『SS』 月は確かにそこにある 13

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 残り三日。正確に言えば週末まで後三日である。俺と古泉は土曜日の不思議探索で長門とペアを組み、そこで事情を説明して長門の親玉なり何なりに対応を頼んでこの世界から脱出する。ここまでは昨日の時点で俺達が相談した結果の今後の対応である。
 しかしそこまでまだ三日もある。この短くも長い時間をどうにかして自然に俺達は過ごさなければならないのだが、何しろこの世界においては俺はあくまでSOS団に加入したばかりの何もしらない第三者であり、古泉は性別まで変わって尚且つ朝比奈さんに次ぐハルヒのおもちゃである。この微妙なずれを自分達で消化しながら、俺は残り日数を出来るだけ平穏無事に過ごそうと鋭意努力をしている訳なのだが。
「……………………」
「……………おはようございます」
 いつもの時間よりもやや早めに起こされた俺はまたも玄関先で見なくてもいい面をお目にかける事となったのであった。目前の美女は既に諦めの境地に至ったと見え、何時から起こされたのかは知らないが爽やかな笑顔を崩す事も無いまま玄関で立っていたのである。
ハルヒか?」
 肯定は笑顔で返される。どうやら古泉は俺の迎えを義務付けられた模様であった。大きく溜息をつきながら、
「断われないのかよ?」
 一応尋ねてはみたものの、肩をすくめられて返答となる。まあハルヒに逆らうなどこいつが出来るとも思えんが。それにしてもご苦労な事である、これで俺に関わりが無ければ同情がいくらでも出来るのにな。
「まあこのくらいでしたら早起きも苦になりませんし、ここまでは車ですから疲れることもありませんよ。それに涼宮さんがそれだけあなたを気にかけている、と解釈しているのですけれどね」
 そのお手伝いが出来るなら迎えも楽しいものですよ、などと言ってもこっちの都合など考えていないのだから迷惑なだけだ。それにハルヒなら自分で乗り込んできそうなものだけどな。
「そこについては僕には何とも……………」
 女性の心理とは複雑なものですからね、と笑っているのがどう見ても美女なだけに奇妙な感じである。
「こうやって友人の家に行って一緒に登校するというのもあまり経験がありませんでしたから、私も楽しいですし」
 まあそうかもしれん、古泉はハルヒのせいでずっと『機関』の一員だったのだ。友達と一緒に学校に行くなどという当たり前な学生生活が送れていたのかどうかは聞かないほうがいいのかもしれない。そう考えればハルヒの命令とはいえ学生らしい生活を楽しもうとする気持ちも分からなくはないのだけれど。
 はあ、結局は週末まではハルヒの好きにさせておくしかない。俺はにこやかに微笑む古泉の脇を通って自転車を引っ張り出してきた。
「お前、自転車はどうした?」
「それが…………」
 ああ、何となく言い澱んでいるが言いたい事は分かった。つまりは昨日が全て悪かったんだな、あれが定番という事になっちまったのか。
 はあ、と朝っぱらから何度目になるのか分からない溜息が否応無く出てくるのだが、それでも俺は荷台を空けておくしかなかったのだった。
「恐縮です」
 まったくそう思ってないのが分かりすぎる態度で荷台に座った古泉が腰に手を回すのを出来るだけ気にしないようにして自転車を走らせる。現金なもので昨日ほど取り乱す事もないのだから慣れは怖い。いや、簡単に状況に慣れてしまう自分が怖い。
 同じ様に周囲の目も気にしなくなってきているのもどうすればいい? 自転車の二人乗りを温かい目で見られているような気がするのだが一々言い訳するのが面倒になってきている。結局は駐輪場まで二人で自転車に乗ってきたんだが、まさかと思うがこの後の三日間もこれが続くのだろうか? 何となく答えが分かってしまったので古泉に問い質すことなど無かったが。
 距離を開けても意味も無さそうなので諦めて古泉と並んで坂を登る。何か話題をとばかりに古泉が話しかけてくるので適度に受け答えをしているのだが、こいつは俺んちに来るくらい早起きもしているのにいつ宿題を片付けているんだろうか? 『機関』の連中が総出でやっているとか言うなら代わってもらいたいのだが。
「一応そういうのは自分の力で何とかしなくてはいけないとなってますよ」
 まあ当たり前だよな。単に頭の違いの差を見せ付けられて哀しい気分に陥っただけだ、気にするな。
「私で良ければノートくらいお見せしますけど、そうしますか?」
 スマンがそれは最終手段ということにしといてくれ、魅力的な提案だが後ろの席の奴の目が怖いんでな。そうですね、と微笑む古泉と下駄箱で別れ、教室に入れば得意気な顔をした団長閣下がそこにいた。どうやら古泉を仕向けた事が余程面白いんだろうな、人の気持も知らないで。
