『SS』 幸せ家族計画! 2 その4

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 夫婦の読書時間兼娘のお昼寝時間は妻が本に栞を挟んだところで終了となった。俺も文庫本をしまい、有希から本を受け取ってカバンに入れるとハルヒを起こす事にする。
「おーい、起きろハルヒー」
 軽く肩を揺するだけでも目を覚ますところを見ると浅い眠りだったようだ、本気で寝てしまえばハルヒ直下型地震が直撃しても起きるかどうか分からない。それでも最終的に有希が起こせば起きるのだから我が娘は遅刻などしたことはないのである。
 そんなハルヒは目覚めてしまえばすぐに行動を開始出来る。俺などは起きてから動き出すまでしばらく時間がかかるのだが娘は悪いところを受け継がなくて幸いだ。しかし有希も寝起きはそこまでいいとも思えないんだがなあ。子供だからなのかハルヒだからなのかは俺には分からない部分である。
「ん〜? あたし寝ちゃってたの?」
 有希の膝枕から起き上がったハルヒは大きく背伸びしてそう言うと、
「ごめんね、お母さん。足痺れてない?」
 すぐに有希を気遣った。この年の子供にしては気配りの出来る子なのだ、俺以外には。
「平気。むしろ温かくて心地良かった」
 有希はすっくと立ち上がって大丈夫な事をアピールして、ホッとしているハルヒの頭を撫でる。
「ずっとあなたを感じられたから、わたしは嬉しい」
 普段は学校もあるし、休日も友達が増えて遊びに行く機会が増えつつあるハルヒとこんな昼の時間帯に一緒に居ることは少なくなった。俺でも娘の成長を喜ぶと同時に寂しさを感じることがあるのだから有希などは見た目はクールに見えて寂しがりやなので余計にそう思うのだろう。
 ハルヒハルヒで遊んだりする事には全力だが母親には甘えたがりなところもある。どれだけ友達と遊びに行ってもそれを逐一報告するのだ、そんなハルヒが有希の言葉を聞いて喜ばないはずはない。
「おかーさーん!」
 ハルヒが有希に飛びつき、有希はしっかりとそれを抱きしめた。ハルヒのタックルは俺ですらも受け止め損ねると転倒する恐れがあるほど威力のある危険なものなのだが有希は細身の体なのにしっかりと受け止める。
 抱きついたままグルグルと有希を振り回したハルヒはここぞとばかりにしがみついて離れない。そんなハルヒを見つめる有希の瞳は俺から見れば蕩ける程の慈愛に満ちている。
 弁当が片付いて軽くなったカバンを肩にかけて戯れる妻と娘を眺める幸福。誰にも譲れないな、これは。
 でもやっぱりお父さんはちょっと寂しいかもしれん。何故ならば有希はハルヒの母親でありながら俺の妻であり、俺は世界中の誰よりも妻を愛していると自負しているからだ。つまりはハルヒが羨ましかったりする。そこ、笑ってもいいとこだぞ?
 とにかく有希は俺のものなのだという娘に対してヤキモチを焼きながらも笑顔のハルヒを可愛いなあと和んで見たりしている脳内春真っ盛りの俺に対して有希は片腕でハルヒを抱いたままもう片方の腕を伸ばし、
「…………どうぞ?」
 なんて言うものだから。ついフラフラとその腕に抱かれようとしてニヤニヤしたハルヒの顔を見て我に返る。いかん、流石に親としての威厳に係わりそうだ。既に遅いのかもしれないけど。
 ここは我慢するしかない、悔しいが父親の威厳を守る為だ。そんなものはとっくに無いのかもしれないけれども。と、いう事で顔は笑顔で心で泣いて。
「さあ行くぞ、次はどこだ?」
 言いながら差し出された有希の手を握る。いや、本当は抱きしめたいんだけど。
「ええっと〜、見たいのは大体終わったから適当に回るわ!」
 ハルヒが有希から離れて先頭を歩き出した。俺と有希は手を繋いでそれを追う。あまり離されない様に急ぎ足になりかける俺に有希が小声で囁いた。
「…………残念」
 有希、それは反則だ。






 


 こうして始まった午後の園内散策はハルヒの目的も無いので自然のんびりとしたものとなった。まあ目ぼしい動物達とは対面を果たしていたのでいいとは思うのだ、ハルヒもクマやカバなどを見ながら楽しそうだし。
「有希は見たい所とか無いのか?」
 ハルヒも有希が行きたいと言えば何も反論はしないだろう。それに普段は読書を趣味としている有希が積極的に遊びに来ているのだ、何か興味があるのかもしれないしな。
 ふむ、としばし考えた有希だが、
「行きたい場所ならば二ヶ所ある」
 ほう、やはり興味があったのか。それも二ヶ所も。それを聞いたハルヒも、
「お母さんが行きたいとこ? それならあたしも行きたい!」
 と言い出したので目的地は決まったな。パンフレットを熟読していた有希に案内を任せて、俺とハルヒは後に続いた。
 


