『SS』 長門有希の複雑 2

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 話は進んで五時間目は体育である。体育と言えば5組、6組の合同授業。
 つっても今の有希は6組ではなく5組にいるに等しいけどな。ちなみに今日はなぜか9組も一緒だったりする。もっとも9組は半分くらいで、残りの半分は柔道だとか。古泉は柔道になっているそうだ。というわけで、この場にいない。
 ん? 何か都合がよすぎないかって? 気のせいだろ。 
 さて、今日はバレーボールだ。
「さあ行くわよ! 授業とは言え勝負事! 負けは許されないわ!」
 意気軒昂、猛々しく吠えているのはもちろんハルヒである。それを見てテンションが下がる俺の背後から暗い声が。
「よぉ、キョン。どっちが勝つか賭けねえか?」
 うわぁ、なんか疲れてんな谷口。さぞかし特進クラスは辛いのだろう。お前の成績じゃ周りもあんまり関わらりたがらないだろうしな。
 おそらく古泉経由で俺とは知り合いになっている、ということだな。映画や野球、機関誌に協力してもらった過去を変えていないと見た。有希が得意気に頷く。凄いぞ、有希。
 まあ、それはともかく。
「ほほぉ。なら俺はあっちのチームに賭けるぞ」
「って、お前なぁ……それじゃ賭けにならねえじゃねえか……」
「なら言うな」
 持ちかけてきた谷口に俺は笑いながらそう答えてやった。
 当たり前だ。賭けるチームにハルヒがいるだけでも充分、勝算ありなのに、加えて阪中と朝倉もいるんだ。これでどうやって相手チームに賭けられるというのか。
 それは前の球技大会のときに散々思い知らされている。長門がいるならまだしも長門はまた別のチームで現在、隣のコートで淡々と大活躍中だ。
 が、そんな俺の悟りをものともしなかった奴がいた。
「わたしは相手チームに賭ける。わたしが勝ったときはココ○チカレー食べ放題。許可を」
 という声が俺の右肩から聞こえてきたってわけだ。
 オイオイ本気か有希。どう転ぼうが相手チームに勝ち目なんてないだろ?
 などと苦笑を浮かべながら有希に視線を移した時、


 それは起こった。


 軽く、しかし、ややつんざくような笛の音が力強いボールの跳ねる音の後に聞こえてきて、
 はてさて……って、えっ!?
 何気なく視線をコートに移した時、俺は愕然たる思いで固まってしまったのである。
 そう、あろうことか、前衛にいたハルヒと阪中が茫然と後ろを見やり、後衛の朝倉が飛び込んだ勢いなのか、まだコートにしゃがみ込んで固まっていたのだ。
 いったい何が……?
「見て」
 有希?
 というわけで今度はちゃんとコートを見ることにする。
 ハルヒたちの相手チームのサーブ。それはまあ昔懐かしの天井サーブでもなければ、最近、常態化したスパイクサーブでもない。ごく普通の基本通りのサーブ。
 当然、バレー部所属ってわけでもない一女生徒が打ったものであるから何の威力もなく、ミスさえしなければ拾うことはそう難しくなく、またセッターに返すのもたやすいものだ。特に朝倉クラスになればな。
 というわけで、朝倉が余裕でレシーブし、寸分狂わず、しかも明らかに上げやすいようにセッターへと返し、それをアタッカーに合わせるのは当然、阪中。
 打つのはもちろんハルヒだ。
 あー……あの剛球スパイクをブロックできる奴なんざ……
「んな!?」
 乾いた力強いボールの跳ねる音がコートに響く。
 そのボールを見て、ハルヒが、阪中が、朝倉が完全に面喰ったんだ。
 というか、俺も面喰った。
「わたしが勝ったらココ○チカレー食べ放題、あなたが勝ったとき、わたしは何をすればいい?」
 有希のやけに淡々とした言葉が遠く響いているような気がするくらい、俺は今、眼前の出来事が信じられなかった。
 ハルヒの殺人スパイクを完全にブロックしたのは、ジャンプ力がとんでもなく人並み外れていたとしか言いようがなく、さっきは遠目なのと、その身長が災いして俺には全く見えなかったのだが、