「どう? 一姫さんに毎朝迎えに来てもらえるなんて男冥利に尽きるんじゃないの?」
 いや、基本的には安眠妨害なんだが。それに古泉としても迷惑なだけだろうしな。だが何を持ってハルヒがわざわざ人の遅刻を心配するかのごとくの行動を古泉に課すのか理解が出来ない。それでも礼は言わなくてはならないようである、主に閉鎖空間を発生させない為に。それって古泉の為なのか? と言われれば断固として否である。要はあの空間に閉じ込められる可能性がある限りはそれを懸命に避けねばならないのであった。
「ああ、おかげさんで遅刻は免れているようだ。古泉にも申し訳ないがな、まあ一人であの坂を登るよりは話相手がいる方が多少は気も紛れるし気持ち楽なもんだ」
 するとそれを聞いたハルヒの態度が一変した。分かりやすく言えば機嫌が悪くなった、何故だ。しかしハルヒは窓の外を見るようにそっぽを向いてしまい、以後俺と会話する様子は無かった。すまん古泉、お前がわざわざ朝早くからやって来た苦労は無になりそうだ。
 イマイチ以上に噛み合わない俺とハルヒの冷戦は昼休みまで続き、中庭で弁当を広げながら俺は謝罪の言葉を口にするしかなかったのである。
「おかしいですね、確かに涼宮さんの機嫌はいいとは言えませんが閉鎖空間の発生といったような様子までは感じられません」
 何かあればすぐに電話が鳴るのですけど、と携帯を見せた古泉は購買で買ったクリームパンを齧っている。少量の菓子パンにストレートの紅茶のペットボトルの組み合わせも見慣れてしまいつつあるが、よくそれで足りるものだ。男の時の古泉も大食漢ではなかったが(まあ女性でも長門のようによく食べる奴もいるが)女になってからのこいつは小食すぎるとすら思う。
「そうですね、これだけで十分なのですよね。しかも何故か甘いものに目がないようでして」
 帰ってからケーキを食べるのが楽しみなんですよ、ってそのまんま女子高生だな。まあ男の俺が想像する女子高校生像であって現実は幻滅するようなものかもしれないが。
 こうして昼食も古泉と共に過ごしてから午後の授業もどうにか睡魔に打ち勝ちながら(後ろの席のハルヒは食休みとばかりに机に伏せて寝ていた、実力差と言うものは如何ともし難いものがある)ようやく放課後を迎えることとなる。
 チャイムと同時に眠りから覚めたハルヒは立ち上がり、
「それじゃ行くわよ! あ、でもあんたは後からゆっくり来なさい! これは団長命令だからね!」
 言う事だけ言うと俺を置いて一人で教室を飛び出していってしまったのだった。何でゆっくりと来いなどと言われてしまったのか、その真意は分からないもののハルヒに引っ張られないという事実に漠然と寂寥感を感じてしまっていることに愕然としたりもする。しかも行かなくてもお咎めさえなさそうなのに自然と旧校舎へと足が向いてしまっているのだから我ながら救いようがないと言えるだろう。そうだ、これは朝比奈さんのご尊顔を拝みつつ長門と少しでもコミュニケーションが取れないかと考えた上での行動だ、誰に言い訳をするでもなく部室まで一人呟きながら歩くのであった。
 まさにとぼとぼと、といった感じで部室までやってきた俺は一応のマナーとしてノックをする。このノックを含めて俺のSOS団の一日は始まるのであり、朝比奈さんの着替えを目撃してしまうというのはハプニングの範疇だから良いのである。いや、この世界の朝比奈さんが鍵をかけないのかどうかは知らないが。
「開いてるわよー」
 と当然のように先に行ったハルヒの声が聞こえ、朝比奈さんの着替えも終わっているのだろうと安心して部屋に入った俺はそのままの姿勢で硬直を余儀なくされた。
 部室には昨日同様メイドさんが一人いる。言わずとしれた朝比奈さんである。長門もいつもの窓際のポジションだ。そして団長席でほくそ笑むハルヒ
 全てが昨日と同じようで俺を動けなくさせたのは残り一人が定位置に居たからなのだが。問題は古泉が居るからではない、古泉がナース服だから問題なのだ。
 白いナース服はサイズがピッタリなのか、古泉のスレンダーに見えて出るところは出ているモデルばりの体型を余すところ無く強調している。おまけにスカートが短い上にタイトなので座っていると見えそうなのだ、いや見たいとは思わない。ご丁寧にナースキャップまで被った看護婦(看護士と呼ぶべきなのだろうが、この場合看護婦の方がしっくりくる)は流石にこれは無かったと見え、前日のメイド以上に顔を赤くして座っている。
「どうよ、一姫さんサイズのナース服なんて滅多に無いからかなり探しちゃったんだから!」
