『SS』 ゆきおんな

 それは むかしの おはなしです。きせつは まふゆ、ふぶきがすさぶ やまのなかを ふたりの りょうしが あるいていました。
「うおー、なんで いきなり ふぶきなんだよ! おい、キョンッ! おまえ やくびょうがみでも つれてきてんのか?!」
「それは おまえだろ、たにぐち。それより はぐれるなよ」
 むかしばなしなのに キョンと よばれた りょうしですが、たにぐち とよんだ りょうしを みて、そっと なみだを ぬぐいました。
『………………てきやく とはいえ、スマン』
 あ、どうやら こいつ はなしのてんかいを しっているようです。しかし、そうとも しらない たにぐち(もうすぐ しぼう)は、
「おっ?! どうやら こやが あったぜ! ヒャッホウ! これで やすめるってもんだぜ」
 などと のんきに こやに むかって はしりだしました。WAWAWA〜、っとさけびながら。それを おいながら、
『ごしゅうしょうさま…………………』
 キョンはWAWAWAの せなかに ちいさく つぶやいたのでした。たにぐち しぼうまで あとすうじかん。





 そんな ふたりは こやに はいると すぐに たきびの よういをしました。
「あ〜、いきかえる………」
 でもすぐに しんじゃうんだけど。とはいえないキョンは、あいまいに うなずきながら こころのなかで あふれる なみだを ぬぐいました。だって こいつ しぬのに。
 まあ そんなことは さておいて、どうにか さむさを しのいだ ふたりは ようやく おちつくことが できたのでした。そうして たきびを かこむこと しばし。おもむろに たにぐちが はなしはじめました。
「なんかさ、こういう じょうきょうに なると いいつたえとか おもいだすよな」
 キタ! これが しぼうフラグと いうやつか。キョンの きんちょうというか かんどうを よそに WAWAWAな りょうしは くうきも よまずに はなしを つづけました。
「なんでも このやまには ようかいが いてだな? みちに まよった たびびとを おそって こおりづけに するらしい。だがな? そのようかいってのは なんでも おんならしいんだよ。だから おれが せいしんせいい はなせば きっとおれにほれて なにもできないんじゃないか」
 いや、おまえ しぬから。どうはなしても むだだから。ともいえないキョンは あいまいに うなずくしか ありませんでした。さきほどから あいまいすぎる たいどのキョンなのですが、さすが たにぐちです。まったく きづいてません。そりゃ しぬよ。
 やがて ふたりは ねることにしました。たきびの ばんを こうたいで することにして、さきにキョンが おきていることに なりました。
 ひを けすんじゃねえぞ、といいながら あっというまに たにぐちは ねてしまいました。ああ、これで ねてしまうと こいつ しぬなあ とおもいつつも、おやくそくなので キョンも いつのまにか ねてしまいました。
『あ、やっぱり ねてる……』『よかったですね、かれが しゅやくの ようですよ』『そ、そんなこと……………』
『で、こっちのは どうするの?』『じゃまですねえ、とりあえず やっちゃいましょう』『ら、らんぼうしちゃ ダメ』
『いいわよ、べつに』『そうそう、これも ながれですから』『でも………』
 なにやら さわがしいので いちおう ウトウトしていただけの キョンは おきてみました。すると、こやのなかに いつのまにか じょせいが いました。しかも さんにん。
「な、なんだ?!」
 よくみれば たきびも きえています。さむさも あって、キョンは からだを ふるわせました。とはいえ、ここに ようかいの じょせいが くるのは わかっていたはずなのですが。
「なんで さんにんも いるんだ?」
 そう、ほんらいならば ひとりのはずですよね? なのに ここには さんにんの じょせいというか、しょうじょが いました。ひとりは みどりの まきがみの おんわに みえるが ほほえみが こわいじょせいで、そのよこには あおいかみの あかるく わらっている いっけん まじめそうな おんなのこです。そして、もうひとり。
 ふたりの うしろに かくれるように。ショートカットの おとなしそうな おんなのこが、すこし オドオドしながら キョンを みつめています。めがねを かけた しょうじょは ひとみしりを するのか、すこし うるんだ ひとみで ほほを あからめていました。
『あ、これ しょうしつだ!』
 どうでもいい ツッコミを いれながらも、キョンは あとずさりました。めのまえにいるのは みんな びしょうじょとはいえ、ようかいなのですから。
「あ、きづいたけど どうするの?」
「そうですね、とりあえず じじょうの せつめいは ひつようでは ないですか?」
 そういったのは みため かいさんぶつを れんそうさせる びじょなのですが、
「それいじょうの せつめいに かいさんぶつと いうと シメますよ?」
 ああ、びじょです。ええ、びじんですとも。そのびじんが キョンに ちかづきました。にげてー、キョンにげてー!
「いや、むりだろ! それに わかめは かんけいないだろう?!」
 あ。
「ええと、なにか いいましたか?」
「いえ、なにも! いったい なにが どうなっているのか わからないから ちょっと さくらんした だけです!」
 ほんのうてきに きけんを かんじたキョンは なきそうになりながら こやの すみに にげました。まあ にげられないけど。ということで けっきょくキョンは さんにんの おんなのこに かこまれてしまったのでした。
「まあ じじょうは あるていど おわかりでしょうけど、われわれは ようかいです」
 あっさりと しょうたいを ばらす ようかいさんです。
「わたしは きみどり えみり ともうします」
「あさくら りょうこ よ」
 ふたりの じこしょうかいを きいて、『なんで ようかいに なまえが あるんだろう? それに みょうじも べつだし』と あたりまえのように キョンは おもいました。それに、
「ほら、ちゃんと じこしょうかい しないと」
 といわれても、きみどりさんの うしろに かくれて モジモジしている おんなのこが きになって しかたありません。キョンは おもいきって はなしかけてみました。
「なあ、きみの なまえは なんていうんだ?」
 はなしかけられた おんなのこは ビクッと おびえるような はんのうを しましたが、それでも かげに かくれるように、
「………………ながと ゆき」
 ちいさなこえで はずかしそうに そういいました。ああ、これが ネタもとか。まいかい でオチなのだが いいのだろうか。キョンは さくひんの こんかんに かかわるツッコミを いれましたが、それでも なんで しょうしつなのか までは わかりません。
「だって かわいいじゃない、この ながとさん」
 あさくら りょうこの あっさりとした いいぶんに そうかも、としか いえませんでしたけど。いわれた ながとさんは「か、かわいく……………ないから」なんて かおを まっかにして ひていしてますけど。それが また かわいいのです!