 そう――若葉さんがハルヒのスパイクをブロックしたのである――


 俺は今、信じられない現実を目撃している。神様モドキ、宇宙人、未来人、超能力者がたむろしているせいなのか何なのか知らんが異次元空間と化している文芸部室でその四者と時間を共有していることに匹敵する、という訳でもないが、それでも目の前のことは信じられるものではない。
 言っておくが、ハルヒと阪中がいるだけでそのバレーボールチームは校内球技大会で優勝したのである。それに朝倉というスポーツ万能のプレイヤーが加われば、校内であれば、どこが太刀打ちできるというのか。
 にも拘らず、そんな三人がいるチームに対して、たった一人の転校生が入っているチームが互角以上を現在展開しているんだぞ。
 何なんだ? これは。
朝倉涼子も含めてあの三人の普段は『選手』、しかし、彼女は普段から『戦士』。その差は歴然。『選手』程度では、この球技ルールである六人集まろうとも『戦士』一人には敵わない」
 有希の淡々とした説明が俺の言語を取り戻す。
「『戦士』……?」
「そう。戦士とは命がけの戦いを幾度も経てきている猛者。わたしは以前、彼女の世界に迷い込んだ時、その姿を目撃していた」
 どういうことだ?
「彼女の動きにそれが表れている」
 ふと俺は愕然としたまま視線を若葉さんへと移す。
「サーブはともかく、その後の動きは『選手』のものではない。あれは一瞬の隙も見せないように、また相手の隙を突くように、どこで力を入れればいいか、そして、どんな状況からでも力を最大限に発揮できるよう、仕込まれた訓練と経験によって培われた動き。ざっとしたルールさえ覚えてしまえば充分対応可能。初心者ではあるが、物事に対する対応力は熟練者の域にある。対応力が経験不足を補って余りあるレベルを生み出す」
 確かに有希の言う通りだ。それがさらに俺の驚嘆を加速させる。
 まず、『戦士』であるが故、当然のことなのだが身体能力が半端じゃない。
 ハルヒや朝倉は女子高生としては高い方であろう70センチくらいは跳んでそうだが、若葉さんは1メートル以上跳んでいる。手足の短さと身長差をものともせず、なお、ハルヒたちのブロックの上でスパイクを打っていて、それもほとんど予備動作なしでだ。つまりスパイク時も助走をつけて跳ぶわけじゃない。セッターがあげると同時にその場から垂直飛びして、自分の最高点に達した時に仕掛けるんだ。文字通りの速攻がそこにある。
「あの動きは、相手より一瞬でも速く、という意識が為せる技。そういう思考が身体に染みついている。だから記憶を失くしていても身体が覚えているのであの動きになる」
 そして反応も半端じゃない。ボールが来る方向に瞬時と言っていいくらい素早く到達する。それもすべて予備動作なし。足のバネだけで動いている。一瞬だけ膝を曲げる以外は助走もしなければ飛び込みもしない。前衛にいるときは的確にスパイクをことごとくブロックするし、後衛にいるときのレシーブだってボールの勢いを殺すことも前方に渡すのも完璧なんだ。ミスがない。
「命のやり取りをする『戦士』は一瞬のミスも許されない。敗北はそのまま『死』に繋がるから。有機生命体であれば是が非でも『死』を避けようとするのは本能。だからバランスを崩す行動はしないし、過剰な動きもしない。そして相手に悟られるような真似もしない。プラフは別。
 ちなみに身体増強のための情報操作、言い変えて『魔法』を行使していないことは断言してもいい。なぜなら命の危険がないことが解っているから。よって身体が勝手に反応することはない。体が勝手に反応するときは危機が迫った時」
 なるほどな。朝の自転車のときは転落すると怪我するもんな。だから知らず知らずのうちに『魔法』を使っていたのだろう。
 それと、確かにハルヒ、朝倉は運動神経抜群で、阪中はバレーボール経験者なんだが、あくまでそれは『スポーツ』としての話だ。スポーツにはルールがあるし、何より命のやり取りなんてない。勝つことさえ考えればいいわけで、そこには『勢いをつける』とか『一か八か』とか『オーバーアクション』とかが存在してもさほど問題はないのだろう。
 しかし若葉さんは違うんだ。命がかかった、常に相手より一歩先ゆく『戦い』を経てきたんだ。それが『動き』だけには表れてしまう。習慣ってやつだ。これは生命の危機云々じゃなくても身体が覚えていて不思議はない。
 となれば、彼女の動きについていける『選手』なんていないよな。
 この賭け……ひょっとして俺に不利か? 降りた方がいいか?
「あなたは先ほど、涼宮ハルヒのいるチームに賭けると言った。降りたのはあなたの友人。だからあなたに降りる権利はない。勝負」
 で、でもなぁ……さすがに今の説明を聞いてしまうとだな……
「大丈夫。それでもわたしが勝てるとは限らないし、あなたが負けるとは言えない」
 どうしてだ?
「彼女以外が涼宮ハルヒたち三人を相手にするには役不足。彼女が完璧でも周りがミスする公算は低くない。おそらくもうすぐ彼女を避ける作戦を展開するはず。だから五分」
「分かった。なら勝負だ。お前がやる気を出しているのに俺が逃げたんじゃお前も面白くないしな」
「そう」
「で、お前が勝ったらカレー食い放題。俺が勝ったら――そうだな、とりあえず何も浮かばないんで曖昧になってしまってすまんが、何か一つお前が何でも俺の言うことを聞く、ってのはどうだ?」
「Good」
 よし。って、それ何てダービー・ザ・ギャンブラー?


