『SS』 たとえば彼女に……… 中篇

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 さて、日本人がイメージするところのクリスマスとは所謂宗教的な意味合いというものはほぼ薄れ、むしろ商業的であることは否めない。それでも矢張りクリスマスといえばキラキラと輝くイルミネーションであったりするのが定番なのである。
 ということで俺と九曜はイルミネーションを求めて電車に揺られていた。近所で済まそうと思っていたのだがせっかくなら派手な方がいいだろうと奮発してみたのだ、それに九曜の交通費は体内内臓IKOKAにより無料なのもある。一人分の交通費で済むのなら遠出も構わないだろう、時間的にもまだイルミネーションは綺麗だろうしな。
 まあしばらく電車に乗って着いてみれば、
「おお、こりゃ凄いな」
「――――――――――――――――」 
 そこはまるで別世界だった。駅前から煌めくネオンが街全体を形作り、昼とは違う雰囲気ながらもライトアップされて星も見えないほどの明るさを誇っている。目が痛いほどの灯りに俺も驚嘆の声を上げた。テレビなどで見ていたが実物を見たのは実は初めてなんだ、実物がここまでとは思わなかった。
 滅多に感動などしない俺ですらそうなのだ、九曜から見ればどんな感想を抱くのだろう。期待を込めて隣に佇む彼女を見れば、恐らく他人から見れば何の感動も覚えていない無表情にしか見えなかっただろう。連れて来たことを後悔するかもしれない。
 しかし、俺には分かってしまう。宇宙人の表情鑑定一級を誇る俺には周防九曜の驚きが分かってしまうのだ。わずかながら見開いた眼、感嘆を表す少しだけ開いた唇。どうだ、有機生命体だってなかなかやるもんだろ? 目の前に広がる光景に感動、という言葉を無言で伝える九曜を見て、連れて来たこと甲斐があったと満足してしまう俺なのだった。
「行くぞ、せっかくだから見て回ろうぜ」
 ぼんやりと佇む九曜の手を引いて歩き出す。大人しく付いてくる九曜は無表情ながら首だけはせわしなく動いているのだから興味深々といったところなのだろう。もう一人の宇宙人に比べると行動的でもある赤ちゃん宇宙人は初めて見るネオンの海に白皙の顔を照らされて輝やいている。黒く大きな瞳にイルミネーションの光が全て反射されているようで、ハルヒも真っ青な瞳の大宇宙だ。
 本当に手を離せば何処に行くのか分からないな、今にも飛び出しそうな(見た目は引きずられているようにしか見えないが)九曜の手をしっかりと握って苦笑する。街中はBGMでクリスマスソングが満ち溢れ、こんなイベント関係に関心を持たない俺のような人間でも心を浮き立たせる何かがあるようだった。さっきまでのパーティーの楽しさがまだ残っているからかもしれない。
「―――――あれは―――」
 九曜が指差す先には赤服のじいさんがビルの壁に張り付いているところだった。もちろんそのような意趣のディスプレーである、ビルの窓二つ分のサイズのじいさんなどいたら怖い。見ようによっては本当に不法侵入かビルの破壊行為になってしまうのだが今日という日に赤い服の白ヒゲじいさんがやってることなど一つしかないので、
「あれがサンタだよ。まあ分かり易いディスプレーではあるな」
 プレゼントが入っているであろう大きな袋を肩に背負い、子供たちの為にビルの壁を登るじいさん。うん、冷静に考えたらそんなとこに子供はいないしサイズ的にもなかなか不気味だ。そんな野暮な事を考えてしまう自分というのにも若干寂しさを感じるな、と自嘲したくなるのだが性分だとしか言えない。
 どこか冷めてしまっている俺に比べて生まれたてのお子様宇宙人からすれば初めて見る赤服じいさんは興味の対象そのものなのだろう、俺の手を少しだけ引いた九曜はイルミネーションを閉じ込めた輝く瞳で、
「――――――あれを―――――もっと――――――――見たいの――――――――?」
 疑問系で言わなくても分かってるって。呆然としているように見えながら実はソワソワしている九曜の手を引いてビルへ向かえば、九曜の足取りはふわふわとしていた。図書館に行った時のあいつだってもっとしっかりしているぜ、なんて笑いながら歩く。







