『SS』 ちいさながと・節分

 今日も今日とて放課後になればパブロフが泣いて喜ぶほど従順に旧校舎まで歩き、文芸部室の扉を開けては中で非生産的な活動に従事する俺と肩の上の恋人の長門有希の二人なのだが本日は古泉とカードゲームをやっているので久々に有希が長門との読書よりも俺の肩での観戦を優先してくれて内心では満足しながら古泉のライフポイントを削っている最中の事であった。
「そういえば涼宮さんが遅いですね、掃除当番ですか?」
 古泉が時間稼ぎのように訊いてきたので勝敗がほぼ決まったゲームを一旦中断する。とはいえ、
「いや、今日はハルヒは当番じゃないがどうせ朝倉と話してるんじゃないか」
 などと最近のハルヒにありがちな光景を思い浮かべていた。とにかく朝倉とハルヒは話が合うのか昼休みや放課後などに朝倉の席で話し込む姿が多くなった、クラスメイト(主に女子だが)の羨望の視線が集まるのは見た目だけなら完璧な美人が並んで楽しそうに話しているからだろう。憧れのなんとかだ。
 そんなハルヒなのだが、かといってSOS団を蔑ろにしているという事では無い。むしろ朝倉との会話から新たなるアイデアを捻り出してきやがるので被害は拡大しているのかもしれないくらいだ。朝倉も意図的なのかそうでないのか、大体は楽しそうに同意している。
 タチの悪いことに朝倉とハルヒが盛り上がってしまえば止められる人間は皆無なのだ。朝比奈さんや古泉にそんな力などあるはずもなく、頼みの長門ですら朝倉には甘い。当然有希もどちらかといえば協力的ですらあるのだから孤立無援に無謀な計画にツッコミを入れる役割りを一手に背負うのは俺だけなのだったりする。まあ蟷螂の斧という言葉を思い出しては嘆息するだけなのだとしても、やらないよりはマシなのだと思いたい。
 唯一朝倉の首に鈴を付けられる人物に心当たりはあるのだけれど、その方が関わった瞬間から朝倉だけではなく俺や有希が不幸な目に合うので出来ればご遠慮させていただきたいのであった。
「そうですか、ではもうそろそろ……」
 と言いながら古泉が止めを刺されるべくカードを置こうとしたところで、誰にでも分かるほどの大きな足音が複数こちらに向かってくるのが分かった。
 ん? 複数だと? ハルヒ以外に誰が、と有希に確認しようとすると、
「ごめーん! ちょっと立て込んじゃってさあ」
 けたたましい音と共にハルヒがドアを蹴り開けた。だからドアが壊れるって、文芸部室を愛する長門の眉が俺にしか分からない範囲だが潜まるのを見ていつかハルヒにはちゃんと言わないとな、と思う。聞くかどうかは分からないけど。まあドアの蝶番の交換くらいはしておいた方がいいかもしれないな。
 などと余計な事を考えている間にハルヒはずかずかと団長席に座り込み、
「みくるちゃん、お茶お願い! あ、他の連中にもね」
 と朝比奈さんに命令したのだが、他の連中って何だ? って言うまでもないな。
「あ、いいのよ朝比奈さん、お構いなく」
「すいません、朝比奈さん、いただきまーっす!」
「僕もお願いします、朝比奈さん」
 なんとも大所帯だ、朝倉に加えて谷口と国木田まで登場とは。そんなに広くない文芸部室には総勢九名もの人間(正確に言えば人間外が三人いるが)がひしめいていた。
 さて、朝倉は準団員のようなもので最近は部室に来る事も多いので分からなくはないが、国木田と谷口はどうしたのだろうか。特に谷口などはハルヒと関わりたくないとあれだけ言ってたくせに。
「ごめんね、二人に頼んじゃって」
「なーに、朝倉の頼みなら幾らだって聞いてやるって! なあ、国木田?」
「まあどうせ帰っても退屈だから構わないけど」
 苦笑する国木田を見ても分かるとおり、谷口のバカが朝倉が言ったからといってホイホイついてきたってのが正解のようだ。ハルヒもいるのだから碌な目に遭わないのは分かりそうなものなのにな、つくづく哀れな奴だ。
「ある意味では涼宮ハルヒの願望が実現していると言える。いじられ役は必要」
 そうかもな。少なくともあいつがいれば俺への被害は軽減される可能性は高い、有希もそう思ったのか俺の頭の上に乗って朝比奈さんから受け取ったお茶を大事そうに飲んでいる谷口を可愛そうな子を見るような目で見ている。
