『SS』 月は確かにそこにある 17

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 外の騒音がほとんど聞こえない車内で俺は森さんと対峙している。運転手は新川さんで間違いないだろう、つまりは『機関』の車だということだ。
 いきなりのアプローチだったのだが予想できなかった訳では無い。古泉が『機関』内部でどのような立場なのか知らないが、現状を鑑みれば俺に何らかの接触があってもおかしくはなかったのだ。
「それで? いきなり呼び出した理由は聞かせてもらえるんでしょうね」
「その前にいくつか確認させて頂きたい項目があるのですが、よろしいでしょうか?」
 森さんは笑顔のままだが、どこか油断出来ない雰囲気を漂わせている。これは『機関』から見れば俺はあくまで第三者だというこの世界の影響だろう。むしろ尋問の為に呼び出されたという方が正しいのかもしれないと思い、俺は黙って頷いた。
「ではまず一点、あなたは我々の事をどこまで認識していますか? いえ、確認だけですのでどのような返答であろうがあなたへの影響はありません」
 暗に脅してるじゃねえか、森さんは目だけが笑っていない笑顔で俺を問い詰めようとしている。俺はその迫力に押され、一瞬ドアを開けて飛び出そうとしたのだが、まだ走行中だったことを思い出す。思いとどまるしかない、俺は腹を決めて座りなおした。
 逆に言えばこれはチャンスでもあるんじゃないか? 古泉があんな調子なので『機関』の方ではどうなのか情報を得られるかもしれないし、上手くいけば手助けをしてもらえるかもしれない。そう思い直した俺は森さんの質問に答える。
ハルヒの、涼宮ハルヒの起こす閉鎖空間限定の超能力者が所属する組織で、古泉はそこの構成員だっていう事。そしてハルヒの為に色々と便宜を図れる程の巨大な組織、俺が認識しているのはせいぜいそのくらいです」
 厳密に言えばそれだけでは無い事を古泉の言動の端々から垣間見ることは出来ているのだが、凡そ間違ってはいないだろう。少なくとも表面的にはハルヒのご機嫌を取るためだけに島一つ用意してしまうような馬鹿げた組織である、その上でハルヒを神とすら崇めているらしい。改めて考えてみればおかしな連中だとしか思えないな。
 森さんは僅かに頷くと、
「では続けて質問です。あなたが知る『機関』の構成員が古泉以外に居ますか?」
 これも俺が承知の上で聞かれているようだ。本当に森さんは確認したいらしい。
「まず運転席に居るのは新川さんで合っていますよね? それと何度か会った事があるのは田丸さん、兄弟と言ってました。それにあなたです、森さん」
 古泉も含めて本名なのかどうかは知りませんがね、とこちらも暗に皮肉を込める。秘密主義のままに人を巻き込んでおいて知ってるかも何もあるか。
 それは確かにこちらの世界での『機関』の話であり、こちらの森さんや新川さんから見れば俺は初対面なのだろうが、こっちから見れば『機関』は『機関』に過ぎない。大体こいつらが古泉を抑えていないから今の暴走が始まったんじゃないかと思いさえする。
「それよりも俺も質問があります。あなた達『機関』は俺のことをどこまで調べてるんですか?」
「あなたは涼宮さんのクラスメイトですから最低限の情報はすでに把握済みです。ただし、どうやらただのクラスメイトとして考える訳にはいかないようですが」
 つまりは家族関係やらの個人情報は洩れていると思って間違いは無いということか。恐らくハルヒの入学と同時に全部お膳立ては終わっていたのだろう、それは俺の元居た世界でも同様と思うと『機関』という組織の力に慄然とさせられる。だが森さんはその力を誇示することも無く淡々と俺に問い掛けてきたのだった。 
「こちらからは最後の質問です。あなたが知る涼宮ハルヒ、並びに『機関』の情報は一体どこから得たのですか?」
 そうだ、重要なのはその一点に尽きる。単なるクラスメイトの一人であったはずの俺が突然ハルヒ達に積極的に接触し、その上『機関』を始めとしたこの世界の真理と言える情報を手にしているのである(あくまで世界をハルヒが創ったなどという馬鹿馬鹿しい仮説が前提ではあるが)、『機関』から見れば俺は秘密を知りすぎた人間だ。
 どうする? 古泉がどこまで話しているのか分からないが今回の事情を話すべきなのか? 『機関』をどこまで信用すればいいんだ? 信用出来るのか?
