『SS 』 イチャラブ? なにそれおいしいの(笑) 中編

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 日が変わって月曜日。即ち俺とハルヒの勝負開始日である。俺は昨晩ほとんど寝ることも無く必死にハルヒ攻略法を考えていた。何と言っても涼宮ハルヒだ、一筋縄でいく相手じゃない。
 だが勝算が無いわけではない。あいつは不思議だとか非常識を求める反面、定番とか狙ったようなシチュエーションなどに対しての耐性が少ない部分もあるのだ。古泉曰くハルヒの常識的な部分というやつを俺は攻め立てる事にした。この場合の定番としては所謂ギャルゲーの萌えシチュというやつだろう、あいつがそこまで情報過多だとは思えない。思春期男子とほぼ同レベルとして計算した方がいいだろう。
 ということでシミュレーションもばっちりだ、後はハルヒの出方次第だろう。と思っていると先制攻撃をかけてきたのはハルヒ側であった。
 珍しく早めに行動して妹に起こされる事も無く朝飯を食っていた俺に、玄関のチャイムが鳴るのが聞こえる。何事だ、こんな朝っぱらからと思っていたら玄関先で、
「あー! ハルにゃんだー!」
 という妹の歓声が聞こえてきたので事態を把握するに至った。どうやらお迎えという手に出たらしい。さて、どんなパターンでくる? 俺が朝飯をかっ込んで玄関まで出てくると、
「お、おはようキョン…………くん」
 少しだけ頬を赤く染めたハルヒがそこに立っていた。くん、をつけるまでに多少沈黙があったのはこいつなりの葛藤らしい。ふっふっふ、そこまでの覚悟がなくて家に来るとは浅はかな。こんなお迎えなんてシチュはとっくに攻略済みだぜ! 今からお前をとことんまで辱めてくれるわ!
「おう、ハルハル♪ 朝から悪いな」
 凡そ自分が出来るであろう最高級の笑顔をイメージする。明るく、爽やかにってやつだ。イメージトレーニングも完璧だ、何故なら爽やか笑顔の参考対象は常に俺の近くにいたからな。
「あ、う、うん! ほら、一緒に学校行きたかったからね? キョンくんったらいつもお寝坊さんなんだもん♪」
 一瞬だけ怯んだハルハル(以下ハルヒではない、ハルハルだ)は流石に立ち直りが早い。すぐに俺に合わせて甘えたような態度を取りやがった。くそっ、こんな時まで何という順応力だ。しかし俺だってこのくらいは想定の範囲内だ、セリフだってちゃんと用意している。
「バカだなあ、ハルハルを待たせたりなんかするもんかよ。朝からゴメンな」
「ううん、あたしこそゴメンね。いつも勝手に来ちゃって……」
 いつもって今日からだろうが。というのは二人には通用しない。そういうシチュなのだ、例えるなら幼馴染が毎朝迎えに来てるってとこか。いや、こいつの家は結構遠いのだけど。それならば俺はどう動く? 昨晩考えたハルヒ攻略ルートその十八の出番だな。
 俺は自転車を引っ張り出す。こんな事もあろうかとタイヤには空気を入れなおし、おまけに荷台の部分に座布団を巻き付けておいたのだ。ばっちり二人乗り仕様である、ハルハル来襲を予測しないなんて初心者だけだぜ。
「ほら、行くぞ。乗れよ」
「あ、うん!」
 俺が自転車に跨ると、荷台にハルハルが座る。いつものような立ち乗りではない、女の子らしく横座りである。そしてソッと俺の腰に手を回す。分かってるじゃねえか、コノヤロウ。
「しっかり掴まってろよ、ハルハル!」
「うん♪」
 ペダルに力を込めるとハルハルの腕もギュッと力が入る。うわ、これ結構クルな。なんというかしおらしいハルハルなんて萌えるじゃないか。いや、いかん! まだ朝一の時点で心を揺らすわけにはいかないんだ。俺は一気に加速を加える。空気を入れなおしたタイヤは快調に回り、俺たちは学校に向けて出発したのであった。ちなみに妹が目を丸くしたまま無言だったのは何故だろうか。
 気付けばしっかりと腰に回された腕と背中いっぱいに広がる温かく柔らかい感触。こ、こいつ、当ててやがる! 間違いない、偶然ではなく必然として背中に体を預けやがった! 後ろにいるから表情は分からんが、きっとほくそ笑んでいるに違いない。チクショウ、こんな攻撃に負けてなるものか! むにょ、とか、ぷにょ、とかしか表現出来ない背中の感触に気を取られないように注意しながらも俺は自転車を走らせた。そう、これは天にも昇るような地獄直行便である。
 こいつ、朝比奈さんほどじゃないけど結構あるんだよなあ。それが揺れるたびにギュッと押し付けられるんだからたまったもんじゃない。俺の理性を直接的行為で攻めてくるとはこのハルハルやる! けど負けないぜ! ここで逆転は難しいんだ、ひたすら耐えるしかない。こんなとこで根性を見せねばならんとはなあ、何か間違ってる気もするがもう遅いよな。