 そんな ながとさんを みると、キョンも ようかいでも わるくないかと おもえて きました。すこしだけ おちついたキョンは、
「それで おれに なんのようですか?」
 たしかに いみが わかりません。それに なんで さんにん いるんだろう。
「でばんが ほしかったんです」
 おい! そんな りゆうで とうじょうじんぶつ ふやすな! しかし この なかよし さんにんぐみは、
「まあ ながとさんが どうしても はずかしいから ついてきてくれって いうからね」
「…………………うん」
 そういって ほほえみあって いるのでした。だから なんで しょうしつ なんだよ。それに、これだと きみどりさんの でばんなくても いいじゃんか。
「……………きみどりさんにも いてほしい」
 だって でばんが すくないから。こころやさしい ながとさんは すこし はにかんで きみどりさんを みつめました。
「あーん! やっぱり ながとさん かわいいーっ!」
「ありがとうございます ながとさん」
 おもわず あさくらさんが ながとさんを だきしめ、ながとさんは まっかなかおで わたわたと あわてています。それを やさしく みつめる きみどりさん。とても なかよしさんです。
「あの〜、それで けっきょく なんのよう なんですか?」
 ほのぼのと しているのですけど、キョンから すれば サッパリわけが わかりません。ストーリーてきに ひとりでも いいはずなのに さんにん でてきたのは まあいいとして、このままでは はなしが すすまないからです。
「えーと、ほら ながとさん!」
 あさくらさんに おされて キョンのまえに すわらされた ながとさんですが、
「あ、あの…………………わたし………………その、えと…………」
 うつむいたまま ちいさなこえで ようりょうを えない ことを つぶやいています。おもわず たすけぶねが でました。
「すいません、ながとさんは どうしても はずかしいようなので わたしが かわりに おはなし いたします。じつは ながとさんが あなたに あいたいと いうので、こうして でてきては みたのですよ」
 そういわれても、キョンには このさんにんに あったことなど ありません。もちろん これだけの びじんが いれば ようかいじゃなくても きづきそうなものですが。
「あの〜、どこかで おあい しましたか?」
 しつれいを しょうちで きいてみます。キョンは この はずかしがりやの めがねっこが みょうに きになっていました。
「いえ、わたし……………いつも…………………」
 キョンに しょうめんから みつめられ、ながとさんは かおを まっかに したまま うつむいて しまいました。そのめには なみだすら うかんで きています。
「あ、あの、ゴメン。べつに おこってる わけじゃないんだけど、どこかで みたなら おぼえてないのも しつれいかなと おもったんだが」
 ぎゃくに キョンの ほうが こまってしまいました。そこで あさくらさんが、
「まあ あなたが しらないのは むりは ないのよね。だって ながとさんったら ずっと かげから みてるだけ だったし」
「そ、そんなこと…………ない」
 きみどりさんも、
「だから わたしたちが すこしだけ おてつだいを してみようかと おもいまして」
「あう…………………」
 どうやら おくてな ながとさんを おうえんするつもりの ようです。だからといって ふぶきは やりすぎなのですけど。キョンは ためいきを ついて いいました。
「どうすりゃいいんだ? ながと、このままじゃ はなしが すすまん。あるていどは がまんが できるが、このひらがなだけで すすめるスタイルだと ぎょうすうだけが かさんじまう」
 さくしゃの おもいも だいべんしてくれる しんせつな キョンくんは ながとさんに はなしを うながしました。
「あ、あの…………わたしと………その、いっしょに………………」
 そこまでが げんかいだったのでしょう、めがねを かけた ながとさんは キュウと めをまわして しまいました。
「あーあ、やっぱり いえなかったか」
 くしょうしながら あさくらさんが ながとさんを よこにしました。きぜつしてしまった ながとさんの めがねを はずすと、キョンは『やっぱ めがねは ないほうが いいとおもうんだが』とか かんがえて しまいました。
「さて、たしかに ながとさんにだけ まかせていたら らちがあかない ようですね」
 きぜつした ながとさんを ほほえんで みていた きみどりさんが キョンに むきあって はなしはじめました。
「ようするに ながとさんは あなたが おきにいりの ようなのです。それで あのながとさんが やまを おりると いいだしたので わたしたちも なにか てだすけできればと おもいまして」
「ほんとうは はんたいだったんだけどね。だって ながとさんが ひとりで やまを おりるなんて、なにが あるか わかんないじゃない。それに あなたに あいたいだなんて なんかムカツクし」
 なんだかんだで おせっかいな ようかいたちでした。キョンは あきれながらも、
「だけど おれは どうすれば いいんですか?」
 そうです、このはなしが まったく すすんでないんです。そこで きみどりさんは、
「そうですね、では はなしを すすめましょう。あなたは いまから きをうしないます。そして いまのはなしを すべて わすれてしまいますので、そのまま かえってください。あとは ながれに まかせてもらって けっこうです」
 けっこうグダグダに ネタをばらすと、あさくらさんを うながして ながとさんを かかえさせました。
「では ながとさんを よろしく おねがいしますね。あと、このはなしを おもいださないで くださいね」
「は? わすれるんでしょう? それを おもいだしたら どうなるんですか?」
 すでに わすれることを ぜんていに はなしている じてんで おかしいと おもうんですけど、キョンは いちおう きいてみました。これも わすれるんだから いみないんだけど、たしか げんさくでも きいてたような きがしたので。
