取り急ぎ更新

まあ何も更新するネタがないので、とりあえず拍手お返事と『龍泉堂奇譚』でもご覧ください。

拍手コメントありがとうございます

・fishさん
>まあ荒れてたけどウチの地元は結構大丈夫でしたねえ。山間部は大変だったみたいだけど(汗)
 俺は夏が弱いのでそちらの夏の話を聞くたびに羨ましいですね。
 SSはまあああなるしかないでしょう(笑)二人の若い頃ですか? 宇宙人説ではなく普通の男女(?)でしたよ。クールというより人嫌いだった有希をキョンがゆっくり溶かしていったという感じかな。嫌な子寸前だったと思います、それをキョンが救ったのです、きっと。
 何か聞いてるだけだと興味しか湧かないな一葉茶(笑)
 うーん、経済学でいうなら日本式経済の限界だとか言われてますけど実際今勝ち組と言われている会社は日本式経済そのものなんだけどねえ。要は応用力が問われている訳であって、マニュアルを作ることから始めてるようじゃ駄目なんだと思います。
 もうそっちも寒さは引いたですかね? 雪かきなくなるといいっすね。

・紫苑さん
>あけましておめでとうございます。昨年は温かなコメントの数々ありがとうございました。
 「幸せ家族計画!2」はタイトルの通り、どれだけ家族が幸福なのかをテーマにしています。夫婦ではなく家族。子供がいて、子供も幸せで夫婦も幸せ。それも全員揃っているからこその幸福というものを考えています。ハルヒはお父さんの事が好きなんだけど素直じゃないし、お母さんがお父さんとラブラブだとヤキモチも焼いちゃいます。ちょっと違うのはお母さんにヤキモチじゃなくてお父さんにってとこかな、お母さん大好きっ子なのです。でも娘ってそんなもんですよね、仲良し親娘って可愛いです。そんなハルヒに和みながらも有希を取られてちょっと悔しいお父さんも可愛い。とにかく幸せをかみ締めてもらいたいのです。
そうですね、小さい頃のふれあい動物園って恐怖と隣り合わせだった気もします。鳥に襲われた事あるよ(汗)ちなみにウォンバットに触れる動物園も本当にあるのです。
次回も思い出したりたまに見かける仲良し家族なんかを参考にしたり(笑)で頑張ろうと思います。今年も龍泉堂をよろしくお願いしますね。

・長文コメント大歓迎! 読むだけで楽しいです。色々読んでもらえて嬉しいなあ。拍手だけでも十分嬉しいですよ。
・拍手お礼は十種類。一気に代えようと思うと大変だなあ。

龍泉堂奇譚

 其は遠き昔の事。豊前の国(現在の福岡県)の北端の小さな村に小さな泉が一つあった。
 別段山中などでは無い平地から滾々と湧き出で足る泉は清らかなる清水を湛えていたのだが、水に困る土地柄でも無かった村の者にとっては取るに足らないものであったのは否めない。ただ珍しき事もあるものよ、と周囲を取り囲みては眺めるだけであった。
 とある時の事である。旅から旅へと流れたる一人の僧侶が泉を見て一言、
「此処にあるは竜の住みたる泉なり」
 と述べた。半信半疑なれど確かに竜など居てもおかしくは無かろうと村人は思い、ならば竜を奉ろうとしたのだが僧はそれを制止、
「人に仇名す者でも無ければ利を生む輩でも無し。ほうたらかしにするがよかろう」
 などと言って飄々と立ち去ってしまった。残された村人達はそれでも何かしておいた方がいいだろうと泉の傍に小さな祠を立て、それを管理する者を置く事とした。
 丁度その頃、村外れに一人の男が居た。男は評判のものぐさであり、仕事など何もせずに日々寝て暮らしていたのでついでに押し付けようと祠の番としたのであった。
 すると男は何を思ったか祠の横に自力で小さな堂を建てるとそこに住み込み、日々甲斐甲斐しく泉の番を始めたのである。泉の畔に畑など作り、自給自足で暮らし始めた男を見て村人は少しはご利益もあったものよと囁きあった。