 で、朝比奈さんが丁寧に淹れてくれた緑茶を一気に飲み干したハルヒは一息つく間も無く、
「はい、そんじゃこれ!」
 机の下から何やら紙袋を取り出した。つか、いつの間に仕込んでいたんだ? そいつを谷口の目前に突きつけた。
「何だよ、それ?」
「着替えよ!」
見れば分かる通り、紙袋の中身は服か何かのようだったのだが朝比奈さんではなく谷口がコスプレ対象になるとは意外だった。当然谷口からは抗議の声が上がる。
「何で俺が、」
「ごめんね、私からもお願い」
「なーに、着替えるくらいお安い御用ってもんよ!」
非常に分かりやすいアホだな、朝倉が手を合わせただけでハルヒから紙袋を奪った谷口はその場で服を脱ぎだして、
「トイレで着替えて来いっ!」
とまあ、ハルヒに蹴り出された。哀れだとは思うが同情しにくいな、というか国木田、笑ってないで救いの手くらい差し伸べてやれ。
「ところであれって何の衣装なの?」
知らなかったのかよ。朝倉の問いにハルヒは笑って、
「見てのお楽しみよ!」
高らかに宣言なされたので古泉が楽しみですね、と言って朝比奈さんがお茶のお替りを注いだところで俺達は谷口の存在を忘れていつもの活動に終始した。精々国木田と朝倉が加わったのでゲームをやる相手が増えたくらいである、有希も普段と違って朝倉相手に俺に指示して将棋を指したりしていた。
こうして平凡な一日は無事に過ぎていったのであった。めでたしめでたし。





「って、うおぃっ! 俺の存在を無かった事にするなっ!」
ああ、そういや居たなあ。どうやら着替えたらしい谷口らしき奴が怒鳴りながら駆け込んできたのだが。
「何だ、それ?」
それはもう谷口ではなかった。上半身裸に下は虎模様のパンツ。しかも全身を赤く塗りたくり、顔には角のついたパーマ頭のお面を被っている。勿論ゲジゲジ眉毛に大きな牙も忘れてはならない。
「鬼よ!」
鬼だな。それはどう見ても鬼だった。有希に確認しても鬼だった。長門も朝比奈さんも古泉も朝倉も国木田も納得出来るレベルでの鬼そのものだった。
「だから何だ?」
この寒い中で上半身裸になって震えている鬼がどうしたというのだろうか。するとハルヒは、
「今日は何の日よ?」
得意げに言い出したのでようやく思い出す。
「ああ、節分か」
「そうよ! SOS団が総力を挙げて節分を満喫しないで誰が得をするっていうのよ?!」
恐らく満喫しても誰も得しないと思うけどな。少なくともあんな格好したバカは損しかしてないだろう。寒さに震える鬼口に朝比奈さんがお茶を出したのだがお面が邪魔で飲めないらしい。
「それで谷口を鬼にして豆でもぶつけるのかい?」
何故か嬉しそうに国木田がハルヒに訊いて、ようやく己の立場を理解したアホ口が逃げ出そうとしたのだが、
「違うわよ、鬼にそんなことしないわ」
意外すぎるハルヒの言葉にその場にいた全員が注目する。
「何を隠そう、あたしは『泣いた赤鬼』を読んで以来迫害されてきた鬼には優しく接しようと心に誓ったの。そう、あたしは鬼には優しく人には厳しい女なの」
後半はめっちゃいらんがな。それでも感心した朝比奈さんが拍手する中、
「という訳で、ささ、こちらへ」
ハルヒが先導して鬼を上座へと案内する。きっちりと何枚もひかれた座布団に鬼が正座した。
「あ、どうも」
「これ、大豆です。良かったらどうぞ」
「はあ、ありがとうございます」
「あと、冷奴と湯豆腐です。お口に合いますかどうか」
「いや、まあ。すいません」
「それと恵方巻きですね、これもどうぞ」
「わざわざすいません」
「ではあたし達は鬼さんに迷惑にならないように中庭で豆を撒いてきますのでゆっくりくつろいでくださいね」
「あ、ああ。お気をつけて」
「それじゃ行くわよ!」
ということで鬼には部室でのんびりしていただく事になり、俺達は中庭へと赴くのであった。谷口史上最も報われた瞬間ではないだろうか。
「…………そう?」
そういうことにしておこう。じゃないと可哀想で涙が出てきそうだ。あいつ、泣いてないといいけどな。





さて、色々あったがここからが本番だ。各自豆が入った枡を持ち、いざ豆を撒こうとしたのだが。
「何て言えばいいんだ?」
鬼は外はハルヒ曰く禁句なのでどうしたらいいんだろう。福は内だけ言えばいいのか?