 すると あさくらさんが きように かたてで ながとさんを かかえたまま ふところから ナイフを とりだしました。
「おもいだしたら ころすからね。まったく、ながとさんも なんでキョンくんなのかしら?」
 いや、それよりも なぜナイフ。とっさに わきばらを かばいながら キョンは なんども くびを たてにふりました。
「わかった! ぜったいに おもいださないから まずそのナイフを しまえ!」
 こやのすみっこで ちいさくなっているキョンを みて、わらいながら あさくらさんは ナイフをしまいました。
「じょうだんよ、そんなことしたら ながとさんが かなしむもの。だけど、おもいだしたら しんじゃうのは ほんとうよ? それが きまりなの」
「これが われわれのルールなのです。もちろん あなたが おもいださなければ いいだけなので、ながとさんには つたえていませんけど」
 それだけ いうと、きぜつしたままの ながとさんを ふくめた さんにんは こやの いりぐちに ちかづきました。
「では わたしたちは これで しつれいします。おきをつけて おかえりください」
「ながとさんを よろしくね。なかせたりしたら しょうちしないわよ」
 そのことばを きくと どうじに キョンのまぶたが おもくなりました。きゅうげきな ねむけに あたまを ゆらしながら、キョンは『ああ、たにぐちは どうなってるんだろう?』と いまさら おもいました。そしてそのまま いしきを うしなって しまいました。





 キョンが きがつくと、すでに よがあけていました。たきびが きえているので さむさで からだを ふるわせながら、とりあえず あたりを みてみると どうやら ふぶきは さっていったようです。
「やれやれ、ひどいめに あったな」
 なにか いろいろ あったような きがしましたけど、たしかに キョンは わすれていました。そこで、
「おい、たにぐち?」
 と よんでみましたけど へんじが ありません。まあ わかってましたけど。それでも いちおうは しんぱいなので さがしてみました。すると、
「………………あー、これかぁ………………」
 そこには たにぐちが しんでいました。ぜんらで。まっかに からだじゅう ぬって。パンチパーマに つのをつけた カツラを かぶらされて。とらもようの パンツはかされて。とうぜん おめんも かぶったままで。
 そうです、しんでいたのは たにぐちでは ありませんでした。むしろ おにぐち? ゆきやまで ぬがされているのが あわれです。
『しらいし………………しごとは えらべよ……………』
 なかのひとに そういうと、キョンは おざなりに てをあわせて そのまま やまを おりました。うめてやるより そのままのほうが おいしいと おもったからです。ほんとうに おしごととはいえ たいへんですよね。
 そんなわけで キョンは ひとりで いえまで かえり、ゆうはんを たべて ねるころには すっかり たにぐちのことも わすれてしまいました。だって わすれるって いったから。いや、はくじょうだな、キョン





 それから しばらくたって。あるひ キョンは ふらりと まちまで おりてきました。そして たまたま やまには ごらくが ないので としょかんに よってみました。
 なぜ このおはなしに としょかんが あるのか? などとは きかないでください。やぼって もんです。
 そこで てきとうに ほんを えらびながらも、『やっぱり おれには えんが ないところだなあ』と たしょう おもいながら けっきょく なにも かりずに かえろうかと おもったときでした。
 ひとりの おんなのこが カウンターの ちかくで こまったように うおうさおう していました。どうやら かりたい ほんが あるけど はなしかけられない ようすでした。
 おとなしそうな めがねを かけた こがらな おんなのこは すこし なきそうに なりながらも、やっぱり こまったように カウンターの まえに いるだけでした。なんども いうけど、カウンターとか あっても きにしないでください。
 それを たまたま みてしまった キョンは、なんとなく こえを かけてみました。べつに したごころが あったわけでは ないのですが、どうしても そうしなければ、と おもってしまったのでした。
「なあ、それを かりたいのか?」
 いきなり こえを かけられた おんなのこは おどろいて みを すくめました。そのようすも なにか しょうどうぶつ みたいで かわいかったのですが、
「ああ、ごめん。いきなり こえを かけて おどろいただろうけど、なんか みてられなくってさ」
 キョンは おんなのこの ほんを みて、
「ちょっと まってろ」
 それだけ いって カウンターへと むかいました。おんなのこは とまどいながら まっていると、キョンが いちまいの かみを もってきました。
「ほら、これに ひつような ことを かいて、あとは カウンターに もっていけば いいだけだから」
 おんなのこは、キョンから かみを うけとると、いっしょうけんめい かきました。それを まっていた キョンは、かきおわった かみを おんなのこから うけとり、
「それじゃ もうすこし まってろ」
 というと、カウンターに ふたたび おもむき、しばらくして いちまいの カードを もってかえってきました。
「これが かしだしカードな。これと ほんを もっていけば かりれるから。ひとりで できるか?」
 おんなのこは なんども うなずくと、カードを もって カウンターへ むかいました。すこしハラハラしながら みていたキョンですが、おんなのこが ぶじ かえってきたのを みて ホッとしました。
「かりれただろ?」
「あ、ありがと……………ございました………」
 ふかぶかと あたまを さげて ちいさなこえで おれいを いう おんなのこに、
「まあ きにすんなよ。えーと、ながとさん だっけ?」
「は、はわわ? あの、なんで わたしの なまえを?」
 かおを まっかにして ほんを ふりまわす しょうじょですが、そんな おもたい ハードカバーを ふりまわせるって けっこう すごくないですか?