 それはどこを指してサイズが無いと言ってるのだろう、言わなくても分かっているが朝比奈さんの時といい、こいつはコスプレ衣装にどれだけ情熱を燃やしているというのだ。
 しかし災難である、俺ではなくて。呆れながらも自分の席に着けば制服やメイド服よりも強調されてしまっている胸部が嫌でも目に入ってくる。あのなあ、お前それは反則というより犯罪に近いぞ? どんなエロゲーだ、これは。しかし単純に喜べない俺は溜息と共にハルヒに聞こえないように注意しながら哀れなる同級生に警告するしかないのであった。
「なあ古泉…」
「言わないでください………………」
 ああ確かにこいつにはハルヒに逆らうなどというのは不可能なのであろう。だが言うべきことは言わなければならんと思うぞ? メイドのようにお茶汲みなど出来る訳でも無いのだから、ただの羞恥プレイなのだから。
 それでもハルヒに何か言おうとする俺を目線で止める古泉は健気なものである。朝比奈さんといい古泉といい、ハルヒに逆らえないというのは可哀想な気がしてくるな。おまけに見た目だけなら今の古泉は哀れを誘う美少女なのだ、仕方なく朝比奈さんが淹れてくれたお茶を飲みながら古泉の相手をすることになる。
 ここで気付いたのだが、
「そういや俺の湯呑みなんてどうしたんだ? 持ってくるつもりだったがすっかり忘れていた」
「あ、それなら古泉さんが買ってきてくれてたんです。多分キョンくんならこれがいいんじゃないかって」
 朝比奈さんに言われて見てみれば、確かに今まで俺が使っていた湯飲みに近いものがある。古泉はようやく笑って、
「それでよろしかったでしょうか? 出来るだけあなたの好みに近いものになったと思うのですが」
 そう言ってはもらったが、別段拘っていた訳では無い。だが良く見ているもんだと感心しつつ俺はとりあえず礼を言った。するとハルヒが、
「ふーん、湯飲みの好みなんて分かるもんなんだ」
 などと言い出した。いや、好みというより長い付き合いで今まで使っていた物に近いものを買ってきただけなのだが。
「結構良く見てましたからね」
 古泉の言葉に、それはそうだと頷く。大体真正面にいるのだから俺の湯飲みを朝比奈さん以外で一番見ているのはこいつになるのだからな。まあ観察眼が鋭いと褒めてやればいいんじゃないか?
「へえ、そいつの湯呑みなんか見る機会があったんだ」
 ハルヒが嫌味ったらしく言った一言に俺達は失敗を悟った。しまった、古泉と俺にはほぼ接点が無いはずなのに何故好みが分かったっていうんだ? 初歩的すぎるミスに俺と古泉の動きが止まる。
「ああ、いえ、偶然彼と話していてそのような持ち物の好みの話をしていただけでして。せっかく団員になったのですから、まあささやかなお祝いにと私が差し出がましく買ってきただけですから」
 古泉の白々しいセリフもハルヒの耳には入っていないようだ、アヒルのように上唇を尖らせている不機嫌なんだかそうじゃないのか分からない表情で考え込んでしまっている。それに俺が聞いていても古泉が話せば話すほど墓穴を掘っているようにしか思えない。
 朝比奈さんもハルヒが黙ったので何も話せず、長門は無関心を貫いたままで時間だけがやけに長く感じるほど過ぎていった。
「あー、」
 微妙な空気に耐えかねてハルヒを呼ぼうとした時に俺の言葉に被せるようにして団長が叫んだ。
「決めた! 今日からSOS団内のルールを若干変更するわ!」
 いきなりの宣言に俺達全員の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ(長門除く)しかしハルヒは、
「そうよね、団員の自由意志を尊重する、それも心広い団長としての勤めなんだし。最初っからこうすれば良かったのよ、うん」
 何か自分を納得させようとするかのように一人頷くと、
「一姫さん、キョン! あんた達を今日からSOS団公認のカップルとして認定します! あたしは恋愛なんてどうでもいいって思ってるけど人の恋路を邪魔するほど野暮でもないから一姫さんを全面的に応援したいと思います!」
 とんでもない事を言い出した。青天の霹靂、岩をも砕く勢いである。いや、言ってる意味が良く分からない。どこからカップルという単語がハルヒの脳内から発生したのかも謎ならばSOS団公認というのも意味不明だし、それで俺と古泉がどうなるというのかなんて考えるどころか意識の縁にも存在することは無いのだから。
 だがそう思っているのは俺だけなのか? なんと朝比奈さんは「おめでとうございます〜」などと暢気に拍手などしているのだ。どこが目出度いのか、あなたの頭の中ですか? 普段は出てこない天使への冒涜すらも口にしたくなってくる。何だ、この変な空気は?