「そうねえ、日頃の不満なんかを言えばいいんじゃない? それを追い出すってことで」
そんなもんかね。まあ鬼というものは人々の不平不満などの暗い気持ちが生み出したものであるとも聞くので間違ってはいないのだろう。以下、豆まきの際に飛び交った掛け声である。
「出番〜欲しい」
「中の人ネタは〜やめて〜」
「ホモじゃ〜ないです」
「新刊〜いつ?」
「フラクラ〜禁止」
「上映館〜少ない」
「DVD〜ばっか」
「同人誌〜減った」
「夏コミ〜落ちるかも」
「ネタが〜ない」
うん、これ以上は様々な意味でまずい。さりげなく有希が豆を古泉にぶつけているのを含めてまずい。それとハルヒは完全に俺を狙って豆を投げているが有希に当たったらどうすんだよ。なので必死に避けているから疲れてきたんだって。
「まだ言いたい事は沢山あるのに……」
いや、これ以上散らかしたら掃除も面倒だから。そう言うと長門へのお節介スキルを持つ家政婦朝倉が同意してくれたのでハルヒも何とか収まってくれた。その朝倉はだから小分けして袋に詰めておけば良かったのよ、と呟いていたがそれは主婦の発想だろ。
とにかく豆も無事撒いたところで、
「それじゃ恵方巻きでも食べましょうか。みくるちゃん、用意して」
は〜い、と健気にもハルヒの命ずるままに恵方巻きを用意する朝比奈さん。気のせいか、足音がよちよちと聞える。
「全員に渡ったかしら? 今年の恵方は西南西だからね、磁石を見て方向を間違えないように! みくるちゃん、言った傍から逆向かない!」
などとあったが全員が同じ方向を向いて恵方巻きを手に持っていた。のだが、若干一名が不満顔なのである。
「………………」
ああ、仕方ないんだって。流石にみんなが注目している中でお前の分まで恵方巻きを用意するのは朝倉や長門でも無理なんだよ。おまけに恵方巻きってのは願い事を思い浮かべながら無言で一気に食べねばならない為に有希の為に取り分ける事も出来ない。
しかもハルヒのイタズラ心なのか、俺の恵方巻きだけ長い。朝比奈さんが持っているやつの倍はあるくらい長いんだって。これ一気になんか食えるもんかよ!
「願い事は決まった? それじゃよーい、スタートッ!」
という事で、肩の上から恨みがましい視線を受けながら俺は恵方巻きを見事に喉に詰まらせた。ハルヒの爆笑を聞きながら朝比奈さんが慌ててお茶を持ってこようとしてお約束どおりに転び、俺の顔面にお茶がかかってのた打ち回る。
俺以外の周囲は大爆笑(長門の奴は動画を撮っていやがった)の最中、有希だけはまだ恨みがましい目で俺を見ていた。いや、これは俺が悪くないだろ? その前に助けて。





何だかんだで大騒ぎだったSOS団の節分も無事に終わり、長門のマンション前で解散してから帰ろうとした俺と有希を朝倉が呼び止めた。
「せっかくだから長門さんと私はもう少し節分っていうものを味わってみたいから付き合って」
というので有希も若干落ち込んでいるから気分転換にはいいだろうとお呼ばれすることにする。最早通いなれた、と表現するに相応しい長門の部屋にお邪魔すると、
「はい、これ」
朝倉は前もって用意していたのか、小袋に入った豆を差し出してきた。だから掃除は楽なんだろうけど味気ないんだって、これ。
 だが朝倉はそれでもいいのだろう、小袋を片手で弄びながら、
「涼宮さんの言う事も理解出来なくはないんだけどね? だけどやっぱり私はちゃんとしたい部分もあるのよ、有機生命体の節分ってやつ」
 元急進派だったくせに変に拘るんだよな、風習とかに。これは真面目な委員長としての属性なのだろうか? それとも長門の世話を焼き続けてお母さんみたいな感じなのかもしれない。とりあえず形に拘る朝倉としては、
「こうして鬼はーそとってね!」
 豆の入った小袋をドアに向けて投げつけたのだが。
 何ともタイミング良くドアが開かれて。
「あ」