 しかし泉のご利益とは男の心変わりだけに留まらなかったようで、何時しか男の傍に一人の女が寄り添うようになっていた。それも見目麗しき色白の美人である。何処から流れたかは不明なれど、さるやんごとなき家の息女ではないかと噂される程に美しい美女であった。
 それが男の元で暮らし始め、やがて夫婦となって仲睦まじく祠を守り続けたのである。さても竜のご利益というには過ぎたるものよと村では評判になったが、それでも村全体に何か大きな出来事があったという訳でも無く、いつしか祠は男の住む堂と同じくされて『龍泉堂』と呼ばれるようになった。











 さて、話は現在。時代は過ぎ、泉は小さな沼となっている。それも周辺は住宅地に囲まれていて、沼と小さなお堂の周辺だけが緑に囲まれているという奇妙な光景と化していた。
 そのお堂の周辺を竹箒で掃きながら、龍堂有希(りゅうどう ゆうき)は高校二年生にして己の運命を嘆いているのであった。
「あーあ、なんで朝っぱらから掃除してるんだ、あたしは……」
 それというのも幼き頃から祖母に「龍泉堂の護り人」としての任命を受けていたからに他ならない。まだ有希が幼稚園に通っていた時からお祖母ちゃんは頭を撫でて、
『有希は龍堂の家の直系として龍泉堂を大切に守っていくんですよ』
 と繰り返し言い続けてきてくれたのである。幼心にお祖母ちゃんに喜んでもらおうと頷きながら幼少期を過ごした有希は思春期を迎えた時になってようやく自分が無茶な約束をしてしまった事に気がついたのであった。
 大体龍堂の直系ならば龍泉堂の護り手は母のはずである。それがどうしてなのか、母は土地建物の名義人ではあっても管理者ではないと言う。何故なのかと母にも祖母にも訊いていたのだが、龍堂の家の事だからという訳の分からない理由で誤魔化された。
「うぅ、この後遊びにでも行こうかなあ……」
 中学生の頃から友達と遊ぶ時にもお堂の手入れを優先してしまう自分に違和感を感じ、高校生になってからそれは顕著になっていった。まず休日の朝に早起きしてまでこんなかび臭いお堂の掃除をしている同級生はいない。
 それでも自然と目が覚めてここへと足が向いてしまうのは最早インプリンティングされた習性と言っても過言ではなかった。何だかんだで一日のローテーションに組み込まれてしまっているのだ、やらないと気持ちが悪い。そんな自分が少しだけ嫌いだ、でもサボる自分はもっと嫌いなんだろうなあ。有希はそんな事を思いながらとりあえずの清掃を終えた。
「ふぅ、これでよし、と」
 お堂の中も拭き上げたし、泉の周辺も掃いた。綺麗になったのを見ると満足してしまうのは致し方無いのだろうか、骨の髄まで染まっている事にはまだ気付いていない有希なのだった。
「おーい、金八ーエサだぞー」
 掃除を終えた有希は泉とは言えなくなりつつある沼の中に声をかける。すると一匹の金魚が浮かんできた。というか、金魚というには些か巨大に過ぎる。
 これは有希が小学生の時にお祭の縁日で初めて掬った金魚である。嬉しかった有希は金魚に「金八」というあまりにアレな名前をつけると、そのまま泉に放してしまったのである。ところが金八は余程丈夫だったとみえ、泉に馴染んだどころかスクスクと成長して、気付けば体長も二十センチ近くの巨大な金魚となったのであった。しかもあれから未だに健在である、縁日の金魚としては異常なまでの長寿となってしまっていた。