 その どんきのような ほんを かわしながら、
「いやだって さっき しょるいを もっていたときに みたからさ」
 キョンは あたりまえのように いいましたが、よく かんがえたら こじんじょうほうの ろうえい じゃないか? それでも なまえを よばれた しょうじょは はずかしそうに、
「あ、あの、どうも……」
 もういちど あたまを さげました。その ういういしい すがたに おもわずキョンは あたまを なで、
「これで ひとりで かりれるな。っと、すまん。なぜか かってに てが うごいた。このはなしだと いもうとは いないはずなんだが。それじゃ おれは これで」
 そのまま たちさろうと しました。さりげなく むじゅんを つかれて ショックな さくしゃは さておき、ながとさんは たちさる せなかに おもいきって さけびました。
「あ、あのっ!」
 そのこえに キョンが ふりかえると、まっかな かおをして だまって しまいました。なにが あったのかと キョンが もどってきても なにも はなせなくて うつむいてしまいます。
「どうしたんだ? おれに ようが あるなら いってくれ」
 ひまが あるとはいえ、なんども よびとめられても こまります。かといって、この おとなしそうな おんなのこに めいわくだ なんて いえないものですから キョンは ながとさんが はなすのを まつことにしました。
 キョンからすれば かなりイラッと するだけの じかんが たち、さすがに かえると いおうかと したときでした。
「も、もし………よかったら…………おれい…………したい……………」
「おれい? いいよ、たいしたこと してないし」
 わざわざ いってくれるなんて やさしいこだな、そうおもいながらも キョンは つつしんで おことわり しました。ほんとうに たいしたこと してないし。だけど こんなに かわいいこに そういってもらえて とくしたな、ちょっとだけ たのしい きぶんで かえろうと したときでした。
 そっと きものの すそを ひかれたようなきがして。ふりむくと ながとさんが ちいさく すそを つまんでいました。その めがねの おくの ひとみには なみだが うかんでいます。さすがに キョンもあわてて、
「ど、どうした? なにか おれ、きみを こまらせるようなこと したか?」
 おもわず しゃがんで しせんを あわせようとします。すると ながとさんは ちいさく くびをふり、めがねを ずらして なみだを てで ぬぐいました。そのとき、めがねが ないかおも かわいいな、などと かんけいないことを キョンは かんがえて しまいましたけど。
 なみだを ふき、めがねを かけなおした ながとさんは おもいきって キョンの めをみて はっきりと いいました。
「ご、ごはんなら……………つくれるから……」
 そこから ちいさくなる こえで、だから おれいを………、なんて いっている おんなのこに これいじょう なにを いえば いいのでしょうか? キョンは わらって、
「そっか、ちょうど はらも へってきた ところだ。かえって なにか つくって もらおうかな」
 そういうと、ながとさんの かおが かがやきました。その はるの ひざしのような えがおに、なぜか キョンの かおまで あかくなってしまいました。
「い、いこうか?」
 てれながら キョンが いうと、ながとさんは ちいさく うなずきました。そして ならんで キョンの いえまで かえることに なりました。
 てを つないでる わけでも ないですけど、しあわせそうな ふたりの せなかを かげから みつめる ふたりの じょせい。こそこそと かいわを しています。
「とりあえずは だいいちだんかい クリアってとこかしらね」
「そうですね、ばあいに よっては わたしたちの でばんも あるかと おもいましたが、ながとさんが がんばりましたからね」
「いいなあ、わたしも ながとさんに ごはんつくって ほしいなあ………」
「あなたは つくってあげるがわ ですからね」
「いや、きみどりさんも てつだって ほしいんだけど?」
「ちゃんと たべる やくめを はたしてるじゃ ないですか」
「そうじゃなくて!」
 まあ そんな かいわなど きこえていない ながとさんは うれしそうに キョンの きものの すそを つまんだまま キョンの いえへと かえるのでした。





 えーと、はなしは すこし すすみます。というのも げんさくも このへん けっこう あいまい なんですよ。
 まあ ながとさんは キョンの いえへ いって、やくそくどおり ごはんを つくりました。
「ほう、なんだ?」
 キョンが みたことのない ごはんのうえに きいろい えきたいぽい ものが かけられた りょうりです。
「カ、カレー………………それしか つくれないから…………」
 たいりょうの キャベツの せんぎりと ともに しょくたくに よい かおりが ただよいます。あれ? カレーも そうだけど キャベツも あったっけ? じだいこうしょうを まったく かんがえていないから しょうがないんですが。
 とにかく ながとさんの てづくりカレーを キョンは おいしく いただきました。ええ、あきかん なんて ころがっていませんよ? それに ゆびが きりきずだらけで ばんそうこう たくさん はってるのを みのがす キョンでは ありません。
「ありがとな、うまいよ ながと」
 とつぜん よびすてで よばれた ながとさんは おどろいて スプーンを とりおとしました。ああ、もうスプーンくらいは ゆるしてください。
 めがねの おくの ひとみが おおきく みひらかれているのを みて、キョンは くしょうしながら、
「ああ すまん、どうも としが ちかいみたいだから さんづけも ぎょうぎょうしい とおもってな」
 そして それいじょう きにせずに カレーを たべることに せんねんするのでした。しかし いわれたがわは おちつきません。
「あ、あの………」
「ん? めいわく だったか?」
 ながとさんは おおきく くびを ふりました。むしろ なまえを よんでもらえるのが うれしかったのです。でも それを つたえることが できなくて まっかな かおをして カレーを たべるしか ありませんでした。
 こうして なかよく しょくじが おわり、ながとさんが いれてくれた おちゃを のみながら キョンは ふとたずねました。
「なあ、そろそろ いえへ かえらなくて いいのか?」
 いわれた ながとさんの かたが ビクッと ふるえました。そして うつむいた ひとみに みるまに なみだが うかんできます。そのまま ちいさく ふるえて なきだしてしまいました。
「お、おい! どうしたんだ? なにか いやなことでも あったのか?」
 きゅうな なみだに キョンが あわてて かたを だこうとしました。ながとさんは ふるえながら、
「わ、わたし…………いえに……………だれも いなくて……………ひとりだから……………」
 それは とても さびしそうな こえでした。
「もうすこしだけ…………ここに いたい……………」
 まっかな かおを して、それでも けっこう だいたんな ことを いっている うちきな おんなのこに キョンは おもわず わらってしまいました。かたを だくのではなく、やさしく あたまを なでながら、