 またタイミング悪く朝倉の投げた豆がドアを開けた人物の顔にヒットした。と同時に有希と長門の顔色が変わる。勿論俺もそうだ、何故ならば。
 さあ、考えてみよう。ここは長門の部屋である。在室しているのは俺と有希と長門と朝倉。時刻は放課後の後なのでもう夜である。
 そのような時間帯にセキュリティなら世界有数であろう長門宅へ侵入出来る者など限られている、というか俺の知る限りは一人しかいないだろ。
「ふ〜ん……」
「あ、う、あぁ……」
 恐怖のあまり顔を青ざめた朝倉が尻餅をついて後ずさる。
「あらあら、ずいぶんと面白い事をされていますね。この弓状列島における有機生命体の文化風習を実践的に学ぼうという姿勢には感心いたします」
 豆をぶつけられた宇宙人の長女役たる喜緑江美里さんは笑顔で朝倉涼子に迫ろうとしていたのであった。ああ、笑顔なんだけどもう怖すぎる。森さんといい喜緑さんといい、俺の周りには笑顔で人を殺しそうな人間多くないか?
 流石の有希も、当然長門も朝倉を助けるなんて出来そうにない。俺? 無理だ、有希を両手で抱えて庇うだけで精一杯なんだよ!
「うふふ、どうしたんですか朝倉さん? そんなに逃げなくてもいいじゃないですか」
「ひぃぃ……」
 ついに部屋の隅に追い詰められた朝倉。宇宙的な能力など微塵も感じないが、使ったところで相手が悪すぎる。というか、見た目が完全にイタズラしたのを怒られる子供なんだけど。
「ゆ、許して! わざとじゃないの、偶然だったのーっ!」
「ええ、偶然でしょうね。でも鬼は外は悲しいじゃないですか、それに周りに注意もせずにモノを投げたりしちゃいけませんって言ったでしょ?」
 言ったのか?
「聞いたことはない」
 だろうな。でも正論だし怖いから誰も言い返せなかった。なんかお姉さんはそういうの込みで怒ってらっしゃったらしい。こうなればもうおっちょこちょいな妹の運命は決まっている。
「さて、長門さん。ちょっと奥の部屋を借りますね」
「あだだだだだだだだだっっ! き、喜緑さん、痛い、いたーいっ!」
 顔面を鷲掴みされた朝倉が喜緑さんに引きずられて行くのを俺達三人は黙って見送るしかなかった。
「たすっ、助けて! 誰かーっ! あ、やめて、そこはやめてーっ!!」
 聞こえない聞こえない。
「あっ?! いや、そこ、そこはらめぇぇぇぇぇぇんっ!」
 アッー!! という朝倉の叫びを俺達は耳を塞いで聞こえないふりをした。下手をすれば明日は吾が身なのである、少なくとも有希と俺は何も見なかったことにする。



 そして俺達が三人寄り添って身を縮めていることしばし。



「うっ……うっ……うぅ…………」
 泣きながら憔悴しきった朝倉が何故かツヤツヤとしている喜緑さんに肩を貸してもらいながら戻って来た。
「お騒がせしました、何とか朝倉さんも分かってもらえたようです。今後は気をつけてくださいね?」
 爽やかな笑顔の喜緑さんにはっきりと分かるように俺達は何度も頷いた。
 ちなみに朝倉が「もうお嫁に行けない……」などと呟いていたが何をされたのだろう。聞いたら全てが終わりそうなので聞くつもりもないけど。
「さて、私が来たのはこんな事をする為ではありません。これを持って来たのです」
 そう言いながら喜緑さんが取り出したのは恵方巻きだ。
「って、俺達さっきも食べましたよ?」
「はい、ですがこれは中身を工夫してるんです。こちらがアナゴ一匹まるごと入ったもので、これはカニの足一本丸ごと入ってます」
 なんでも丸ごと入れればいいってもんでもないような。だけど贅沢ではあるよな、その証拠に長門の目が輝いている。
 ということでどうにか復活した朝倉と共に恵方巻きを食べる事となったのだけども、またも不満そうな顔を横に見る事となってしまったのだった。
「……わたしのは?」
 有希の問いかけにさしもの喜緑さんも申し訳無さそうに、
「申し訳ありません、サイズ的にどうしようもなかったのですよ。ちゃんと長門さんの分は切り分けてありますからそちらを食べてください」