 躊躇せざるを得ない。ここでも基準になるのはあくまで自分自身の経験と知識に過ぎないが、それでも古泉本人はともかく『機関』というものはその全貌をまだ見せてもいない。少なくとも朝比奈さんの誘拐騒ぎの時の森さんや田丸兄弟などを見ただけでも底が知れないのは確かだ。俺の知らないところで様々な暗闘があるようなのは古泉の話から垣間見る事も出来る。
 つまりは事情を話そうにも話せない、話していいものなのかという疑念が払えない。基準とするのもおかしいが、長門も信じていない状況を説明出来るほど自分の会話術にも自信が無い。本来ならば好機なのに自ら潰そうとしているかのようだ。答えは、どう話せばいいんだ?
「我々には話せないということでよろしいのでしょうか? それならば相応の手段にて話させてあげる事も可能ですけど」
 俺の沈黙を否定として捉えたのか、森さんの雰囲気が口調は同じのままで変わっていく。あの時は橘とかいう誘拐犯相手だったが自分が目の前にすると、より恐怖感が増す。これは本能的恐怖だ、圧倒的な力の差を見せつけられると動物は反射的に行動では無く硬直する。ただ冷や汗が一筋背中を伝うのを感じた。
 何かを話さなくてはと思うほどに口は開く事を拒否し続け、体は痺れたかのように動かない。メイド服ではない森さんが発するオーラの前に飲まれ、誤魔化す素振りすら出来ない。あ、とかう……、などと訳も分からないうめき声だけを上げる俺を見て森さんの目がスッと細くなる。
 まさかこんなとこで生命の危機を迎えるなんて思いもしていなかった、『機関』というものを舐めすぎていたんだ。話せば分かるというのはあくまで過程を経ての結果であり、その過程に於いてはハルヒの我がままと古泉の尽力が必要だった訳で。その双方を持たない状態で対する森さん、いや『機関』は俺を単なる障害としか認識していない。
 最早逃げる事も出来ない、体が麻痺している。このままだと翌日を待たずに捜索願が出されてしまうだろう。それでも開放される気もしない、むしろ俺が存在した痕跡の方が残らないだろう。本当にこれなら殺された方がマシかもしれん。せめて何か言い訳を、と思いながら言葉が出ない俺に森さんが痺れを切らせたように詰め寄ろうとした時だった。
「よせ、対象者はあくまで一般人だ。それでは訊けるものも訊けないままだぞ」
 運転席で黙ってハンドルを握っていた新川さんが一言そう言った。そのまま車は静かに走っていたが、やがてブレーキをかけた様子も無かったがどこかで止まったらしい。森さんが驚いているところを見ると、どうやら意外だったようだな。新川さんの独断ということなのか? 
「どういう事かしら? これは命令には無い行為よ、新川」
 森さんの話し方が全然違う事に違和感がある。年上にしか見えない新川さんを呼び捨てにする事を含め、俺が知っていたのは『機関』で設定されたキャラクターに過ぎなかったのかとの思いが強くなった。
「確かに命令通りではない。だが少々私も彼と話したいと思ってな」
 そう言った新川さんは運転席から少し身を乗り出して俺の方へ顔を向けた。その姿は俺も知っている執事服では無く、タクシーの運転手の衣装である。
 ただ落ち着いた雰囲気ながら森さんとは違った意味で圧倒されそうな重厚さを感じる。単に年上の威圧感というだけでは説明出来ない何かを感じるのは森さんとは違い同性だからこそ感じるもののような気がする。
「どうやら君が我々の存在を知っているのは古泉に打ち明けられたからでは無さそうなのだが正解かね?」
 森さんが意外な事を言われたかのように驚いているが、俺も別の意味で驚いている。どうして古泉からじゃないって思ったんだ? 俺は何も答えていないのだが新川さんは得心したように、
「やはりか。では君は古泉以外から我々の情報を得た、そしてそれは私達には説明出来ない。そう思っていいんだね?」
 まるで誘導尋問だ、だが俺は黙って頷いた。森さんが何か言おうとするのを制した新川さんは俺に質問を続ける。
「そして君は何らかの目的を持って涼宮ハルヒ接触をした。それは我々とは違う目的であり、君はその目的の為に古泉とも懇意にならなければならなかった。そう考えてよいのなら頷いてもらえないかな?」
 俺はもう一度頷く。新川さんの質問はほぼ正解だったからだ、但し古泉との関係には若干変更が加えられていたが。
