『SS』 金銀・ダイアモンド&パールプレゼント 5

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「ん? う〜ん…………あれっ? キョン?!」
 ぼんやりと俺を見ていたハルヒの視点が急に定まると慌てて起き上がった。
「な、何でキョンがいるのよ! って、ここ何処?!」
「いや、お前の夢の中の俺に訊かれても返答の仕様が無いのだが何処かと言われればSOS団の部室だぞ」
 まあ夢ではないのだが。これが作戦である、つまりはハルヒに夢だと思わせておいてドジョウ娘に会わせてやろうという事なのだが。
「え……、それって、あの、またあの夢なのかな…………」
 あれ? 何か反応がおかしい。何故頬を染めて俯くんだ? それと指を唇に当ててる。変だ、こんな反応は想定外だぞ。というか何故可愛くなってるんだ、こいつ?
「あ、あのね? あの夢の続きならあたしも見たいっていうか、そうだったらいいなっていうか、その、でもこれって夢だし……」
 って何言ってんだ?! しかも段々近づいてくる、顔が近い! 気付けばハルヒの両腕が俺を抱くように首に回されていて。え? 何だ、このシチュエーション? 夢だよな、ハルヒの奴はどんな夢見てるつもりなんだ?!
「せっかくなら髪型も変わってたら良かったのに」
 髪型? 何で、というところで気がついた。まさかハルヒはあの夢だと思っている、閉鎖空間の中の出来事の続きだと思ってるんじゃないだろうな?! いかん、これは俺にとっては墓穴を掘ったといっても過言じゃない。嫌でも脳裏にあの灰色の空間に囲まれた校庭での出来事が浮かんでくる。
「よせっ! やめろハルヒ、いや、夢の中だから俺は知らないけどつまりは待て! お前は何か大きく勘違いをしてるんだ!」
「夢の中くらいあたしの言うこと聞いてよね…………キョン……」
 静かに目を閉じたハルヒは例えようもないくらいに可愛らしく、その桜色の唇は何かを期待するかのように閉じられていて。『は・や・く』という脳内メッセージが勝手にリピートしている中で俺は誰に謝っているのか分からないんだけど段々顔を近づけていって……
「やあ涼宮さん、こんばんは」
「わきゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
 最高のタイミングで声をかけた古泉に驚いたハルヒに力一杯突き飛ばされた。よし、古泉は後で殴る。そして突き飛ばされた俺が倒れたところをタイミング良く踏みつけた長門さん、すいません。何でか分かんないけどごめんなさい。
「な、な、な、なんで古泉くんがいるの?! よく見たら有希にみくるちゃんまで!」
 ようやく気付いたか。長門は俺の顔面を上靴の裏で蹂躙した後は何も無かったように立っていて、朝比奈さんはさっきまでの俺達を顔を真っ赤にして覆った手の指の間からこっそり覗いていた。だから何で誰も止めなかったんだよ、というツッコミは無視されて古泉は抜けぬけと、
「流石は涼宮さん、ようこそ明晰夢の世界へ」
 そう言って恭しく頭を下げたのだった。何が起こったのか分かっていないハルヒはきょとんとした顔で、
明晰夢? それってあの意識がはっきりしてるのに見る夢ってこと?」
「その通りです。つまり涼宮さんが今見ている僕らは現実の僕らではなく夢の中で涼宮さんが作り出した僕らなのです」
 そんなに質問にしっかりと答える夢なんてあるのかよ。とはいえ後は古泉の屁理屈次第だ、ハルヒが疑わない訳ないからな。果たして、
「証拠は? これが夢だっていう証拠が欲しいわ」
「まず第一点、涼宮さんは就寝されたのに現状制服姿で文芸部室にいる。第二点、学校に制服姿でいるにも関わらず携帯などの通信手段を持っていない。第三点、夢である故に我々以外の登場人物がいる。以上を持ちましてこれが涼宮さんが見ている夢であるという証拠になるのではないでしょうか」
 ハルヒの追求に白々しく笑顔で答える古泉。まさに役者そのものだ、映画の時の大根ぶりこそが芝居だったのではないかと思えてくる。
「確かにみんな以外は学校に誰もいないみたいだし携帯も持ってないわね。でもこんなにはっきりした夢なんて信じられないわ、それにみんなも本物そっくりだし」
 本物なんだから仕方ないだろ。それにしても、もっと簡単に信じるかと思えば意外に疑り深いな。やはりハルヒの勘はあなどれない、俺達はともかく朝比奈さんは既に涙目で疑われたら迂闊な事をしゃべりそうだ。しかし出まかせで誤魔化すのは超能力者の特徴でもある。
「それほどまでに僕らの事を気にかけて頂けるとは光栄です。団員として誇らしく思います」
「へっ? ああ、そうね! そうよ、団員の事を常に思ってるあたしだもん、夢に出てきたっておかしくはないのよ!」
 そうよ、出てきて当然なのよと勝手に頷きながらもハルヒはようやく夢であることを納得してきたようだった。だが、当然と言いながら何故俺の方をチラチラと覗き見るのだ?