「まあだからって団員としての本分は弁えてもらうけどね? それ以外は自由にしちゃって構わないから。あたしも有希もみくるちゃんも多少イチャイチャしてても見てみない振りしてあげるし、一姫さんに言い寄ってくる奴らがいたらあたしが全力で排除してあげるから安心しなさい!」
 何一つ安心できん! 大体イチャイチャって何だ?! 団員の本分というのも理解出来んが後半のセリフは妄言、世迷言だ! まあ今の古泉に言い寄る輩は居なくはないだろうが俺には関係ない。朝比奈さんに言い寄る奴らなら俺も協力して近づけもしないようにするだろうがな。
 兎にも角にも涼宮ハルヒの大暴走だ、こいつは無自覚に同性愛を進行させようとしてやがる。どうにかしろ、と古泉に目で合図を送ると(衝撃的すぎたのか、こいつは呆然としていた)流石に黙って傍観とはいかずに、
「あ、あの、涼宮さん? どうやら誤解されているようですが私と彼はそんな関係などではなくてですね?」
 何とか取り繕うべく話そうとしたのだが、時既に遅しというかタイミングは外してしまっていたようだった。ハルヒの奴は団長席から飛び込むように古泉の目の前に立つと、思い切り力強く目の前の同級生の両肩をバンバンと叩いた。
「大丈夫よ、確かに一姫さんの目がおかしいんじゃないかって眼科でも紹介しようかと思っちゃったけど美形は三日見たら飽きるって言うし、その点じゃこいつは飽きないような間抜け面なんだから一姫さんみたいな美人が傍にいるだけで舞い上がってどこかに飛んでいくかもしれないわ!」
 どこに行くんだ俺は。それに何が哀しくて古泉なんかと付き合わねばならんのだ? 確かに見た目は美人だが飽きるほどでは、ってあいつが俺に飽きないって話か。失礼な、美形だとは言わないが整ってないとも思いたくないくらいは自分の面には愛着があるっていうんだ。
 憤りをどこにぶつけていいのか分からないが、馬鹿にされた上に相手が古泉で決定しているのも癪に障る。ん? だからといって誰でもいいという訳ではないはずだ、例えば古泉の前で笑ってる奴などは謹んで却下させていただきたい。
「なあ、俺に選択肢はないのか? 幾らなんでも古泉相手に付き合うとかそういう気分になれそうもないんだが」
 それでも出来るだけオブラートに包むというおばあちゃんの知恵袋的な発想に基づいてやんわりと拒否の意思を示してみた俺の優しさはハルヒに通用するはずはなかった。
「はあ? あんたに拒否権なんかあるわけないじゃない! むしろ一姫さんと付き合えないなんて不能か同性愛信者か特殊性癖の持ち主しか考えられないわ! その全てに該当するっていうなら勘弁してあげる代わりに警察に電話してあげるけど」
 人を犯罪者予備軍みたいに言うな、しかし同性愛はお前が今まさに推進しようとしているんだが。だから俺は断固として拒否したい!