 白熱する試合は文字通り、一進一退の大接戦。
 5点差をつけられたくらいから、有希の言うとおり、ハルヒたちは若葉さんを避ける戦術を取り始めた。
 いくら若葉さんがズバ抜けていると言っても、そこは『団体競技』。一人だけではどうにもならないこともルール内でたくさんある。
 という訳で、5点差は両チームが20点を過ぎると無くなっていたんだ。
 ハルヒは勝負に拘るところがあり、力でねじ伏せることを理想とするのだろうが、自分の想像が具現化する力を持つハルヒであろうと、その力はハルヒの常識によって抑制されており、そのセーフティーネットがついさっきできなかったことを今すぐできるようになるわけがないという結論を出したのか、『勝つことだけ』に切り替えたようである。まあ、自分たちの上から打ってくるスパイクを止めるなんてどうやったってできないだろうし、三回連続でブロックされてしまえば、ハルヒにだって若葉さんを破れないことは理解できるだろうよ。
 若葉さんが前衛にいるときはフェイント、クイック、時間差、さらにはブロード攻撃まで織り交ぜて、なんとか若葉さんを避けようとしているし、後衛にいるときは基本ブロックアウト狙いだ。しかしそれでも完璧じゃない。いくつかは阻まれることもあれば、若葉さんが後衛のときは前衛の連中は形だけのブロックに跳んで触れずに若葉さんにレシーブを任せる場面が増えてきた。そして相手チームのスパイクは全て若葉さんが担当している。バックアタックも含めてな。
 そうさ。ハルヒたち校内球技大会優勝チームに勝てる可能性がある以上、諦めるなんてことはないだろう。
 こうなると、いくら体育の授業であったとしても、ハルヒじゃなくたって熱くなるさ。ついでに試合に熱くなっている所為で、ハルヒにまったく不機嫌さは感じない。野球大会のときのように閉鎖空間を発生させてはいないだろう。
 いつの間にか、周りのコートも手を止めて、ハルヒたちのいるコートの試合を見つめている。授業とは思えないレベルの熱さがそこにあるからだ。
 大袈裟かもしれないが、オリンピック決勝戦さながらの緊張感と言ってもいいだろう。誰しも引き込まれないわけがない。むろん、俺もそうだ。おそらく賭けをしてなくても見入っていたさ。それほどまでにこの試合は必見の価値ありの熱さだ。
 ん?
「……」
 右肩の有希までもが脇目も振らず注視してやがる。それも体を小刻みに震わせながら胸の前で両拳を握り合わせて。
 現在、得点は24対24。デュースってやつだ。先に2点取って決着だな。
 サーバーはハルヒ
 よく見ればハルヒが肩で息をしてやがるし、周りもみんなそうだ。この緊張感の所為だろう。こんな展開で体力云々言う奴なんざいやしない。いや疲れなんて感じないだろうぜ。って、若葉さんだけ平静なままじゃないか。命のやり取りをする『戦士』は、スポーツでの接戦ぐらいじゃ緊張しないってか?
 張り詰めた静寂の中、ハルヒが一つ深呼吸して、助走開始。
 って、スパイクサーブ!? 無茶じゃないか、おい! さっきまでは普通に打ってただろうが!?
「はっ!」
 気合一閃! 豪快に力強い炸裂音を響かせて、ハルヒのサーブが放たれる! やや高め! なるほど、あの位置ならいくら前衛でも若葉さんは届かない!
 つっても若葉さんも振り向きながらあまり気にしていないということは、
「コート内に入っていない。勢いがあり過ぎる」
 有希が冷静に分析して、ボールが跳ねる。
 とと、危ね。ぶつかりそうだ。
 俺が避けると同時に同時に主審が手を下に向けた。