「わかったよ、おれも ひとりで ひまなんだ。もしよかったら はなしあいてにでも なってくれ」
 くったくのない えがおで そういいました。なぜか、このこには すなおに はなしてあげよう、そういう きもちに なるのでした。あのときの ながとを おしむ つもりは ないのだけど。
「ごめんなさい、わたし、はなすの にがてだから…………」
「いいよ、きがすむまで いてくれれば。だれかに はなせるだけ マシだろ? ひとりは つまらんもんな」
 やさしい キョンの ことばに ながとさんは ちいさく そう、とつぶやいて うなずきました。そのかおに うかんだ はにかんだ ほほえみを みて、キョンも わらいました。
 そんな あまい ふんいきを こっそり のぞいている でばがめが にひき。
「だれが でばがめよ!?」
「まあまあ、これで だいにだんかい とっぱですね」
「あーあ、でも ながとさんの きおくまで そうさ しなくても よかったんじゃないの? あのこが ひとりぼっちの はずないじゃない。ちょっと さびしいわ」
「あら、あさくらさんには わたしが いるじゃないですか」
「そうだけど…………でも やっぱり なっとく いかないわ」
「ふふ、ほんとうに あさくらさんは ながとさんには あまいんですから」
「だって しょうがないじゃない、しんぱいなものは しんぱいなんだもん」
「でも ながとさんも ほんとうに がんばりましたよ、もうすこし みまもって あげましょう」
「なによ、きみどりさんだって ながとさんには やさしいじゃない!」
「うふふ、そうかもしれませんね」
 みんなに あいされている ながとさん なのでした。





 おはなしは いっきに すすんで すうねんご。ここは げんさくでも はしょってるから これで いいのです。
 きせつは まふゆ。ゆきが ふきすさび、ふぶきと なりそうな よるの ことでした。
「あー、さみい……」
 つぶやきながら いえじを いそぐのは キョンでした。まだ ふぶきに なるまえに どうにか いえへと たどりついた キョンは、
「ただいまー」
 と いいながら のきさきで ゆきを はらっていました。すると おくから、
「おかえりなさい」
 ちいさいけれど やさしい こえが きこえ、こがらな しょうじょが しずかに でむかえて くれました。
「ただいま、ゆき」
 キョンも やさしく こたえます。あわい ほほえみが にあう しょうじょは であったころと おなじように かおを あかくしてしまいました。
 そんな ながとさんを いとおしく おもいながら、
「きょうは ふぶきそうだから はやめに かえったよ。………さむくないか?」
 ほほに てをやると、ちいさく くびを ふりました。それどころか うれしそうに、
「あなたが はやく かえってきて くれたから…………」
 そのまま のきさきから いろりのある いま まで キョンの てを ひくと、あたたかな ひのまわりに すわってもらいました。そのとなりに そっとすわります。
 あたたかさに キョンが ホッと ひといきつくと、 ながとさんが そっと かたに あたまを のせてきました。であった とうしょは ちかづくのも えんりょしていたのに、こうして あまえてくれるように なった しょうじょが かわいくて なりません。キョンも ゆきの かたを だきよせました。
「……………あたたかいな」
「……………そう」
 としょかんで であい、そこから おれいと しょうして ながとさんが キョンの いえへと やってきて、おたがい はなれがたいままに ともに くらすようになって けっこう ながい としつきが たちました。いつのまにか ふたりは ふうふと なっていました。こんいんとどけは だしてないけど、だれが どうみても なかのよい ふうふ そのものです。
 よりそうだけで しあわせを かんじる ふたりなのですが、
「こどもは どうしたんだ?」
「となりで ねかせている」
 どうやら やることは やっているようでした。いやまあ、こもちなのに この ういういしさってのも すごいけど。
 とにもかくにも ふたりで まったりと した じかんを たのしんで いたときでした。
 ガタガタッ! と おおきな おとを たてて あまどが ゆれました。ながとさんが おどろいて キョンに しがみつきます。
「やれやれ、ほんかくてきに ふぶいて きたな」
 ながとさんを ささえながら キョンが つぶやきました。そとからは かぜのおとが ゴウゴウと なっています。
「めしを くってから はやめに ねるとするか」
 そういうと、しがみついていた ながとさんは キョンから はなれて しょくじのよういを はじめました。とはいえ、なべを ひに かけるだけですけど。
 コトコトと にこまれる なべからは スパイシーな いいかおりが してきます。まあ カレーです。これしか つくれない わけではないですよ? ながとさんの めいよのために いっておきますが。
 カレーが あたたまったところで ごはんを よそい、たいりょうの キャベツの せんぎりを よういして ふうふは しょくじを はじめました。
 むくちな おくさんに てきとうに はなしかけながら、キョンは たいりょうのカレーを いのなかに おしこむ さぎょうに しゅうし していたのですが、ふと、
「ああ、そういや かなり むかしに おおふぶきに あったことが あったなあ。たしか ゆきと あうまえだ」
 なんとなく そう つぶやきました。むかいあっていた ながとさんの かたが、ピクッと うごいたのも きづかず、
「あのときは たいへんだったな、おれは たにぐちと そうなん すんぜんで やまごや まで にげたんだった。まさか あのアホが しぬなんて………」
 すこしだけ とおいめを して、なくなった たにぐちを おもいだしてみます。なぜか、まっかな からだで パンチパーマの かつらを かぶった たにぐち、もとい おにぐちが うかんでしまい、おもわず『だれ?!』とつぶやいて しまいましたが。
 そんなキョンを ながとさんは めがねのおくで ふあんそうな ひとみで みつめています。しかし キョンは まるで なにかに とりつかれたように おもいだし つづけたのでした。
「そうだ、あのときは こやに いたはずなのに たにぐちが いなくなって、そういや あのとき だれかが いたような………」
 もう なきそうな かおに なっている ながとさんを みないままに うつむいた キョンは かんがえこんでいました。
「たしか たにぐちと ふぶきの なかで はなしてて……………そうだ、ふぶきの ひには ようかいが でてきて、」
 きがつくと キョンの きものの そでを ながとさんが つかんでいました。その ひとみには なみだが ためられています。
「それは、とても きれいな じょせいで……………」
 キョンが ながとさんを みて。そして すべての シーンが のうりに うかびあがりました。
 ふぶきの やまごや。
 ねむりかけた じぶんに かけられた こえ。
 さんにんの びしょうじょ。
 あのとき、おれが みたのは………?