 そして俺の蟷螂の斧はハルヒ大魔神に通じるはずもなく根元から叩き折られたのであった。というか肝心の古泉が美少女である限り同性愛などとは言えないし、特殊性癖か不能のレッテルを貼られてしまうのは俺としても許せるものではない。大体女子高生が不能とか気軽に言うな、朝比奈さんなどさっきから顔が真っ赤なんだぞ。
 言い合いにならないハルヒの一方的な押し付けがしばし続き、やがて当事者であるはずの古泉が、
「わかりました。ではとりあえず団内でのお付き合いからということでよろしくお願いします」
 疲れたように頭を下げたところでハルヒが大きく頷いた。おい、肯定してどうするんだよ? 俺の非難を泣きそうな目で制する古泉。
 諦めてください、と言わんばかりの表情の中で古泉が視線を窓際にやったのを見て、俺はその意図を理解した。そうだ、あと三日で長門に相談が出来る。それまでの我慢だ、これ以上ハルヒの機嫌を損ねれば俺がSOS団から追放されかねない。
 大きく溜息をついて、俺は肩を落とした。納得出来ん、どんどん泥沼に嵌まっていっているのに蜘蛛の糸は遥か遠くにしか見えないようだ。その糸は未だこの騒ぎにも動ずる事と無く読書中であるというのに。
「改めてよろしくお願いします、キョンくん」
 たどたどしく(多分芝居だ、ハルヒが望むカップルシーンというやつだろう)そう言った古泉が右手を差し出す。俺は黙ってその手を握るしかなかった。内心こいつ相手に、と思わなくも無いが、それでもいつもの古泉ではないその手の柔らかさには戸惑いすら感じられる。
「はい、おめでとう一姫さん! これでSOS団にも男手も出来た事だし、より一層の活動の活発化を計らないとならないわね! みくるちゃん、ボード用意して!」
 張り切ったハルヒが朝比奈さんに命令してホワイトボードを用意させる。その姿は俺の良く知るハルヒそのものなのだが。何だ? さっきまでとは違うこの違和感は。
 違和感、というよりも今までよりも世界が変わった実感といえばいいのか? ハルヒがあっさりと恋愛を肯定したことも、それが古泉と俺という組み合わせということも、そしてボードを楽しそうに叩いているはずのハルヒが何と言うか、空元気にしか見えないという事も。
 全てが微妙にずれている、朝比奈さんも疑うことなく俺と古泉を暖かい目で見ているし、長門も全てを肯定しすぎている。古泉が女になっているにも関わらず、ここは調和が取れすぎている。
 気持ちが悪い、まるでこの世界こそが正解であると見せ付けられているようだぜ。誰だ? 誰がこの状況で得をする? いや、この世界は一体誰が望んだんだ? ハルヒなら、涼宮ハルヒの意思ならば、何がハルヒをここまで変えたっていうんだ?!
 頭痛がしそうなのを頭を抱える事でどうにか誤魔化し、横目で同じ様に悩んでいるはずの女になった古泉を見てみる。古泉は苦笑しながらボードに書かれたハルヒプロデュースのデートコースとやらに何やら意見を言っていた。俺の視線に気付き肩をすくめる。
 違和感が強烈に襲い掛かる。今笑っているのは誰だ? 古泉一樹ならこの笑いも仮面なんだろ? そんなに本当に参ったような、ハルヒの話に嬉しそうな笑顔のはずは無い。まるで、本当に、女の子じゃねえか!
「ほら、あんたが一姫さんをリードしなくてどうすんのよ?」
 ハルヒの言葉に腹が立つ、誰が古泉なんぞと付き合うのに何か言わなきゃならんのだ? 馬鹿馬鹿しさのあまり席を立とうとした俺をそっと制したのは未来人でも宇宙人でもなく超能力者だった。小さく、首を振って。その瞳で堪えてくれと訴えかけながら。
 そこには仮面があった。ただしあのスマイルを貼り付けたのではない、不安を隠そうとする弱弱しい笑み。何でお前がそんな顔をするんだよ……
 結局俺はハルヒが言うままに適当に相槌を打ち、なし崩しに俺と古泉はSOS団公認カップルとして正式にお付き合いするということにさせられた。
 だからといって何が変わったという訳ではない。ハルヒがデートコースなどと騒いだものの、他は結局いつものSOS団だった。目の前にナースがいる以外は。
 そして長門が本を閉じ、チャイムが鳴って活動が終了する。俺は古泉と朝比奈さんの着替えを待ち、全員揃って帰宅の途につく。
「申し訳ありません、あと二日ですから」
 古泉が言われるまでも無い事を言った。ハルヒと朝比奈さん、長門はまたも三人揃っている。完全に俺達だけを別枠扱いするようだ。
「仕方ない、馬鹿馬鹿しいが芝居を続けるしかないだろう。お前も面倒だろうが二日しかなくて助かったな」
 それ以上日にちがあったら絶対にボロが出るからな、二日でも怪しいもんだが。俺は演技力なんかに自信は無い、頼みは古泉次第というところである。
「そうですね、何とかなるんじゃないでしょうか」
 そう言った古泉は見たことの無い表情の少女だった。憂いを帯びた、それでいてどこか楽しそうな笑顔。分かっていても心臓に悪い、何故なら顔が古泉の距離だからだ。つまりは近い、近すぎる。
 思わず顔を背けてしまう、そんな俺に聞こえないように古泉が何か呟いた。



 私なら……………何なんだ?