『SS』 幸せ家族計画! 2 その3

前回はこちら

「ある〜は〜れた日のこと〜♪」
 歌いながら大きく手を振って歩く愛娘に、その手を引いて歩く妻。お父さんは荷物を抱えて先程消費した小遣いを妻が補充してくれるのかどうかを心配しています。
 そんな俺達は次々を動物たちに向かって来襲していった。まさにそう表現するに相応しい程にハイテンションのハルヒはどこに向かうにも全力疾走だったのだから、それを追う俺の負担も察していただきたいものだ。ちなみに有希は余裕である、改めて俺の奥さんは万能なのだな。
 こうして午前中いっぱいを使って俺達が回ったところを簡潔に述べてみよう。
 まずゾウからすぐ隣にいたキリンに挨拶したハルヒが首を折り曲げたキリンに舐められて大騒ぎした。キリンの舌というのはかなりザラザラしていて、さしものハルヒも涙目になったのだが有希が素早く顔を拭いて宥めていた。おかげでハルヒがしばらく有希にしがみ付いて離れなくなってしまったが。
 う〜う〜唸るハルヒをぶら下げた有希と次に向かうは、ハルヒ的には大好きな類だろうと思ったライオンなのだが、
「だってライオンってメスだけ狩りをしてオスは何もしないじゃない! ダメよ、男が働かない社会なんて健全じゃないわ!」
 とても子供とは思えない理屈で怒ってらっしゃる娘に働くお父さんは尊敬されないのかと訊いてみると、
「だってお母さんの方が仕事が出来てたって聞いたもん!」
 と言われて甚く傷ついてしまったのであった。そりゃ有希は何でも卒無くこなす万能選手だけど、俺だって頑張ってるんだぞ。それを家庭に入るって有希が仕事を辞めた時にはそれはもう非難轟々だったのだ。だが既にハルヒを妊娠していた有希はきっぱりと仕事を辞めて家庭に入ってくれたのだ、俺はその時に家庭を守るという自覚を初めて覚えたと言ってもいい。
 だからお父さんは頑張ってるのだ、それはハルヒにも分かってもらいたいもんだぜ。
「あの子は十分に理解している。わたし達がこうしていられるのはあなたのおかげ。感謝している」
 そうかな? だけど有希に感謝されるのは嬉しいもんさ、俺だって有希とハルヒが居てくれる事に感謝しているからな。
「そう」
「おとーさーん! 肩車ー!」
 はいはい、あれだけ走り回ってて今度は俺をこき使うのかよ。やれやれと有希に弁当を預けてハルヒを持ち上げる。すると頭の上のハルヒが小さな声で、
「…………ありがと。さっきはごめんなさい」
 なんて言うものだから思わずニヤついてしまった。ハルヒには見えなくて幸いだな。
 分かってたでしょ? と有希に目で言われたので頷くと、
「さあ、まだまだ行くわよー! しゅっぱーっつ!」
 ハルヒ、頭の上で叫ぶな! 髪を引っ張るんじゃありません! とにかく元気な娘にコントロールされながら俺は有希と一緒に動物園を散策しているのだった。
「…………」
 分かってるよ、ハルヒを落とさないように気をつけながらも有希の手を握る。娘も妻もこう見えて甘えん坊なのだ、それが嬉しい俺でもある。
 ライオンからトラ、肉食獣のコーナーは先程ハルヒが述べたとおりにお気に召さなかったようである。見た目のかっこよさよりも社会的システムに腹を立てるところがハルヒが少女にしては目の付け所が違う点だ、これがいいのか悪いのかはもっと成長してから分かるだろうな。
 ということで、ハルヒは俺の肩に乗ったままシマウマに乗りたいと言い出したり、ラクダに再び顔を舐められそうになって俺の髪を引っ張りすぎて危うくこの年で脱毛の危機を迎えるところだった。ついでに言えばハルヒがよけたおかげでラクダの攻撃は俺に命中し、有希がハンカチでは埒が明かないのでタオルを取り出した。ハルヒ、お前のせいなのにそんなに笑うな。
 前半戦で行きたいところは一気に回るというハルヒらしい行動に引きずられて俺は散々歩き回った。というか最後はほとんどハルヒを肩車していたからダメージも倍増なんだ、よくもってくれたよ我が肉体。
 などと思っていたらタイミングよく有希が、
「そろそろお昼。移動する」
 動物園のパンフレットを見ながらそう言った。すると、これまた上手い事ハルヒのお腹からぐう〜という音が聞こえ、
「ほ、ほら! 広場があったからそこでお弁当にしましょう! 早く行くわよ!」
 肩車の俺を急かしているのだが、照れ隠しかもしれないけどポカポカと頭を叩くのはやめてくれ。
「いいから! 走れーっ!」
 こら! 有希がまだパンフを見てるだろうが! 仕方なく有希の手を引いて走り出す。やれやれ、少しは落ち着いてくれないと広場に着いても疲れて食欲が無くなりそうだ。