 一応気を使うことは忘れない喜緑さんはちゃんと有希の分を用意してくれていたのだが、
「…………」
 有希としては珍しいほどに食べ物を前にしているテンションではない。原因は分かっている、これが巻き寿司ではなく恵方巻きであるということだ。つまりは俺達みたいに一気に長い巻き寿司を食べてみたいという訳だな、子供のようでもあり有希らしいとも言える。要するに仲間外れは嫌なのだ。
 結局俺達が恵方巻きを無言で食べている間中、有希も無言で皿の上に盛られた巻き寿司を食べていた。無言の原因は違うのだけど。喜緑さんのお手製巻き寿司は非常に美味だったにも関わらず、有希の不機嫌オーラは止まる事がなかったのだ。こんな事は早々無いんだぜ? 食べるという行為だけではない部分を有希が重要に思ってくれてるのは嬉しい反面ちょっと困るかもな。
 まあおかげで喜緑さんも大した事もせずに帰る気になったようだった。
「いえ、この後朝倉さんにお説教しないといけないので」
「ええ? また私なのー?!」
 まったくだ、何で朝倉がまた説教を喰らうんだ?
「節分の時には玄関先にイワシの頭とヒイラギを挿すのはご存知ですか?」
 そうなのか?
「そう。節分の行事は宮中での年中行事であった。延喜式をひも解くと、宮中ではこの日、彩色した土で作成した牛と童子の人形を大内裏の各門に飾ったもの。もともと、この節分の鬼を払う悪霊ばらい行事は、平安時代頃から行われている「追儺(ついな)」(矢で鬼をはらう中国の風習)から生まれた。『続日本紀』によると706年(慶雲3年)にこの追儀が始まり、室町時代に使用されていた「桃の枝」への信仰にかわって、炒った豆で鬼を追い払う行事となって行った。『臥雲日件録(瑞渓周鳳)』によると、1447年(文安4年)に「鬼外福内」を唱えたと記されている。近代、上記の宮中行事が庶民に採り入れられたころから、節分当日の夕暮れ、柊の枝に鰯の頭を刺したもの(柊鰯)を戸口に立てておいたり、寺社で豆撒きをしたりするようになった。ちなみに一部の地域では、縄に柊やイワシの頭を付けた物を門に掛けたりするところもある。これは、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うためである」
 長々と節分の説明をしてくれたのは最近解説役も板に付いてきた長門である。
「で? それがどうしたのよ、確かに私も玄関に飾りつけはしたけど問題は無いはずよ」
 自信満々に言う朝倉だが確かにこいつならきちんと用意をしてそうだ。恐らく学校に行く前にいそいそと準備をしていたに違いない、ハルヒもそうなのだが妙にマメなところがあるんだよな。
 しかし喜緑さんはそんな朝倉を見て大きな溜息をついた。
「それが駄目なんですよ、このポンコツバックアップ」
「さりげなく酷いこと言われた! 何が悪かったのよ?!」
「玄関に飾るのは鰯の頭ですよね?」
「うん」
「誰が鰯の代わりに鮪の頭を飾る人がいるんですか、おかげで見た目も不気味だし生臭いしでマンションの管理会で議題に上がりそうなんですよ」
「えっ? 嘘、せっかくだから大は小を兼ねるかなって思ったのに」
 思うなバカ。発想がハルヒに似過ぎだろうが、しかもマグロは不気味すぎる。
「ということで、この後この眉毛をしばらく説教しますのでお先に」
「あだだだだだだだだだっ! 顔! 顔はやめて! あと眉毛って言うな〜!」
 アイアンクローでがっちり朝倉を掴んだ喜緑さんが片手で軽々と朝倉を引きずって帰るのを見送ると、
「あなたも早めに帰宅するべき」
 長門が唐突にそう言った。何故だ? と聞くまでも無かったのは肩の上での黒いオーラが俺に帰る、と言わせようとした為である。