 駐輪場まで頭の仲が沸騰しそうになりながらも事故も無くたどり着いたのは偏に俺の精神力の強さの賜物である。ハルハルの奴が降りる時に「チッ!」と舌打ちしたのを聞き逃す俺じゃないぜ。やはり確信犯だったか、当ててんのよじゃなくて当てまくってたけど。
 くそう、やられてばかりじゃいられない。こっちも反撃だ、俺のハルヒ攻略ルートその二十三を見せてやる! ということでハルハルの手を握る。
「えっ?!」
「ほら、行くぞハルハル。こうしてないとすぐにどっかに行っちまうからな」
 言いながら握った手を動かして指と指を絡ませる。その上でしっかりと握りなおせばハルハルの顔も赤くなろうというものだ。
「う、うん! 離しちゃダメだからね?」
 ああ、離すもんか。これでさっきの分はチャラだろ、俺とハルハルは並んで仲良く手を繋いで坂を登るという驚天動地の登校風景を周囲に見せ付けてしまっていたのだった。何故一々足を止めて俺たちを注目するんだ、お前ら。っと、ハルハルが肩に体を預けてきた。歩きにくいが密着度を優先しやがったな。肩の上にちょうど顎が乗る高さか、上手い事出来てる。
 こうして二人くっ付いたまま、ゆっくりと時間をかけて登校する。それでも遅刻しなかったのはハルハルが早く来ていたからだろう、俺も起きてたしな。下駄箱まで手を繋いだままの俺たちは靴を履き替える為にようやく手を離したのだった。名残惜しそうに一本づつ指を離していくのも忘れない。少しだけホッとしやがったな、流石のハルハルもやばかったと見える。
 だが、ここで追撃の手を緩めてはならないのだ! 敵は今油断をしている、これはチャンスだ! 俺は上靴に履き替えると、既に履き終っていたハルハルの手を再び握ったのだった。
「え?! ま、まだ?」
 当たり前だろ、このまま教室まで行くに決まってるじゃないか。そう言うとハルハルは口の中でもごもごと呟いていたが、
「うん、あたしもキョン……たんと一緒にいたいし」
 うお! くん、から、たん、へと進化した! いや進化なのか分かんないけど。そう言ったハルハルはなんと俺の腕にしがみつくように絡んできたのである。また当ててきてんのか? と思ったが今度は天然らしい。腕全体を抱きしめられて、指を絡めて手を握り合って。うわ、これまずいんじゃね? あの涼宮ハルヒと仲良く腕組んじゃってるよ、俺!
 おっといかん、素に戻りかけた。こうじゃない、今の俺はハルハル攻略の名人なのだ。そんな名人がどうするかといえば、ちょっとだけ明後日の方向を見てポリポリと頭をかいて。
 しょうがねえなあ、という感じでハルハルに微笑みかければいいのだ。ほら、ハルハルの顔が赤くなっただろ? 俺にかかればこんなもんさ。ただこっちの顔が何色なのかは鏡が無いから分からないけどな。あー、熱い、顔あっついなー。






「はよーっす」
 俺が挨拶と共に教室に入ったときの様子を何と表現すればいいのだろうか。そう、空気が凍るとでも言えばいいのか? 騒がしかった室内が水を打ったように静まったのは間違いが無い。たかだか教室に入っただけじゃないか、俺とハルハルが仲良く腕を組んで。
 そのまま二人並んで席まで歩く。周囲から生暖かい視線とザワザワと囁く声がしているような気もするが気のせいだろう。気のせいだと思いたい。気のせいじゃないかなー。ま、ちょっとは覚悟をしていたが。すすり泣く声もしているのは隠れハルハルファンだろう、隠れている暇があるなら堂々ときやがれ。まあハルハルは貴様らに渡さないがな! などと牽制の視線を周囲に発散させながら俺はハルハルの手を引いて無事席へとたどり着いたのだった。ちなみにこの間ハルハルは俺の腕にしがみついたまま無言だった。挨拶くらいはしろよと言うと、小さな声で「お、おはよ」なんて言うものだから阪中が萌え死んでいた。ふっ、まだまだ甘いぜ。まあ、この時間帯は圧倒的に俺の優勢である。
 しかしあのハルハルがこのままでいるはずが無かった。席に着いて座ろうとするとハルハルが手を離してくれないのだ。仕方なく後ろを向いたまま座り、手を繋いだまま向かい合う。やるな、ここで俺が手を離せば即ちハルハルの方が想いが強いという印象を与えかねない。この場は我慢比べだ、俺が手を離す方が先かハルハルが手を離す方が先かという。
 机の上に互いの手を繋いだまま置き、見詰め合う二人。他に見る者などないのだから自然とハルハルしか見ないようになるのだが。
 これがハルハルの手だったのだ。見つめる程にサラサラの髪や長い睫毛、整った鼻筋に仄かにピンクに染まる頬など何処を見ても完璧な美人がそこにいるのだから。しかも俺を見つめるその瞳は潤んで星のような光を湛えている。さりげなく上目遣いなのもポイントが高い、これで桜色の唇を半開きにして俺を見つめているんだぞ? これで何も思わないほど俺は枯れた男では無い。つまりは生唾など飲み込んでしまう訳で。