「ゆき?」
 そうです、あの ふぶきの ひに みたのは まちがいなく いまの おくさんである ながと ゆき だったのです。   
 がくぜんと して みつめた そのさきには なみだを ながす ながとさんが いました。
「そんな、あのときの ようかいが おまえだったと いうのか?!」
 もう すべてを おもいだした キョンが あとずさりながら いいました。ながとさんは ちいさく、かなしそうに うなずくしか なかったのです。
「そんな……………そんな バカな はなしが あるかよ!」
 おもわず キョンが さけんだ そのときでした。
「あーあ、おもいだしちゃった」
 ためいきの ような こえと ともに、いりぐちが あくと、そこから ふたりの じょせいが あらわれました。いうまでもなく あさくらさんと きみどりさん です。
「かなり きょうりょくに あんじは かけたのですが、じょうけんが みたされて しまったのですね」
 きみどりさんも じゃっかん すまなそうに いいました。あさくらさんは ながとさんを みつめ、
「これで もうゲームは おしまい。あとは キョンくんを ころして かえるしかないわ」
 つめたく そう いいはなちました。ながとさんは その ことばに みを すくめます。キョンは、
「まってくれ! ほんとうに、ほんとうに ゆきは かえって しまうのか?!」
 じぶんの いのちよりも ながとさんが かえって しまうことに ショックを うけていました。
「しかたありません、これが はじめから あなたにも いっていた ルールなのですから。それよりも あなたは ここで しんでしまうのですよ? それでも いいのですか?」
「おれの ことは いい! よくは ないのかもしれないが、それは ルールなのかもしれない! だが ゆきだけは つれていかないでくれ!」
 ひっしに さけぶ キョンに、ながとさんが なにかを いおうとして あさくらさんに とめられます。
「こどもが! おれたちの こどもが いるんだ! おねがいだから ははおやを うばわないでくれ! たのむ!!」
 キョンの こんがんにも きみどりさんは れいこくに、
「それは あなたが おもいだして しまったことが わるいのです。かわいそうですが うんめいだったと おもってもらうしか ありません。では、あなたの いのちを もらいます」
 そういうと、キョンの まわりが どんどんと こおっていくでは ありませんか! いつのまにか キョンは りょうあしを こおりに つつまれて みうごきが とれなくなっていました。
「うわあああああ!!」
 きょうふと こおりの つめたさから くる いたみに キョンが さけびました。
「やめて、おねがい、やめさせて! おねがい、あさくらさん!」
 ながとさんが ひっしに あさくらさんに とめさせようとしますが、あさくらさんは くびを ふって、
「それは できないわ、これは わたしたちの おきて。ながとさん、あなたも わかっていたはずよ」
 いいながら あさくらさんは かおを そむけました。おおつぶの なみだを ながしつづける ながとさんを まともに みることが できなかったからです。
「きみどりさん、きみどりさんっ! おねがい……………」
 きみどりさんは かなしそうに ちいさく くびを ふりました。そのあいだにも、キョンの からだは こおって いきます。
「やめて…………もう、やめて………………」
 ながとさんは ひさまずき、かおを おおって なきだして しまいました。その すがたに ふたりの ゆきのせいも むねを いためましたが、それでも おきてに さからうことは できません。かなしみながらも てを とめることは できませんでした。
「………ゆき」
 もはや ぜんしんを ほぼ こおりに おおわれ、かろうじて かおだけが のこっている キョンが さいごの ちからを ふりしぼって つぶやきました。ながとさんが おもわず かおを あげます。
「こどもを…………むすめを たのんだぞ…………」
「!!」
 そのことばに なきながら ながとさんが キョンに てを のばした しゅんかんでした。
 ガラッっと ひきどが あけられたのです。
「まさか こどもが おきたの?」
 ながとさんが あわてて とびらに ちかづきました。こんな こうけいを こどもが みてしまったら。みが はりさけんばかりの きょうふです。さきほどまで うごくことの できなかった からだが うそのように すばやく ながとさんは おくを のぞきこんだのでした。
 あさくらさんも きみどりさんも とめられない そのいきおいに てが とまります。ですが どうしようもありません、あきらめてもらうか、こどもまで…………それは かのじょたちも のぞんでいることでは ありませんでしたが。
 すると、ながとさんが ふしんそうな、しかし あおざめた ひょうじょうで もどって きました。
「いない…………わたしたちの こどもが……………」
「なんですって?! わたしたちは なにも してないわよ!」
 あさくらさんが おもわず さけび、きみどりさんが それを こうてい するように うなずきます。キョンも こどものことなので うすれていた いしきを とりもどし、なんとか しゅういを みまわそうとすら したのでした。
 では いったい こどもは どこへ? だれもが そうおもった ときでした。
 




 しつないにも かかわらず、じょうくうから まぬけな おんがくが ながれてきたのです。なにごとかと みあげたさきから、てんじょうが あるはずなのに きみょうな ぶったいが おりてくるところでした。
 それは だれもが めを ひく ながく おおい くろかみの そのわりに なんの いんしょうも もたれない かのような むひょうじょうな しょうじょ でした。かたに ハーネスを つけて、そこから ワイヤーで つるされています。しかも やや ななめに なってるし。
「ふじわらさん! そっち たるんでます! もっと ひっぱって!」
「ばかばかしい、なんで ぼくが うらかたを やらねば ならんのだ?」
 てんじょうから なぞのこえが きこえてきますが、ここは むししておきましょう。とにかく てんじょうから つるされた くろく おおきな ひとみの しょうじょは、りょうてと りょうあしを こうささせて きみょうな ポーズを とっていたのです。そして ひとこと いいました。
「わたしは―――――――かみだ―――――――」
 なんと とうじょうは ドリフなのに セリフは モンスターエンジンという あらわざに だれもが あっけに とられてしまいました。そのなかで いちばん さいしょに はんのう したのは こおっている キョンでした。
「なにやってんだ、くよう?」
 ながとさんが それに つづきます。
「そう、こんかい あなたは わたしたちの むすめと いう せっていのはず」
「なんという らんぼうな チョイスでしょうか」
「ちょっと いじょうに むりが あるわね」
 しゅうへん ふたりの ツッコミは さておき、とにかく むすめだったはずの くようの あまりの かわりように キョンと ながとさんは ことばも ありません。
 しかし そこは むひょうじょうさでは ほんけ ながとさんにも まけない すおう くようです。あくまで たんたんと、
「ほんらいなら―――――かみは べつの ひとでした――――――でも――――カップリングに ふまんが あるうえに――――――おたがいを けんせいしあったので―――――だきょうして―――――わたしが―――――かみさまです――――――」
「なにやってんだ、あいつらは」
 あきれたように キョンが つぶやき、じじょうを さっした ながとさんは あかくなってしまいました。
 かんぜんに ほぐされてしまった きんちょうかんを とりもどさんと ばかりに あさくらさんが たずねました。
「それで? いきなり かみさまが でてくるなんて おはなしには なかった てんかいなんだけど?」
 みれば いつのまにか そのてには おおがたの ナイフが にぎられています。さすのか? やっぱり さすのか、こいつは?!
