『SS』 金銀・ダイアモンド&パールプレゼント 4

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「さて、どうしようか? 何か考えはあるか?」
「と言われましても。あなたへの恩返しが主な彼女の願いなのですから優先すべきはあなたの意見ですし」
 俺だって別にしてもらいたい事なんかない。具体的に言えば金が欲しいなどと俗物的な事しか思い浮かばないし、それをドジョウっ子が叶えられるとも思えない。
 つまりはドジョウなんかに何か出来るはずもない。ハルヒの事だからトンデモ属性を装備させている可能性も無きにしも有らずだが、そんな藪を突付いて蛇を出す必要も無い。何かさせるよりも何もさせないのが正解なのだ。
「朝比奈さんはどうですか?」
「え? え〜と、一緒にお買い物なんかどうでしょうか?」
 大変よろしいかと思いますが生憎とこのドジョウを下手に人前に出すわけにもいかないんです。
「そうですよね、残念だなぁ……」
 いえ、確かにせっかくドジョウも人間になったのだから色々と見せてやるのもいいのかもしれないですね。それなら俺にも大して負担はかからないだろうし。
「一応訊いておくが長門はどうしたい?」
「コンピ研のパソコンのフォルダ整理とクリンナップ作業のサポートを頼みたい」
 無茶言うな、所詮は魚だぞ。
「残念」
 全然思ってないだろ。という事で自主性に乏しいメンバーはドジョウの恩返しに応えてやるようなネタを持ち合わせてはいないのであった。
 しかしせめてドジョウ娘の望みくらいは叶えてやりたい、何でもいいから適当な頼みごとでもないかと頭を捻ってみたものの。
「まあ、ないわな」
「ですね」
「そう」
「どうしましょうかぁ?」
 どうしようもないな、時間も無いし。八方ふさがりな状態になった俺達だが解決策は見つからないままだ。決め手がないというより元々時間も無ければ人前に出るわけにもいかないとなればやる事もない。
 かといって時間を無駄にする暇も無い。必死になって考えているおれの前でドジョウ娘は自分の事だと分かっていないのだろう、左右を見回している。
「いなーい、あのー、だれかー、いなーい」
 ん? 誰かを探していたのか? さっきまで動く様子も少なかった娘が今はキョロキョロとしている。段々と動作が慣れてきているのかもしれない。
「誰を探しているのですか?」
 古泉が訊いてみると、
「わたしーの、おうちーを、くれたのはー、いなーい?」
「おうちですか? えーと、」
「あの枯れ木の事でしょうね、ずっと影に隠れてましたから」
 ああ、確かに。普段のドジョウの生活からすれば流木や岩の陰は巣のようなものだろう。つまりはあの枯れ木を家だと表現したのは間違いは無い。
「って、あれをセッティングしたのはハルヒだぞ? つまりドジョウが探しているのは……」
「涼宮さんで間違いないでしょうね、さてどうしましょう?」
 どうするも何もハルヒに遭わせたらまずいから悩んでいるんだろうが。しかし恩返しというのは恩を受けたから返すのであって、ハルヒから受けた恩はハルヒに返そうとするのも道理ではある。だがハルヒに知られるには…………
「待てよ? 長門、今何時だ?」
「午後20時32分40秒」
 秒はいらん。そうか、まだ夜8時か。
「どうなさったのですか? 時間を気にする必要はありますけどあなたの外出に影響でもあるのですか?」
「いや、俺の方は何とかする。それよりお前か長門のどちらでもいい、ハルヒの一日のスケジュールを把握してる奴はいるか?」
「ええと、一応『機関』としまして涼宮さんの一日の大まかな流れは把握していると思いますが何分プライベートな事なので僕にまで知らされる事はありませんね」
「それなら長門だったら分かるだろ、ハルヒは今日何時くらいに寝ると思う?」
「普段ならばしないが涼宮ハルヒの生体反応を追えば睡眠状態に陥ったのは把握可能」
 そう言った長門の顔があまり分からないだろうが俺には眉を顰めているように見えた。古泉も戸惑っているようだし、朝比奈さんとドジョウ娘は分かっていないのかキョトンとしている。ああいかん、言葉が足りなかった。
「おい、古泉」
「はい、何でしょう」
 俺の意図が分かったのかすぐ近づいたのはいいが顔が近い。内緒話じゃないんだから普通にしてろ。
「――――――といった感じで行けないか?」
 俺の提案に古泉は苦笑を浮かべ、
「まあ出来なくはないでしょうけど、あなたにしては随分と大胆な提案ですね。万が一気付かれたら大変な事になりますよ」
「その為にお前らがいるんだろ? こうなったらハルヒの奴にも責任を取ってもらおうぜ、あいつを上手く騙すのがお前の役目だろうが」
 簡単に言ってくれますね、と肩をすくめる古泉だがいつものスマイルのままなので信用していいんだな?