 オリジナルをお願い、と言われて無言の有希を連れて俺は帰宅の途に着いた。少しでも有希の機嫌を直そうと色々話しかけてはみたのだが全て不発に終わり、家の玄関をくぐった時にはまるでケンカしてるかのような沈黙だったのは仕方ないだろう。頑固なのは分かってるけど無視は俺だってカチンとくるぞ。
 




 と、いうことで只今冷戦中の俺の部屋である。だがいつまでも不機嫌という訳にはいかないし、今回は原因が有希自身が参加したかったという可愛い理由なので怒るに怒れないのだ。なので俺の方が折れる事にした。それにあれだけ無視をし続けたのだ、有希の方もそろそろ限界だろう。そういうとこでは甘えん坊の寂しがりやなので可愛いんだけど。
「なあ、有希」
「なに?」
 な? 返事を返してきた。ベッドの上に座る俺と正座する有希は並んでいる、隣同士でゆっくりと会話を交わすのが一番なのさ。
「今日はすまなかったな、お前のサイズを考えたら寂しい思いをさせるのは分かってたのに」
「いい。わたしも理解していながら楽しそうなあなた達を見ていたら我慢出来なかった」
 そうだよな、そんな風に感情を出してくれるようになった有希に俺は何もしてやれなかった。
「だけど巻き寿司は美味かったろ? 喜緑さんもちゃんとお前の分も用意してくれたんだから許してやってくれ」
「構わない。喜緑江美里には感謝している、勿論朝倉涼子長門有希にも」
 そう言ってくれればあいつらも喜んでくれるだろうさ。
「だけど俺は何もしてやれなかったな、すまん」
 これだけは謝っておこう、恋人なのに情け無い話だ。せめて上手い事声でもかけてやれなかったものかと後悔すら覚えてくる。
 しかし、俺の恋人は小さく首を振った。
「いい。あなたと共に節分というものを堪能出来た、あなたの傍で一緒に季節を過ごせている事はわたしにとって何よりも嬉しいのだから」
 隣に座っていた有希が俺の太ももの上に乗る。そして背中を俺に預け、
「また来年、その次もあなたと共にこうしていたい。今のわたしの願いはそれだけ」 
 小さな恋人は小さく呟いた。俺は両手で有希を包み込み、
「ずっとこうしていような、有希」
 背中と手のひらに感じる温もり。この温かさをずっと大切にしたい。
 小さな恋人の小さな頷きは俺の心を確かに温めるものであったっていう事なのだった、それだけの話さ。

































「わたしも恵方巻きを試したかった」
 そうは言うがサイズもそうだが、もう巻き寿司なんて無いぞ?
「立って」
 ん? 何でだ?
「いいから」
 はいはい、俺は立ち上がる。
「今から指示する方向に背を向けるように立って」
 はあ、何だっていうんだ? だが有希の言うとおりに俺はベッドの横で方向を変えて立った。そのまま直立状態で有希が何をするのか待つとする。
「現在あなたが背を向けているのは西南西」
 そうなのか? つまり恵方に背を向けているということになるのか。
「そう。つまりわたしが現在恵方を向いているという事になる」
 まあ俺と正対しているんだからそうなるだろうな。
「では恵方巻きを味わってみる」
 どうやってだよ。それと、
「何でズボンのチャックを降ろすんだ?」
「取り出す為」
 何を、という間もなく取り出された。
「長い、だけど」
 いや、それはそのままじゃどうしようも、
「形状をそれらしくする」
 有希の両手がああやってこうやるとそれらしくなった。
「では」
 いや、それでも結構お前には厳しいサイズじゃないか? というかお前に頬張れるレベルだと俺の自信が喪失されそうなんだけど。
「問題ない。一息に飲み干してみせる」
 それは何というか、新しい感覚だろうな、お互いに。
「そう。これは二人の為にも新しい一歩になる」
 そうか。
「では」
 お願いします。








 こうして有希は恵方巻きを頬張るという行為の疑似体験に成功し、ついでに俺達の夜は新たなるステージへと踏み出したのだがそれは別の話になる。