 そんな金八にエサをあげる事が有希の日課兼楽しみの一つである。池の鯉にエサをやるのと同様に金八が大きく口を開けてエサを飲み込むのを眺めながら、有希はこれはこれでいいのかな、などと思っていたのであった。すっかり高校生とは思えない落ち着きようである。
「さーて、それじゃこれから誰か誘って……」
 金八の食事を見終えた有希が大きく背伸びをしたその時だった。
 一陣の風が駆け抜けた。
「キャッ!」
 思わず目を押さえた有希が次に目を開いた時、そこに一人の男が立っていた。
 見た目は若い、下手をすると有希と同世代かもしれない。底の厚いブーツに古ぼけたジーンズ、洗いざらしのシャツに黒いジャケットを羽織っている。真っ赤なリュックを背負ったその男はまるで以前からそこに居たかのように妙に爽やかな笑顔で立っている。
「よう、ただいま」
 男は軽く手を挙げて有希に挨拶を交わした。のだが、有希は当然見ず知らずである。
「ええと、どなた様ですか?」
 それでも龍泉堂にはたまに勘違いした人がお参りに来たりもするので出来る限り丁寧な対応を心掛けた。一応は護り人なのだという自覚はあるのだ、不本意であっても習慣は治らない。
 しかし男は有希の問いかけを軽く無視すると、
「ほう、今の護り手はえらく若いな。しかも女か、これは重畳」
 にこやかに笑っているが言っている内容は意味不明。言葉遣い何か古いし。これはヤバめの人じゃないの? というか、こんな時間から此処に来ている時点でヤバイ人ではないだろうか。
 そう考えたらニヤけた面がもう怪しい。今更ながら有希は後ずさる、か弱い乙女が一人で人気の無いお堂にいるのだ。これって貞操の危機ってやつなんじゃない? などと錯乱した頭で携帯電話を取り出して警察を、と思いながらポケットを探っていると、
「とはいえ久々に帰ってきたら随分とこの辺りも様変わりしたもんだ、我が住まいもここまでとはなあ……」
 男はとことんまで有希を無視した挙句に沼を覗き込んで溜息までついてみせたのである。いや、別に安心はしたけどここまで完全に無視されるのも何となく腹が立つ。有希は苛立って男に問い詰めようとしたのだが、
「あれ? 金八?!」
 有希がエサをあげる以外では滅多に姿を見せない金八が急浮上してきた事に驚いた。特に最近は年のせいか浮上するだけでも大変そうなので心配していたのに。しかも男は金八を見て、
「なんじゃ、お前が今はここの主面か。まあいいや、別にお前なんぞに危害をかける程細かくは無いぞ」
 何だか会話している。有希も金八に話しかけているが返事を期待している訳では無い。たまに応えてくれているようだと嬉しくなるだけだ、あんな風に成立前提で話しかける程壊れてはいない、はずだ。
 本当にこの人はヤバイんじゃないか? 有希は一気に不安になった。まだ何もしているというのではないが警察には通報した方がいいのかもしれない、携帯を取り出した有希は番号を押して通話ボタンを押す。つもりだったのだが、
「はあああ?!」
 目の前で起こっている事態に目を奪われてそれどころではなくなってしまった。だって人が、さっき金八に話しかけた男がいきなり沼に向かって歩き出したかと思ったら水の上を歩いている。
 夢ではない、手品でもない、と思う。だけど水の上を普通に男は歩いているのだ、もう電話どころではない。呆然とする有希を尻目に男は沼の中央まで歩くと、
「まったく、周囲は手入れしても肝心の泉がこれでは意味がないだろうが。龍堂の家は何をやってたんだか」
 呆れたように呟くと、
「まあ人に出来る事は限られてはいるからな、留守にしすぎた俺にも一因はあろうかと言うものよ」
 その場で足踏みを始めたのである。まるでそこに地面があり、踏み固めているように。それとも、地面を揺り動かそうとしているかのように。有希はただ見る事しか出来ない、何をすればいいというのだ。