「まあ時間はありませんがセッティングなら出来そうです。という事で僕は色々と準備に取り掛かりましょう」
 そう言って携帯を取り出すと古泉は部室の外で電話を掛けはじめた。俺は今までの古泉との会話を聞いていたであろう長門にも、
「という事で頼めるか?」
「観測対象への過度の接触は推奨出来ない」
 まあ言ってる意味は分かるんだが、この作戦は長門の能力無しでは成功どころか実行も出来ない。しかし長門は何処と無く躊躇しているよう見える。
「そこを何とか頼む、ドジョウの為なんだ」
「…………あなたは過去にわたしの能力の制限を命じた。今回の件はそれを逸脱することになる」
 そうか、長門が気にしていたのは宇宙的能力を使う事を俺が止めるようにいったからか。確かに勝負事などで長門の能力は反則すぎるものだったからな。
「今回は特別だ。あのドジョウがハルヒに会いたいならそうしてやりたいが、そのまま会わせる訳にもいかないからな。だったらとことんまでハルヒの好きな不思議ってやつを体験させてやるさ」
 まあイタズラみたいなもんだ。俺がそう言うと長門は珍しく目を見開いた。どうやらこの宇宙人さんにはイタズラってもんの概念が分かっていなかったようだな。
「それは涼宮ハルヒを詐称にかけることになる」
「それでハルヒが窮地に陥ったりするならな。だけど今回はあいつの望んだ不思議体験だ、文句は言われないだろうよ」
 まあ後は俺と古泉が上手い事誤魔化せれば何とかなるだろ。すると長門はしばし考えるように俯くと、
情報統合思念体は推奨していない」
 小さく呟いた。やはりそうか。ならば違う手段を考えるしかないか、いいアイデアだと思ったんだが。
「だが、わたしはやる価値はあると判断する」
 顔を上げた長門ははっきりとそう言った。その根拠は何だ?
「あなたを信じる。あなたが彼女に対してフォローをするのならば最悪の事態は回避されると判断する。それに、」
 楽しそうだから。聞こえないように小さく呟いた長門の顔は俺から見ても楽しそうだったんだぜ?
「あの〜、あたしはどうすればいいんでしょうか?」
 おずおずと朝比奈さんが訊いてくる。あなたの場合はまずハルヒにばれないようにしてもらうのが一番なのですが、
「朝比奈さんには悪いんですけど、ちょっと着替えてもらえれば。俺ももうちょっと時間がありそうなので着替えてきます」
「ふぇ? えーと、着替えるんですかぁ? 一体どんな格好をすればいいんでしょうか?」
 俺は部室のクローゼットからメイド服を取り出した。
「これでお願いします。俺も着替えるのは制服ですから」
「え? これでいいの?」
「はい、あくまで普段のSOS団の俺達でいる訳なので。まあとりあえず着替えておいてくださいね」
 まだ頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいそうな朝比奈さんについでにドジョウ娘の世話も押し付けながら俺も着替えるべく一旦家へと帰ることにする。
「頼んだぞ、長門
 長門が頷いたのを確認したら朝比奈さんがいきなり着替え始めたので慌てて部屋を飛び出した。すると廊下で、
「ああちょうど良かった。どうやら上手くいきそうです、替え玉のドジョウも用意出来ました」
 早いな、ついでで悪いが俺を家まで送ってくれないか?