 されども そこは すおう くよう。
「くよう―――――びーむ―――――」
 みぎてで ピースサインを つくって みぎめに ちかづけます。
「ふん、そこから パンチとか キックで それって ビームじゃないじゃない ってオチなんでしょうけど そうはいかないわ!」
 あさくらさんは じしんまんまんに いいましたけど、けつろんとしては すなおに ビームが でました。
「ふぎゃんっ!」
 まともに ビームを あびた あさくらさんが くろこげに なって たおれました。あわてて ながとさんが かけよりますが、どうやら いきているようです。これが ギャグほせいと いうやつでしょうか。
「…………さすがに ビームは やりすぎじゃないですか?」
 きみどりさんは そういいましたが、そんなもん このせってい そのものが おかしいのですから。くようさんは なにごとも なかったかのように、
「かみさまは―――――かんどうしている―――――――この ふうふの――――――?」
 あれ? セリフが とまってしまいました。
「――――――」
 ただ たんに ちゅうづりの こんぶに どうしようかと いった くうきが ただよいます。
「ふじわらさん、ちょっと こっちも おねがいします!」
「こらまて! いきなり なにをする! ぼくだって おもいのを がまんして やってんだぞ!」
 てんのこえが バタバタと うるさく、それに あわせて ワイヤーが たるんだりして、くようさんは なんども バンジージャンプの ように ゆれうごきました。
 あまりの てぎわの わるさに ハラハラしながら みまもっていると、くようさんの めのまえに いちまいの かみが つりさげられて きました。どうみても カンペです、ありがとうございました。
「ほら、くようさん! ちゃんと よんで!」
 もはや グダグダすぎて なにも いえませんが、それでも くようさんは めのまえの カンペを ぼうよみで よみつづけるのでした。
「かみさまは―――かんどう しちゃってるんさ! だって キョンくんも――――ゆきっこも―――――めがっさ おたがいが―――――だいすき だからねっ! だから あたしは――――――そんな ふたりを―――――おうえん しちゃうんだよっ!―――――」
 むひょうじょうで なにやら でんぱチックに はなす くようさんを あきれたように みていたキョンは、
「なあ、なんで つるやさん なんだ? この はなしには まったく でてきてない キャラを だして どうすんだよ?」
 あたりまえの ぎもんを くちに しました。ながとさんに いたっては しょうしつバージョンなので つるやさんを よく しりません。かわいく くびを かしげるしか なかったのです。
 くようさんは ねむたげな ひとみで いいました。
「だって――――――さくしゃが―――――つるやさん いいよねっ!―――――っていってたもん―――――――――――」
 みもふたも ありません。しかし じじつっさ! こまったときは つるにゃん だのみ なんだよっ!
「あの〜、それで わたしたちは どうすれば いいのでしょうか? いいかげん ちゃばんも あきあきしている のですが」
 きみどりさんが つかれたように いいました。あさくらさんに いたっては ながとさんの ために ハンカチを よういしています。かみさまっぽい くろこんぶは、
「くよう―――――びーむ―――――」
 ふたたび ビームを はっしゃしました。ビームは キョンに あたり、こおりを すべて とかしてしまいました。
「ゆきっ!」
 キョンは からだが じゆうに なると どうじに ながとさんの もとに かけより、しっかりと だきしめました。ながとさんも ふたたび なみだを ながしています。こんどの なみだは うれしなみだ でした。
「あーあ、どうすんのよ、これ?」
 さっきまで かまっていた ながとさんが キョンに しっかりと だきしめられ、あさくらさんは つまらなそうに つぶやきました。
「―――――いっけん らくちゃく―――――にほんばれ―――――」
「しんけんに ちがうと おもいますけどね」
 きみどりさんも だきあう ふたりを みながら ためいきを つきました。
「このままでは おきてが まもれません、それは われわれとしては ふほんい なのですが」
 くようさんは ほとんど そんざいを かんじさせない むねを はって いいました。そのいきおいで ワイヤーが ゆれます。
「キャアッ! くようさん、いきなり うごかないでください!」
「あぶないだろう! ブランコじゃないんだぞ、これは!」
 てんじょうの うらかたは ほおっておいて。
「あなたたちは―――――ようかい―――――わたしは――――――かみだ――――――」
 またも モンスターエンジンな ポーズを とった くようさんは とくいげでした。きみどりさんは あきれながらも、
「そのような りくつが とおるとでも おもうのですか? だけど そうしましょう」
 あっさりと いっちゃいました。あさくらさんが ずっこけながら、
「き、きみどりさん? そんなに あっさりと あきらめちゃって いいわけ?! いちおう わたしたちにも しめいって ものが あるんじゃないのかしら?」
 たしかに そうなんですが。ですが きみどりさんは さわやかに、
「たしかに てんがいりょういき ごときに おおきなかおを されるのは しゃくにさわりますけど、もともと そんなに かれを ころしたいわけでも なかったですし。もしも おきてが どうこう いうなら ぜんぶ あのこんぶの せいにしちゃえば いいんですから」
 さすがは きみどりさん、さりげなく くろい。それでも なにか いいたそうだった あさくらさんに、きみどりさんは だきあう ふたりに しせんを うつし、
「……………それに あんな ながとさんの かおを もうみたくは ないですから」