「新川! いい加減に……」
 焦れた森さんが新川さんに何か言おうとしたが、新川さんが呟いた言葉に何も言えなくなったのだ。
「宇宙人も未来人も我々とは違う目的を持っている。現実に生きている人間の我々ですらだ。ならば当然彼のような存在が居る事を考慮するべきであるだろう?」
 落ち着いてい新川さんは貫禄十分に頷く。しかし森さんは尚も食い下がる。
「だからこそよ! この時点で目的を尋問して『機関』に敵対する者なのかどうかを、」
「我々が手札を晒さないままにかね? それに彼に我ら二人を制圧出来るほどの能力があるとは思えないのだが」
 しかし森さんの言葉を遮った新川さんは俺を横目で見つめた。確かに俺にそんな力などある訳が無い、大慌てで大きく機微を振った。
 それを見た新川さんは唇の端を少し上げて微笑むと、
「正直に言おう。この数日、古泉の様子がおかしいのだよ。別段任務を疎かにしているという事ではないのだがね。そこで調査をしたところ君の存在が浮上したという訳だ」
 この言葉は恐らく真実に近いのだろう、森さんも何も言わずに俯いている。だがすぐに顔を挙げ、
「新川! あなた何を考えてるの?! 部外者にそこまで話すなんて上層部に知られたらただじゃ済まないわよ!」
 冷静なメイドさんしか知らなかった俺は森さんが怒鳴る所なんて想像も出来なかったが、新川さんは冷静に受け止めている。案外森さんの地のキャラはこっちなのかもしれないな、などと余計な事を考えてしまった。
「心配はいらんよ、連絡手段も盗聴器も切ってある。今この空間で会話出来るのは我々のみであるし、それを外部に聞かれる心配も要らない。だが時間は限られるがね」
 そう言って新川さんは俺の目を真正面から見据えた。
「私は君の目的よりも古泉の変化の原因が知りたいのだ。その原因が君にあるというのならば理由を話して貰いたい。何故ならば彼女は我々の仲間なのだからね」
 森さんが何か言おうと口を開きかけたが黙ってしまう。そして俺を睨みつけた。多分新川さんが言った事は森さんも思っていた事なのだろう、それを言えないままに『機関』の命令を優先させていたのかもしれない。
 俺としても新川さんの言いたい事は分かる。それどころか俺が感じていた古泉の変化は他の人間にも分かるレベルだったのかと愕然とした。
 どうする、ここが分水嶺だ。全てを話すべきなのか、まだ余計な事を言わない方がいいのか? 判断を間違えれば古泉はともかく俺は存在を消されかねない。そんな俺の躊躇を察した新川さんは、
「言える範囲で構わない、要するに君と古泉の間で何があったのならば話してもらえないかというだけだ。それがどのような事であろうと他言しないと保障しよう。重ねてお願いする、古泉はどうなってしまったのか教えてもらえないだろうか?」
 そこまで言って俺に頭を下げたのだ。新川さんの行動に森さんの目が驚愕で見開かれる。それも一瞬の事だったのだが、すぐに冷静な目に戻った森さんは、
「…………私も古泉の変化は気付いていました。あなたの存在を知って接触を提案したのは私です。新川同様、古泉は私にとっても大切な仲間です。出来れば直接話して貰いたかったのですが、何も肝心な部分は話そうとはしませんでしたから。だからこそあなたから情報を聞き出さねばならないのです」
 そう語る目は真剣だった。内心の古泉への心配を隠して『機関』への情報入手を優先していただけだったということなんだな。少なくとも森さん、新川さんからすれば古泉は大事な仲間だった。その仲間を心配しているから俺から話を聞きたかったんだ。
 もうこれ以上誤魔化しは効かないだろう。俺は言葉を選びながら説明するしかなかった。
「あー、確かに俺と古泉はある事情により行動を共にしなければいけません。というのも、俺は『機関』が調べている俺とは同一人物ですが別人なんです。そして古泉も新川さん達が知っている古泉とは違うんです」
 今度こそ森さんと新川さんの目が丸くなった。いきなり何を言い出したかと思われただろうが、真実なのだから話を続けるしかない。
「厳密に言えば俺と古泉はこの世界の人間じゃないんです。何と言いますか、別の次元からやって来たというか。とにかく俺達は存在はここにあるけど記憶とかは別の世界の俺達なんです!」