 そして最初の目的地に着いたのだが。


「ねえ、お母さん?」
「なに?」
「あたし、まだちょーっと、こういうのは…………」
 さしものハルヒもビビッている。俺も男としての沽券があるので強がってはいるものの、正直この類は苦手だ。有希だけが表情も変わらず入り口に佇んでいる。
 何で両生・爬虫類館なんてあるのかなあ、ここ。しかもどう見ても内部が暗く、ジメジメした感じなのだ。余程興味があるか、怖いもの見たさじゃないと近づき辛いぞ。だが、ここを目的地に設定したのは我が妻であり、つまりは興味深々なのだ。なので足踏みをする俺とハルヒを置いてさっさと入場しようとする。
「お、おい有希?!」
「お母さん待って!」
 結局慌てて後を追うしかなかったわけで。というか、何が有希を惹きつけて止まないんだろうか。
 で、覚悟も決めずに飛び込んだ俺とハルヒは動物達の為に薄暗い内部でほとんど動かないヘビやカエル、ワニなどを恐々見る羽目に陥るのであった。しかし動物達の為とはいえ何でこんなに暗くてしかも湿気が多くて生暖かいのだ、なんだか気分が悪くなりそうだ。おまけに、
「ホンハブ。俗称はハブ。クサリヘビ科ハブ属に分類されるヘビ。日本で最も危険な毒ヘビ」
「ハナダカクサリヘビ。毒性は出血毒。ヨーロッパに分布するクサリヘビ属の構成種内で最も毒性が強いとされる」
「ヨコバイガラガラヘビ。砂漠に生息する。夜行性で、日中は他の動物の巣穴の中や草むらの下に隠れている。砂漠の上の移動は独特で、アルファベットの"J"または"S"字状に体をくねらせ上半身を進行方向へ持ち上げた後下半身を引き付け横向きに移動する様が名前の由来と言われている。滑りやすい砂上では接地面の少ないこのような移動方法がヘビにとって最も効率的と考えられている」
「インドコブラ。草原、森林、農耕地等の様々な環境に生息する。危険を感じるとフードを広げて立ちあがり、噴気音をあげて威嚇する。咬まれる被害が多く、インドでは毎年1万人程がインドコブラに噛まれているという」
 へえ、すごいねえ。
「モウドクフキヤガエル。コロンビア固有種。モウドクの名前の通り本種はヤドクガエルのみならず全生物中最強の毒性を持つ」
「イチゴヤドクガエル。最大体長2-2.5cmとヤドクガエル属でも小型種。本種の毒はプミリオトキシン(pumiliotoxin)というアルカロイド系の毒物で、他のヤドクガエル科の構成種のように食物から毒物を摂取し貯蓄していると考えられている」
「ヘリグロヒキガエル。体長6-12cm。吻端から耳腺にかけて隆起があり、この隆起の縁が黒いことが和名の由来。皮膚には先端が黒いイボがあり、耳腺は大きい。外敵に掴まれる等の刺激を受けると、耳腺やイボから乳白色の毒物を分泌する。ペットとして飼育されることもあり、日本にも輸入されていた。しかし2005年に外来生物法によりヒキガエル属が数種を除いて未判定外来生物に指定されたため、2007年現在本種を含むヒキガエル属の日本国内での流通はほぼない」
 ほう、そうかそうか。
「ヨウスコウアリゲーターアリゲーター科では本種のみがユーラシア大陸に分布する。口吻は丸みを帯び短い。後方の歯は球状で、堅い獲物を噛み砕く事に適している」
「クロカイマン。最大全長470cm。本来は最大全長600cmを上回るとされるが、乱獲の影響で現在はそのような大型個体は見られない。体色は背面が黒く、淡黄色の横縞が入る。口吻は基部の幅の1.2-1.5倍で、筋状の盛り上がり(キール)は明瞭。皮目的の乱獲により生息数は激減している。そのため現在は生息地で保護されているが、密猟されることもある。特定動物
イリエワニ。全長500-600cm(700cmに達するとする文献もあるが確実な記録がない)。口吻はやや長く基部の1.75-2倍で、隆起や畝が発達する。下顎の第1歯が上顎の先端を貫通する。開発による生息地の破壊、皮革目的の乱獲などによって生息数は減少している」
「インドガビアル。全長450-650cm。メスよりもオスの方が大型になる。口吻は細長く、吻端は八角形。オスは吻端が瘤状に盛り上がる。オスの吻端が壷(ガラ)のように盛りあがることが、生息地での呼称であるガリアルの由来になっている。ガビアルはガリアルの誤記」
 ふーん、勉強になるなあ。
 とまあ、有希の博識を披露されているのだが、何で毒性を持った生物だとかワニの口に関してのみ説明をしてくれるのだろうか。というか、何でこんなに珍しい生物ばかりいるんだよ、ここ。
 おかげでハルヒが本気で怖がり(流石にこんな生き物にまで興味を持てなかったようだ、一応女の子なのである)、泣きそうになったのでひとまず抱え上げてから名残惜しそうな有希を急かして俺は爬虫類館を後にした。
「…………堪能した」
 そうか、よかったな。ところでハルヒがしがみ付いて離れないから慰めるのを手伝ってくれないか?
 何だかんだでグズるハルヒが機嫌を直すにはしばらく時間がかかり、結果として俺は荷物を持っているのにハルヒを抱っこするという事で落ち着いたのであった。何でだよ。
「…………グスッ」
 ああもう、泣くなよハルヒ。それと鼻を俺のシャツで拭こうとするな、ティッシュならあるから。
「…………」
 有希、俺は荷物とハルヒを持ってるから流石に手は繋げないよ。というかお前が原因じゃないか。だからそんなに寂しそうな目をしないでくれ、何か居たたまれない。
 何故だか俺が精神的ダメージを負いながらも有希が行きたいと言った次の目的地へと歩くしかない一家なのだった。