『SS』 金銀・ダイアモンド&パールプレゼント 6

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「ハアハア、あ、あたしってこんなの望んでたのかしら? ちょっとドジョウに恩返しでもしてもらっちゃおうなんて思ってたけどさー」
 やっぱり確信犯だったのか、コノヤロウ。そして今のはお前が望んだんじゃなくて単なる自爆だ。
「さて、それではいかが致しましょうか? せっかくの夢の中でドジョウが人間になるという不思議な体験中なのですから涼宮さんの思う通りになされたらよろしいかとおもうのですが」
 話の修正を図る古泉に促されて改めてドジョウ娘を眺めるハルヒ。ぼんやりとしているドジョウ。二人は何も語らず見詰め合っていたのだが。
「何しよう?」
「おおー、わたしーは、ハルヒーに、お礼ーを、したいー」
「お礼? ほんとに恩返ししてくれるんだ?」
「おうちーを、くれたーのは、ハルヒー」
 涼宮ハルヒという人間は恩を押し売って倍返しを要求するような理不尽極まりない奴なのであるが、その反面で素直に礼など言われ慣れていないものだから、
「あ、うん。良かったわ、喜んでもらえて」
 などと普通に照れたりもするのである、恩返し云々を言う割には甘い奴だ。そこがハルヒらしいとも言えるのだけどな。
「お礼ーを、なんでもー、できたりーしなかったりー、するーの」
 ドジョウ娘の言葉にハルヒの瞳が輝いた。これは楽しい時のハルヒの特徴でもあるな、まるで超新星爆発を間近で観測しているかのような感じを覚えるほどの満開の笑顔で、
「それじゃあね、あたしと遊んで! ううん、みんなで遊びましょう!」
 はじけそうな輝きは俺を見つめ、
「凄い! 凄いわよキョン! 不思議な現象が目の前にあってドジョウが女の子になってて、その子とあたし遊んじゃうの! こういうのをあたしは求めてたのよ! きっと誰も経験なんかしたことのない不思議な世界があって、あたしはそこにいるんだって!」
 物凄い勢いでまくし立てるとハルヒはドジョウ娘の手を取った。
「ねえ、何して遊ぼうかしら? どこか行きたい所とかない? それともあなたがどこかに連れて行ってくれるのかしら?」
 矢継ぎ早に問い詰められてもドジョウに答えられるはずはない。不思議そうに首を傾げると、
「わたしーは、ハルヒーと、遊ぶーの?」
「そうよ! みんなで一緒にね!」
 ドジョウに言うと俺の方を向き、そうよね? と聞かれると頷くしかない。これだけの笑顔を見せられて否などと言える奴がいたらお目にかかりたいもんだね。古泉も朝比奈さんも長門ですらも何も言わずに頷いている。
 そうさ、たまにはいいだろう。SOS団が本当に不思議な体験をしてみてもな。それでこの笑顔が見られるのなら夢であっても納得してくれるだろう。
「わたしーは、ハルヒーの、好きなとこーで、いいー」
「そうね、せっかくだから……」
 そう言われるとハルヒは少しだけ考えていたが、突然何か思いついたのか手をパンッと叩くと、
「そうだ! せっかく魚から人間になってるんだもん、どうせなら泳いでるとことか見たいわね」
 などと言い出した。いや、季節を考えろ。どこで泳ぐっていうんだよ。
「あら、これはあたしの夢なんだから何とかなるんじゃないの?」
 こういう時だけ都合よく夢だと主張しやがった。とはいえ、どうしたものかと思う間も無く反応をする奴がいた。
「ああ、ちょうど良かった。僕の親戚がスポーツジムを経営しておりますのでそちらに向かいましょう。水着なども用意出来ていますのでご心配なく」
 いや、そこまで都合が良くいくものなのか? しかしハルヒからすれば夢なのだから、
「さっすが古泉くんね! 夢とはいえ準備万端なのは感心だわ」
 との言葉に、光栄です、と古泉が頭を下げて話がついてしまうのである。どうやら古泉が電話で色々やっていたのはこういうことだったらしい。
 話が決まれば即行動が涼宮ハルヒであり、それに否応無く付いて行くのがSOS団であるからして、
「それじゃ行くわよ!」
 ハルヒの号令一過、SOS団は校内を飛び出し活動と相成ったのである。いいのか、これで?