 自分で言うのも何だが頭がおかしくなりそうな説明だ。だがこれ以上話す事もどこか憚れるんだ、信用していると言えば嘘になりそうだからな。それにこの二人にはこの程度の説明でも通じる、信用していないくせに俺には確信もあった。
「それは涼宮ハルヒの能力という事かね?」
 流石新川さんだ、俺が全てを話していないというのに素早くハルヒの名前を出してきた。しかもこんな話を信じている。いや、ハルヒの能力ならありえると思っているのだろう。
「分かりません、ハルヒが原因だと今は断言出来ないんです」
 ハルヒが原因なのだとすれば、能力を発揮するに至ったきっかけが分からない。単なる思い付きなのだとしたら、この世界での不機嫌な理由が無いはずだ。
「ただ、俺としては元の世界に戻りたいんです。その為の方法も考えています、後は時期を見計らってるだけなんです」
「TFEIを使うのね? 確かに次元移動なら長門有希が一番対処出来るでしょう」
 森さんも事情を把握したようで、即座に長門の名前が出てきたところをみると俺がこの世界の俺ではないと分かってくれたのかもしれない。事情がある程度分かっている状態で話すから飲み込みが早いな。
「はい、長門に相談しようと思っています。その為には週末を待たなければいけないんです」
 この二人ならば週末の不思議探索も承知のはずだ、これだけ言えば分かってもらえるだろう。
「なるほど、あなたの言葉が真実ならばそこで長門有希の能力で元の世界に戻るということですね?」
「ええ、その後は多分こちらの世界の俺と古泉が残るはずです。それを確認する手段を俺は持っていませんが、長門なら何とかしてくれると思っています」
 こちらとしてはカードを全て見せたといってもいいだろう。森さんと新川さんはそれぞれ何か思案しているが恐らく俺の話が真実なのかどうかを吟味しているのだろう。
 俺の胃が縮こまって痛みが走りそうな程の沈黙した時間が流れ、やがて口を開いたのは新川さんだった。
「承知した。本来ならば荒唐無稽と笑う話なのだろうが、生憎と我らはその荒唐無稽が事実であると認識するしかない立場だ。古泉の様子から見ても君の言葉に疑いを入れる余地は無いようだからね」
 それでも多少疲れたように見えるのは気のせいではないだろう。『機関』に所属している限り、ハルヒの荒唐無稽な願いもしくは妄想に付き合わなければならないのだから。森さんも新川さんの言葉を補足するように、
「ただし週末には必ずTFEIに接触してもらいます。その上で交渉が失敗に終わった場合などには相応の対処を取らせて頂きますので了承しておいてください」
 言われなくてもそうする。が、森さんが笑えない笑顔で言うと余分なプレッシャーがかかった気分だ。それを気取られないように俺は大きく頷いた。
「では我々も週末までは待機という形で上も説得致しましょう。思ったより時間がかかりました、家までお送りしましょう」
 あの堅苦しい執事口調に戻った新川さんが車をスタートさせる。振動も騒音もほとんど感じない車内で、どこを走っているのか分からないまま時間だけが経っていく感覚だけがあった。
 しかし週末に長門に相談するということを規定路線で走っているが大丈夫だろうかと自分でも思っている。長門はあくまで古泉が女であるというこの世界に住んでいる、その長門に別世界の説明をしてあわよくば元の世界に戻してもらおうというのだ。論理的に長門を論破するのは俺では不可能だ、だからこそ古泉が自らの立ち位置を説明することによって現実的に長門に見せ付けるしかないと思っているのだが。
 最初は単純な解決だと思っていたのだが、古泉の様子の変化やハルヒを始めとしてSOS団のメンバーの言動もどこかおかしくなっている。それが俺の不安を増大させ、この事態が解決に向かわないのではないかと思わせるのだ。
 家へと戻る車内は沈黙に包まれ、俺はその時間の全てを思考に費やしている。いくら考えても堂々巡りにしかなっていないのだが、考える事を止める事も出来ない。それは俺が檻の中に捕らわれて脱出出来ないのを表しているようで苛々だけが募ってくるのだ。
「……………ここでいいでしょう、自宅の前まで行くと逆に都合が悪いでしょうからね」
 森さんの言葉で俺は車が止まっている事に気付いたくらいだ。本当に振動がないから結局どこをどう走ったのか分からないままだったな。
 促される前に俺は車から降りた。もうこれ以上話す事もないし、車内に居続ける方が立場が悪いような気がする。
