『SS』 ある冬の日の一コマ

 さむい、さむい。俺は何をやっているんだろうね・・・。

 大陸からの強烈な寒気が日本上空に居座ってはや4日。底冷えのする日曜日の朝、俺は着膨れをして愛用のデジタル一眼を抱えながらとある駅のホーム先端で震えていた。
 あ、俺は所謂「鉄ちゃん」、「撮り鉄」っていうやつだ。久々の休み、午前通過の寝台列車を撮影しにいつもの駅に着てみれば、1本は件の寒気の影響で2日前に途中駅で大雪のため運行打ち切り、雪に埋もれている始末。残りの2本も途中悪天候でそれぞれ定時+50分、+80分との事。こんなんじゃ、家で布団に埋もれていたほうがよかったかも。
 ため息をつきながら携帯で「鉄道目撃情報SNS」を開いてチェック。遅れ幅は変わんないなぁ・・・。っと、なになに、「寝台列車の回送、○○駅−△△駅を8時20分通過。着雪極大」、これって運行打ち切ったやつじゃん。しかも「○○駅−△△駅を8時20分通過」ってここから4駅向こうじゃない。ということは・・・大体7・8分後にここを通る。
 やったぁ。帰らんで良かった、ラッキー。

 一人盛り上がっていると近郊線の電車がホームに入ってきた。そういえば来週末にこの線の旧型車両のさよなら運転があるなぁ、どこで撮影しようか・・・などとつらつら思っていると。
「ねぇ、古泉君。ここで珍しいものが見られるって、ホント?」
「ええ、知り合いから今朝早くに電話がかかって来て教えてくれました」
「さすが古泉君、副団長なだけはあるわねぇ。キョン、あんたも古泉君を見習いなさいよ!」
「へいへい、わかりましたよ、団長様。ただできれば急に集合時間を1時間も繰り上げないで頂きたいモンだな」
「ふぇぇ〜、寒いですぅ」
「・・・・・・・・・」
 騒がしい声とともに高校生と思しき男女5人組が降りてきた。カチューシャをした娘にえらくプロポーションがいい娘、ショートカットで表情が読めない娘の3人と、イケメン顔にやる気のなさそうな顔のヤローが2人。
 なんだろ、運動部ってわけではないねぇ。手ぶらだし。なんかの集まりに参加というわけでもなさそうだ。大体珍しいものってなんだ?まぁ、いいか。

 しょうもない一人脳内呟きを追い払い、ホーム上の時計に目を移せばそろそろお目当ての回送が姿を見せる頃合。カメラを構えてファインダーを覗くとはるか向こうにかすかに二つのヘッドライトの光が。来た来た。いつものパターンだったら6〜7カット行けるか? と算段をしていると。
「あれ?あそこにカメラ構えている人がいるわ。あの人も珍しいものを見に来たのかしら?キョン、古泉君、もしかして誰かに情報を漏らしたりしてないでしょうね」
「いいえ、涼宮さんに電話でお話しして団員に話した以外は言ってませんが」
「お前が集合時間を繰り上げたもんだからあわてて家を出て合流するのに精一杯だ。第一いまだに何が見れるのか聞いちゃいないぞ」
「まぁ、いいわ。あの人に聞いてみるわ」
 う、こっち来るな。こっちは撮るのにいっぱいいっぱいだ。相手なんかしてらんねー。そう言や同業のPさんも言ってたなぁ。シャッターチャンスになるとどこからともなく現れたおっちゃんやおばちゃんに「何撮ってるんですかぁ」と声をかけられたことが何回もあるって。お、見えてきたぞ。んん!?なんだ!?
「すみませ〜ん、何撮ってるんですか」
 もう来ちまってるよ。もうすぐ最初のシャッターチャンスなのに。
「何撮ってるんですかって聞いて・・・」
「わりぃ。撮り終わってから話すからちょっと待て!!」
 思わずファインダーを覗きながら叫んじまった。
「言うくらい良いじゃ・・・て、何あれ!?」
「これはこれは」
「なんだ!?」
「ふぇぇ〜」
「・・・・・・・・・」
 そりゃびっくりするわな、普通の人は。俺でもびっくりしたわ。ファインダーの中をこちらに向けて突き進んで来た回送列車は正面といわず屋根といわず雪まみれで、ついさっき雪の中から出てきたような見事な着雪状態。こんなの早々見れたものじゃないぞ。
 よし、来た!「バシャ!!」1枚。