 自分で何をやっているのか分かっているのか? 今のお前は清純な中にも怪しげな色気を放つ天使の顔をした小悪魔なんだ。見ろ、周りの連中の惚けたような面を。まあそんなハルハルが見つめるのは俺しかいないんだけどな! 別に自慢なんかじゃない、今の俺はハルハルオンリーのキョンたんなのだから。
 だがこのままではいけない、これではハルハルの思う壺だ。チャイムが鳴るまでこうしていたら俺は間違いなくハルハルにキスしてしまうではないか。そうなれば勢いで押し切られてしまう、きっとキスの寸前で素に戻ってハルハルの勝ち誇った顔を目の前にしてしまうというお約束をぶちかましてしまうに違いない。それだけは避けねば! しかしどうすれば……
 この時、俺の脳内ハルハル攻略ファイルその四十一が閃いた。これだ、俺の反撃手段はこれしかない。
 ただし、使用にはそれなりのリスクは伴うことは覚悟せねばなるまい。何と言ってもハルハルのうるるん上目遣いに対するのだ、こちらもそれなりの手段を取らざるを得ない。しかもハルハルは攻勢の手を休めようとはしていないから早急に対処せねば反撃の芽を摘まれてしまう。作戦は決まった、残るは実施のタイミングだけなんだ。この攻略法は時間限定のワザなのだから。
 後少し。もうすぐ反撃の時間はやってくる。それまでは亀のように首を引っ込めて何とかかわしたいところなのだが、我が愛しのマイハニーはそんな時間稼ぎを許してくれはしなかった。流石だぜハルハル、情け容赦が無さ過ぎる。この美しき堕天使は尚も俺を堕落させようとするのだ、つまりは半開きした可憐な唇を声を出さずに動かして。
 それが俺にだけは分かるように『は・や・く❤』って言ってるんだよ。まるで吐息で囁きかけるように。かなりの攻撃だ、凄まじい威力だ! 自分で言いながらも照れて赤くなっているなんて反則過ぎる。そんなハルハルを見てしまって無事でいられる奴などいない、いたらホモかゲイか同性愛者だ。そしてそのどれにも属さない俺としては理性の箍がグラグラと揺れ動く音を確かに聞いてしまうワケで。
 早く、早く時間よ来い! そんな俺の祈りは目の前の女神ではない神へと届いたのであった。まあハルハルが女神であることを否定するような輩は俺が叩きのめすのだけど。
 それはまあいい、とにかくチャンス到来なんだ! 今まで溜めていた気力を全開に、俺はハルハルへ反撃の一撃を試みたのだった。 
 あれだけしっかりと繋いでいた手を離すと名残惜しそうな目でそれを追うハルハル。いいか、これは敗北ではない。言うならば戦略的撤退としておこう。何故ならば俺の手はハルハルの手からハルハルの頬へと場所を移動したに過ぎないのだから。
「ふぇ?」
 いきなりの俺の行動に、さしものハルハルも驚いた表情をしているが大きく見開いた眼も可愛いぞ。そんな可愛いハルハルをもっと可愛くしてやるから覚悟しやがれ! と、俺は右手をハルハルの頬に添え、出来うる限りの最高級の微笑みを浮かべるとそのまま反対の頬にキスをするように顔を寄せる。何やら女生徒達の黄色い悲鳴が聞こえているのだがあまり騒ぐと教師が走ってくるだろうが。
「あ、あの…………キョンたん?」
 されるがままのハルハルが小さくおどおどと尋ねてくるのを無視して俺はハルハルの左耳に唇を近づけた。こいつ耳たぶまで可愛いな、後でカプッとしてやる。だがその前にやらねばならない事があるのだ、俺はハルハルの耳の奥まで届くように低く静かに囁く。
「まだおあずけだ、ハルハル❤」
 囁く吐息がハルハルの耳朶を震わせるように。耳の奥、鼓膜まで届くようにと唇を細めて息を吹きかける。
「ひゃあああああんっ?!」
 予想だにしなかったであろう俺の攻撃にあられもない声を上げたハルハルをニヤリと見やり、俺はようやく前を向いた。ここでタイミング良く教室の扉が開き、ハンドボール馬鹿の岡部が入ってくるという筋書きである。このタイミングを計る為に俺はハルハルのうるるん攻勢を必死に耐え切ったのだ。
 あ〜、とか、う〜、とか今更言っても遅いぜハルハル。最早顔も上げられないくらいに恥らうハルハルの気配を背中に感じ、俺は心の中でガッツポーズを決めた。反論を許さない完璧な勝ち逃げである、この時間帯は俺の優勢勝ちと言ってもいいんじゃないだろうか。
 優越感に浸りながら俺はホームルームを笑顔で過ごしたのだった。何やら男子生徒諸君から刺し殺されそうな視線を浴びているような気がするが、そんなもん知ったことか。
 それと女性陣が先程のハルハルばりに濡れた瞳で俺を見ているのもどうかと思う。俺にはハルハルだけなんだ、それだけは譲る訳にはいかないんだぜ?