『SS』 長門有希の複雑 7

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 と締めることができれば穏やかに今回のお話は終結を迎えることができたんだろうけど、そこはまあそういうわけにはいかないのもまたお約束である。
 物語はまだ終わらない。
 なぜなら蒼葉さんは最大級の爆弾を一つ、落としていっていたからである。
 本人は狙ったつもりはなかったはずなのだが、涼宮ハルヒという存在を見誤っていた可能性は高い。
 ハルヒは不思議なことが起こってほしい、と願っている反面、常識を弁えているというのがハルヒの精神鑑定に関して言えば誰よりも信頼のおける古泉の談で、今現在、世界がおかしくなっていないことでそれは証明されてしまっている。。
 これが完全に裏目に出た形だ。
 そのことを翌日、知らされた。
 次の日、俺は有希を右肩に乗せ、いつも通りのハイキングコースを心行くまで満喫していたのだが、やや失礼な感はあるけど、犬も三日飼えば情が移るとでも言おうか、昨日まで、俺の隣いたあの人がいないことにとこか空虚に近い寂しさを感じていた。
 まあ、ほんのしばらくの間だけだろうけどな。これが右肩にいる有希だったりすると盛大に落ち込んでしまう自信がある。
「そう」
 そういや、お前は俺の隣歩くのと肩に乗っているのとどっちがいいんだ?
「難しい質問。わたしに答えは見出せない」
 なるほどな。どっちでもいい、ってことか。まあ、どっちにしろ俺の傍にいるって点じゃ同じだからな。
「違う。どちらでもいいのではなく、どちらもいいが正しい」
 失礼しました。
 俺は素直に頭を下げ、お詫びのしるしに、そっと有希の頬に唇を合わせる。
 傍から見ていれば、ちょっと横を向いた、ぐらいにしか映らんだろう。
 で、登頂を終え、階段を登り切れば、当然、二年五組が見えてくる。
 とと、
 見れば、ハルヒがこちらを向いて、やけに得意満面に足組んで座ってやがる。まるでSOS団設立した次の日の朝みたいな態度だ。
「何だ? 随分機嫌よさそうだな?」
「ええ、今日の気分は最高よ! あんたにも分けてあげたいくらい!」
 そうかいそうかい。で、何があったんだ?
「まだ秘密。放課後に教えてあげるわ」
 と言ってウインク一つ。
 ん? そう言えば何か今日の教室の雰囲気、昨日とは全然違うな。
涼宮ハルヒの精神状態が高レベルで維持されているため」
 だよなぁ……そりゃ文字通り地獄から天国ってレベルだもんな。
 ただ、ハルヒに関しては本当に何があったんだろう? まさかとは思うが、あの人のことを覚えているのだろうか。確か、昨夜の内に喜緑さん、朝倉、長門で大々的な情報操作をやって、あの人に関する記憶を消したはずなんだが。朝倉はともかく喜緑さんがそんなヘマするとは思えん。


 が、その『まさか』だった。
 おっと、だからと言って喜緑さんがヘマしたって意味じゃないぞ。それだけは先に言っておく。言っておかないと俺の命が危うくなる。だが可能性として一番そういうことをやりそうなのも喜緑さんである。
 もしくはあの人が「魔法使いなめんなー」とか言い出したらやばいのだが、それは昆布だけにしておいてくれ。そして有希に確認すると、
「不明。ただなめんなー、は無いと思う」
 だよな。なので戦々恐々としながら授業を過ごしたのだった。


