『SS』 三年Z組 キョン八先生 4

前回はこっちこっちー、アル

「それで、僕らは何を描けばいいんですかね? テーマもモチーフも無いのに作画は出来ないと思うのですが」
 進行役の朝倉が死亡中なので、仕方なく役柄に合わない古泉が発言した。どうにかキャラを立てようと右手にマヨネーズを握り締めているが、蓋が開いてしまっているのでマヨが飛び散り、腕全体がマヨネーズでテカテカと輝いている。こいつもどうやらキャラ設定を理解していない模様。
「いいから無理すんな、古泉。まず先に手を洗って来い。まあ適当にそこらにあるものか、二人一組でお互いの顔でも描けばいいんじゃねえか?」
 まるで小学生の図画工作の時間のような提案をするキョン八なのだが、それに早くも食いつく馬鹿がいた。馬鹿と言えばアホのこいつである。
「みく、じゃないや、朝比奈さ〜ん! 俺が貴女のその美しいお姿を余すとこなく描き上げてみせますよォォォォォォ〜! だからここで一肌というか、一枚と言わず二、三枚、いや、むしろヌードでェェェェェェェェッッッ!!!」
 己の欲望が下半身に直結しているゴリことアホこと谷口は懲りる事無く朝比奈みくるへと突進していったのだった。結果は言うまでも無い。
「誰が脱ぐんじゃコラァァァァァァァァァッッッッ!!」
「グブホァァァァァァァァァアッッッッッ!!」
 見事なるクロスカウンターで左の拳をヒットさせる。谷口兼アホ兼ゴリラは天高く舞い上がり、涙と鼻血を撒き散らしながら地面へと激突したのであった。
「あーあ、またつまんないもんを殺っちまったぜ」
 手の甲に付いた血糊を無造作に払いのけた朝比奈みくるは、その上でまるで天使のような微笑みで、
「あ、でも〜、モ、モデルくらいなら……………あたし頑張りますぅ!」
 自分の両腕で胸を挟むように谷間を強調して見せたのであった。
「いや、もういいから。さっきのアレ見てから笑顔でいられても怖いだけだから! ほら、もう原型止めてないじゃん、朝比奈さんなんだか中の人なんだか分かんないままで進んじゃってますからーっ!」
 自分のクラスながら嫌になる、キョン八は心からそう思いながら教壇から全体を見下ろした。とりあえずはこいつらに任せておこう、後はどうにかなるだろう。それはキョン的思考なのか、ただの現実逃避なのかは既に本人にも分からなくなっていたのだった。
「先生、少々よろしいでしょうか?」
 こんなカオスなクラスで一服の清涼剤のような涼しげな声。キョン八が視線を向ければ、そこにはきちんと右手を上げたセーラー服の少女。特徴的なのは右目に眼帯をしているところか。だが、髪は長くはない。
「どうした、佐々木? 眼帯が邪魔なら取っていいぞ、お前は別に目が悪い訳じゃないんだからな」
 どうせなら髪を伸ばして九兵衛みたいにポニーテールにしてくれりゃいいのに、と思いながら佐々木に答えるキョン八。すると佐々木は例の喉の奥で含むような笑い声を立て、
「くっくっく、僕の視力についてなら片目を塞いだところで違和感は無いから大丈夫だよ。そんな事よりも親友のはずの君が教師であることの違和感に比べれば何てことはないからね。それよりも一つ許可をもらえないかと思うのだがいいかい?」
 相変わらずの口調ながらやはり佐々木のセーラー服は新鮮である。眼帯も違和感無く付けているところからも結構気に入っているのかもしれない。
「なんだ? 許可も何も好きにしていいぞ、お前なら何を描いても一級品に違いないからな」
「いや、僕も自分の絵心というものに関しては些か心もとないものがあるよ。だからだね? そんな僕が誰かの顔など描くのも相手に対しても失礼だと思うし、実際描いてもらうとしても自分の容姿というものに頓着した事も無いので正直照れてしまうんだ。故に僕は静物画でも描く事にしようと思うのだが構わないだろうか?」
 なるほど、一理ありそうな。だが佐々木という人物は誰がどう見ても美少女の域に達しているのだが、本人には自覚がまったくないのであった。よって人物画など描けないし描いてもらえないとなったのだろうが、正直もったいない話である。だがキョン八としては絵を描かないと言われた訳でもないので適当に答えるのだった。
