというオチなのだ。
「――――いたい――――」
「アホか」
 うん、見事な連携のコントだ。しかしこれの元ネタが分かった人は結構いい年の少女漫画ファンなのは否めない。まあ本作はまだ連載中なはずだけど。
 とりあえずコケた九曜を引っ張り起こすとこれ以上暴走しないように手を繋ぐ。因みに反対の腕にはまだキョン子がくっ付いていたりもするのだが。
「ぱぱ――――――」
 誰がパパだ。
「そう見えるよ?」
「ね――――――まま――――――」
「誰がママだ!」
 お約束なボケとツッコミを挟む。
「結局どうするのよ? 映画はその、却下なんでしょ?」
 まあな。それにそんなに慌てる事も無い。
「昼飯まで適当にぶらつこうぜ、店でも冷やかしてたら時間も経つだろ」
 するとキョン子の目が輝いた。う、何か嫌な予感。
「いいの? 冷やかしじゃ済まないかもだぞ?」
 くそっ、軍資金があるなんて言わなきゃ良かった。このパターンのやり取りはウチの団長相手で散々やってきたはずじゃないか、まさかもう一人の自分であるはずの奴にまで同じようにやられるなんて思わなかったぞ。
 しかしもう遅いのだ、こうなったキョン子の瞳には敵わない。ため息をつきながら、
「お手柔らかに頼む」
 とだけ言うのが精一杯で、キョン子は嬉しそうに頷くのだった。はあ、やれやれだ。
「いっくぞー!」
 当てちゃってるまんまで腕を引っ張られ、反対の手で九曜を引っ張って。
 俺達は賑やかに街を闊歩しているのだ。






 結局、昼食を迎えるまでにキョン子に散々振り回された俺は早くも店頭に並んでいる春物のニットセーターとコットン地のスカートなど買わされてしまったのであった。いや、覚悟してたとはいえ中々の出費だぞ? だが、
「次も期待しておくように!」
 と、服を入れた紙袋を持ったキョン子に言われて頷いてしまったのだから白旗を揚げるしかないのだ。精々期待しておこう、そのくらいの特典はあってもいいんだろうからな。