「ふむ、それならば僕も一旦戻るとしましょう。あなたを送って十分後に再びお迎えに参ります」
 話が早くて助かる。これでこっちは準備万端って訳だ。古泉が呼んだ『機関』の車で家へと帰った俺は北高の制服に着替えると時間通りにやってきた車に再び揺られて北校に戻ったのだった。往復を自転車じゃなかったのは得したと言えるのだろうか? いや、これから行われる大掛かりなイタズラと、それに伴う苦労を鑑みればこのくらいはいいだろうと思うことにする。





 部室に戻ると既に全員が揃っていた。ただし長門はともかく俺と古泉は制服に着替え、朝比奈さんもメイド服になっている。肝心のドジョウ娘は大分馴染んでしまっているのか、朝比奈さんの淹れたお茶を飲みながらメイド服を興味深そうに眺めている。
 長門は準備のために席を外し、後は時間が来るのを待つだけなので俺達も普段のSOS団の活動と何ら変わらない態度で過ごしていた。するとドジョウ娘が、
「なにーも、しないーのは、お礼じゃーないー」
 と言い出して俺にしがみついてきた。って、何故俺にくっ付こうとする?
「あなたーに、おれいーを、したいのー」
 だからくっ付くな! おい、どうにかしろ古泉!
「と言われましても。涼宮さんがここに現れるまでまだかかりそうですからお相手してあげればいいんじゃないですか?」
 いや、相手はいいけど何で抱きつかれてるんだって! 朝比奈さん、顔を真っ赤にして見てないでどうにかしてください!
「子作りーは、いやー?」
 まだそれを言うか?! しかも密着度が増してる、絡み付いてきた! そうか、流石はドジョウだ。いや、そういう問題でもない。少しひんやりとした肌が滑ってるような気がするのは気のせいだよな?
「でー? これからー、どうするのー」
 はあ? どうするって離れろ! 俺はどうにかして引き剥がそうとするのだが本当に肌が滑るようで上手く離せない。それどころか、
「おおー?」
「おやおや」
「ひゃわぁ〜! キョ、キョンくんダメです〜!」
 いや、狙ってもないのにドジョウっ子の胸を鷲掴みするように押してた訳で。しかし何故女の子なのだ、こいつ! 感触がある、わずかながらでも触った感触が柔らかいっ! 焦って手を除けようとすると隙をついたように抱きついてくる。リアルドジョウすくいみたいなもんだ、見た目は女の子に迫られているようにしか見えないのだが。
「だから子作りとかしないし、大体お前方法を知らないだろ?!」
「だからー、おしえてー」
 断固として断わる! 衆人環視でそんな事言えるかっ! というか子作りという発想をまず止めろー! という抗議の声は人外であるドジョウには通用しなかった。
 それどころかニュルニュルと絡みつくドジョウは掴みどころが無く、かといって無理矢理掴もうとすると女の子に対しては大変にまずい部分に手が当たったりと朝比奈さんがひたすら赤面する展開にしかならないという体たらくである。
 というか、今触った感触で分かった! お前、着けてないし穿いてないだろ?! いや、何が、とか、何処が、とかはっきり言って言えません! だが服の上からでも判るレベルで穿いてないのだ! どうだ、凄いだろうってやばいって! 何故こんな状況で助けようともしないのだ、誰も。
「この後ーは、どうするーの?」
 どうもしないから離れてくれー! まさに顔を両手で挟まれて、ってお前分かってないか? 近い! 顔が近づいてくる! え? 唇突き出してないか? お前絶対わかってるだろ! キャーッ! キスされるー!