 



 ひたすらにハルヒに頭上で急かされながらどうにか広場に着くと、俺達以外にも家族連れが適当な場所でくつろいでいた。
「ここ! いいじゃない、ここ!」
 だから大声出すな、分かったから。丁度大きな木の下が空いていて木陰で休めそうである。よくこんないい場所が空いてたなと思っていたら、
「まだ休憩には早い時間。わたし達は走ったから」
 ああそうみたいだな、俺達の後に続いた親子連れが場所を探している。広場はスペースがあるのだが日陰や座り込んで食事となると結構場所は限られるのだ、ハルヒのせっかちが功を奏したな。
「さあ、おっべんとおべんとー!」
 俺の肩から飛び降りたハルヒが有希と一緒にシートなど広げているのを俺は樹に寄りかかって眺めていた。流石に手伝えと言われたら勘弁して欲しかったのだが有希もハルヒもそんな事は言ってこなかった。荷物持ち兼ハルヒの世話に終始したささやかなご褒美なのかもな。
 ところが不思議なもので、休憩をさせてもらっているのに二人が楽しげだと仲間外れにされたような気になってくる。結局あまり座らずにこっそり有希の傍にいくと、
「ふっふ〜ん、お父さん寂しいんだ〜?」
 娘に図星を指されて妻に呆れられる訳である。こういう時は反論などしないに限る、どう言ってもハルヒには口で勝てそうにない。我が娘ながら頭の回転は俺の遺伝子を受け継いでいるのか疑いたいくらいなのだが妻の遺伝子ならさもありなんとも思うので浮気を疑う必要はないのである。
 とにかく家族揃っている時に何もしないのは寂しいというのは正しい反応なのだと自分では思うので弁当を広げる有希を手伝って食器(紙ではない、有希は帰ってからちゃんと洗うのだ)を並べる俺なのであった。
「お母さん、はやくー」
 いつの間にかちゃっかり座って箸を持っているハルヒもお待ちかねの食事の用意が整い、有希が水筒から全員分のお茶をコップに注いだところで、
「「「いただきます」」」
 三人で声を揃えて手を合わせる。何処であろうと三人で食事をするのだからやることは同じだ、我がままハルヒもこのルールだけは必ず遵守してくれる。
 こうして俺達家族は有希お手製の弁当を食べているのだが、ここからはもう戦争だった。
「こらハルヒ! 口の中のものを飲み込んでから次を取れ!」
「ふゃひよ! おふぉーふぁんふぉふぉふぉふぃふひはほほ!」
「…………」
 それぞれの食器がある通常の食卓と違い、弁当とは好きなものを自分勝手に取る事が出来る。それ即ち、好きなものは自分で守れ、と同義語でもあるのだ。特に我が家の場合。
 現に俺は過去何度もこのような場合における愛娘の執着心に負け続けたのだから必死にもなろうというものだ。おまけにこんなところだけ親子らしく俺とハルヒの好物は見事なまでに被っていて、それを承知で作る有希の料理は争いを生み出すほどに絶品なのであった。
 玉子焼きから始まった弁当のおかず争奪戦はおにぎりの具を経て只今クライマックスを迎えている。そう、今回のメインディッシュであるところの有希特製から揚げだ。このから揚げは俺の実家の味を元に有希が結婚後も研究と試行錯誤を繰り返し、ハルヒが生まれて間もない頃にようやく完成したという究極の一品なのである。しかも手間もかかる上に材料費もなかなか馬鹿にならないので我が家では最高ランクのご馳走でもあるのだ。
 そのから揚げが弁当の中の一角を占めているのだ、当然俺もハルヒも味は知っている。おまけに有希のから揚げは冷めても美味いのだ(過去に仕事場に持って行った時に感動した)、これもハルヒは運動会などで経験済みである。
 となれば親子間であろうともから揚げ争奪戦が勃発するのは仕方ないよな? 俺とハルヒは弁当箱を挟んで睨み合いの真っ最中なのであった。
「うりゃーっ!」
 ハルヒの箸が唸りを上げる。だが一直線にから揚げに向かう進路を防ぐように俺の箸がブロックする。
「甘いな、ハルヒ!」
 そのまま俺はから揚げを摘み上げた。
「あーっ! それあたしが目を付けてたのにーっ!」
 そんなもん早いもの勝ちだ、俺だって最大サイズのから揚げに目を付けてたに決まっている。ということでいただきます。
「む〜っ、よこせーっ!」
 うわっ! ハルヒのやつ飛び掛ってきやがった! そしてから揚げを一口で食われた、って返せ!
「ふむ〜っ!」
 まだ小さなハルヒの口には大きかったのかモゴモゴさせながらも得意気だったのだが、やがて、
「むにゅっ?!」
 顔色が変わった。真っ赤になって涙がみるみる溢れてくる、どうした?
「ふゃ、ふゃむ…………」
 何か言いたそうだが口の中のから揚げが邪魔で話せない。かといって有希のから揚げを吐き出すなんてハルヒが出来るはずもないから必死に口を動かし、一気に飲み込んだ。
 そして叫んだ。
「あっつーいっ!」
 熱い熱いと言いながら転げまわるハルヒ、どうやら溢れ出た肉汁が原因のようだが自業自得だ。しかしきっちり食べきった点は褒めてもいいのかもしれない。
 などと言ってはいられないな、火傷してないか見てやらないと。と俺が思うよりも先に動いているのが我が妻なのだ。
 有希はいつの間にかコップに水を入れてハルヒに差し出していた。それを一息に飲み干すハルヒ。ようやく転げ回るのも止まって落ち着いたようだ、肩で息をしながらも、
「あ、ありがと、お母さん……」
 まだ涙目だが素直に礼を言ったハルヒの頭を軽く小突いた有希は、ついでのように俺の頭も叩いた。何でだよ、俺とハルヒが揃って不満顔になるのを見た有希は、
「慌てすぎ」
 そう言ってハルヒの為に再びコップにお茶を注ぐ。二杯目も一気に飲んだハルヒは、
「だってお父さんが、」
 いやハルヒが、とまたも言い争いになりそうになったところで、
「問題無い」
 有希は冷静にそう言うと荷物を入れたカバンから何と弁当箱を取り出した。まだあったのかよ?! 俺とハルヒが呆然とする中、
「準備は万端」 
 俺達家族にだけ分かるくらいに微笑んだ有希は得意気に二つ目の弁当箱の蓋を開けたのだった。