 しばらく足踏みを繰り返していた男だったがやがて、
「おい、龍堂の」
 有希に声をかける。ふいに話しかけられた有希は「ひゃい?」と間抜けな声をあげるしかなかった。
「いや、そこから避けた方がいいぞ。女子だから汚れたくはなかろうて」
「はあ? 一体何を、」
 最後まで有希が話すことは許されなかった。男が右足を振り上げ、
「ホッ!」
 と一声で足を振り下ろして水面を叩くと、巨大な水柱が立ち昇ったのだ。これだけの量の水があったのかと思うほどに沼のほぼ直径の大きさで空高く昇る水柱。
「キャアアアアアアアッ!!」
 水飛沫から逃げるように有希は全速力で後ずさった。後ろを向けないのは恐怖と好奇心からだ、あの水柱はどうなってしまうんだろう。
 しかし不思議な事にこれだけ巨大な水柱なのに飛沫は少ないかもしれない、冷静に距離を置くとそう思えるのだ。有希は我を忘れて水柱の行方を追うしかなかった。すると、
「危ないぞー」
 水柱の中から男の声が聞こえたかと思うと、上が見えない水柱から何かが降ってきて。
「うわあああっ?!」
 慌てて飛びのいた有希のすぐ間近でベチャッ! という音と共に巨大な塊が落ちてきた。
「な、何……?」
 よく見るとそれは泥の塊だった。所々にゴミが見える、ということは、
「泉の底に溜まっていた泥だよ、まあ経年の割には少なかったがな」
 有希が振り返ると水柱はいつの間にか消え、男は何も無かったように水面に立っていた。一滴の水滴も付いていない、濡れていないのだ。改めて有希の背筋が寒くなる、一体何者だ、こいつは?
「しかし泥は浚ったが今一つだな、龍脈の流れが感じられん。いや? 若干だがあるな」
 「おい、龍堂の」と先程と同じ様に問いかけられた有希は「ひゃい?」と同じ様に間抜けに答えた。
「この泉に何かあったか? 大きさは縮んだようだがそれ以外にだ」
「え、えーと…………確か戦後に泉の形状保護の為に少し埋め立てたんです。その時に底面もコンクリートで」
 何で真面目に答えてるんだろう、と思いつつもあんな光景を見せられたら答えざるを得ない。祖母から叩き込まれた龍泉堂の歴史をこんな形で披露する羽目になろうとは。
「なーにやってんだ、龍堂はー」
 あーあ、と頭を抱え込んで男は跪いた。ただしあくまで水面上である。まったくよー、などと愚痴を言っているようだが有希から見れば異様な光景にしか見えない。
「まあ龍脈そのものが塞がれたということでは無さそうだし、コンクリに亀裂でもあるんだろうな、まったく感じられないって訳でもない。時代の流れと言われれば納得するしかないのかもしれんが、それでもなあ」
 まだ何か言いたそうな男だったのだが、諦めたのか普通に水面を歩いて戻って来た。それが当たり前のように見えてきた有希もどうやら感覚が麻痺してきたようだ。
「あ、あの〜」
 地面に戻っても尚泉を見ながら何やら呟いている男に有希は恐る恐る話しかけた。ん? と振り向いた男はどう見ても普通で、有希よりも少しだけ年上のどちらかといえば優男にしか見えない。
「おお、龍堂の。まあ色々あったが泉が残っているだけでも重畳というものだ、ようやってくれた」
 変わらない笑顔で有希に労いの言葉をかけてくる男に何故かムカッときた。
「有希です」
「は?」
「あたしの名前は龍堂有希と言いますって言ってるんですっ!」
 大体人に対してさっきから龍堂の、って何て言い草だ。いや待てよ? 何で自分から名乗ってるんだ、などという理屈は今の有希には通用しない。こう見えてもそれなりに龍堂の家の護り手として龍泉堂を守っているつもりだったのだ、それをいきなり現れた男が水柱を巻き上げて泥を掬った挙句に先代が泉を守る為にしたことに文句を言うなんてあんまりだ。