 その日の放課後、いつも通り部室に集まり、朝比奈さんがお茶の配給に勤しむ姿を横目に捉えて、俺と古泉はボードゲームに精を出し、長門は窓際で何か歴史書っぽい、でもやっぱりタウンページのような本を読み耽っているそんな時間。
 今日は有希は俺の右肩で、将棋盤を眺めていた。が、既に古泉の王将は瀕死の危機に陥っている。といっても有希は盤を眺めながら俺の耳に寄り添っていた。
 まあ無理もない。昨日、冗談抜きで俺たちは引き離される寸前まで追い込まれたんだ。俺だって今は一分一秒でさえ有希と離れたくないさ。
 ちなみにハルヒは掃除当番だ。張り切っている時に限ってこういうのに引っかかるやつだな、そういや勝負どころで弱かったりもする。
 とはいえもうすぐ来ると思うが、
「へいお待ち!」
 だから、もうちょっとドアを労れ、という勢いで開け放ったハルヒは満面の笑顔で団長席へと向かう。素早く朝比奈さんがお茶を用意した、流石に時間があったから対応出来ている。
「あ、涼宮さん、お茶です」
「ありがとう! みくるちゃん!」
「あのぉ、何かとってもご機嫌なんですけど、何があったのでしょうかぁ?」
「ん〜〜〜?」
 一度、意味ありげに朝比奈さんに視線を送った後、即座にハルヒは団長席の椅子に立ちあがった。落ちるなよ。
「さぁて! 本日のミーティングを開催します!」
 ……ミーティングという名の電波講演だろ……
 俺はもちろん、うんざりしてハルヒへと視線を移す。もちろん、古泉も長門もだ。よそ見していようもなら何されるか分からんからな。
 もっともそれは俺と古泉と朝比奈さんに言えることであって、長門と有希は任務遂行のためだ。ハルヒの一挙手一投足には意味があるそうだからな。まあ、実際は何の意味もないことが大半だったりして、それが意味あるものに変えられるって話なのだが。
「我々、SOS団の目的を再考察します! それは宇宙人、未来人、異世界人、超能力者といった不思議な存在を探し出すことです! と言う訳で!」
 ここでハルヒは視線を窓際に座している長門に向けた。
「有希、宇宙人っていると思う?」
 それを長門に聞くか!?
「この銀河の広さは地球上に住むすべての生命体の理解力を越える。また太陽と同じ『恒星』は夜空の星に当たり、その数も計り知れない。よって、その恒星の周りを公転している惑星もまた計り知れず、地球と同じような条件下の惑星が存在する可能性は低くない。ゆえに地球上のみに生命体がいるとは言えない。つまり、宇宙人なる存在はいると考える方が妥当」
「ふっふうん♪ さすが有希ね。じゃあ、みくるちゃん!」
「は、はい!」
「未来人は?」
 おいおい……?
「ええっと……タイムマシンができて、昔に行くことができるようになればその時代の人たちが、昔に行ったら未来人になるんじゃないかとぉ……」
 苦笑満面に応える朝比奈さんですが、その回答、結構ギリギリですよ!
「超能力者はどう? 古泉くん」
 ……偶然のはずなんだがなぁ……たぶん、映画のときのキャストで聞いているだけだろう。
 と信じたい。
 見ろよ。あの古泉ですら、ハルヒには分からんかもしれんが俺には分かるぜ。爽やかさが少し引きつってやがる。
「そうですね。そもそも超能力とは人の六感を越えるものであり、言わば七感とでも言いましょうか。六感を超えるということで視覚では捉えられないかもしれませんが、見えないからと言って『無い』と否定してはいけないでしょう」
「うんうん。三人ともいい答えね! それでこそSOS団団員よ!」
 ハルヒが満足げに頷いている。
 てことはアレか? 俺には当然、
「さて、キョン異世界人は――」
 だろうな。つっても俺は否定するつもりはない。
 頭の後ろで手を組み、瞳を伏せて、とと、有希の感触を右頬に感じるのは悪くない。
 その温かさを味わいつつ、いるだろうよ、と応えようとして、
「居たわよ」
 ――!!
 ハルヒの重低音の声に、思わず弾かれて視線を移す俺。
 そこにはハルヒが腕を組み、どこかにやりとした笑顔を浮かべていた。
「……夢で見たんじゃないか?」
 俺は愛想笑いを浮かべて応える。そう簡単に遭える存在じゃないし、遭ったと確信を持って言えるとしたら夢の中だけのはずだ。
 俺と有希とTFEIの連中以外は。
 しかしハルヒの笑みがさらに濃くなった。
「そうね。確かに夢の中じゃないと逢えないかもしれないわ。なんせ宇宙人にしろ未来人にしろ超能力者にしろ異世界人にしろ、そうそう出会えるものじゃないし、世界中を探し回った上で、それでいて偶然が加わらないと発見できないレアな存在だから」
 そうだろうそうだろう。
「でもさキョン。何であんた今『夢で見たんじゃないか』って聞いたの? 普通、夢の話なら『夢でも見たんじゃないか?』だろうし、断定された時は『どこで見た』って聞くんじゃない?」
 ――しまった!
 などと自分のミスを悔やんだ俺だが表情には出さなかったはずだ。
「あたしもさ。最初、夢だと思ったのよ。だけど、夢じゃないって断言できるわ。だって、あんたと一緒に異世界人と出会った場所にいたんだから」
「俺が? それこそ夢の話だろ? 俺が今朝、お前の部屋にいたってならともかく、俺はお前の家に行っていないんだ。そもそも証拠があるのかよ。異世界人がいたって証拠が」