 結局、サイズに騙されたというか錯覚していて意外に歩いたビルの真下で九曜はサンタを見上げていた。こうして見るとこのサンタなかなかの大迫力である、どうやってディスプレイしたのか知りたいところだな。クレーンに吊り下げられる間抜けな赤服じいさんを想像していたところで九曜が俺を見上げた。何だ、失礼な事を考えすぎてたか?
「あれは――――――――なに?――――――」
 見上げて指差す先には白く大きな袋。中身が満載という設定なのだからパンパンに膨らんでいる。
「プレゼントだ、サンタは世界中の子供たちにプレゼントを配り歩くんだよ」
 まあそう考えればこんなとこにいるはずもないのだけど。今頃忙しく飛び回ってる最中だ、日本国内だけでも一晩で回るというのは無理がある。などとまたも野暮な事を思っていた俺をよそに九曜は何故か両手を上げて振っていた。
「何してんだ、九曜?」
 もしかしたら宇宙的能力によりサンタに何かするのかもしれないと危惧した俺は、それが杞憂であることにすぐ気付いた。
 両手を広げてパタパタと振っている九曜はある人物を連想させたからだ。誰かと言えばうちの妹である、確かあいつも商店街のサンタのコスプレをしたバイトの兄ちゃんに似たような事をしていたような。つまりはこいつは、
「なあ九曜、そのサンタは何も持ってないぞ。というか人形だし」
「――――――――ガーン――――――――!」
 ガーンと口で言った九曜はあからさまにがっかりと(見た目は普通に)手を下ろした。いや、想像を超えた幼児っぷりだな。何でお前がプレゼントを貰えると思っていたのかもよく分からん、見た目ならお前は間違いなく高校生なのだ。一応制服着てるし。
 しかしがっかりさせたままというのも可哀想だ、せっかくのクリスマスを夢を無くしたままで終わらせてはいけないだろう。俺は九曜の頭を撫でて、
「いいか、本当のサンタさんってのはいい子にしてたらそっと枕元にプレゼントを置いてくれるんだ。だから九曜もいい子にしてるんだぞ」
 うん、高校生同士の会話じゃない。けれどそう言ってやらないといけないような何かをこいつは醸し出しているのだ。素直な九曜は頭を撫でられながら俺を見つめ、
「――――――――ほんと?」
 と訊いてくる。ああ、本当だとも。妹と数年前もこんな会話したなあと懐かしみながら俺もこんな時期があったのかと思い返してみれば驚くほど冷めたガキだった。ちょっとだけ反省だな、目の前の純粋な宇宙人に申し訳無くなってくる。そんな純真無垢な本来敵キャラはまったく敵っぽさを感じさせる事も無く大人しく頭を撫でられているのであった。目を閉じてるってのは気持ちいいのだろうか? 本当によく懐いてるなあ、こいつ。
 そんなお子ちゃまはそろそろサンタ人形も満足したようで、頭を撫でられながらも小さく俺の制服の裾を引いてきた。やれやれ、今日はえらく積極的だな。
「そんじゃまあ行くか。まだもう少しは時間もあるだろうしな」
 イルミネーションの輝きはまだ消える事も無さそうだ、せめてその間くらいは楽しんでくれればいい。
「ほら、はぐれるぞ」
「――――――――あい――――――――」
 差し出した手を素直に繋いで。もう少しだけクリスマス気分を満喫するべく俺は九曜を連れて煌めく街を歩くのだった。





 街中を歩けば何所も彼処もネオンで煌き、歩いている連中の顔も輝いているように見える。まさにクリスマスマジックといった様相なのだが、それにしても手を繋いだり腕を組んでいたり肩を抱いて歩いている男女の比率が通常よりもあからさまに高いのがこの日の特徴なのだろう。もう少し早い時間帯ならば親子連れも多かっただろうが、ここからは恋人同士の時間というものなのかもしれないな。
「――――――――カポーが―――――いっぱい―――」
 まあそうなんだけど何でカポー? 妙に発音がいいのかインチキ外人気取ってるのか判断に迷う。そんなカポーがキャッキャウフフとしているど真ん中を突き抜ける若年寄と赤ちゃんが一組。なんとビックリ俺達である。
 俺と九曜はイルミネーションよりも君の方が綺麗だよ、なんて会話を交わすことも無くひたすらに幻想的な電飾の虜と化してふらふらと徘徊していたのだが、
「そこのカップル、ちょっと見て行かないですか?」
 などと呼び止められてつい足を止めてしまったのだった。おいおい、どこにカポーがいるんだよ。カポーとはうら若き男女の組み合わせであって、ナイスミドルなご夫婦にもニコニコ笑顔の親子連れにも使わない言葉なんだぜ? ましてや今いるのはお子ちゃま宇宙人とその保護者だけだ。
「――――――――?」
 九曜も首を傾げている。それはそうだろう、カポーと呼ばれたのは何を隠そう九曜に対してなのだから。しかも足を止めた理由は声をかけてきたのが先程見上げていた格好の赤服じいさんのそっくりさんだったから思わず聞いてしまったのに違いない。そのじいさんモドキは俺達の反応に戸惑った様子で、
「え、え〜と? 君達は塾の帰りとかじゃないのかい?」
 などと訊いてきたのでようやく自分たちの置かれている立場というものを認識した次第である。そうか、俺も九曜も高校の制服姿だ。それが手を繋いでイルミネーションの下を歩いていれば、それは即ちカポーであろう。そーかそーか、九曜相手だからすっかり失念していたぜ。
 あっはっは、と笑っていた俺が赤服じいさんモドキにホイホイついて行った九曜が見えなくなって慌てて探した挙句に見つけた場所はケーキ屋の軒先であって、赤服はそこの回し者だったと気付いた時には既に小さなケーキを購入する羽目になっていたのは痛恨の極みというものだろう。
「はあ…………どうすんだよ、これ」
 二人だからとホールを勧める赤服をどうにか振り切ってショートケーキ二つに抑えたものの、家に帰ればワンホールのケーキが待っているし、大体部室で散々食ったので腹なんか減ってもいない。しかも金は俺の財布から出て行ったのだ、予定外にも程がある。
「ったく、どうしてくれるんだ九曜?」
 恨み節の一つでもぶつけてやろうと隣に佇む九曜を見ると、俺は何も言えなくなってしまった。
 やばい、めっちゃ期待してる。
 考えてみればこいつが家(あるのかどうかも分からないが)に帰っても一人のはずなんだ。それなのにケーキを持って帰れとも言いづらい。何より一人でケーキを前にしている九曜を想像してしまった時点で俺の負けだったのだ、同じ様に帰れば一人きりの宇宙人の姿が浮かんでしまう。
 はあ、やれやれだ。こうなったらとことんお付き合いするしかないんだろうな。
「どこかでこれ食うか?」
「――――――――あい――――――――」
 こうして俺は寒空の下で九曜とケーキを食べる事と相成ったのである。どこまでお人よしなら気が済むんだろうね、俺は。