 やさしく みまもる きみどりさんに あさくらさんも なにも いえませんでした。ちいさく いきを はくと、
「しかたないわね、ながとさんの なみだに めんじて キョンくんに しんでもらうのは やめてもらおうかしら」
 そのまま ふたりに ちかづき、キョンに むかって、
「ながとさんと おしわせにね」
 やさしく そう いいました。
「あさくら………」
「あさくらさん…………ありがとう」
 ふたりは かんしゃして あたまを さげました。おもわぬ おれいに おもいっきり てれてしまった あさくらさんは、ブンブンと てをふりました。そのてには まだ ナイフが にぎられていたので、キョンは さりげなく いのちの ききを かんじましたけど。





「さて、これで わたしたちも おきてを やぶってしまったので もう やまには かえれません。そこで あなたたちの いえの おとなりに すむことに しましたので よろしく おねがいします」
「ながとさん、おでん もっていくからね」
 なしくずしに じぶんたちの みのふりかたまで きめてしまった ゆきの ようかい ふたりぐみは なにごとも なかったかのように かえっていって しまいました。
 なにか いっきに はなしが すすんでしまい、たしょう おいていかれた かんじの ふたりでしたが それでも いっしょに いられるのです。
「よかったな、ゆき」
 キョンが わらいかけ、ながとさんが ちいさく うなずきます。すると、またも まぬけな おんがくと ともに、でばんが おわった かみさまらしき かいさんぶつが ひっぱりあげられて いきました。
「ありがとう、かみさま」
 ながとさんは こころから そういいました。くようさんは、
「あんでもねぇ―――――――あたしゃ―――――かみさまだよ―――――?」
 さいごが しむらかよ! キョンの ツッコミを のこして くようさんも さっていきました。
「あー、おもい! くようさん、あなた たいじゅうを そうさできるんじゃ ないんですか? もうすこし こっちの くろうを かんがえて くださいよ!」
「こら! こっちに よってくるな! バランスが くずれる!」
 なにやら おおさわぎですが、キョンも ながとさんにも かんけいありませんでした。
 ふたりは よりそい、おたがいが そんざいするという こうふくを かみしめていました。
「なあ、ゆき?」
「……………なに?」
「ずっと、みていて くれたのか?」
「……………そう」
「ありがとうな、おれなんかの そばに いてくれて」
 ながとさんは ちいさく くびを ふりました。
「かんしゃするのは わたし。あなたは わたしを みつけ、そして……………あいしてくれた。だれよりも わたしは こうふくだから」
 くびすじまで まっかにした めがねを かけた おんなのこは せいいっぱいの ゆうきを ふりしぼって いいました。
「もう、どこにも いかないでくれよ」
「だいじょうぶ、それに あさくらさんも きみどりさんも いてくれる」
 それを きくと キョンは くしょうして、
「あのふたりが いると にぎやかだろうな、せいぜい おれたちの せいかつの じゃまだけは しないでほしいけどな」
 ながとさんを だきよせました。ながとさんも ほほえんで、
「そう。でも、」
 そっと キョンの くちびるに みずからの くちびるを かさねました。
「あたしが、させない」
 そのさきは ふたりだけの じかんです。ゆっくりと キョンが ながとさんを おしたおして…………
「――――ぱぱ――――まま―――――」
 あきっぱなしの ひきどの むこうから ひょっこり かおを だしたのは さっきまで かみさまだった しょうじょでした。
 あわてて とびおきて きょりを とる ふうふです。
「あ、あ、あ、あの、その、これ…………」
「いや、こどもは もうねなさい! って ほんとうに ふたやく やってるのかよ?!」
 なんだか さいごまで グダグダに なってしまいました。でも、ふたりは しあわせだったのです。





 こうして、ながとさんと キョンは すえながく なかのよい ふうふとして すごしました。その そばには すこし くちうるさい おせっかいやきの おんなのこと、やさしく みまもりながらも どこかで いたずらな かいさん……もとい うつくしい じょせいが いたのは いうまでも ありません。
「むりやりにでも ハッピーエンドに したかったんですね」
 そうですよ、それが あの めがねの どくしょずきで むくちな おんなのこに たいする せいいっぱいの やさしさですから。
「ありがとうございます。もうひとりの ながとさんに よろしく」
 そう、これは せかいに とりのこされた さびしい おんなのこが すくわれる ものがたり。 
 その やわらかな ほほえみは はるのひざしに うつる ゆきわりそうの ように せいそで かれんで うつくしいものでした。
 


 めでたしめでたし。



















「ふ〜ん……………ゆきと キョンが ふうふで こどもまで いて しあわせで よかったのね〜……………あたしが でないまんまでねぇ…………」
「くっくっく、ぼくらが けんせいしあってる あいだに くようさんに いいところを うばわれた ばかりか ふじわらさんや たちばなさんまでね。……………なんで キョンの となりが ぼくじゃ いけないのか といたださねば ならないだろうね」
「ふ、ふえぇぇぇ〜ん…………あたしなんか でばんが ないばかりか ビームまで とられちゃいました〜」
「あの……………このはなしって ぼくに しねって いうことなんですかね? もう けいたいでんわを たたきこわしたいんですけど………」
 ああ、もうなんというか ごしゅうしょうさま。