 って、イン!? 確かにライン際だったし、俺には見えなかったが有希がアウトって言ったんだぜ!?
「誤審。この試合、線審がいないことが災いした」
 な、なるほどな……ん? てことは今のを見ていた若葉さんは――あれ? 動きなし? あっさり前を向き直りましたよ?
「抗議はしない。なぜなら彼女は油断した自分が悪いと思っているから。そして、今のアウトに気づいたのは彼女の他にはわたしと『わたし』と朝倉涼子。しかし朝倉涼子が進言することはない」
 そりゃまあ自チームの不利になる真似はしないだろうからな。汚いとか言うなよ? 俺だって同じ立場だったら言わんぜ。
「というより、あなたにとってはその方が都合がいい」
 それを言うなって。
「心配いらない。この試合の誤審はこれで七回目。内、五回は私の賭けているチームに有利にはたらいている」
 ……少しでも後ろめたいと思った俺が馬鹿だった。
 で、再びハルヒのスパイクサーブだ。
 が、今度は一歩下がった若葉さんがインアウトを確認することなく拾う! しかも完全に勢いを殺してセッターに返しやがった!
 ということは――!
「くっ!」「んっ!」
 無駄だとは分かっているんだろうけどレフトにいた朝倉とセッター位置の阪中が跳ぶ! もっとも若葉さんにとっては障壁らしい障壁でもない! ブロックの上から来るからだ! ただし今回はセッターまで距離があったんで助走している!
 勢いを付けている分、高さと――威力が増す!
 強烈な炸裂音が空気を震わしボールを変形させて!
「想定内よ!」
 んな!? ハルヒがスパイクの弾道めがけて猛スピードで飛び込んできた! 助走があった分、飛んでくる方向が予測できていたってか!?
「涼子! ツーアタック!」
「あ、うん!」
 ボールがコートに触れる寸前、ハルヒは手の甲に跳ねさせ、げっ! うまいこと上がりやがった! 高くゆっくり、けど向こうまでは行かねえ!
 ――つっても、
「無駄」
 だな。朝倉の前に若葉さんがいる。どう足掻いたところでツーアタックだろうと素直なスパイクが通用するわけがない。
 二人同時に跳ぶ。
 当然、若葉さんの跳躍力が勝っているし、朝倉にはこれ以上はとても進めそうにな断崖絶壁の岩肌に見えていることだろう。
「……かかったわね」「え?」
 ん? 朝倉の奴、何か笑ってないか?
 って、その位置で空中捻りだと!? ということは――!
「涼宮さん!」
「任せて!」
 バックアタック!?
「やられた」
 有希?
「このバックアタックが真の狙い。ツーアタックとはそういう意味。朝倉涼子も理解していた。そして、彼女は朝倉涼子に合わせて跳んでしまっている。ゆえに涼宮ハルヒのスパイクを止められる手段はない。涼宮ハルヒのスパイクを止められるのは彼女だけ。涼宮ハルヒの位置はセンターよりやや右寄り。対する彼女はレフト・朝倉涼子の正面にいる」
 って、あの短い間のアイコンタクトでここまでやってのけるハルヒと朝倉のコンビが凄い。若葉さんの着地と同時にハルヒが跳んだ!
 ――!!
「……わたしも彼女の動きを甘く見ていた」
 俺や周りだけじゃない! 有希さえも目を見張ったんだ!
 そうさ! 若葉さんが着地と同時に予備動作なしの瞬発力で斜めに、ブロックに跳んだんだ! それも左手を目いっぱい伸ばして! ひょっとして届くのか!?
「ギリギリ届く。バックアタックの分距離があったのと、彼女は着地の瞬間、膝を曲げていた。その反動で距離も高さも出る」
 有希の勝ち誇ったような声が聞こえてきて、
「?」