 なんとか軌道修正しようとする俺。見れば、古泉と朝比奈さんは戦々恐々といった面持ちである。
 何と言ってもこの二人は蒼葉さんのことは記憶から消えていても、昨日、閉鎖空間が発生したことだけは忘れていないし、その閉鎖空間がどんなものであったかはハルヒ絡みだっただけに有希たちの情報操作も受け付けず、頭にこびり付いている。しかもハルヒはあの場所を異世界と判断したんだ。こんな怖いことはない。
「しらばっくれる気? あんたさあ、不思議体験を一人占めしたい気持ちは解らないでもないけど、あたしが覚えているんだから隠す必要なんてないじゃない。そもそもSOS団は不思議なことを見つけたら皆に報告する義務を負っているのよ」
 そういや第一回市内探索でそんなことを言っていたな。
 って、ちょっと待て。何でお前の記憶に残っているんだ? 古泉と朝比奈さんの記憶からは完全に消えてるってのに。
 というわけで、横目で有希を見つめると、
涼宮ハルヒが本気で願ったことは現実になる。わたしの情報操作も受け付けない。つまり、涼宮ハルヒは『異世界人との邂逅を覚えていよう』と強く願った」
 なるほど……てことは……
「そう。向こうの世界の消失において、こちらの世界に戻る際、彼女が涼宮ハルヒの元に居たと思われる」
 そう言や、朝倉が『俺の目覚めまで多少時間がかかった』って言ってたし、考えてみれば、蒼葉さんが最初、あの場にいなかったことも変な話だ。
「いろんな話を聞いたわよ。あの人の住む世界のことや、あの人が使った超能力のことも。んで別の並行世界のあたしたちと出会った経緯いきさつも」
 ええっと、蒼葉さん。あなたはいったい何をハルヒに教えているのでしょうか?
 というかどこまで教えたんだろう。
 まさかとは思うが俺や有希のことを言ってはいないと思うんだが……少なくともハルヒの力については教えていないようだ。それはハルヒの言動に表れていた。
「ただ残念ながら名前は教えてもらえなかったけどね。『今回は偶然出会っただけで次回逢える可能性が極端に少ないし、覚える必要はない』って言われちゃってさ。でも確かにその通りで、異世界の広さとか移動方法とかを教えてもらったら、異世界に赴くなんて、ほとんど不可能だと納得せざる得なくなっちゃったのよ。たとえ覚えていたとしても逢えないんじゃ意味ないもんね」
 それを聞いて安心しようとした俺だが、ふとある可能性に気付いてしまった。遭える事がほぼ不可能、それをハルヒに言った。
 ん? ちょっと待てい! なんてことを言っているんだ蒼葉さんは!
 ひょっとして今のハルヒのセリフはアレか? 俺と有希の『俺たちのことを伝える代償として異世界トラベルを提供する』って手が不可能になったって意味になるんじゃないか?
「その通り……これは想定外……今の涼宮ハルヒの言葉はこちらの世界と異世界を繋ぐ扉をほぼすべて閉ざしてしまったことを意味する……乗り越えるには容易ではない、という次元ですまない……困難極まりない、が正しい……」
 俺よりも早く気付いた有希が悔恨の声を漏らしてやがる……
 もっとも古泉と朝比奈さんの表情はどこか安堵しているようだったがな、それは世界の安定を考えれば正解だ。だから古泉の質問は余談のようなものだろう。
「ところで涼宮さん。その異世界人とはどういった姿をしていたのでしょうか?」
「あたしも知りたいですぅ。教えてくださぁい♪」
 つーことで、あっさりこんなことも聞けるんだからな。そりゃそうだ。少なくとも異世界異世界人に関して言えば、この世界で具現化する可能性は0に近いくらい低くなってしまったんだ。この二人にとってみれば憂いの一つが無くなったって意味だ。ハルヒに「異世界に行ったり異世界人に出会ったりするのは難しくないんだよ」なんて進言するバカはいないだろう。
「あっそうか。あの人、元の世界に帰る時にみんなの記憶、消しちゃったんだね。じゃあ、古泉くんとみくるちゃんが覚えていなくても無理ないか」
 いくらなんでも蒼葉さんに、そんな情報操作をする力なんてない。似たような術で催眠とか傀儡とかは使えるそうだが、それは『覚める』ものでもあるので完全に消去することはできないそうだ。そもそも消したのは有希たちだって俺は知っている。
「え? あたしたちも会っていたんですか?」
「そうよ。先週はずっとこの部室に居たわ」
「ふぇ〜〜〜覚えていないなんて悪いことした気がしますぅ……」
「まったくです。せっかくの異邦人との邂逅だったというのに」
 朝比奈さんはともかく、古泉が本心から言っているとは全然思わん。いや? 結構こいつUFOとかに興味あるとか時間旅行に興味持ってたから実は、なんてな。
「そうねぇ。古泉くんはあの子に相当熱をあげてたし、忘れてしまっている方がいいかもしれないわね」
「そ、そうなんですか!?」
 おっとハルヒの勝ち誇ったセリフを聞いた、今の古泉の戸惑いは本心だな。
 そりゃ、自分が異世界人に恋心を抱いていた、なんて信じたくないだろう。
 もし、この場が森さんに盗撮盗聴されていたらと思うと、(古泉は)気が気じゃない。
 まあ、古泉のアレは恋心じゃなくて、別の理由で熱をあげていたんだが。『機関』としては即戦力だっただけに惜しかったことだろう。
「でも安心して。ほら!」
 言って、ハルヒは携帯のパネルを突き出した。
「あ……」「ん……」「これはこれは」「ふわぁ」「……」