 単純に有希は怒っていた。文句や不満はあるが龍泉堂は有希が小さな頃から遊び場として、今は大事な守るものとして確かにそこにあるのだ。それを悪し様に言われて平気な顔が出来るほど有希は自制心があるタイプではない。むしろ不可思議な能力を見せ付けられたからこそ腹が立つのだ、自分が出来なかった事をあっさりとやってのけられて悔しいのだ。人外かもしれない不気味な男を前にしても有希の怒りは止まらない、止めないのが龍堂有希という女性なのだった。
「大体あなたは何なんですか! さっきから水の上を歩いたり泥を巻き上げたり金八と話したりして! あたしの龍泉堂で勝手な事ばっかりしてんじゃないわよっ!」
 言っている内容が滅茶苦茶なのにも気付かないままで一気にまくし立てた有希は男を指差して、
「はっきり言って、あんた誰?!」
 今更ながらの事を堂々と訊いてしまったのだった。男は有希の勢いにもぼんやりと受け流すように聞いていたのだが、指差されて初めて自分の事を言われたと気付いたのか、破顔一笑
「おお、今度の龍堂の護り手は元気なものだな。有希か、覚えたぞ。それと俺が誰かと問うたな?」
 男は自分の胸を叩き、自慢げに言い放った。
「俺はこの泉の主だ、世間では竜などと呼ばれておるぞ」
 何となく予想は出来ていた。あれだけの出来事を見せられたら納得するしかないのかもしれない。それでも矢張り疑いたくもなる、有希はアニメや漫画に夢見がちな少女ではなかった。むしろ龍が住むと云われる泉の守護者としては現実的過ぎたと言ってもいいだろう。実際に龍泉堂を守るために必要なのは固定資産税と相続税なのだ、有希は母親が一般家庭には不釣合いな程の税金に毎度頭を悩ませていた姿を一種のトラウマとして認識している。
 なので余計に腹が立った。いきなり出てきて主面するな、バカやろう! 偽り無き有希の本音である。
「はあ? 竜ってあんた頭おかしいんじゃないの?! ちょっと水の上に立ったくらいで竜だ何だ言ってんじゃないわよ! それよりこっちが名前を言ったんだからそっちもちゃんと名乗りなさいっ!」
 水の上に立っている時点で異様なのだが有希には通用しないのだ、男は苦笑しながらも、
「やれやれだな、人間とは一々名という縛りを己に科さねば認識すらも出来ないのだから面倒だ」
 それを聞いた有希が再び目くじらを立てているのにも構わず男は少しだけ考え込んだ表情をすると、
「ふむ、名などあって無きが如くなのだがなあ……」
 しばし考え、有希が苛立ちのあまり怒鳴りつけようとした時だった。男はパンと胸の前で手を叩くと、
「そうだな、蔵人でいいだろ。俺の事は蔵人(くらんど)と呼ぶがいい。名字が必要なら、そうだな、泉野でいいだろう。泉野蔵人(いずみの くらんど)、いい名前じゃないか」
 満足そうに頷く男――蔵人と名乗った―――を見ながら有希は今度は呆れるしかなかった。まさに今決めたような名前で呼べというのか、こいつは。
「あのねえ、あんたの本当の名前を教えなさいって言ってんのよ!」
「だから名などあって無いようなものだ、俺は蔵人でいい」
 最早茶番劇だ、偽名を堂々と名乗って満足気な男を見て有希は溜息をついた。どうしよう、通報するしかないのだろうか。
 だが蔵人は話は終わったとばかりに有希の横を通りながら、
「ではせっかく戻ってきたからな、しばらくは滞在するからよろしく頼む」
 手を振って有希が掃除したばかりのお堂に上がりこんでしまったのだ。中から思ったよりは快適だな、などと声がする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 有希が慌てて堂内に入ると蔵人は既に横になっていた。寝転べば即眠くなるのか、大きな欠伸をしながら、