 どうせ夢なんだからと着替える事を許されずにメイド服のままの朝比奈さんと成すがままのドジョウ娘を引っ張っていくハルヒの後ろを長門が続き、最後尾を俺と古泉が歩くといういつもの下校風景にプラス一名といった感じで校門まで行くと、そこには黒塗りの車が待っているという抜け目無さなのだ。
「おい、いつの間にこれだけ用意してたんだよ」
「涼宮さんの今までの行動からパターンを予測していくつか用意していたんです。とはいえ三十種類程度のものだったので正解なのかどうか不安だったのですが」
 そんだけ用意してりゃ十分だろ、とも言えないのが涼宮ハルヒを相手にするということだ。むしろこれだけの時間に三十も用意してた『機関』が凄いとしか言えん。
「そうか」
 とだけ言って俺も車に乗り込んだ。まあ夢なんだから、と思うようにしないと『機関』なら何でも揃えかねない。この都合よさをハルヒが夢だと思ってくれることを祈っておこう。





 車内でもハルヒのテンションは落ちることなく、ドジョウ娘に話しかけては反応に一喜一憂している。それに朝比奈さんが相槌を打ったり、ちょっかいをかけられたりしながら長門は無言で我関せずとしているのもいつも通りと言えるだろう。
「それにしても夢なんだからお昼でもいいのに何で夜なのかしら?」
「そこが明晰夢たる所以なのでしょうね。涼宮さんは寝ているのですから時刻は夜であると認識しているのですよ」
「車で移動っていうのもそうなの?」
「ええ、テレポーテーションなどではなく自己意識が通常の移動手段を求めたのではないかと」
「うーん、めんどくさいもんね」
「ですが意識があるからこそ、こうして未知の生命体と話をしているという実感を覚えているのではないですか?」
「そうなんだけど…………色々面倒なのねえ」
 ハルヒは面白くなさそうに呟いたが、事情を知る者としては古泉の口の上手さに感心する。こいつ、ハルヒが落ち着いて『機関』から首になっても詐欺師として食っていけるんじゃないか? その場合はクロサギなのだろうか。いや、黒といえばとふいに思いついたので。
「ああ、もう到着しましたから」
 これ以上はドジョウの相手をしていてもハルヒが飽きそうなギリギリで車はどうやらジムに着いたようだ。さっそくハルヒがドジョウ娘と共に飛び出した。俺達も後を続くと、結構いい時間になっているにも関わらずスポーツジム(五階建てくらいのビルだ)は煌々と灯りが点いていた。
「おい、いくらなんでも気前がよすぎないか?」
 どれだけハルヒに気を使ってるんだと古泉に小声で話しかけると、
「いえ、実はこのジムは『機関』の経営といいますか、『機関』の訓練施設でもあるのです。だから都合をつけやすかったといいますか」
 苦笑気味に答えるのはいいが顔が近すぎる。それにしても訓練施設ね、古泉の言った鍛えているというのは、あながち嘘でもないってことか。
 とにかくハルヒのお望みどおりに泳ぐ状況が整ってしまったのである。後はもうあの底なしの体力に付き合うしかないのであって、夢ではない事を知っている身としては明日無事に学校に行けるのかを心配するだけでいい。そして心配の結果として溜息をついて重い足取りでハルヒの後を追うしかなかったのだった。






「うわー、結構大きいじゃない! これならドジョウちゃんと競争も出来るわね」
 確かにハルヒの言うとおり、古泉の案内で着いた室内プールは下手な学校などのプールなどより遥かに大きく設備も整っていた。改めて『機関』の規模の大きさを感じるところなのだが、
「ちょっと僕は施設の責任者の方に話がありますので」
 と出て行く古泉を見ると苦労が忍ばれてしまい若干同情もしたくなってくる。大体夢なのに色々と不都合じゃないのかと思いはするのだがハルヒにはあまり関心の無い話のようだ。