 何も言わずに俺が降りるのを見ていた森さんは車が発進する前に窓を開ける。
「そうですね、これをお渡ししておきます」
 そう言いながら一枚のメモを俺に手渡した。見ると電話番号が二つ書いてある。
「それは私の私的な携帯電話です。『機関』の検閲も無いので万が一の時はこちらに連絡を入れてください、出来れば登録などはせずに番号を記憶したらメモも捨ててもらうと助かります」
 一々用心深いとしか言えないな、だがこれでも出来る限りの譲歩なのだと分かる。もう一つの電話番号は新川さんの携帯なのだろう。
 俺が森さんに礼を言うと面白くなさそうに、 
「古泉は私たちにとって大切な同士であり、私自身にとっても大事な妹のような存在といって過言ではありません。事態の全てを把握したと言えない状態であなたを信用するのは本意ではありませんが新川の目を信じる事に致しましょう。残り一日、出来るだけ何もない事をお祈りします」
 それだけ言うと俺の返事を待たずに窓を締めてしまった。新川さんからは何も言われないままで車は発車してしまい、俺は呆然とそれを見送るしかなかった。
 どうやら『機関』の連中も古泉と俺の様子を気にしている、その中で新川さんと森さんは古泉を個人的に気にかけていると思っていいようだ。それが分かっただけでも良かったと言えるのだろうか。
 この世界の中での古泉一姫という人物を見たかのようで違和感と納得が同時にいったような気がして俺の頭では消化しきれない程の情報量になっている。森さんの口調では古泉は大事にされているようだし、俺はそのせいで脅されているのだが不思議と古泉が『機関』の中でも上手くやれているのだと思うと何となく悪い気はしていない。
 不可思議な感覚だがもうお腹いっぱいだ、これ以上考えても埒が明かない。というか考えたくもない。俺はふらふらと家へと帰ったのだった。なんだか車に酔った訳でも無いのに頭が重い。
 もう時間も遅いので何も言わないままで部屋まで戻り、着替えるのもだるいのでそのままベッドに倒れこむ。
「…………どうなるんだか」
 答えの返ってこない愚痴を溜息と共に零しながら枕に顔を埋めてみる。ここ数日の流れの速さに押し込まれ続けていたが、今日はまた特別だった。ハルヒの不機嫌、古泉の変化、そして森さんと新川さんまで。何もかもが俺の予想を超えている、しかも答えは未だ五里夢中だ。
 頭を切り替えていっそ寝てしまおうかと思いはするのだが、頭が妙に冴えて眠れそうも無い。これもこの世界に来てから変わらないままだ。しかも考えてもどうしようもない益体もない事ばかりが脳裏に浮かんでいるだけなのだけれど。
 そんなはっきりと働いていない灰色の脳細胞をフル回転させようにも細胞に拒否されながらぼんやりと森さん達との会話を反芻する。そうだ、後一日で長門に話せば全部終わりだ。だが長門が俺達の話を信じなければどうなる? 思考は必ずそこでストップしてしまう。
 結論が出ない状態で胃もたれだけを覚えながらノロノロと着替えて寝ようとした。そして頭の中に霧がかかったようなレム睡眠へと突入しそうな、つまりはもう記憶が曖昧な状態なのだが。
 


 一瞬光のようなものが走った。


 何か、俺は何かを見落としている! さっきの会話の中で俺は何かに気付かないといけなかった気がするんだ、この世界から脱出するためのヒントが確かにそこにあったような。
 何だ、何が俺をここまで捕らえている? 一体森さんは何と言っていた? 古泉は仲間で、違う。週末に長門と、それを聞いた森さんは…………
「!!」
 分かった! そうか、俺は見落としていたのか! いや、古泉も気付かなかったところを見ると意図的に隠されていた可能性もある。だが何のために? 
 とにかく長門以外の道筋は確かにあったんだ、そして森さんはそれを気付かせる為に俺と会った可能性すらある。
 こうなればもう明日を待つしかない、俺は今度こそ布団を被って目を閉じた。無理矢理にでも睡眠を取って体力と気力を回復させておかねばならない。
 恐らく朝には古泉が来るはずだ、そして学校に行けば何とかなる。明日中にどうにかならなくても長門への説得力は増すことは間違いない。
 勝負は明日だ、瞑った瞼が重くなるのを感じながら俺はしばらくぶりに十分な睡眠が取れそうな予感がしていた。そしてそこからの記憶はない。