「何だ? もう用は無いだろ、俺も久々に力も使ったし龍脈の流れが弱いから回復にも時間がかかる。それに久々の我が家なんだからゆっくりさせてくれ」
 言いながらも瞼は半分閉じている。だが有希は堂内に上がり込み、蔵人の胸倉を掴んだ。
「あのねえ、あたしの龍泉堂で何寝ようとしてるのよ! いいから出て行きなさいっ!」
 そのまま前後に揺すられて頭をカクカクとさせていた蔵人だったが有希の腕を掴み返すと、
「俺の龍泉堂だ、龍堂の」
 ニヤリと笑うと有希の腕が熱くなる。掴まれた箇所から焼けた棒を押し付けられたような痛みが走った。
「キャアッ?!」
 思わず蔵人の手を振りほどく。当然だとばかりに笑った蔵人は、
「信じろ、とまでは言わん。だが俺は居るべきして此処にいる。まあ龍泉堂も主不在じゃ格好が付かないだろ、迷惑はかけないから放っておけ」
 そう言うと再び横になった。もう有希は何も言えなかった。現実に見せられた事実は全ての面で目の前の男が異形のものだと伝えている。
 まさか現在社会において化け物の類に遭うなんて漫画やゲームだけだと思っていた。だけど有希は出会ってしまった。
 人外のものに。龍と名乗るこの泉の主に。
 自分が護ってきたのは確かにこの泉で、此処には龍がいるという伝説がある。だからって本当に龍が居ていいもんじゃないだろう。
 有希は落胆した。絶望したと言ってもいい。自分が守ってきたものを奪われた、そう感じたのだ。蔵人と名乗った龍は有希が幼い頃から大切にしてきた泉とお堂をあっという間に占拠してしまった。それも当然の権利として。
 悲しかった。悔しかった。でも逆らう力など無かった。それがまた悔しい。
「…………馬鹿! あんたなんか嫌いだっ!!」
 それだけしか言えなかった。涙が出そうになる、そんなの見られたくない。悔しくて蔵人から背を向けた。
 帰ろう、それだけしか思えなかった。力の全てを奪われたように足元をふらつかせて堂から出ようとする。
 その有希の背中に声がかかった。
「感謝する。龍堂の家の者よ」
 返事は出来なかった。有希は何も言わずに外に出た。空は何も無かったように青い。
「うっ…………」
 涙が溢れてきた。大好きだった龍泉堂はもう、ないのだ。あんな龍なんかに取られてしまったのだ。
「うっ、うぅ……うわぁ………」
 泣くしかなかった。本来の目的を果たしたはずなのに悔しくて悲しかった。有希は泉の前で泣き崩れた。






 どのくらい泣いたのだろう。涙が枯れた有希の目に急に刺すような光が飛び込んできた。俯いているのに何故? 有希はゆっくりと顔を上げる。そして光の正体を知るのであった。
「わあ……」
 それは泉に陽光が反射したものだった。今までには無かった光、それを呼び起こしたのは泉が生まれ変わった証でもあったのだ。
「…………綺麗」
 今までの沼のような澱みはもう無かった。澄んだ水が湛えられたそれは泉そのものだったのだ。金八が優雅に泳いでいるのが見えた、今まではそんな事無かったのに。
 有希はゆっくりと泉に近づく。四つん這いになって覗き込むと鏡のように自分の顔が浮かんだ。涙で腫れた瞼の酷い顔の自分が。
「プッ」
 何だか面白かった。こんな綺麗な水なのに見ている顔は酷過ぎる。それが妙におかしかったのだ。
「あはははは、誰だ、これ?!」
 思わず笑い転げた。さっきまで泣いていたのが嘘のように有希は大爆笑しながら泉の周りを転がっていた。
「顔を洗え、有希」
 ふいに声をかけられた。誰、と言わずとも分かっている。有希は何も言わずに再び泉を覗き込んだ。相変わらず酷い顔がそこにある。
