『SS』 たとえば彼女で………
最初に言っておこう、今日は日曜日であると。これを認識してもらわないといけないのは、この日にしか俺に自由が無いからと云う事に他ならない。
何故ならば平日は普通に学校に行く上に放課後も部活のようなそうでないような怠惰な時間を過ごさねばならず、週休が二日となって幾久しいのにも関わらず俺の土曜日は部活の延長戦のようなそうでないような活動で一日を消費するからだ。こうして非生産的活動に終始する一週間において安息日には休養を求めるのは当然の理と言えるのではないだろうか。
では何故に俺は日曜日の朝から洗面所で鏡とにらめっこをしているのだろう? 登校時にもやらないような寝癖直しを必死にやって薄いほうだが念入りに髭など剃ってみる。勿論歯は丹念に磨いて息の臭いなんぞを気にしたりしている、マウスウォッシュでも買っておけば良かったかなんて柄にも無い事を考えながら。
そんな洗面所で悪戦苦闘している兄の姿を発見した妹が何故か嬉しそうに、
「あー! キョンくんが早く起きてるー! めずらしー!」
などと騒ぐものだから、つい頭をぽかりと叩いた。
「いったーい! キョンくんがいじめたー」
何がいじめだ、お兄さんは忙しいからあっちに行ってなさい。
「キョンくんデート?」
待て待て、お前はどこを見てデートだなどと思うのだ。休日だからって出かける前に身だしなみを整えるのは一般人としては常識だぞ?
妹の戯言に耳を傾けている暇もないので用意を整えると一応自分の持っている服では一番まともな格好をして一張羅のようなジャケットなど羽織ってみる。滅多に無い事に姿見で再度確認してみると少しは見られる顔がそこにいた。
携帯で時間を確認しながら靴を履いていると、
「ハルにゃんによろしくね〜」
またも意味不明な事を妹に言われる。だから俺が出かけると言えばハルヒとセットなのかよ。
「有希ちゃん? それともみくるちゃん?」
いや、俺にだって他に交流が無い訳でもないから。SOS団だけが俺の交友範囲の全ても無いぞ。なので、
「今から出かけることは秘密だ、男には色々と都合というものがある」
多分通用しないだろうから後で口封じの為に菓子の一つも買わねばなるまいと覚悟しながらも、妹に構う時間も惜しいので俺は家を出たのであった。いってらっしゃ〜い、と手を振るあいつが即電話などかけたらお終いだな。信じてるぜマイシスター。
今日は事情により自転車など使うことも無く何もないかのように歩いていたのだが、何時になったら出てくるんだ? あいつは。
などと思っていたら背後に気配を感じ、振り返る。
………………いつからそこにいたんだよ?
寒風にも乱れない長く多い黒髪。
静かに見つめるブラックホールのように吸い込まれそうな黒瞳。
黒に覆われて光すら帯びるような白皙の顔は表情というものを消し去っていて。
黒い制服を着ているのに寒気すら感じさせる、それなのに圧倒的に迫る存在感。
そう、周防九曜は何となく俺の傍に居たりもするものなのだ。
「――――――――――」
「…………………………」
うん、今日はこの沈黙が惜しい。だから早速話を切り出した。
「で、そっちはばれてないだろうな? 万が一佐々木の耳にでも入れば何をされるか分かったもんじゃない」
言葉ではなく直接的行為が多くなってきた気がするのは気のせいではないだろう。いつの間にか佐々木もハルヒに似てきたのだろうか、それともあれが地だとしたら中学時代の思い出に修正をかけねばなるまい。
「観測―――――対象?――――――は――――――今日も――――――――」
塾か、大変だな進学校ってのは。
「雨――――だった――――――――」
でゅわわわ〜、とコーラスを入れてから、
「長崎か!」
とツッコむ。今日も九曜は好調のようだ。軽くハイタッチを交わす宇宙人と地球人。
「それでアレとかアレも大丈夫なんだろうな?」
「えーと―――――――」
小首を傾げる九曜。こいつにとって他の未来人や超能力者とはどんな存在なのだろう。
「―――――――モブ?」
モブゆーな。一応仲間だろうが、あんなのでも。
「ああ――――――ツインテールは――――パトロールに――――――――」
組織とやらの任務か?
「ジャッジメント―――――ですもの――――――――」
うわ、微妙。違うって言い切れないとこが微妙すぎる。あいつなら佐々木の事を「おねーさまー!」と言いながら飛び掛っても不思議ではない。そうなると佐々木はコインを打ち出したりするのだろうか? もし佐々木が望めばそうなる可能性も無きにしも在らずなのだろうが、そうなれば「不幸だー」というのは俺の役目なのだろうな。うん、それやだ。
「で、もう一人はどうした?」
「―――――ギャグを――――考えたり――――――」
何で?