 俺と有希が切なさが去来する声を漏らし、古泉と朝比奈さんが感嘆の声をあげ、長門がなんとも言えず言葉を失った、視線の先に見えるパネルには。
 もう二度と会えなくなってしまったかもしれない濃い紺のとんがり帽子とフードと魔女っ子衣装を纏った見た目中学生の両目で色の違う少女っぽい女性が、
 ハルヒ共々、とびっきりの笑顔を浮かべた魔法使いがそこに映し出されていた。


 しかし、その画像を見てしまった俺と有希に再度挑戦しようという無謀な挑戦の心が芽生えてしまったのだ。
 という訳で、確実な異世界間移動を消去されてしまった有希の違う方法での移動模索はまだまだ続く。その度に俺と有希はこことは違う、異世界とは似て非なるものである並行世界に飛び込んでしまうことが多々あったのだが、それはまた別の話だ。
 やれやれ、俺たちは本当に蒼葉さんの元へと辿り着けるのだろうか……




長門有希の複雑(完)




この物語はフィクションであり『ちいさながと』に登場する

キャラ、団体、事件、その他の固有名詞や現象、設定などとは何の関係もありません。

嘘っぱちです。どっか似ていたとしてもそれは三次創作だからです。

あ、でも『ちいさながと』はホントよ。

メロンブックスで絶賛発売中だからよろしく!

じゃんじゃん買いに行ってあげなさい。

え? もう一度言うの?

この物語はフィクションであり『ちいさながと』に登場するキャラ、団体……

ねえ蔵人さん、何でこんなこと言わないといけないのよ。あたりまえじゃないの。