「……いいの?」
 何となくだが有希は背後の声に訊いてみた。こんな綺麗な水に手を浸けるのも躊躇われてしまう、不思議な事にそう思えてしまったのだ。
「構わんよ、お前の泉でもあるんだからな」
 その声に促されるように有希はそっと泉の水を掬った。手の中でも光を湛えているくらいに澄んだ水が刺すように冷たい。
 覚悟を決めるようにその水を顔に浸ける。肌に沁み込むような感覚だった、何度か顔を洗うと何だか一皮剥けたような感じがした。
 そのまま顔から滴を垂らす有希に、「ほらよ」と背後から何か投げられた。頭の上にふわっとした感触、手に取るとタオルだった。純白が陽光に眩しいほどの。
「まだ使ってないから安心しろ」
 別に気にしないのだけど、とはいえありがたく使わせてもらった。顔を拭いた有希は先程までもモヤモヤしたものまで洗い流されたような気がした。
「泉を覗いてみろ」
 言われるままに覗くと酷い顔は居なかった。いつもの自分、龍堂有希の顔だ。それが何だか嬉しかった。
 こんな輝く泉は生まれてから今まで見たことが無い。それだけでも嬉しいのだ、有希は自分がこの場所が好きなのだと改めて思うしかなかった。
「ありがと、タオルは洗って返すから」
 振り返った有希は意外な光景を目の当たりにしてしまった。蔵人が正座をして両手をついて頭を下げている、要は土下座をしているのだ。
「な、なにしてんの?」
 傍若無人だと思っていた相手の意外な行動に有希の方が混乱してしまう。だが頭を上げた蔵人は真剣な口調で、
「改めて礼を言おう、龍堂の家の者よ。長年に渡り泉及び龍泉堂を護り続けてくれて感謝する。我が力は衰えたが龍堂の為に一臂の力を貸すことも吝かではない、それが龍泉堂の護り手への我が報いと覚えるが良い」
 一息に述べると、再び頭を下げた。
 有希は呆然とそれを聞いていた。お礼? 力を貸す? 龍が? 何がなんだか分からない。
 だけど一つだけ分かったことがある。それは有希にとって喜ばしい事なのかもしれない。
「頭を上げなさいよ、蔵人」
 頭を上げた蔵人に有希は微笑みかけた。
「あんたが龍だっていうのは信じてあげる。だけど別にあたしは何かして欲しいからって此処に居る訳じゃないの」
「だが龍堂にはだな、」
「いいから! そうね、あんたが泉の主だって言うなら今後はずっと綺麗な泉のままにしておいて欲しいかな。金八も嬉しそうだしね」
 泉の中で泳ぎまわる金魚を見るとまた笑顔になれる。
「それだけでいいのか?」
「十分よ、だってあたしの龍泉堂なんだもん!」
 それだけで良かったのだ。ウジウジと取った取られたなど馬鹿馬鹿しい。泉が綺麗になって、そこにいたら満足で、ついでに何か分からない奴が増えた。それだけなのだ。
「ふむ、龍堂の家はつくづく無欲だな。以前も同じ様な断わりを言われたのを思い出したぞ」
 苦笑いをする蔵人を見て、ざまあみろと思った。これもまた満足だったりするのだ。
 有希は大きく背伸びした。何だか自分が大きくなったような気分になった。
「さあ、それなら早速働いてもらうわよ! まずはあんたが巻き上げた泥を片付ける! ほったらかしにしたら臭くなっちゃうからね!」
「おいおい、泉を綺麗にするだけじゃないのか?」
「当たり前よ! 自分で出したゴミは自分で綺麗にしなさい!」
 何と、龍に命令してるよ。そんな自分が楽しくてしょうがない、やれやれと泥の山を見て溜息をつく蔵人を見て大笑いする有希なのだった。






 ここは龍泉堂。竜が住まう小さな草堂の物語。
 その社を護る少女と龍が出会う奇妙な話の数々は後に『龍泉堂奇譚』と呼ばれるようになったのだが、それは次回の講釈で。