「それで? あたしの夢なんだから当然あたしが何かを望んでるから見てるのよね」
「はい、涼宮さんの深層心理における欲求などが現実には起こりえないものとしてレム睡眠時に映像や音声にて再生されているように脳内で処理されているのが夢ですから。それを自らは意識があるものとして捉えているのが現在の明晰夢です」
 身も蓋も無いな。つまりは今の俺達はハルヒの想像というか妄想の生み出した産物という訳である。だから何故俺を見るんだよ。
「う〜ん、でもあたしの深層心理の欲求って何なのかしら? 少なくともみんなと一緒にいる時のあたしは楽しいわよ」
 じゃあ何で何か言いたそうに俺を見るのだろうか。古泉はそんなハルヒを見て苦笑しながらも、
「ああ、そういう事ではありません。先程言いましたように僕ら以外の登場人物が涼宮さんの望んだものなのですから」
「あたし達以外? 誰よ、それ」
 と、ここでようやく主役の登場となる。前フリが長すぎないか、これ? すっかり待ちくたびれた感もあるドジョウ娘はようやくハルヒの前に立てた。
「おおー、あなたーも、わたしーは、知っているー」
「何、この子? 変わった話し方してるし肌の色も違うけど外人さんって訳じゃなさそうね」
 驚いてはいるが動じないのは流石ハルヒと言うべきか。それに比べてドジョウ、お前さっきまで寝てるハルヒを見てたくせに驚いてどうする。
 ということで種明かしの時間だ。
ハルヒ、ちょっとそこの水槽を見てみろ」
「なによ、水槽ってドジョウしかいない………………あら?」
 お、気付いたな。そう、水槽にはドジョウはいない。すなわち、
「あんたドジョウを食べたでしょ!?」
 となるって誰が食うか! どこまで斜めな答えを返しやがるんだ、このアホ。
柳川鍋にでもしたんじゃないの?」
 たった一匹でそんなに大層な料理なんぞ作るか! というか妹がもらってきたと言ってるだろうが! それを何で食わねばならんのだ。
「おおー、わたしーは、食べられるー」
 だから食わないって! という俺のツッコミと同時に、
「へ? 今この子なんて言ったの?」
 ハルヒの素っ頓狂な声が上がって、
「つまりはそういう事なのです」
 と古泉がしたり顔で頷くところまでで一連の動作として完成するのであった。そして流れは見事に繋がり、ハルヒは俺のネクタイを引っ張って首根っこを掴むと、
「あんた、あの子を食べる気なの?! 性的な意味で!」
 って、なんでやねん。いい加減食うという発想をやめんかっ! などというお茶目なやり取りがあったことをここに明記する。万が一俺が窒息死した場合は犯人はこれで特定出来るはずだからだ。






「は〜、なるほどねぇ……つまりこの子があのドジョウだって事なのね」
 さっきからそう言っていたはずなのに何故俺が三途の川で死んだ爺さんに必死に追い返されたのか理由を知りたいね。
「よくあることよ、だってキョンだもん」
 理由になってねえよ! とはいえ最早ハルヒはドジョウ娘に夢中である。様々な角度から眺めては感心し、ぺたぺたと触っては感心している。
「やっぱりおっぱいは無いのねえ」
 どこを最初に触ってるんだよ。
「ふにふにーじゃ、ないのー」