「まあいいんじゃないか? どこかそこらへんの物でも、」
「そんなの駄目なのですっ!」
 いきなり割り込んできたのはツインテールの少女である。ああ、何となく分かってきたぞ。と、思ったキョン八だが、はたしてツインテールは佐々木に詰め寄った。
「駄目じゃないですか、佐々木さん! なんであたしと向かい合って写生してくれないんですかぁ? せっかくこんな事もあろうかと絵画教室に通って佐々木さんを描く為だけに修行したあたしの努力が無駄になっちゃうじゃないですか!」
「あ、ああ、それはすまない。だが僕は橘さんが言うほどモデルとしても相応しいとは思えないんだけど………」
 橘の勢いに押され気味の佐々木だが、暴走状態のツインテールは止まらない。
「そんな事ありませんっ! 佐々木さんは綺麗だし可愛いし、もう目の中に入れても痛くないほどなのです! さあ、あたしの可愛い佐々木さんをより美しく飾り立てる、そんな衣装を用意したあたしって素晴らしい! ということで着替えましょう! 今すぐ着替えましょう!」
 どこから取り出したのか分からないフリル満載のゴスロリ衣装を佐々木に押し付けようと襲い掛かる! 視点も合ってないし涎が止まってないってどんだけ変態なのだ、このツインテール! 既にオヤジと化したツインテールはハアハアと言いながら佐々木に詰め寄ったのだが。
「あ、なんだったらあたしが着替えを手伝ってもッグッフォォォォォッッッ!!」
 佐々木との間がゼロ距離接触になりそうな瞬間、まるで磁石の反発のような勢いで吹っ飛んでいくツインテール。なびく二つ結びがなかなか味があるのだが、よく人が飛んでいくよな、この小説。とりあえずは他のキャラと同じ様に顔面を地面にめり込ませたところで汗一つかいてない冷静な佐々木は、
「いや、すまない。それで僕としては静物画を描こうと思ってるんだけどね」
「いいんじゃないか? どこかそこらへんの物でも描けば。あ、ちょっと待ってろ」
 さっきまでの出来事を無かった事にした佐々木とキョン八。それでも何かあるのか、キョン八は教壇から降りると頭がめり込んで首から下だけを出している橘(ツインテールがめり込んでいるので本人か確認出来ず)らしき物体に近づくと、
「一応これな。まあキャラ的に間違いないだろ」
 そう言ってその傍らにそっと小さな物体を置いたのであった。
「なんだい、それは?」
「カーテンのレールんとこのシャーッってするやつ」
「…………そうかい」
 正式名称は不明なそれをキョン八はハンズで購入済みだったのだ。そう、墓前に供える菊花のごとく。
「いや、まだ死んでないですからねー」
 地面から聞こえた小さな声は無視しておいて、一体何時になったら絵を描き出すのか分からない生徒達にいい加減業を煮やしたキョン八は、
「あー、もういいや。アレだ、教室ん中で描くのやめ! 今から外でて写生すんぞー。何かあったら描いとけ、人物画よりマシだろ」
 このままクラスにいても連中の漫才を見せられるだけだからな、それに外なら多少サボっても何も言われないだろう。キョン八なりに出した結論としては悪くは無い、サボる気満々の生徒達も何も反論もせずに教室を後にしようとした。
「ちょ、ちょっと待って! え? 結局授業とかどうなるの?!」
 ここでようやく目覚めた朝倉が真面目な生徒発言(他に誰も何も言わなかった)をしたのだが、キョン八は当たり前のように、
「いいよ、この後俺の受け持ちだったし。正直授業シーンなんて書けないからこっちの方が都合いいからな、場面転換で雰囲気を変えないとメリハリもないってもんだろう。以下の理由により俺達は自由の空を目指してこの灰色の檻から飛び出す事にしたんだよ」
「なんかカッコいい事言ったような顔してるけど、ただの集団エスケープですからね! いいんですか? これ学園ものなんですけど!」
「嫌ならここにいろよ」
「……………行きます」
 何だかんだでも一人にされては寂しいもの。結局朝倉も一緒にいざ写生大会と相成ったのでありました。どっとはらい
「いや、まだ終わらないからね?! 何うやむやにしようとしてんのよ!」
 どっとこむ。
「意味ねェェェェェェェェェ!!!!!」