「ヤンキーと―――――付き合ったり―――――」
ああ、朝比奈さんか。じゃないですよ? 朝比奈さんは天使ですよ! ええ、そんな特攻服着た朝比奈さんなんて…………よく似合いそうだなあ。
「ようやく―――――全国区に――――なったのかな――――?」
ああ、そっちか。
「死ねや!」
「――――生きる――――!」
さて、これ通じるのかね? それにあいつらは二人で一組だ、お互いの名字から取ったんだろうが。
「そんな―――――FUJIWARA――――は――――さておいて―――――」
そうだな、よく持った方じゃないか? あいつらをネタにした割には。
「実際どうでもいいしな」
「ね―――――」
お約束だからな、こういうの。
「では本題だ、頼んだぞ九曜」
「あ――――い――――」
正直わくわくしているのだ、この話を聞いた時から。待ち遠しかった、とまで言えば言いすぎなのかもしれないが期待しなかったとも言えないくらいには。
そして九曜は。
携帯電話を取り出した。背中に手を入れて。というか、主に髪の毛的な部分から。いや、なんでポケットではなく髪の毛から取り出すんだよ。それに、
「どうするんだ、それ?」
電話しなければならない相手もいないだろ、とは九曜の名誉の為に言えないが。しかし九曜は携帯を開く。と、そこから何か飛び出した。アンテナではない、何だアレ?
だが九曜は俺の疑問をよそに携帯を構えると、
「一筆――――――奏上――――――」
素早く宙に携帯を走らせた。それは『開』という文字だった。一瞬だけ浮かんだ文字が消えると、何とそこに空間が広がったのだ!
「さあ―――――」
「いや、じゃなくてこんな効果今まで無かっただろ!」
なんじゃこれ、宇宙的能力だとしたら今までのは何だったんだよ?
「記念――――ですから――――――」
だから何の、と言う前に。
「いきま―――――す――――――」
って言わせろよ! とも言えずに九曜に手を引かれて空間に飛び込んでしまい、目の前が回って黒くなって俺は意識を失った。結局このパターンなんだな…………
「ようこそ―――――――」
と言う九曜の声に気付くと俺は九曜の手を握ったまま公園に立っていた。見慣れている風景ではあるが違う光景でもある、それを俺は知っている。
そして気絶している場合でもないのだ、携帯を見れば時間が迫っている。
「急ぐぞ!」
九曜の手を取ったまま、俺は走り出していた。何よりも俺がそこに行きたいのだ、空間酔いなんかしてる場合じゃない。九曜は大人しく手を引かれて、
「――――ちょうちょが――――――」
大人しく手を引かれてくれ、頼むから。
何だかんだでそこまで距離があった訳ではない。待ち合わせ場所なんて限られているし、お互いが知っているとなれば尚更だ。だから駅前までやって来たときにはもうそいつを見つけていた。向こうも分かって手を振ってくれている。
「すまん、待たせた」
「いいよ、あたしも今来たとこだし」
水色のワンピースにスカイブルーのジャケット。そんなに背伸びのしていないローファーを履いているので視線は少し下を向く。
シンプルで飾りのない、けれども清潔感溢れる爽やかな服装にいつもより眠そうじゃないはっきりと開いた瞳。
そして何よりも俺の視線を捕らえて離さない結わえられた髪。普段の数倍増しで魅力的なポニーテールは正に理想そのもので。
そう、キョン子はまたも俺を待ってくれていたのだった。
「ごめんね、九曜。また我がまま言っちゃって」
「――――――いい」
キョン子と九曜の会話は俺とあいつの会話のようで。
「俺からもすまん、わざわざ連れてきてもらったしな」
「気に―――――しないで―――――」
そう、今日の目的はこれに尽きる。俺はキョン子に会いに九曜の力で再びこの世界にやってきたのだから。
そしてキョン子と九曜は何か話しこんでいる。
「どう――――するの―――――?」
「何が?」
「私の――――役目は――――ここまで―――――」
「え、それは悪いわよ。一緒に行かないの?」
「でも―――――」
「うーん、気にしてくれるのは嬉しいけど正直恥かしいし。それに、」
「――――――?」
「言ったでしょ、用意してきた?」
「―――――これ――――――?」
「うん、えらいぞ九曜。だからね?」
「――――あい」
「話はもういいのか?」
「うん、お待たせ」
そんなに待ってたつもりはないけどな。
「そわそわしてたぞ、こっちから見て分かるくらい」
それはないだろ、と言えないような。ここにいて誰かに見つかったら、とも思ってたしな。
「ふふっ、冗談だよ。さて、行こうか」
当たり前のようにキョン子に腕を取られ、しっかりと抱え込まれた。おい、当たってるぞ。何がってささやかながらも主張をしている何かだ。主に胸部的な。
「当てたいのよ」
当ててんのよ、じゃなくて?
「そう、あたしだってあるものはあるんだって言うのよ」
そうか。いや、そうじゃなくて!
「お、お前、それって……」
返答は無言だった。少しだけ上目遣いではにかんだだけで。
それは反則すぎるだろ、何も言えないに決まってるじゃないか。結局赤い顔を見られないように背けるのが精一杯だった訳で。すると、
「お前もかよ」
反対の腕を抱え込んでぶら下がりそうな九曜を見て苦笑する。こっちは照れるというより幼さを感じてしまうな、妹がよくやってくるような。
「行くよ」
「そうだな」
「――――あい」
今日だけは特別だ、そんな日なんだ。だからこんな事があってもいい、三人でデートをするような、な。
二人の女の子に腕を引かれ、俺は異世界のデートを楽しもうと決めていたのだった。