 結局俺達は十分満足するくらいお昼ご飯を堪能した。ついでに言えば弁当箱の中身は全て空になった。我が家の奥様は健啖家なのである。




「じゃあ次行きましょ!」
 片付けもそこそこに飛び出そうとするハルヒを有希が手を握って制する。
「駄目。食後にすぐ運動するのは体に良くない、成長期ならば特にそう」
「え〜? 腹ごなしに動いた方がいいじゃない」
「駄目」
 こうなると有希は梃子でも動かない。渋々ながらハルヒも母親の言う事には従うのだ、父親には早すぎる反抗期真っ盛りなのだが。
「消化時間を考慮して三十分ほど休憩する」
 そう宣言した有希は木陰で本を広げた。そんなのまでカバンに入れてたのかよ、道理で重いはずだ。しかし有希の読書好きは昔から変わらないから俺にとっては見慣れた光景なのだ。
「ちぇ〜っ、お母さんが本を読み出したらもうダメじゃん」
 まだ諦めきれないハルヒの頭を撫で、
「まあゆっくりしておけよ、お母さんが三十分って言ったらそうなんだから」
 俺も休憩することにするか。有希の影響で俺も文庫本くらいは読むようになったのでポケットから取り出した。
「あーあ、お父さんまで? しょうがないわねぇ」
 やっと諦めたハルヒは本を読んでいる有希の傍まで行くと、
「よっと」
 そのまま有希の膝に頭を乗っけて横になってしまった。む、有希の膝枕とは羨ましい。
「へっへ〜ん、いいでしょ〜?」
 なら俺も、とはいかないので黙ってページをめくる。すると、
「………………」
 肩に軽い重みがかかる。有希が俺にもたれかかってくれている、それだけで幸福な気分になる。
「く〜……」
 いつの間にかハルヒが寝息を立てていた。食べてすぐ寝るのも良くないんじゃなかったか? だけど有希の膝枕で眠るハルヒはとてもいい寝顔で。
「…………もう少しだけ」
 優しくハルヒの髪を撫でる有希を見たら何も言えないさ。
「あまり寝かせると夜寝なくなるからな、それに見て回れなかったらうるさいぞ?」
 一応そう言ってはみたものの、そんな事は有希だって分かってるだろう。
「了解した」
 肩にもたれた有希は小さく呟くと再び本を読み始めた。まあ適当なところでハルヒを起こしてくれるだろ、それまでは静かに過ごすのもいいもんさ。
 食後の満足感と家族が揃っている安らぎの中で、俺と有希は木陰で静かに本を読んでいる。
 


 こんな時間こそが一番大切なものなんだ、それだけは揺るぎようがないだろうな。