 訳が分かっていないのか、ドジョウ娘もされるがままである。しかしハルヒは何を基準にして胸がないと言っているのだろうか。自分や朝比奈さんを基準にするならお門違いだ、お前らは反則すぎる。それにさっき触った感触だと無いように見えて意外と膨らんでいたりもするのだ。そうだな、もしかすると長門よりはって、はい、すいません、二度と思いませんから視線で人を殺そうとしないでください。
「ああ、自己紹介がまだだったわね。あたしは涼宮ハルヒ! このSOS団の神聖にして不可侵なる絶対の象徴であるところの団長よ!」
「おおー、ハルヒー、覚えたー」
 良かったな、余分なところは全てスルーしてくれて。
「この子が朝比奈みくるちゃん、SOS団のマスコットキャラなの。どう? このおっぱい!」
「ひゃわぁ〜! す、涼宮さん、そんな紹介しないでくださ〜い……」
「みくるーは、ふにふにーだー」
 気に入ってるのか、そのフレーズ。それと二人がかりで朝比奈さんをもみくちゃにするんじゃない、すっかりしおれてしまったではないか。
「この子は長門有希! SOS団の誇る無口な読書好きの女の子にして万能選手なんだから!」
「有希ー」
「…………そう」
 いや、もう少し愛想良くというか反応してやれよ。と、ドジョウ娘が手を伸ばす。握手ではない、その手は胸に向かって一直線に! しかしそこは長門だ、見事にブロックした。
「おおー、やるーなー」
 そこからしばらく組み手のような演舞のような、素早い手の攻防があったのだが割愛する。というか無駄に身体能力高いな、このドジョウ。ちなみに長門は一度も触れさせなかった。ふにふにーか否かは本人のみが知るのであろう。
「いやー、面白かったわねー。そんじゃ続きね、彼が古泉一樹くん。SOS団の副団長よ!」
「一樹ーは、ふにふにー?」
「生憎と僕は鍛えてますので。ふにふにーではありませんよ」
 まともに受け答えするなよ。
「それと、これがキョン
 おい! もうちょっとまともに紹介しろよ!
「…………ピョン?」
 おしい! いや、おしくないっ! 大体俺にだってちゃんとした名前があってだな、
「以上があたしの誇るSOS団の精鋭メンバーよ!」
 あ、こら! 俺の話をだなあ、
キョンうっさい」
キョンうっさい」
 え? 何でそこだけまともにしゃべれるんだ? しかもハルヒそっくりに。団長と魚にあっさりと断罪された俺は涙を飲むしかなかったであった。ついに魚にまであだ名で呼ばれるようになってしまった…………
「ちなみーに、キョンーは、ふにふにー?」
「そうでもないわね。運動してないって割にはがっしりしてるっていうか、意外と引き締まってるというか」
「なんでー、ハルヒーが、知ってるーの?」
「え? あ? えーと、それはその、合宿だとか、プールだとか、夢だとか、そんな感じで抱きしめられたら案外男の子だったなとか、ってうわーっ!!」
 凄まじいばかりの巨大な墓穴を掘って、ハルヒは顔を真っ赤にして頭を抱えて転がりだした。
 それをドジョウはキョトンと、古泉と朝比奈さんは温かい目で、長門は刺す様な視線で眺めていた。俺はといえば、ハルヒの方なんかまともに見れるわけないだろうが! 何なんだ、この羞恥プレイ。
 そこからハルヒが正気を取り戻すまでにまたもしばしの時間がかかったのであるが、いつになったら話が進むのだろうなあ? 本当に夢だったら良かったのに、と頭を壁に叩きつけたい衝動をかろうじて抑える俺なのであった。