 ズームアウトさせながら「バシャ!!」「バシャ!!」「バシャ!!」
 思い切りひきつけて「バシャ!!」これは画面から少し切れたか。
 ゴォッッー。目の前を駆け抜けていく。
 すぐに向きを変えて後撃ち(列車が行き過ぎた後の後正面の撮影)に切り替え。ファイダーの中の列車はまだ最後尾が入ってきていない。急いでズーム調整。もうすぐ最後尾が入ってくる。早撃ち、おまけに左に寄りすぎだけどまあいいか。撮影開始。
「バシャ!!」
 よし、入ってきた。シャッターボタンを押そうとして、ここで画面に先ほどの5人組のうちのショートカットの娘がファインダー内に入ってきたのに気がついた。しかもしっかりカメラ目線で。くそ!! 「バシャ!!」あわててレンズを右に振ってズーム調整。うまい具合に後ろ正面を捉えたその時、列車の屋根から大量の雪が線路に落下した。落ちた雪は線路面で細かく砕かれ、風圧で一面に舞い上がり、朝日を浴びてキラキラと輝いた。
「バシャ!!」「バシャ!!」


「きれいねぇ」
「ほほぅ」
「はぁ〜・・・」
「きれいですぅ」
「・・・・・・・・・」
 轟音を立てて朝日を浴びながら回送列車が車庫に向けて走り去っていった。

 よし、画像チェックしとくべぇ。カメラの再生ボタンをおして記録された画像を呼び出し、順に確認していく。
 すると脇から先ほど声をかけてきたカチューシャの娘も覗き込んできた。
「へぇ、撮れてるじゃない」
 当たり前だ。これで撮れてなかったら悔やみきれん。
「あんたってこういうの撮ってたんだ」
 一発勝負だから撮り始めに声かけられるのはチョット困るんだが。
「ふ〜ん・・・」
 再生を進めていくと後撃ちの2枚目、画像の左端にショートカットの娘が写りこんでいた。文句の一つでも言ってやろう顔を上げるとその娘と目が合った。その途端。・・・あの〜、腹話術か何かできるんですか? 唇が動いているようには見えなかったが、小さくしかしはっきりと声が聞こえてきた、その娘から。
「画面に割って入ってきたのは謝罪する。ごめんなさい。しかしあのまま割って入らなければ画像は左に寄ったままで雪が巻き上げられた写真は撮ることはできなかった。あなたにそれを言葉で伝えようとしても、その直前の涼宮ハルヒに対する対応を見れば受け入れられることはなかったと思われた。だから邪道ではあるが実力行使をさせてもらった。次の画像を確認するといい。いいタイミングで撮れている筈。」
 言われてあわてて次の画像を確認すると・・・。デジカメの再生画面が小さいのではっきりとはわからないが確かにいい風に撮れていそうだ。こりゃ家に帰ってパソコンで確認するのが楽しみだ。
「まぁ、ありがとな」
「いい。あと・・・」
 まだ何か?
「体調管理には気をつけるといい。あなたが明日の夜以降、インフルエンザを発症する可能性が65%ある。この後すぐに帰宅して予防措置をとらないとその危険性はさらに増加すると思われる。そうなればさよなら運転の撮影どころではなくなる。6日間は動くことが出来なくなる」
 んな、あほな。

「たしかに珍しいものが見れたわね。あ、キョン!! その人にSOS団のメアド教えといてね。さっきの写真送ってもらうようお願いしといてね! さ、次の場所に行くわよ!!」
 カチューシャの娘がイケメンとグラマーな娘とショートカットの娘を引き連れて出口へと歩き始め、ホームには俺と「キョン」と呼ばれたやる気がなさそうなヤツが残った。
「はぁ、やれやれ」
 大変そうだね。
「ええ、あいつの思いつきにいつも振り回されてますよ。いい迷惑です」
 その割には逃げ出すようなそぶりがないじゃないか。まるで尻に敷かれているみたいだぞ。
「な、なにを・・・」
「キョ〜ン、早く来なさい!!」
「わかったよ! すみません、さっき撮った写真、このアドレスに送っていただけますか?」
 ああ、判ったよ。送っとく。
「すみません。」と一言言い残して彼は皆の後を追って去っていった。
 ああいう仲間っていうのもいいねぇ。

 その後何箇所かで撮影をして帰宅したが、ショートカットの娘のご託宣どおり、翌日の夜にインフルエンザを発症、その週は自宅蟄居となったのはまた別の話。そしてさらにその後、別の場所で彼らSOS団と思わぬ形で再会するのはさらに別の話というわけだ。

 終

感想風に一言

こういう感じで写真とコラボしたSSってのもいいものですね。挿絵じゃなくて写真、しかも場面に組み込まれているというのがいい感じです。英太郎さんの次回作も楽しみです。
俺もこういうのやってみたいかもなあ(笑)