『SS』 幸せ家族計画! 2 その2

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 行きの車内も騒がしいハルヒに運転を邪魔されないように気をつけながらも車は順調に目的地に着いた。駐車場に車を停める時点で有希がハルヒを止めているくらいにワクワクで爆発しそうな愛娘はサイドブレーキを引いた瞬間に、
「行くわよ!」
 と猛然と飛び出した。とてもめんどくさがりの俺と物静かな有希の娘とは思えないほどの活発さである。やれやれ、あんまり走ると転ぶぞ。とはいえ運動神経は妻譲りのハルヒが転んだところなど見たことも無いが。
 何にしろ財布を持たないハルヒがいくら走ったところで俺か有希が居ない事には入り口で立ち往生なのだ。それを承知している俺と有希は弁当などの荷物を持って、ゆっくりとハルヒの後を追う。
 果たしてハルヒは動物園の入り口で地団駄を踏んでいた。あまりの分かりやすさに思わず笑ってしまう。
「あー! もう、何やってんのよ?! 遅いじゃないっ!」
「すまん。だが俺達が弁当を持ってこなくてお昼はどうするんだ?」
 そう言われて反論出来ないくらいはまだお子様でもあるのだ。う〜、と唸りながらも有希の手を引いてさっさと行こうとする。おいおい、人の嫁さんを引っ張っていくなよ。
「あたしのお母さんだもん!」
 そうなんだけど、ダメなもんはダメだ。ということで有希の反対側の手を俺が握って解決となる。
「ふーんだ、このバカオヤジ!」
 誰だ、そのムカつくフレーズをお前に教えたヤツは。しかし娘と母親の取り合いをしている時点でバカではあるような。だが、
「わたしにとってはどちらも大切。二人と手を繋げてわたしは嬉しい」
 と有希に言われてえへへ〜、と二人で笑ってるんだからバカオヤジではなくバカ親子なのかもしれない。そんなバカな事をしている俺達は受付のおばちゃんの温かい視線に見送られて園内へと踏み出した。






 園内に入ったと同時にブレーキの壊れた軽トラックこと我が娘のハルヒがズンズンと歩き出す。どうやら目的地は決まっていた模様だ。
「あったりまえじゃない! あたしの見たいのは全部リサーチ済みよ!」
 この手際の良さは妻の遺伝子なのだろうな、ただ自慢したがるのはまだまだ子供だからなのかもしれないが。とにかくハルヒは目的地までは一直線なのであって、俺と有希は引きずられるように歩くしかないのだった。
「じれったいなぁ、早く行くわよ!」
 言うなりハルヒが有希の手を引く。大人しそうに見えて運動能力の高い有希だからこそ転ばずに済んでいるがそれでもあっという間に一人離されそうになり、
「おい、待てハルヒ! 有希まで連れてくな!」
 と結局俺まで走る羽目になるのだ。くそっ、弁当からカメラから荷物は全部俺持ちなんだぞ! しかもハルヒのやつは、
「べーっだ! お母さん、行こう!」
 などと言って駆け出しやがった。有希も一緒に走り出し、「待ってる」なんて言うものだから。
 ああ、やっぱりこうなっちまうんだな、家族サービスというには重労働すぎるぜ。俺は荷物を抱えたまま走り出した。
 何故か全力に近い勢いで走ったはずなのに追いつくことも無く、とある動物の檻の前に。というか、まず呼吸を整えたい。どんだけスタミナがあるんだ、ウチの女どもは? いくら荷物を持っていたとはいえお父さんは自信を失くしそうだ。
 檻の前ではしゃぐハルヒを横目で見ながら思わず座り込むと、
「大丈夫?」
 いや、そう思うならせめてハルヒの速度を落としてくれるなりしてほしかったかな。有希にそう言うと、
「あなたも運動した方がいい。最近は休日に出歩く事も無かったから」
 諭されてしまった。だからって全力疾走はないと思うぞ? とりあえず休ませて、
「おとーさーん! こっち来てー! エサ、エサ売ってるって!」
 とまあ、休ませてはもらえないんだな。やれやれと溜息とついたら、
「早く」
 差し出された有希の手を取って立ち上がる。まったく、お前もエサやりとかしたいのか? と訊いたら頷かれるし。大体多数決でも俺が勝った例はないんだ、大人しく従うだけさ。
 ということで俺もようやくハルヒお目当ての動物さんとご対面な訳なのだが。
「やっぱり最初はこれよね!」
 ああそうかい。何でも一番をお好みの我が娘は動物園に来ても一番を求め、結果として一番大きな動物を一番最初に見に来たのであった。


 つまりは俺達はゾウさんを見てるんだな。


 さて、ゾウの檻と言ったがそんなに大きな檻に入っている訳ではない。むしろ俺達の前に深い堀を越えて広場があり、そこにゾウがいるといった形である。無論柵はあるが、ハルヒなら乗り越えかねないので今もハラハラしている最中だ。
 そしてその柵の前にゾウの紹介のプレートと共に古ぼけた自販機があり、そこでゾウのエサを売っているという寸法である。ハルヒが所望しているのはこのゾウのエサなのだ、こういうものがあれば是が否にでもやりたがるのがハルヒという娘だ。しかも妻である有希も表面には出さないが、この手の事には興味津々だったりする。
 仕方ない、これくらいならサービスの範疇だ。俺は財布を取り出して小銭を入れてエサを買う。するとハルヒがエサが出てくるかどうかといったところで既に取り出し口に手を突っ込み、
「エサあげてくるっ!」
 と駆け出した手には何やら草を固めたようなものを持っていたのだった。あれがどうやらエサらしい。と、軽く袖を引かれる。
「…………わたしも」
 はいはい、有希の分のエサを買って手渡すとフラフラとハルヒの隣に並んでゾウにエサをやり始めた。うむ、とても楽しそうだ。満面の笑顔でゾウの鼻を掴もうとするハルヒと表情を変えずに黙々とエサをやる有希。それを眺めてるだけでも眼福ものなのだ。
「おとーさーん! エサ無くなっちゃったー!」
 そりゃあんだけやってればすぐに無くなるだろうな。
「わたしも」
 そうか。俺はそんな事だろうと財布から抜いておいた小銭を自販機に投入したのであった。






 そしてその行為を三回ほど繰り返した結果、俺は有希とハルヒに為になる諺を教えてやることになった。
 いいか、塵も積もれば山となるんだ。もうお父さんの財布に小銭がなくなっちゃいましたからね? ゾウさんももう満足だろうから次に行ってください、お願いします。