 と、俺がギャラリーも居るのにキスシーンを繰り広げさせられそうになったその時だった。
「…………………ターミネーターモード発動」
 硬い声が俺の正面から聞こえる。背筋を寒気が走ると同時にドジョウ娘が磁石の反発のようにすっ飛んでいった。
「おおー?」
 一応驚いているらしいドジョウの首根っこを掴んでいるのは瞳が絶対零度の宇宙人様でした。怖い、長門さんが怖いです。朝比奈さんが赤かった顔が一気に真っ青になっている。古泉もさっきのようなニヤケ面じゃなくて顔が朝比奈さんと同じ色になっていた。変わらないのはドジョウと長門だけである。
「大丈夫?」
 硬いままの長門の声に何度も何度も頷いた。頷かざるを得ない迫力だったんだ、そうしないと俺の命が危ないような。とにかく当面の危機は去ったのかもしれないが別の意味で危機を迎えている俺なのだった。何でだよ。





「準備は完了した。対象は就寝していたのでデコイを残して拉致済み」
 いや、連れて来たってだけでいいから。何で物騒な物言いになるんだか。とりあえずは家の者にばれないようにしてくれればいいんだって。
「情報操作は得意。涼宮ハルヒは深夜徘徊する特殊な症状の精神的病に罹ったことにする」
 それ夢遊病じゃねえか! ダメだ、ただ寝てる事にしとけ。
「…………そう」
 何故つまらなそうなのだ。しかし長門は俺の頼みはきっちりと叶えてくれる。つまりは、
「かーっ…………」
 爆睡状態の涼宮ハルヒがそこにいた。ベッドから固い部室の床に寝かされているのによく起きないな、こいつ。つか、涎垂れてる。
「ふにゃ〜、可愛いですねえ」
 朝比奈さんがぷにぷにとハルヒのほっぺを突いているという大変心温まる光景に和んでいる場合ではないのだ。
「おお、あなたーも、知っているー」
 ハルヒに気付いたドジョウ娘が歓声を上げる。これで恩返しの対象が全て揃ったことになる、俺は作戦を開始すべく古泉に指示を入れた。
「その前に涼宮さんを着替えさせた方が良いのでは?」
 そうか。ハルヒはまだパジャマ姿だった。という事で朝比奈さんにお任せして俺達は一旦退散する。
「あ、あの〜、涼宮さんの制服は、」
「用意済み」
「あ、涼宮さん寝るときはブラしてないんですね」
「…………ブラは忘れた」
「おお、ふにふにーだ」
「ダメです! そんなに触っちゃ……!」
 うん、これ以上聞いていたら俺の理性がどうにかなりそうなので扉に寄りかかるのはやめておこう。こっそりと扉から離れると古泉が何度目かの電話を終えて戻って来た。
「流石長門さんですね、後はこちら次第ですか」
 ああ頼んだぞ、上手い事ハルヒの奴を誤魔化してくれ。
「涼宮さんの勘の良さを考えると多少の危険性はありますけど。まあどうにかなるのではないですか」
 あなたの演技次第ですけどね、と逆に釘を刺されると不安なのだが。それでもやらないよりはマシだろうし何より段々と面白くなってきた。
「お待たせしました、もう大丈夫ですよ」
 朝比奈さんが扉を開けたので古泉と二人で室内に入ると、未だ目を覚ます様子を見せないハルヒが呑気に眠っていた。勿論制服に着替えさせられている。先程の会話から嫌が応無く胸元に向かう視線は横に立っているインターフェース様の突き刺さるような視線でガードされる。
 これ以上は長門に刺される可能性が高いので早速作戦開始といこう。ドジョウ娘も我慢しきれないのかハルヒを突こうとしては朝比奈さんに止められているしな。だから胸に触ろうとするな、ふにふに言うな!
「っと、コホン。それじゃ行くぞ」
 気を取り直してハルヒの肩を揺すって起こす。いつもより揺れている気がするな、どことは言わないけど。こうして揺り起こす事しばし、やがてハルヒはゆっくりと目を開けた。
 さて、ここからが勝負だ。