 しかし次の瞬間、ハルヒのスパイクの勢いは殺がれることなく若葉さんの片手ブロックを弾き飛ばして26点目を刻んだのである。


 体育が終わり、俺は六組で着替えて五組に戻る。
 しかし女子の連中は、俺の隣の席の若葉さんを中心に据えて、いまだ興奮冷めやらぬ表情で誰もが盛り上がっていた。
 しかもその輪にハルヒも加わっているんだから正直びっくりだ。
 阪中に至っては熱心にバレー部への入部を勧めているし。
 まあ、そりゃそうだよな。あの熱戦を冷めて観てる奴なんざいやしないし、バレー部員なら若葉さんを欲しいと思って当然だ。どこに行っても即レギュラーになれるぜ。若葉さんならな。
「……で、何かお前から不機嫌オーラが漂っているのはどういう訳だ?」
 そう。どういう訳か、試合終了後から有希の機嫌が少し悪いのである。賭けに負けたとかじゃないと思うんだが……
「あとで説明する」
 そ、そうか……
 という訳で、六時間目が始まるまでは自分の席に戻れず、居場所のない俺は仕方がないのでトイレに行くことにした。
 とと、あれ?
 その途中、というか教室の入り口付近で朝倉とすれ違い、
「あ、キ、キョンくん。どこ行くのっ?」
「俺はトイレだが。そういうお前こそ何だってこんなところにいるんだ? あと妙にぎこちないな」
「い、いや……その……」
 ん? こいつの笑顔は朝比奈さんに負けず劣らずで、明るく見るもの全てを惹きつけるようなものだったはずなんだが、なんか引きつってるぞ?
「何か言うことは?」
 で、ここで口を挟んできたのは珍しく自発的に発言した有希だ。
「え、えっと……」
「どうした有希?」
朝倉涼子は最後の場面、情報操作して涼宮ハルヒのスパイクの球威を上げていた。これが彼女がブロックしきれなかった理由。真剣勝負の場で随分、無粋な真似をしてくれる」
「だ、だって、わたしも勝ちたかったんだもん! だから思わず……!」
「なるほど。俺が戻ってくると当然、有希が一緒にいるわけで、とりあえず六時間目が始まるまで逃げていた、ってことか」
「……」
「ホントごめん! もうしないから! 許して!」
 あー朝倉? 顔を上げてくれないか? ついでに声も潜めてくれ。しかも俺の制服の袖をひっぱりながらだと変な勘違いをされるんだけど? おもに、
「くぅぉらぁぁぁ! このエロキョンがぁぁぁ!」
 俺の諦観の予想を裏付けるか如く、いきなり飛んできたハルヒのドロップキックは俺の身体と意識を吹っ飛ばすものだった。
 しかも意識を失う直前、俺が最期に見たものは有希が朝倉の左肩に居た姿である。


 夫婦って健やかなる時も病めるときもってことで苦楽を共にするものじゃなかったか……?