「じゃあ古泉くんが来るまでに先に着替えてましょうか。キョンも先に用意しておきなさい、あんたトロいんだから」
 誰がだ。とはいえ、ただ古泉を待っていても仕方が無いので言われたとおり着替えておくかと更衣室に向かおうとしていた時だった。
「おおー? ハルヒーは、どこいくのー?」
 それまでプールの縁で興味深く水面を眺めていたドジョウ娘がハルヒ達が更衣室に行こうとするのを見て急に声を上げた。
「水着に着替えるのよ、ドジョウちゃんも着替えないと」
「着替えー? 何をー、するのー?」
 ドジョウ娘は首を傾げているが、よく考えなくてもこいつに着替えをするという概念があるとも思えない。ハルヒもそれに思い至ったのか、
「いい? この服じゃ泳げないから水着っていうのに着替えるの。あなたも着替えた方がいいからあたし達と一緒に更衣室へ、」
「おおー、これをー、変えるー、のかー」
 と説明の途中でドジョウが自分の服を脱ぎだした。いや待て! あいつ穿いてないし着けてないんだぞ! 慌てて俺は後ろを向き、
「ちょ、ちょっと! ここじゃダメだって!」
 ハルヒがドジョウの手を抑えて何とか食い止める。しかし男がいても平気で着替えようとしていたハルヒが止めに入るのもおかしなものだ。まあハルヒが止めなかったら朝比奈さんが止めていたと思うが。
「何でー?」
「何ででもよ! キョンがいるんだからここじゃダメなの!」
 それだと俺がいなかったらここで着替えてもいいみたいだろうが。何にしろドジョウにもちゃんと言っておかないといけないだろうな。俺がそう思って振り返ったその時に。
ハルヒーも、着替えーる?」
 いつの間にかハルヒの後ろに回っていたドジョウがいきなりハルヒの制服の上を捲り上げたのだ。
「へ?」
「あ!」
 ここで思い出してもらおう。ハルヒは連れてこられた時にパジャマから制服に着替えさせられた。その際にその、下着というものを付け忘れられていてだな? そしてドジョウは制服を捲り上げた訳なんだよ。
 いや、これは事故だ。それは間違いないのだが、それでもだ。
 見てしまった。
 何を、などと今更聞くな、聞かないでくれ。とにかくハルヒの、をそれも生で。水着姿でもかなり刺激的だった、あの張りのあるボリューム豊かなそれを布で隠れている部分も全て曝け出した状態で見てしまったんだよ! つまり先っちょのとこというか、綺麗なピンク色している蕾と例えられる部位を含めた全てをだ。
 やばい、二次元でしかお目にかかったことのない神秘な部分をばっちりと、しっかりと見てしまった俺の動揺と同様にハルヒは一瞬だけ動きを固めると、
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
 と室内に大音量を響かせて。一瞬にして顔面を朱に染めると一気に走り去っていってしまった。殴られるかと思ったが意外な反応かもしれない。なんて冷静に考えていると思うだろ? 多分ハルヒに殴りかかられても身動きが取れなかったと思う。それほどまでにあのハルヒは俺の脳内にインパクトを叩き込んでくれていたのだから。
「す、涼宮さ〜んっ! ドジョウちゃんもこっちに!」
 実際数瞬の事だったので呆然と俺達を見ていた朝比奈さんがハッと気付いてドジョウを引っ張ってハルヒの後を追う。残された俺は魂が抜けたようにそこに佇むしかなかったのだった。
「…………」
 ああ、いたのか長門。それと何て冷たい目だ、まるで汚物を見るようじゃないか。
「…………やはり胸が」
 何か言ったか? すまんがもう少し声の音量を上げてくれ。
「なんでもない。わたしも着替えてくる」
 そうか。ところで一つ頼んでいいか?
「何?」
 ……ティッシュ持ってきてくれ。鼻に詰めるから。
「……………………拒否する。自分でやって」